魂売りのレオ

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第四話 アクアリウスの罠

アクアリウスの罠 三

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 アクアリウスは各国を旅して来たという。
 目的は、レオの欠損した肉体を再生する薬を作ること。そして失われた機能を治すことだ。
 しかしそれは叶わなかった。
「おもしろい薬ならいくらかできたんだけどね」
 そう言って彼女は上着のポケットから拳大こぶしだいの薬ビンを二本取り出し、テーブルに並べて見せた。
「えっ?」
 ぼくは目を丸くした。なにせ彼女のポケットは平べったい。こんなものが二本もあれば、もっと膨らんでいたはずだ。いったいどこに入っていたというのか。
 答えは魔法だった。あとでレオに教えてもらったが、アクアリウスのポケットはどこかの倉庫と魔法で繋がっているらしく、いつどこにいてもほしいものが取り出せるそうだ。これはレオにもできないほど難しい魔法で、単に魔力が多いだけではない、アクアリウスの腕前があってはじめて成せるわざだという。
 そんな高等技術を見せておきながら、アクアリウスはなんでもない顔で薬の説明をはじめた。
「これが男を積極的にする薬。これを飲んだ男は血を見た猛牛みたいに突っ込んでくるわ。それとこれは惚れさせ薬。これを飲むと吐息が甘くなって、男を惑わせる息になるの」
 いやいや、ずいぶん変なものばかりじゃないか。清らかに見えて、このひとけっこう危ないぞ。
 しかしレオの反応はなかなかのもので、
「さすがはアクア様、すばらしい薬をお作りになる」
 と感嘆していた。たぶんお世辞抜きの本心だろう。さっきまで沈んでいたレオの目がキラキラ輝いている。まさか作り方を教わってぼくに使うつもりじゃないだろうな。
「せっかくだからレオにあげるわ」
 げっ!
「本当ですか!」
「期待外れのお詫び。きっとアーサー君はあまり積極的じゃないでしょ」
 へっ?
「いろんな男を見てきたわたしの勘がそう言ってるの。この子は真面目ぶってるむっつりスケベだって。だから乗り気にさせたいときに使いなさい」
 な、なんてこと言うんだこのひと! ていうか失礼だよ!
「おっしゃる通りです。アーサーは好き者のくせに、騎士道だのなんだのと言って、興味のないふりをするのです」
 違う! ぼくは騎士としてのこころ構えをしっかりしてるだけだ!
「やっぱりね。でもその方がいじめがいがあるでしょう? 奥手な男の子を惑わせるのは、とてもたのしいもの」
「はい」
 はい、じゃないよ! なんなんだこの師弟は……
「あとで使ってみなさい。無味無臭だから飲み物に混ぜるといいわ」
「それは便利ですね。ありがたく頂戴いたします」
 ちょっと、やめてよ! ぼくこれから飲み物ぜんぶ気にしなきゃならないじゃないか!
「あら、アーサー君に聞かれちゃったわ。こっそり使った方がおもしろいのに」
 な、なにを言ってるんだこのひとは。いっしょに話してるんだから聞かれるもなにもないだろう。
「でもアーサー君、あなたはこの薬のことを知らないわ。だって、知っていたらなにか飲むたびに薬が入っていないか心配でいやでしょう? そう、あなたはこの薬のことを知らない。そうよね?」
「えっ……?」
 ……
 ……
 ……
「はい、なんのことだか……」
 あれ、なんの話をしてたんだっけ。頭がぼうっとする……
 そうだ、レオの体を治す薬が作れなかったんだ。そりゃそうだよね。だって、怪我を治す魔法だってないのに、失った体の一部を再生する薬なんかできるはずがない。そんなことができたら人間はきっと寿命でしか死ななくなる。その方が悲しむひとがいなくていいだろうけど、そうすると生き物の摂理せつりが壊れてしまうかもしれない。それはそれでなんだか怖いことな気がする。レオが悲しむのは残念だけど……
 ——って、レオはぜんぜん落ち込んでないな。むしろたのしそうに笑ってる。
「さすがは師匠。わたしなど及びもつかない、なめらかな術さばき。お見事です」
 なにが? ううん、なんだかぼうっとするなぁ。
「レオ、それはすぐにしまいなさい。そこのレグルスちゃんに持って行かせるといいわ」
「はい。レグルス、そういうことだ」
「は、はい……」
 レグルスはなにやら液体の入った二本のビンを手に取り、やけにほほを赤くして、ぼくをちらちら見て、館へと去って行った。なんだろう? 変なの。
「さて、このまま話をするのもいいけど、ひとまず買い付けをさせてくれない?」
「は、買い付けと言いますと、魂のですか?」
「ええ。いますぐ必要なわけじゃないけど、ある程度は霊薬を作っておきたいから」
「わかりました。そのあとはきっと、ゆっくりしていかれますよね?」
「もちろんよ。それにしばらくこっちにいるつもりだしね」
 アクアリウスはそう言って池の方を向き、
「スード、ちょっといいかしら?」
 と、使い魔サダルスードを呼んだ。
「はい、ただいま」
 スードはハッと顔を上げ、白いカラスになって飛んできた。そしてまたひとの姿に変わり、
「ご用でしょうか」
「魂の買い付けをしてもらえないかしら。あなたなら、どんなものを買えばいいかわかるでしょう? レオについて行って、見せてもらってちょうだい」
「はい。しかし……」
「なに?」
「せっかくのレオ様とのご再開、あなた様がご同行すべきかと……」
「ウフフ、わたしはこのアーサー君とお話しがしたいの」
「アーサー様と?」
