魂売りのレオ

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第三話 その自殺、止めるべからず

その自殺、止めるべからず 二

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 ぼくらは群衆に混じって建物の屋上を見上げた。
 四階建てのアパート、その屋上のへりに、ひとりの男が危なげに立っていた。
「大変だ、止めなきゃ!」
 ぼくは必死になって「死ぬな」と叫んだ。自殺なんてしちゃいけない。せっかく生まれてきたいのちじゃないか。それを自らの手で捨ててしまうなんて、なにがあったか知らないけど、そんなのダメだ。
 それなのにレオは、
「やめろ、アーサー」
 ぼくを制した。
「他人ごとだ。口を出すな」
「なんでさ。ひとが死のうとしてるんだよ。助けなきゃ!」
「バカを言うな。おまえはあの男がなぜ死ぬのか知っているのか?」
「そんなの知るわけないよ!」
「なら放っておけ。死にたいヤツは死なせてやればいい」
 レオはさらりと言ってのけた。そんなのひどい! この世にいのちよりとうといものはないっていうのに……まさか、
「わかったぞ! レオ、魂を回収するつもりだろう」
「なに?」
「自殺なら因果は生まれないからね。なんの不安もなく商品を補充できるってわけだ」
「おいおい、アーサー。我々は観光に来てるんだぞ。いまは仕事をするつもりはない」
「嘘だね。レオはいつも嘘をつくじゃないか。なんだかんだ言って、飛び降りるのを待ってるんだろう」
「ふうむ、困った」
 レオはそう言って腕を組んだ。困っただって? それはぼくに嘘つき呼ばわりされてることに困ってるんじゃなくて、きっとぼくを欺けなかったから困ってるんだろう?
「嘘じゃないって言うんなら、魔法であのひとを助けてあげてよ」
「だから助けるなと言ってるだろう」
「なんでさ!」
「それはだな……」
 とレオが言いかけると、
「おい、君はいまなんて言った!?」
 レオに向かってひとりの男が声をかけた。
「助けるなと、そう言ったのか?」
 男は険しい顔をしていた。
 背が高く、体格も立派で、キリッとした容姿のさわやかな男だった。歳は三十かそこらで、かなり裕福らしく、身なりがいい。
 ぼくらの住む国は服を見ればだいたい収入がわかる。製糸と服飾が発達しているせいか、他国と比べておしゃれな国民性で、多種多様なデザインの衣類が出回っており、みんなファッション・センスを競い合っている。庶民でもそれなりにいい格好をしており、金持ちとなればその収入に見合った服を着なければ恥をかく。
 彼の服装はシンプルながらもピシッとしており、パッと見ただけで高級な素材を使っているのがわかった。おそらく敏腕だろう。ぽっと出のきんはたいがい趣味の悪い金持ち衣装を着るが、努力実力で金持ちになった人間はあまり着飾らない。
 男は眉をひそめ、言った。
「なんてことを言うんだ。いままさに飛び降りて死のうとしているひとを、助けるなだと?」
「……」
 レオは答えなかった。というより聞いてないらしく、目をパチクリさせ男の顔を見つめていた。
「おい、聞いているのか?」
「えっ? なんだって?」
 やっぱり聞いてなかった。しかしなんで男の顔を見つめていたんだろう。なにか気になることでもあったのかな?
 男は苛立いらだちを見せながらも冷静に言った。
「あのなあ、君には正義感というものがないのか。ひとが死のうとしているのに助けるななんて、まるでひとの不幸を望んでるみたいじゃないか。どうかしてるんじゃないのか?」
「ふん、正義感ねえ」
 レオは鼻で笑って言い捨てた。正義という言葉はレオの最もきらいな言葉のひとつだ。聞くと反吐へどが出るという。ホント、騎士道の真逆を行くひとだよ。
 レオはいつも通り見下すような口ぶりで、
「名も知らぬ赤の他人に正義だなんだととやかく言われる筋合いはない。せろ」
 と不機嫌に言った。すると男は失せるどころか意思を押し出すように胸を張り、
「なんだと? なら名乗ればいいのか。いいだろう。わたしはアクベンス。中央歓楽街にあるスターダスト・カジノのオーナーだ」
 中央歓楽街のカジノオーナー? するととんでもない富豪だ。なんせ中央はこの街で一番金の集まる地区だと聞いている。なんだかすごいひととぶつかっちゃったなぁ。
「名乗られたら名乗り返すのが礼儀だと思うが、君のような人間は名前がないかな?」
