魂売りのレオ

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第十六話 愛は喜怒にて結び、縄解き難し

愛は喜怒にて結び、縄解き難し 二

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「昨日はすまなかった」
 レオはソファでゆったりウィスキーを飲み、言った。
「ううん、いいよ」
 ぼくは隣でホットココアをひとくちすすり、カップを置いた。
 朝方、ぼくらはリビングにいた。この貴族然とした巨大な館には大きいリビングもあるが、ぼくらはあまり好みじゃない。それよりベッド二、三台ほどの広さしかない小部屋の方が性に合う。それでぼくとレオは、本来使用人が使うような個室に家具を置き、正式名称”小リビング”、通称”リビング”と呼んで使っている。
 そこにいま、ふたりきりで、静かにくつろいでいる。
 そんな中、レオは思い出すようにゆるりと言った。
「ひと晩大泣きしてスッキリしたよ。散々わめき散らしたし、大声を出すとストレス解消になるというのは本当だな」
「そうだね。ぼくもカッとなるとつい怒鳴っちゃうし、そういうものなんだろうね」
「……本当にすまない」
 レオはぼくに肩を寄せ、ため息を漏らすような声で言った。
「うるさくて眠れなかったろう。いや……そんなことじゃない。もっと大事なところだ。わたしは愛する夫の前で、別の相手に悋気りんきを向けた。挙句の果てにあんな醜態を晒して……おまえがどれだけいやな想いをしたか考えると、想像しただけで胸が苦しくなる」
「気にしなくていいよ。ぼくはレオが元気になってくれたら十分さ」
 ぼくはごく自然にそう答えた。だけどレオの声は重くうつむいていた。
「おまえ……本気で怒ってないのか?」
「別に」
「わたしがなにをしたのか知っているだろう?」
「アイドルに夢中になって、大金を捨てて、ものにしようとしたんでしょ?」
「別にで済む話じゃないだろう」
「でも君を愛してるから」
「……」
 レオはじわりと悲しい目を見せた。まだ罪悪感が胸につかえているのだろう。あるいはぼくが無理やり合わせてると思ってるのかもしれない。
 だからぼくはニッコリ笑い、気さくに言った。
「本音を言えばちょっとはショックだよ。だけどレオは思ったら行動のひとだからね。それに、レオが積極的だったおかげでいまがあると思うんだ」
「……」
「去年再会したとき、レオがすぐに行動してくれたから、ぼくは君と愛し合えた。君は、両親を殺されて復讐に狂いそうになったぼくのこころをいやしてくれた。それがどんな方法だろうと、ぼくは本当に救われたんだよ」
「……」
「なんどでも言うよ。ぼくは君を愛してる。はじめて会った日から、ずっとずっと、いっしょにいたいと思ってる。そんな君が少しよそ見をしたくらい、なんてことないよ」
「アーサー……」
 涙の浮いた瞳があたたかく細まり、口元が笑みを浮かべた。それを見てぼくは、ふふっ、と声を漏らし、安心してソファに背を預けた。
「それに慣れたしね。ウォルフとは定期的にってるし、以前アクアリウスともあんなことになった。このあいだだって、ピクスさんを土人形に宿やどしていろいろしたじゃない? きっとこれからも、そういうことが起きると思う。でもぼくはもう女相手だったら気にしないよ。さすがに男は怒るけどね」
「……わたしはしあわせ者だ」
 そう言ってレオはぼくの胸にしなだれかかった。
 ——ううん、ぼくの方がしあわせだよ。だって、レオとこうして、いっしょにいられるんだから。
「本当に悪かった。わたしはおまえのものだというのに……」
「気にしないで。レオは以前言ってたじゃないか。欲望をなくしたら人間は生きるたのしみを失うって。たのしく生きてる証拠だよ」
「……しかしわたしは欲が多すぎる」
「いいじゃない。ぼくだってきれいなひとを見ればつい目が泳いじゃうこともあるよ。ぼくみたいに意志の強い騎士でも浮わつくんだから、だれにでもあることだよ」
「あははっ! そうだな」
 あ、レオが腹から笑った! どこがおもしろかったのかわかんないけど、とにかく機嫌が戻ったぞ! いや~、よかったよかった。やっぱりレオは明るいのが一番だ。
 それからぼくらは肩を寄せ合い、飲み物を飲みながらあれこれと話した。レオは家計簿を預かるアルテルフにどう言い訳をしようか、そして今後どう金をごまかそうかと、いたずらっぽく語った。そんな中、
「そういえばさ」
 ぼくはふと思い、言った。
「レオってどんなひとが好みなの?」
「わたしの好みか?」
「うん、だって共通点がないよ。ぼくと違ってウォルフは強気で凛としてるし、リリウムちゃんもぜんぜん違うタイプだった。顔の雰囲気もみんな違うし、いったいどういうのが好みなのかなって」
「ふうむ……男のおまえはやはり容姿を気にするか」
「女は気にしないの?」
「気にしないというわけではないが……」
 レオはあごに手を置き、数秒考えたのち、フッと笑って言った。
「隙のあるヤツ……とでも言おうか」
「隙のあるヤツ?」
「なんというか、自分はしっかりしている、自分は強い——そう思っているのに、その実隙だらけという抜けた女が、おそらく好みだ」
 えっ?
