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第十五話 そうだ、温泉に行こう
そうだ、温泉に行こう 一
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ふるい言葉で”天は二物を与えず”なんてのがありますが、ありゃ嘘ですね。世の中には頭がよくて容姿端麗、運動神経抜群なうえに運も性格もいいってひとがいます。
それに比べてわたしときたら、顔も悪いし頭も悪い、仕事もヘマばっかりで、ばくち狂いのひねくれ者です。ほめるところなんか、ひとつもありゃしません。
世の中は不公平です。生まれた瞬間からある程度の優劣が決まっていると言っても過言ではありません。アメリカの調査では、美女の方があきらかにチップを多くもらえるんだとか。
でも人間のしあわせって優劣だけで決まるものでしょうか。美人は夜道が怖いでしょうし、変な男も寄ってきます。みんな苦労が絶えないもんです。
自信のないみなさん、自分がおきらいですか? わたしは好きです。ダメでクズな男ですが、なんとこれが一生の宝物なんですよ。
第十五話 そうだ、温泉に行こう
ぼくはアーサー。歳は十七。元騎士で、幼いころから剣術を学び、いまなお休むことなく鍛錬を続けている。
稽古の相手はレグルスだ。彼女はレオの使い魔で、すさまじいパワーと戦闘センスを持つ生粋の武人だ。片腕で巨岩を転がす腕力、一瞬で数メートルを跳躍する俊敏さ、そして柔軟な身のこなし——その体はまさに剣を振るうためにあるといってもいいだろう。
彼女がいるおかげでぼくの剣は錆びつかずにいる。ぼくは世界で一番強いから、並の相手じゃお話にならない。
まあ……いつも負けるのはぼくなんだけどね。
でもしょうがないんだ。だって彼女相手だと本当の実力が出せない。なにせレグルスはとびきりの美女だ。
褐色の健康的な肌に、短めの黒髪、クリッと丸いまなざしと太めの眉がチャーミングで、思わず恋しちゃいそうなほどかわいらしい。それでいてスタイルも抜群だ。
……そう、抜群なんだ。彼女の胸部には大きなふたつの果実が実っており、それが動くたびにゆさゆさ揺れて、剣なんか振るうともうブルンブルンする。しかも下着が苦手らしく、ブラをしてないから先端の尖りや、その周りのぷっくりした輪っかも浮き出て、ぼくの集中力をぎゅうっと吸い込んでしまう。
おかげでボロ負けだよ。稽古のたびに、一勝百敗くらいの戦績を重ねてしまう。だって、つい目がいっちゃうんだもの!
今日だってそうさ。冬の寒さが身に沁みる午後の日差しの中、ぼくらは庭で木剣をぶつけ合った。パワーとスピードのレグルスを、ぼくのわざで必死に受け流し、なんとか一撃を入れようと立ち向かった。
だけどやっぱりダメだね。どうしても目がいっちゃう。おかげですべてのチャンスで反撃を喰らい、開始三十分で二十回は叩かれた。痛くないよう魔法のかかった木剣だから怪我もダメージもないけど、打たれた分こころが痛い。
「アーサー様、もっと集中してください」
レグルスはキリッとまなじり強く言った。
「あなた様の剣は騎士の剣——すなわちレオ様をお守りする剣です。それがこれでは心許ない」
「ご、ごめん……」
「謝るより、お力をお見せください。誇りがあるのでしょう?」
剣を握ったレグルスはかなりきびしい。ふだんから生真面目だけど、元が密林を支配する野生の猛虎だからか、戦闘に関してはドギツイほどの誇りと信念を持っている。
そして相手だけでなく、自分にはもっときびしい。
「情けない! わたくしがいま、どんな想いで剣を握っているか……」
「え?」
「わたくしはいま、破廉恥と闘っているのですよ」
は、破廉恥と闘っている?
「レオ様はわたくしに、乳房を固く抑えるウェアをご用意してくださいました。それを着れば揺れも膨らみも抑えられ、先端も目立ちません」
へ? でも君がいま着ているのはいつもの……
「そうです。着慣れたぴっちりのシャツです」
なんで? 着ればいいじゃないか。
「それではいけません。わたくしは克服しなければならないのです」
なにを?