「わたしの見てないうちに、レオがどんな悪行を行ったか訊きたいのよ」
「ち、ちょっと……アクア様……」
 レオは手を”まって”のかたちで伸ばしておろおろした。なんだかかわいいなぁ。いつも気丈なレオが慌てるなんて、ちょっとたのしくなってきたぞ。
「レオ、師匠が言ってるんだから行ってきなよ」
「あ、アーサー!」
「ほら、行きなさい。内緒話の邪魔よ」
「あ、アクア様……! くっ……行ってきます! すぐに戻りますからね!」
 レオはそう言って、足早にスードを連れて、館に入って行った。あのレオが本気で焦っている。たぶんかなり”巻き”で済ますつもりだろう。しかし、
「ウフフ、しばらく帰ってこないわ。長引かせるようスードに合図しておいたから」
 とアクアリウスは笑った。
 無邪気なひとだ。大人としての貫禄もありながら、妙に子供っぽい。そのうえで男遊びが盛んだというから、どうにもちぐはぐに感じる。このひと本当に立派なのか? なんか変なんだよなぁ。別に裏がありそうなわけじゃないけど、どこか不純なにおいがする。あくまで勘でしかないけど、この清浄な笑顔の向こうに、なにかおどろおどろしいものが潜んでいる気がする。
 そんなぼくの疑惑をよそに、アクアリウスはニコニコと話しかけてきた。
「ねえ、アーサー君。あの子どれくらい強くなったかしら」
「どれくらい……?」
「二年前はまだアルテルフしか使い魔がいなかったわ。だけどレグルスもいるでしょう。何匹いるの?」
「四匹ですけど……」
「四匹!?」
 アクアリウスはガタッと椅子から腰を上げた。使い魔が四匹いてどうだというのか。
「それ本当?」
「まあ……」
「あなた、それがどれほどのことか知らないの?」
「ぼくは魔術師じゃなくて騎士ですから、さっぱり……」
「はあ……」
 彼女はなかば呆れているようだった。というのも、使い魔というのはいるだけでかなりの魔力を消費するらしく、四匹というのは異常な数らしい。
「いい? まず並の魔術師なら使い魔は一匹、それもひとに変げできない者しか使役できないわ。変げさせる契約をするには魂を繋げて、常に魔力が送られるようにしなくちゃいけないの。体力で言えば寝ても起きてもマラソンしてるようなものよ。まあ、大地の魔力を引っ張り込んだりする裏技もあるけど、それでも優秀な魔術師で変げ一匹、熟達してやっと二匹ってとこね。それを四匹も契約してるなんてありえないわ」
「でも実際にしてますよ」
「……とんでもない魔力ね。人間の域を超えてるわ」
 そう言ってアクアリウスは親指の爪をカリッと噛んだ。うれしいのか、それとも別の感情か。ぼくには判断がつかない。
「ねえ、ほかになにかすごいことはある? わたしはあの子の成長が知りたいの!」
 アクアリウスはテーブルを両手で叩き、前のめりになった。思ったより興奮しやすいひとなのかな。笑顔の内側でなにかが燃えているのを感じる。
「ええと、怒ると赤くなります」
「なにそれ!?」
 レオは本気で怒ると魔力が暴走する。感情の爆発と同時に稲妻を撒き散らし、魔力の風が吹き荒れ、緑色の髪や、薄だいだい色の肌、そしてエメラルドの瞳がルビーのように赤く変色する。ぼくはそれを、赤い魔力がレオの体を染めているのだと思っている。しかし、
「そんなの聞いたことないわ……」
 アクアリウスは驚嘆きょうたんしていた。
「魔力というのはね、密度を増すと色を変えるものなの。薄いと青色、濃くなると緑、その上が赤色、そしてもっと濃くなると——」
 アクアリウスは右手を前に出し、
「こうなるわ」
 その手を黄金に輝く稲妻が這った。
「金色……?」
「そう。通説では、赤が最も濃いとされているけど、本気で魔力をコントロールすれば、赤よりも濃い、金色の魔力が出せるのよ。だからもし魔力が止めどなく体に蓄積されるというのなら、赤よりも上の金になるはずなの。それが、体が赤く変色するなんておかしいわ」
「それじゃあレオはいったい……」
「わからない。わからないわ……」
 アクアリウスは再び爪を噛み、視線を落とした。ぼくと話していることなんか忘れてるみたいに考え込み、
「見てみたいわぁ……」
 と、つぶやいた。
 なんだかちょっと怖いなぁ。ぼくは話題を変えようと、少しだけ話をずらした。
「でもレオってすごいですよね。どうしてあんなに魔力があるんでしょう」
 すると、
 ——ぴたり。
 アクアリウスの体が一瞬硬直し、
「知らないの?」
「え?」
「あなた、なにも聞いてないの? レオがいつから強い魔力を持つようになったか」
「はい……」
「……」
 アクアリウスは下くちびるに指を添え、
「そう……話してない、か。まあ、無理もないかも……」
 と、ひとり納得するように言った。なんだろう、重い空気を感じる。あまり触れてはいけない話題だったのかもしれない。しかしこうなるとぼくも気になってしまう。なにせ愛するレオのことだ。知れることならすべて知りたい。
「あの、なにがあったんですか?」
 そう言うと、アクアリウスはひと呼吸置き、
「……知りたい?」
 と言ってぼくの目をまっすぐ見つめた。相変わらずの笑顔だが、静かな重圧を感じる。やはり話しにくいことらしい。しかしそれでもぼくは、
「はい」
 と言った。するとアクアリウスは館の方に目を向け、
「……レオはまだ戻って来なさそうね」
 そう言って椅子に深く座り直し、テーブルの上で指折り手を組んだ。
「……いいわ、話してあげる。あの子になにがあったのか。あの子にどんな過去があるのかをね」
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