 とアクベンスはあからさまな挑発をした。しかし名乗ってはいけない。ぼくらはいま”顔を覚えられない魔法”がかけてあり、目立たないようになっているが、魔法は矛盾に弱いから、名を名乗ればこの魔法は解けてしまう。レオのような緑髪の美女が認識されれば一気に注目を浴びて、もうこの街では魔法が効かなくなってしまうだろう。
 しかし、裏技がある。
「わたしはミドリだ」
 偽名ぎめいだ。この魔法は偽名を名乗れば、その相手にだけ顔を認識させることができる。この技法を知っている魔術師がどれだけいるか。その点だけ見てもレオの知識の深さがうかがえる。
 ちなみにレオは偽名を使うときは決まって自身をミドリ、ぼくをクロと言う。それは髪の毛の色が異国の言葉で”ミドリ”と”クロ”だかららしい。
「うお……」
 レオを認識した瞬間アクベンスはたじろいだ。そうだろう。なんせレオはこの世で最も美しい。少なくともぼくはレオよりきれいで魅力的なひとを見たことがない。恋人ということを差し置いても、世界一だと思う。
「そしてこっちはクロだ」
 そう言ってレオはぼくを示した。すると、
「む……」
 とアクベンスは口をつぐんだ。なんだよ、”む”って。そんなこわばった顔して、いったいぼくを見てなにが”む”なんだよ。なんかちょっとむかつくな。
 アクベンスはいまいちどレオに向き直り、コホンと咳払いをして言った。
「ミドリさん、あなたはひととして言ってはいけないことを言った。どうしてそれがわからないんだ」
「なにがいけない。死にたければ死なせてやればいいだろう。身内ならともかく、原因も知らんくせに他人を助けるもんじゃない」
「他人だって? おなじ国の、おなじ仲間じゃないか。どうしてそんなことが言えるんだ」
 そうだそうだ、アクベンスの言う通りだ。
「少しはクロさんの正義感を見習ったらどうだ」
 そう言ってアクベンスはぼくの両手を握り、
「ああ、クロさん。あなたは正しい。お姉さんの間違いはきっとわたしが正しますからね」
 と、まっすぐな眼差しを向けてきた。
 なんだこいつ、気持ち悪いなぁ。男同士で手を握って、変に目を潤わせて、どっかおかしいんじゃないのか? 貫禄もあるし、かなり立派なひとに見えるけど、このあいだの人形使いのこともあるし、少し疑って見ておこう。
 ……というか”お姉さん”って、こいつもぼくを弟だと思ってるな。女にしては高身長のレオに対し、背の低いぼくはよく弟、下手をすれば妹と勘違いされる。ぼくはレオの恋人で、同い年だってのに。
 ぼくはムカついたし気持ち悪かったからアクベンスの手を振り払った。すると、
「あっ……」
 アクベンスは少し悲しそうな顔をした。やっぱり変なヤツだなこいつ。まさかホモじゃないよな?
「ふふ、こいつが正しい……か」
 レオはクスクス笑い、言った。
「なら、あの死のうとしてる男を助けることが正しい——と、きさまは言うんだな」
「ああ、もちろんだ」
 アクベンスはたたずまいを正し、キッとした目つきで言った。するとレオは言った。
「ならきさまが助けてみせろ」
「なに?」
「わたしに言わせれば、なんの手助けもせず、群衆に混じって死ぬなと叫んでいるのは、なにもしないのとおなじだ。みずからいのちをつとういのはすさまじい精神状態だ。あと一歩足を踏み出せば死んでしまう。その状況に持ってくることさえ、ふつうならできない。それを遠くから死ぬな死ぬなと騒いだところで止められるはずがなかろう」
「しかし、どうすれば助けられるだろうか。話を聞くと、屋上の入り口はなにかで塞がれていて簡単には入れないそうだが……」
「問題を解決してやればいい」
「問題を解決?」
「死にたいということは、それなりに理由があるんだろう。ならそれを訊いて、きさまが解決してやればいい。まあ、できることとできないことがあるから、なんとも言えんがな」
「そうか……」
 アクベンスはあごに手を置き、ふっと屋上の男を見上げ、
「おーい! 話を聞いてくれー!」
 大声で叫んだ。
「わたしはスターダスト・カジノのオーナー、アクベンスだ! 君はなぜ死のうとしてるんだ!?」
 すると返事が返ってきた。
「なに? カジノのオーナーだって!?」
「そうだー!」
「クソッタレー! カジノがなきゃあおれはこんなことにならなかったんだ! ちくしょー!」
「なんだって!? ど、どういうことだー!?」
「すっとぼけやがって! てめえらカジノがイカサマでおれたちの金をむしり取るからだろうがー! おれはそのせいで借金まみれになって、もう死ぬしかねえんだよー!」
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