「わたくしは破廉恥が苦手です。裸を見るのも見られるのも恥ずかしいし、性に関することは単語を耳にするだけでも涙が出てしまいそうになります」
そう、レグルスはみだらなことが苦手だ。これだけの戦闘能力を持っていながら、性器の名称ひとつ聞いただけで顔を真っ赤にしてヘナヘナしちゃうほどだ。
「剣士がこれでいいはずがありません。レオ様はだれよりもお強いですが、万が一魔法が使えない状況にでもなれば肉体は貧弱です。もしそのとき、たとえばわたくしが裸で戦わなければならないとしたら、どうでしょう」
ううん……そりゃ大変だ。丸見えじゃレグルスは泣いちゃうだろう。
「だからです。わたくしは破廉恥を克服すべく、あえてアーサー様にお恥ずかしいところをお見せしているのです!」
そう言ってレグルスは胸を張った。
でもそれがトリガーとなったのだろう。
「……ひ、ひぃ」
途端、凛としたまなざしがぐにゃぐにゃになり、カーッと赤く染まって口をもごもごさせた。
「は、早く再開しましょう! わたくし意識した途端恥ずかしくなって……し、集中しなきゃ……はうぅ」
わあー、なんだかすっごくかわいいなあ。しっかりした女の子が恥ずかしそうにするのって、ぼくドキドキしちゃう。つい悪い方に”集中”しちゃうよ。
「さあ、け、剣を構えて! 稽古ですよ! け、稽古……稽古ぉ……」
あらら、目をつぶって震えちゃって。これじゃあ戦いにならないだろうに。
それにしてもすごいなあ。だって、こんなに恥ずかしいのに、三十分ずっと耐えてきたんだろう? とんでもない集中力だ。ぼくは開始早々大きくなっちゃったってのに、こりゃ精神力では負けたかもしれない。
「だ、ダメです! アーサー様! 引っ叩いてください!」
へ?
「木剣ではなく、その手で!」
「ちょっと! そんなことしたら本当に痛いよ!」
「痛くするのです!」
「な、なんでそんな……」
「わたくしはいま、こころが負けています! 気が抜けています! 弱いからこうなるのです! だからお願い、喝を入れてください! さあ!」
レグルスは、なおも目をつぶったまま叫んだ。しかしぼくは躊躇せずにいられなかった。
おなじ剣士として気持ちがわからないでもない。強さを求めれば、腕力、技術を支える”精神力”が必要になる。これが弱いとどれほど腕があっても意味を成さない。
だからこその鍛錬だ。レグルスは強靭であろうとして、精神的弱さを打ち消す努力をしている。彼女を想うなら思いっきりやるべきだ。
だけど、大好きなレグルスに手を上げるなんて……
「やってやればいいじゃないのさぁ」
ふと、女の声がした。
やや低めの艶やかな声色。どこか気だるげで、やさぐれた娼婦を思わせる口調。
「強くなるために打たれようなんて立派じゃないかい。その子を想うなら鬼になればいいさね」
ぼくは声のした森の小道に目を向けた。そこには美しくも恐ろしい美女が立っていた。
紫がかった黒髪が長く、うねうねと癖を描いている。怒ったように吊り上がる眉は細く、目つきもキッと強い。たのしげに笑っているのに、殺伐とした威圧感を撒き散らしている。
「ライブラ!」
「やあ、アーサー。ひさしぶりだね」
そこにいたのはライブラだった。彼女は呪いによって客の依頼をこなす”呪術師”で、仕事でよく魂を使うため、こうしてレオの元に買いにくる。はじめて会ったのは数ヶ月前で、月に二、三回買い物に現れる上客だ。
だけどぼく、あんまり得意じゃないんだよなあ。だって、ちょっぴり怖いし、それにこころを読むんだ。
「へえ……なるほどねぇ。こりゃ甘酸っぱくてしょうがないねぇ」
な、なにが?
