魂売りのレオ

休止中

文字の大きさ
6 / 178
第一話 貴女は悋気に狂いて呪殺を好しとす

貴女は悋気に狂いて呪殺を好しとす 四

しおりを挟む
 真夜中、ぼくらはヴルペクラの部屋を訪れた。
「よく警備に見つからずお入りになれましたね」
 ヴルペクラはそう言って驚いた。なにせ魔術師たちの警備をすり抜けるのは簡単じゃない。レオはその警備体制を”ザル”と呼んだが、じゃあ果たしてレオが真夜中の警備を魔法で抜けられるかというと、それは不可能だ。
 魔法を使えばかならず魔力が発生する。昼ならともかく、ひとが寝静まった真夜中に使えば明らかに不自然で、プロなら間違いなく気づいてしまう。あらかじめ外で顔を覚えられない魔法を使っておくという手もあるが、これもひとが通行する昼間だからこそ効果が高いわけで、真夜中では無意味に近い。
 そこでレオが使ったのは呪術だ。人間や自然のエネルギーを魔力に変換する魔法と違い、呪術は生き物の念を利用する。感情によって生まれたパワーを抽出して呪いをかけたり、ひとの感情そのものを増幅させたりするもので、今回レオは睡眠欲を利用する呪いをかけた。
 昼間下見をしたときに、ヴルペクラの部屋の扉に魔除けのしるしをしておき、同時に邸の四隅に”キズ”をつけておいた。こうすれば大量の人間を容易に呪い、かつヴルペクラのみ呪いから守ることができるという。
 レオは邸の前で異国の言葉からなる呪文を唱えた。すると邸の住人は”夜は寝たい”という感情を増幅され、眠り込んでしまった。
 どれほど優秀な魔術師でも、深い眠りの中では魔力に反応できない。それでぼくらは堂々と敷地に入り、警備小屋から鍵を盗んで侵入した。そしていま、ヴルペクラと話していた。
「まずは金だ」
 レオがそう言うと、ヴルペクラはクローゼットを開き、重たそうなかばんを取り出した。彼女の細腕では持つのがやっとで、レオの前まで持ってくると、どしゃりと大きな音を立てて捨てるように置いた。
「アーサー、中身を」
 ぼくはレオに言われ、かばんを開いた。
「うわぁ」
 中には数えきれないほどの金貨がぎっしり詰まっていた。レオといっしょにいなければ生涯見ることのなかったであろう莫大な金。これを半日でこっそり用意できるんだから貴族ってすごい。
 ——もっとも、ぼくが漏らした声は感嘆じゃなくて悲鳴だ。だって、ぼくの仕事はレオの受け取る代金を数えることなんだ。
「これ、数える……?」
「まあ、信用しておこう」
 そうしてくれると助かるなぁ。これほどの量となるとたぶん時間がかかりすぎる。それを踏まえての”信用”だろう。だって数時間後には朝が来て呪いが解けてしまう。こんなことで時間を食っていられない。
 レオは窓を開け、外に待機していたであろうアルテルフを呼び込んだ。その脚には銀のかごがつかまれている。レオはそれを受け取り、かわりにかばんを持たせた。
「軽くなる魔法をかけてある。間違って風に飛ばされないよう気をつけろよ」
 アルテルフはぴょおと鳴き、闇夜を矢のように飛んで行った。ホント、魔法は便利だなぁ。本来なら重くて浮き上がることもできないだろうに。
「さあ、これで魂はおまえのものだ。と言ってもおまえには見えないから信用できないか?」
 レオはヴルペクラにかごを渡した。ヴルペクラはそれをじっと覗き込み、
「信じましょう。ここまでしてくださる方がひとをだますとは思えません」
 と、あっさり言ってのけた。ぼくは耳をうたがったよ。本気で言ってるのそれ? 君はそうやって男を信じた結果、こんなことになっちゃったんだろう? それなのに今日会ったばかりの赤の他人を信用して、見た感じからっぽのかごに莫大なお金を払って、学習しないんだろうか。もう少し疑った方がいいと思うけどなぁ。
「それでは早速悪魔をお呼びしましょう」
 そう言ってヴルペクラはぼくらを空き部屋に案内した。元々使用人が使っていた部屋で、現在は物置として使われているらしい。板だけのベッドや無駄にでかいクローゼットなど様々な家具が壁沿いに置かれ、床には壊れた椅子の脚や折れた傘などのガラクタが転がっていた。
 ヴルペクラはクローゼットを開き、中から儀式の道具を取り出し、並べはじめた。部屋の中央に魔法陣の描かれた大きな紙を敷き、その周りにろうそくを立て、銀の食器を置く。ろうそくに火をつけるといかにもな雰囲気ができあがり、知識のないぼくにはさも悪魔を呼び出せそうな禍々まがまがしさが感じられた。
 ヴルペクラは言った。
「では儀式をはじめようと思いますが、たしかあなた方は隠れて儀式を見守ってくださるのですよね?」
 レオは不敵な笑みを浮かべ、じっとヴルペクラの瞳を覗き込み、妙に響く声で言った。
「ああ。だがおまえはそれを知らない。おまえはひとりで若い女を殺し、ひとりでこの魂を用意した。ここにはおまえしかいない。そうだろう?」
 するとヴルペクラはぼうっとして、
「……そうでした。わたくしはひとりで若い女を殺し、ひとりでこの魂を用意しました。ここにはわたくししかおりません」