「ふふふ……どうやらわたしは心底意地が悪いらしい。自信のあるがわたしの指一本、言葉ひとつであたふたして、どんどんわたしにのめり込んでいくのが、かわいくて仕方がないんだ」
 そう言ってレオはクスクス笑った。でもぼくは笑えなかった。
 だって、ぼくは強い騎士だ。隙なんてありゃしない。つまりレオの好みの真逆だ。いまレオがぼくを好きでいてくれるのは、もしかしたらぼくに隙があると勘違いしてるからかもしれない。
 もし気づいてしまったら、どうなってしまうのだろう。レオが騎士の持つ純然たる強さを知ってしまったら?
 まさか捨てられ……
「ねえレオ!」
 ぼくは必死にレオの両肩をつかんだ。レオは驚いて、ちょっぴりうしろに身を引き、
「な、なんだ?」
「ぼくらはずっといっしょだよね!? なにがあってもぼくを捨てたりしないよね!?」
「はあ? あたりまえだろう。どうした」
 レオは悪夢を見た幼子おさなごを撫でるような声で笑った。突然ぼくが怯えてるのがわかって、なだめてくれてるんだろう。
 もちろん嘘はついてない。レオはいたずら以外じゃ決して嘘をつかない。肯定は真実だ。
 だけどもし気が変わったら? いまは本当でも、明日嘘になったら!?
「お願いレオ! もしぼくを好きじゃなくなっても、ぼくの妻でいて! ぼくを捨てないで!」
「バカなことを言うな。我々は一生愛し合い、死んでも夫婦だ」
「そうだよね!? ずっといっしょだよね!? お願い約束して! ぼく、そのためならなんだってするから! レオの頼みならどんなことだってきくから!」
「……ほう?」
 ニヤリ、とレオの目がゆがんだ。
「どんなことでも言うことをきく——と、そう言うのか?」
「うん! レオのためならなんでも!」
「そうかそうか」
 ククク……と笑いをこぼしながらレオはどっかりソファにもたれかかった。上向きに弧を描いた目の隙間から、エメラルドのような瞳がゆったり覗き、カランと鳴らした琥珀こはく色のウィスキーを見つめ込んだ。
 その瞳が、うれしそうに細まっていく。下のまぶたがほほに持ち上げられ、それにつられて口角も浮いていく。
 その、美しくもあやしげな顔が、ぽっと赤くなった。
「なあ、アーサー……」
「なに?」
「どうも水分を摂り過ぎたらしい。少々もよおしてきた」
 トイレ? 早く行った方がいいよ。溜めると体に悪いからね。
「しかし手洗いまで行くのがメンドウだ。まだここでゆっくりしたい」
 え、なに言ってるんだ。漏らしたら大変だよ。
「そこでだ………………おまえ、わたしのためならなんでもすると言ったな」
 もちろんさ。あ、でも犯罪とかはいやだよ。世間様に迷惑をかけるようなことは困る。ふたりで完結することにしてね。
「ふふふ……そこで……そこでだ…………ふふ…………」
 なに? ぼくになにをしてほしいの?
「………………おまえ、飲め」
「へ?」
「ここでする。だから、わたしのを飲め」
「はあ!?」
 なに言ってるんだ!? そんな顔を真っ赤に染めて、どうしてそんなことを!?