「なにがって、あんたらふたりのことさぁ。アーサーはアーサーで清純ぶってるし、レグルスなんてド破廉恥じゃないかぁ」
「わ、わたくしが破廉恥ですって!?」
レグルスはより顔を真っ赤にして叫んだ。強さを求める彼女のどこが破廉恥だっていうんだろう。
「だってあんた、本当は戦いのためじゃないんだろ?」
「ギクッ!」
ギクッ?
「破廉恥を克服したいのは、強くなるためなんかじゃなく、別の理由があるんだろ?」
「ち、ちが……!」
「早くシラフで抱かれてみたいねぇ。酔わずにまぐわうのはどんな気持ちだろうねぇ」
「はわわわわわ!」
レグルスは肩を縮めてガクガク震え、顔じゅうから湯気を出した。いったいどういうことだろう。もしかして強くなりたいっていうのは嘘で、恥ずかしいところを見せる目的が別にあるってこと?
「ねえ、レグルス。別の理由ってなに? どうして恥ずかしさを克服したいの?」
「はわわっ!」
レグルスはビクッと肩を跳ね上げ、ぼくから飛び退いた。そしてポロポロと涙を流し、
「違うのです! わた、わた、わたくしめはその……! う……うええええん!」
へたり込んで大泣きしてしまった。な、なんで!? なにがそんなに恥ずかしいの!?
「あーあー、泣かしちまったねぇ。悪い男だよ」
「そ、そんな! ぼくは別に……」
「だれだって知られたくないことはあるもんさ。だからあたしも深くは話さなかったのに、どうして訊いちまうかねぇ」
「き、君がこころを読んだせいじゃないか!」
「でも泣かしたのはあんたさ。あたしゃ知らないね」
そう言ってライブラは明後日の方向に目を向け、舌をチロチロ出した。ああもう! このひとはいつもこうだ! ふつうにあいさつすればいいだけなのに、こうやっていたずらしたり、いじめたりして、意味もなくトラブルを起こすんだ! そのうえ舌を出して挑発して、ろくな人間じゃないよ!
ぼくは文句を言おうとズカズカ歩き、ライブラの前に立った。そして、
「怒るよ!」
と睨みつけてやった。
だけど——
「なんだい、あたしに文句があんのかい」
ライブラは顔をずいっと前に出し、ぼくと鼻先が触れそうなほど近づいた。
(うっ……)
ぼくはつい身を引いてしまった。だって、すごくきれいで、怖い。
そして生き物の勝ち負けは”その瞬間”で決まる。ぼくは一瞬でも弱さを見せてしまった。
「文句があるのかって訊いてるんだよ。ねぇ」
ライブラはなおも顔を近づけた。するとぼくはヘビに睨まれたカエルように動けなくなり、それ以上うしろに退がれなかった。
それが決着だった。ライブラは震えるぼくの鼻先を、いたぶるみたいに鼻先でつついたり擦り合わせたりして、
「あんたあたしに逆らおうってのかい? 弱虫のくせに生意気だねぇ。ほら、ほら、こんなふうに制圧されて、あそこをおっ立たせちまうマゾヒストが、あたしになにを言おうってのさぁ。言ってみなよ、ほら、ほら」
うう……逆らえない。ぼくは強い騎士のはずなのに、ライブラに凄まれるとなにも言えなくなって、体が敗北を認めてしまう。しかもなぜか、それが妙に心地よくて、怖いのにこうなってしまう……
そんな、恐怖と恍惚の混じったぼくのこころに追い討ちをかけるよう、ライブラは恐ろしい瞳をまっすぐ向け、言った。
「謝りな」
「えっ?」
「マゾヒストのくせにライブラ様に楯突いて申し訳ありませんでした——って頭を下げな」
「そ、そんな……」
「いやなのかい?」
「だって……騎士のぼくがそんな……」
「おやおや、まだ楯突くのかい。こりゃ躾が必要だねぇ」
ライブラの声は言葉に反して大らかだった。でもそれがむしろ怖くて、すごくゾクゾクした。
「そうだ、あんた”ごめんなさいミルク”出しな」
ご、ごめんなさいミルク?