 と、うつろな目で言った。明らかに正気じゃない。ぼくはレオに、
「呪術?」
 と訊いた。
「そうだ」
 レオはフフと笑い、言った。
「本来、愛した男を呪い殺すなどというおぞましい姿は見られたくないはずだ。だからその欲求を現実のものとして信じさせてやった」
「なんでそんなことを?」
「これほどのアホのことだ。我々が隠れて覗き見していると、きっとこちらに視線を向けたり、言葉に漏らしたりするだろう。それでは隠れられない。だから忘れてもらったのさ。さあ、わかったら隠れるぞ。いつまでも視界にいると呪いが解けてしまうからな。音は気にしなくていい。聞かれない魔法をかけた」
 ぼくらは急いでクローゼットに隠れ、戸の隙間から部屋の様子をうかがった。ちょうどヴルペクラと魔法陣が横に並んで見える絶好の位置だった。
 やがてヴルペクラは意識を取り戻したようで、手に持っている銀のかごを再び覗き込んだ。すると、
「ふふ……ふふふ……あははは」
 笑った。静かに、ぞくぞくするような気持ちの悪い声でほくそ笑んだ。その顔は徐々にゆがんでいき、ぐにゃりと湿った音のしそうな得体の知れない笑顔になった。
「殺せる……これであの土民を呪い殺せる……あははは! あははははは!」
「うわぁ……」
 ぼくは思わず声を漏らした。これが人間の顔なのか。まるでバケモノじゃないか。目はギラギラに見開き、口は裂けそうなほど開いている。もしこれと夜道で出会ったら、ぼくは正気しょうきでいられる自信がない。貴族は見てくれを気にするから、ぼくらの前では猫かぶってたんだろう。顔だけでなく、言葉も大きく歪んでいた。
「おまえが悪いんだ! わたしをだましたおまえが! 殺してやる! 絶対に殺してやる! 苦しめ! 苦しめ! 苦しんで死ね! 悪魔の呪いで最悪の苦痛を味あわせて殺してやる! 手足をもいでもらおうか! 体中をずたずたにしてもらおうか! それともわたしをだましてたねそそいだ、あのあさましいいちもつをねじり切ってもらおうか! あははは! あははは!」
 ……壊れてる。これが本当の彼女なのか。それとも苦しみにもがくうちに、こうなってしまったのか。
 いったいどれだけ苦しめば、ひとはこうなってしまうのだろう。そう思うとぼくは悲しくなって、胸がズキズキ痛くなった。
「アーサー……」
 レオが急に心配そうな声を出した。
「なんだい、レオ?」
「なぜ泣いている」
「えっ?」
 そう言われ、ぼくは自分が涙をこぼしていることに気づいた。
「あっ……」
「どうした。なぜおまえが泣く。あの女は他人じゃないか」
「そう……そうだけど、悲しいじゃないか」
「ほう?」
「だって、ヴルペクラはただ好きになったひとをひたすら愛しただけなんだろう? ただ愛したひとといっしょになりたいって願っただけなんだろう? それなのに、あんなふうになってしまうなんて……悲しいじゃないか」
 そう言った途端、ぼくは自分でもわかるくらいぼろぼろ涙を流した。口に出した途端、感情が込み上げて抑えきれなくなっていた。
「だがアーサー、自業自得だ。貴族の身で、しかも許嫁いいなづけがあるというのに、その立場のまま農夫と関係を持ったあの女が悪い。子供ができれば思い通りになるなどと勝手に決めつけ、欲望に身を任せた結果があれだ」
「そんなのわかってるよ!」
「……」
「その通りさ。彼女にも非があることくらいわかってる。たしかに男も悪いけど、ろくに考えもしなかった彼女も大間違いだってことくらいぼくにもわかる。わかってる。だけど……それでも彼女はただひとを愛しただけじゃないか!」
「……」
「それなのにあんな顔になって、あんな言葉を口にして、最後には死んじゃうなんて……そんなのってないよ!」
「アーサー……」
 レオは嗚咽おえつ混じりに震えるぼくの体をぎゅっと抱きしめた。ぼくはその胸にしがみつき、
「助けたい! どうにかして、あのひとを救ってあげたい!」
「それは無理だ……」
「どうして!?」
「もう死相が出ている。助かりようがない。そもそも我々と出会ったときから死相が出ていたじゃないか」
「……」
 ぼくは言葉に詰まった。そう、死相が出てしまえばもう、どうあっても助からない。そんなことはわかっているはずだった。
「まったく、おまえは……」
 狭いクローゼットの中、レオはぼくの両肩をつかみ、言った。
「いいだろう。無理だとは思うが、なんとか救う努力をしてみよう」
「本当?」
「本来ならあんな女、死のうがどうなろうが構わんのだが、おまえが悲しむのであればわたしもこころぐるしい。金なら十分むしり取ったしな。ただし無理だぞ。いままでいちどだって死相の出た人間を救えた試しはないんだ。できたら幸運程度に思え」
 レオはやさしく、そしてきびしい声で言った。なにも見えない暗闇の中、レオの鋭い眼差しがぼくの目をまっすぐ見つめているのがわかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