「実は前々から、そういうことをしてみたかったんだ。部屋の中で夫の口にするなんて、アブノーマルでいやらしいだろう」
「やだよ! 汚いよ!」
「ああ、そうだ。実に汚い。だからいままで我慢してきた。だが……おまえはなんでもすると言ったな」
「い、言ったけど……」
「なら頼む」
 そう言ってレオはすっくと立ち上がり、ぼくの眼前にズボンの正面を向けた。
「そ、そんな……やだよ」
「なんだ、騎士が嘘をつくのか?」
「えっ!?」
「おまえはなんでもすると言った。それなのに、いやだいやだと拒否するとは……なるほど、あれは嘘か。ということはまさか、わたしを愛しているというのも嘘かもしれんな」
「そ、そんなことないよ! ぼくは本当にレオを愛してるし、騎士は嘘なんてつかないよ!」
「なら、ほら……」
 脱がせろ、と言わんばかりにレオの腰が前に動いた。鼻先数センチのところに、ズボンに巻かれたベルトの金具と、前をめるボタンがある。
 そして、うっすらと香る、レオのにおい。
 気づけばぼくは震えていた。怖いというわけじゃない。
 だけど、なぜか体が震え、呼吸が乱れる。
 いやなのに、もっと近づきたくなる。
「あ、あ……」
「……かわいいヤツめ。そんなに息を乱して、目をとろんとさせて……まさか命令されて、うずいているのか?」
「れ……レオだって……苦しそうじゃないか……」
「ああ……そうだ……わたしも息が苦しい……こんなに苦しいのはひさしぶりだ……想像しただけで……はぁ……」
 ぼくは無意識のうちにベルトをほどいていた。鼻はとっくに、布ごしに隠された谷間へと押しつけている。
 苦しい。苦しい。苦しい。………………うれしい。
「さあ、ボタンを外せ……下着も降ろし、じかに口をつけろ……一滴もこぼさないよう、しっかり覆うんだ……そして……わかるな?」
 ぼくはコクンとうなずいた。もう声が出ないほど呼吸が荒かった。
 震える指が、ボタンをつまんだ。
 これを外せば、もう戻ることのできない一線を越えてしまう気がした。
 だけど、いやなはずなのに、ぼくの手は欲望にられるように——
「にゃあ」
「はっ!」
 不意に部屋の外から猫の鳴き声が聞こえ、ぼくは意識がビビッとした。その瞬間、ビクンと跳ねたレオの腰から、じわっと黄色いにおいがした。
 カリカリと爪が木造扉を削る音がする。そして再び、
「にゃあ」
 と聞こえた。
「い……いま開ける!」
 レオは裏返った声で言いながらベルトを直し、扉を開けた。そこには黒猫のシェルタンがたたずんでいた。
「にゃあ」
「……ああ、わかってる。客だな」
 レオはシェルタンの声に人語で返した。ふつう猫と人間は会話できない。しかしなぜかシェルタンは人語をかいする。そしてレオはシェルタンの言葉を理解できる。
 そんなシェルタンの仕事は、魂売りを求める客を、この館まで誘導することだ。レオの仕事は半分シェルタンの営業で成り立っていると言っても過言ではない。
「すぐに準備する。おまえはアルテルフを呼び、応接間に案内させろ」
「にゃあ」
 シェルタンはひと声鳴くと、一目散に通路を駆けていった。それを見届けてレオは、
「ふぅ………………邪魔が入ったな」
 壁に背をもたれかけ、ぐったり視線をぼくに向けた。その目はどこかホッとしているように見える。
「残念だが仕事だ。わたしは手洗いを済ませてから応接間に向かう」
「……」
「……なんだ? おまえ、不満そうだな」
「えっ、そう!?」
 ぼくはギクリと硬直した。べ、別に不満なんかないよ。あるわけないじゃないか。危ないところでストップが入って助かったなあ!
「ま、とにかく行こう。リリウムちゃんにかなり金を使ってしまったからな。今日の客にはせいぜいぼったくられてもらおう。あはは!」
 そう言ってレオはリビングを出ていった。ぼくもあとを追って、レオといっしょに応接間へと入ることにした。
 ……それにしても、もうこんなことしないよね? 中断したもんね?
 いやだよ、ぼくは。愛する妻とはいえ、飲むなんて絶対いやだ。騎士がそんな変態行為していいはずがない。まあ、そりゃぼくはとっくに騎士じゃなくなってるし、なにをしたって文句はないけど……まさかねえ……あんなこともう……
 ………………しない……よね?
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