「ただ謝っても、命令されて仕方なくだろ? なら本気で謝ってることを証明するために、この場で下を脱いで、自分でして、ごめんなさいって言いながらミルク出しな」
「な、なに言ってるんだ!」
「本当に謝りたければ、それくらいの意思表示はできるはずさね。ぼくは謝罪の意思を見せるためなら、こんなに恥ずかしいことできます~~ってさぁ。そうだろ?」
「そ、そんなことできるわけ……」
「やるんだよ」
——ゾクッ!
ら、ライブラの声が……!
「あんたはあたしに逆らった罰として、あたしの見てる前で自分でするんだよ」
——ゾクゾクッ! 胸がうずく! 掻き乱される!
「男のくせに命令されて、くやしいのに興奮して、ごめんなさい、ごめんなさいって言いながら、その粗末なおもちゃから敗北ミルクびゅーびゅー出して、負けを認めるんだよ」
「や、やだ……」
「じゃあなんでビクビク跳ねてるんだい? どうしてズボンに手をかけてるんだい? そんなに震えて、よっぽどうれしいんだねえ! あははははは!」
それは無意識だった。いやだと言いながら、ぼくはそうしていた。
すごく怖い。すごくくやしい。なのに命令されるのがうれしくてたまらない!
「いいねぇ。やっぱりあんた、いじめがいがあるねぇ。それじゃあもうひとつ命令してあげるよ。してるあいだ、ずっと見てくださいって懇願しな。変態でごめんなさい、こんなことで気持ちよくなっちゃうマゾでごめんなさいって、ガニ股で見せつけながら謝りな。わかったね?」
「は……はい」
ぼくはふわふわの意識で応えた。そして、ズボンのボタンを外し、いままさに降ろそうとした、そのとき——
「そこまでだ、アホヅラ」
——ビクン! と、ぼくは止まった。
愛するひとの声で意識を取り戻し、慌ててボタンを留め直した。
「やあ、クソブス。遅かったじゃないかい。もう少しでアーサーがあたしの下僕になっちまうとこだったよ」
ライブラが彼女に視線を向けたおかげで、ぼくは呪縛から解き放たれ自由になった。
そして声のした方——館の入り口に目を向けた。
そこには、この世で最も強く、気高く、美しいぼくの妻が、ウィスキー片手にサラミをかじって笑っていた。
それに比べてわたしときたら、顔も悪いし頭も悪い、仕事もヘマばっかりで、ばくち狂いのひねくれ者です。ほめるところなんか、ひとつもありゃしません。
世の中は不公平です。生まれた瞬間からある程度の優劣が決まっていると言っても過言ではありません。アメリカの調査では、美女の方があきらかにチップを多くもらえるんだとか。
でも人間のしあわせって優劣だけで決まるものでしょうか。美人は夜道が怖いでしょうし、変な男も寄ってきます。みんな苦労が絶えないもんです。
自信のないみなさん、自分がおきらいですか? わたしは好きです。ダメでクズな男ですが、なんとこれが一生の宝物なんですよ。
第十五話 そうだ、温泉に行こう
ぼくはアーサー。歳は十七。元騎士で、幼いころから剣術を学び、いまなお休むことなく鍛錬を続けている。
稽古の相手はレグルスだ。彼女はレオの使い魔で、すさまじいパワーと戦闘センスを持つ生粋の武人だ。片腕で巨岩を転がす腕力、一瞬で数メートルを跳躍する俊敏さ、そして柔軟な身のこなし——その体はまさに剣を振るうためにあるといってもいいだろう。
彼女がいるおかげでぼくの剣は錆びつかずにいる。ぼくは世界で一番強いから、並の相手じゃお話にならない。
まあ……いつも負けるのはぼくなんだけどね。
でもしょうがないんだ。だって彼女相手だと本当の実力が出せない。なにせレグルスはとびきりの美女だ。
褐色の健康的な肌に、短めの黒髪、クリッと丸いまなざしと太めの眉がチャーミングで、思わず恋しちゃいそうなほどかわいらしい。それでいてスタイルも抜群だ。
……そう、抜群なんだ。彼女の胸部には大きなふたつの果実が実っており、それが動くたびにゆさゆさ揺れて、剣なんか振るうともうブルンブルンする。しかも下着が苦手らしく、ブラをしてないから先端の尖りや、その周りのぷっくりした輪っかも浮き出て、ぼくの集中力をぎゅうっと吸い込んでしまう。
おかげでボロ負けだよ。稽古のたびに、一勝百敗くらいの戦績を重ねてしまう。だって、つい目がいっちゃうんだもの!