冴えない建築家いずれ巨匠へと至る

木工槍鉋
ファンタジー
「建築とは、単なる箱を作ることではない。そこに流れる『時』を設計することだ――」 かつてそう語り、伝説の巨匠と呼ばれることになる男も、かつては己の名前に怯えるだけの冴えない二級建築士だった。 安藤研吾、40代。独立したものの仕事はなく、下請けとして「情緒のない真四角な箱」の図面を引き続ける日々。そんな彼が恩師に教えられた座標の先で迷い込んだのは、昭和初期を彷彿とさせる、魔法のない異世界だった。 現代の建築知識、そして一釘一釘を大切にする頑固大工との出会い。 「便利さ」ではなく「住む人の幸せ」を求めて、研吾は廃村に時計台を建て、水路を拓き、人々の暮らしを再生していく。 異世界で「百年の計」を学んだ研吾が現実世界に戻ったとき、その設計は現代の建築界をも揺るがし始める。 これは、一人の男が仕事への誇りを取り戻し、本物の「巨匠」へと駆け上がるまでの、ひたむきな再建の記録。

背徳のミラールージュ(母と子 それぞれが年の差恋愛にのめり込んでいく鏡写し)

MisakiNonagase
恋愛
24歳の市役所職員・中村洋平には、自慢の恋人がいた。2歳年上の小学校教師、夏海。誰もが羨む「正解」の幸せの中にいたはずだった。 しかし、50歳になる母・美鈴が21歳の青年・翔吾と恋に落ちたとき、歯車は狂い出す。 ​母の恋路を「不潔だ」と蔑んでいた洋平だったが、気づけば自分もまた、抗えない引力に引き寄せられていた。  その相手は、母の恋人の母親であり、二回りも年上の柳田悦子。 ​純愛か、背徳か。4年付き合った恋人を捨ててまで、なぜ僕は「彼女」を求めてしまうのか。 交差する二組の親子。歪な四角関係の果てに、彼らが見つける愛の形とは――。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密

まさき
青春
 俺は今、東大院生の実験対象になっている。  ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。  「家庭教師です。住まわせてください」  突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。  桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。  偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。  咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。  距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。  「データじゃなくて、私がそう思っています」  嘘をついているような顔じゃなかった。  偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。  不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...