今日だってそうさ。冬の寒さが身に沁みる午後の日差しの中、ぼくらは庭で木剣をぶつけ合った。パワーとスピードのレグルスを、ぼくのわざで必死に受け流し、なんとか一撃を入れようと立ち向かった。
だけどやっぱりダメだね。どうしても目がいっちゃう。おかげですべてのチャンスで反撃を喰らい、開始三十分で二十回は叩かれた。痛くないよう魔法のかかった木剣だから怪我もダメージもないけど、打たれた分こころが痛い。
「アーサー様、もっと集中してください」
レグルスはキリッとまなじり強く言った。
「あなた様の剣は騎士の剣——すなわちレオ様をお守りする剣です。それがこれでは心許ない」
「ご、ごめん……」
「謝るより、お力をお見せください。誇りがあるのでしょう?」
剣を握ったレグルスはかなりきびしい。ふだんから生真面目だけど、元が密林を支配する野生の猛虎だからか、戦闘に関してはドギツイほどの誇りと信念を持っている。
そして相手だけでなく、自分にはもっときびしい。
「情けない! わたくしがいま、どんな想いで剣を握っているか……」
「え?」
「わたくしはいま、破廉恥と闘っているのですよ」
は、破廉恥と闘っている?
「レオ様はわたくしに、乳房を固く抑えるウェアをご用意してくださいました。それを着れば揺れも膨らみも抑えられ、先端も目立ちません」
へ? でも君がいま着ているのはいつもの……
「そうです。着慣れたぴっちりのシャツです」
なんで? 着ればいいじゃないか。
「それではいけません。わたくしは克服しなければならないのです」
なにを?
「わたくしは破廉恥が苦手です。裸を見るのも見られるのも恥ずかしいし、性に関することは単語を耳にするだけでも涙が出てしまいそうになります」
そう、レグルスはみだらなことが苦手だ。これだけの戦闘能力を持っていながら、性器の名称ひとつ聞いただけで顔を真っ赤にしてヘナヘナしちゃうほどだ。
「剣士がこれでいいはずがありません。レオ様はだれよりもお強いですが、万が一魔法が使えない状況にでもなれば肉体は貧弱です。もしそのとき、たとえばわたくしが裸で戦わなければならないとしたら、どうでしょう」
ううん……そりゃ大変だ。丸見えじゃレグルスは泣いちゃうだろう。
「だからです。わたくしは破廉恥を克服すべく、あえてアーサー様にお恥ずかしいところをお見せしているのです!」
そう言ってレグルスは胸を張った。
でもそれがトリガーとなったのだろう。
「……ひ、ひぃ」
途端、凛としたまなざしがぐにゃぐにゃになり、カーッと赤く染まって口をもごもごさせた。
「は、早く再開しましょう! わたくし意識した途端恥ずかしくなって……し、集中しなきゃ……はうぅ」
わあー、なんだかすっごくかわいいなあ。しっかりした女の子が恥ずかしそうにするのって、ぼくドキドキしちゃう。つい悪い方に”集中”しちゃうよ。
「さあ、け、剣を構えて! 稽古ですよ! け、稽古……稽古ぉ……」
あらら、目をつぶって震えちゃって。これじゃあ戦いにならないだろうに。
それにしてもすごいなあ。だって、こんなに恥ずかしいのに、三十分ずっと耐えてきたんだろう? とんでもない集中力だ。ぼくは開始早々大きくなっちゃったってのに、こりゃ精神力では負けたかもしれない。
「だ、ダメです! アーサー様! 引っ叩いてください!」
へ?
「木剣ではなく、その手で!」
「ちょっと! そんなことしたら本当に痛いよ!」
「痛くするのです!」
「な、なんでそんな……」
「わたくしはいま、こころが負けています! 気が抜けています! 弱いからこうなるのです! だからお願い、喝を入れてください! さあ!」
レグルスは、なおも目をつぶったまま叫んだ。しかしぼくは躊躇せずにいられなかった。
おなじ剣士として気持ちがわからないでもない。強さを求めれば、腕力、技術を支える”精神力”が必要になる。これが弱いとどれほど腕があっても意味を成さない。
だからこその鍛錬だ。レグルスは強靭であろうとして、精神的弱さを打ち消す努力をしている。彼女を想うなら思いっきりやるべきだ。
だけど、大好きなレグルスに手を上げるなんて……
「やってやればいいじゃないのさぁ」
ふと、女の声がした。
やや低めの艶やかな声色。どこか気だるげで、やさぐれた娼婦を思わせる口調。
「強くなるために打たれようなんて立派じゃないかい。その子を想うなら鬼になればいいさね」
ぼくは声のした森の小道に目を向けた。そこには美しくも恐ろしい美女が立っていた。
紫がかった黒髪が長く、うねうねと癖を描いている。怒ったように吊り上がる眉は細く、目つきもキッと強い。たのしげに笑っているのに、殺伐とした威圧感を撒き散らしている。
「ライブラ!」
「やあ、アーサー。ひさしぶりだね」
そこにいたのはライブラだった。彼女は呪いによって客の依頼をこなす”呪術師”で、仕事でよく魂を使うため、こうしてレオの元に買いにくる。はじめて会ったのは数ヶ月前で、月に二、三回買い物に現れる上客だ。
だけどぼく、あんまり得意じゃないんだよなあ。だって、ちょっぴり怖いし、それにこころを読むんだ。
「へえ……なるほどねぇ。こりゃ甘酸っぱくてしょうがないねぇ」
な、なにが?
「なにがって、あんたらふたりのことさぁ。アーサーはアーサーで清純ぶってるし、レグルスなんてド破廉恥じゃないかぁ」
「わ、わたくしが破廉恥ですって!?」
レグルスはより顔を真っ赤にして叫んだ。強さを求める彼女のどこが破廉恥だっていうんだろう。
「だってあんた、本当は戦いのためじゃないんだろ?」
「ギクッ!」
ギクッ?
「破廉恥を克服したいのは、強くなるためなんかじゃなく、別の理由があるんだろ?」
「ち、ちが……!」
「早くシラフで抱かれてみたいねぇ。酔わずにまぐわうのはどんな気持ちだろうねぇ」
「はわわわわわ!」
レグルスは肩を縮めてガクガク震え、顔じゅうから湯気を出した。いったいどういうことだろう。もしかして強くなりたいっていうのは嘘で、恥ずかしいところを見せる目的が別にあるってこと?
「ねえ、レグルス。別の理由ってなに? どうして恥ずかしさを克服したいの?」
「はわわっ!」
レグルスはビクッと肩を跳ね上げ、ぼくから飛び退いた。そしてポロポロと涙を流し、
「違うのです! わた、わた、わたくしめはその……! う……うええええん!」
へたり込んで大泣きしてしまった。な、なんで!? なにがそんなに恥ずかしいの!?
「あーあー、泣かしちまったねぇ。悪い男だよ」
「そ、そんな! ぼくは別に……」
「だれだって知られたくないことはあるもんさ。だからあたしも深くは話さなかったのに、どうして訊いちまうかねぇ」
「き、君がこころを読んだせいじゃないか!」
「でも泣かしたのはあんたさ。あたしゃ知らないね」
そう言ってライブラは明後日の方向に目を向け、舌をチロチロ出した。ああもう! このひとはいつもこうだ! ふつうにあいさつすればいいだけなのに、こうやっていたずらしたり、いじめたりして、意味もなくトラブルを起こすんだ! そのうえ舌を出して挑発して、ろくな人間じゃないよ!
ぼくは文句を言おうとズカズカ歩き、ライブラの前に立った。そして、
「怒るよ!」
と睨みつけてやった。
だけど——
「なんだい、あたしに文句があんのかい」
ライブラは顔をずいっと前に出し、ぼくと鼻先が触れそうなほど近づいた。
(うっ……)
ぼくはつい身を引いてしまった。だって、すごくきれいで、怖い。
そして生き物の勝ち負けは”その瞬間”で決まる。ぼくは一瞬でも弱さを見せてしまった。
「文句があるのかって訊いてるんだよ。ねぇ」
ライブラはなおも顔を近づけた。するとぼくはヘビに睨まれたカエルように動けなくなり、それ以上うしろに退がれなかった。
それが決着だった。ライブラは震えるぼくの鼻先を、いたぶるみたいに鼻先でつついたり擦り合わせたりして、
「あんたあたしに逆らおうってのかい? 弱虫のくせに生意気だねぇ。ほら、ほら、こんなふうに制圧されて、あそこをおっ立たせちまうマゾヒストが、あたしになにを言おうってのさぁ。言ってみなよ、ほら、ほら」
うう……逆らえない。ぼくは強い騎士のはずなのに、ライブラに凄まれるとなにも言えなくなって、体が敗北を認めてしまう。しかもなぜか、それが妙に心地よくて、怖いのにこうなってしまう……
そんな、恐怖と恍惚の混じったぼくのこころに追い討ちをかけるよう、ライブラは恐ろしい瞳をまっすぐ向け、言った。
「謝りな」
「えっ?」
「マゾヒストのくせにライブラ様に楯突いて申し訳ありませんでした——って頭を下げな」
「そ、そんな……」
「いやなのかい?」
「だって……騎士のぼくがそんな……」
「おやおや、まだ楯突くのかい。こりゃ躾が必要だねぇ」
ライブラの声は言葉に反して大らかだった。でもそれがむしろ怖くて、すごくゾクゾクした。
「そうだ、あんた”ごめんなさいミルク”出しな」
ご、ごめんなさいミルク?
「ただ謝っても、命令されて仕方なくだろ? なら本気で謝ってることを証明するために、この場で下を脱いで、自分でして、ごめんなさいって言いながらミルク出しな」
「な、なに言ってるんだ!」
「本当に謝りたければ、それくらいの意思表示はできるはずさね。ぼくは謝罪の意思を見せるためなら、こんなに恥ずかしいことできます~~ってさぁ。そうだろ?」
「そ、そんなことできるわけ……」
「やるんだよ」
——ゾクッ!
ら、ライブラの声が……!
「あんたはあたしに逆らった罰として、あたしの見てる前で自分でするんだよ」
——ゾクゾクッ! 胸がうずく! 掻き乱される!
「男のくせに命令されて、くやしいのに興奮して、ごめんなさい、ごめんなさいって言いながら、その粗末なおもちゃから敗北ミルクびゅーびゅー出して、負けを認めるんだよ」
「や、やだ……」
「じゃあなんでビクビク跳ねてるんだい? どうしてズボンに手をかけてるんだい? そんなに震えて、よっぽどうれしいんだねえ! あははははは!」
それは無意識だった。いやだと言いながら、ぼくはそうしていた。
すごく怖い。すごくくやしい。なのに命令されるのがうれしくてたまらない!
「いいねぇ。やっぱりあんた、いじめがいがあるねぇ。それじゃあもうひとつ命令してあげるよ。してるあいだ、ずっと見てくださいって懇願しな。変態でごめんなさい、こんなことで気持ちよくなっちゃうマゾでごめんなさいって、ガニ股で見せつけながら謝りな。わかったね?」
「は……はい」
ぼくはふわふわの意識で応えた。そして、ズボンのボタンを外し、いままさに降ろそうとした、そのとき——
「そこまでだ、アホヅラ」
——ビクン! と、ぼくは止まった。
愛するひとの声で意識を取り戻し、慌ててボタンを留め直した。
「やあ、クソブス。遅かったじゃないかい。もう少しでアーサーがあたしの下僕になっちまうとこだったよ」
ライブラが彼女に視線を向けたおかげで、ぼくは呪縛から解き放たれ自由になった。
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「家庭教師です。住まわせてください」
突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。
桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。
偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。
咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。
距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。
「データじゃなくて、私がそう思っています」
嘘をついているような顔じゃなかった。
偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。
不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。
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