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VS貴族

第二十八話 白い誘惑

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「本当かの! コトナリ!」

 ドラゴンがぴょんぴょんと飛び跳ね言った。

「おぬし、勝ったのか!?」

 ああ、勝ったぜ! 勝利確実だ!

「勝ったですって!?」

 おれたちの会話を聞いたナトマキィはププッと笑いを漏らし、

「おほほほほほ! なにをおっしゃいますか! こちらは五千万ですよ! そんなチンケな卵じゃどうあがいても勝ち目はありません!」

 やろうの言う通りだ。
 無料提供の卵じゃ五千万という金額のインパクトには勝てねえ。
 たとえ味でまさっても、おれは実食で「でも五千万だもんなあ」と思ってしまうだろう。

 だが! それは味の勝負ではなく精神による敗北!
 おれの理性が味以上の付加価値を受け取るからに過ぎない!

 だったらヤツもおなじ土俵どひょうに上げてやればいい!

「アカト! この卵じゃダメだ!」

 おれはかごに三つの卵を戻した。
 アカトは当然困惑した。

「なに!? だがこれ以上にうまい卵なんてないぞ!?」

「いいや、あるのさ!」

 おれはドラゴンの手を引き、

「ちっと来てくれ!」

 ナトマキィの方へ走った。

「なぜじゃ!? なぜ敵の方に行くんじゃ!? 卵はどうするんじゃ!?」

「勝つためだ! とにかく行くぞ!」

「の……のじゃ!」

『おおーっと! コトナリ選手、女の子を連れて対戦相手の目の前に行きました! いったいなにをするつもりでしょう!』

「なんの用ですか?」

 ナトマキィはフライパンを温めつつ、でかい卵を割ってボウルで混ぜていた。
 それがおれの奇行で止まり、怪訝けげんそうにじっとり警戒していた。

「まさか妨害するつもりじゃないでしょうね?」

「いいや、勝負を公平にしようと思ってさ」

「はて?」

「おれだけおめえの卵を知ってて、おめえはおれの卵を知らねえなんて不公平だと思わねえか?」

「まあ、たしかに……」

「だから教えてやるよ。おれがなんの卵を使ってるかをよ!」

 おれはドラゴンの前で座り込み、

「おう! 三つほど頼むぜ!」

「よくわからんが……わかったのじゃ!」ババーッ!

「おっ……おほーーーーッ!?」

『おおおーーっと!? これはなにをしているんだーー!?』

『コトナリ選手! 幼女にスカートをめくらせガン見しております!』

『位置的にナトマキィ選手からも丸見えです!』

「幼女のおセンシティブ! おほー! おほーッ!」

 おいおい、大興奮じゃねえか。
 でもびっくらこくのはまだ早えぜ!

「さあ! 産んでくれ!」

「のじゃー!」にゅにゅにゅ……ポンッ!

「あらーーーー!?」

「のじゃのじゃーー!」にゅにゅにゅ……ポンポンッ!

「あらららららーーーー!?」

『なんということでしょう! 幼女が卵を産みました! 信じられません!』

『これは現実か! それともマジックか! どちらにしろ異常です!』

『ナトマキィ選手! 唖然として食い入るように見つめています! まるで幼女の下半身を覗き込むかのようにーーッ!』

 どうだ! 超エキサイティングだろう!
 おめえはアカトとおなじロリコンだからな!

 ロリコンにとって、幼女のおセンシティブより価値あるものはねえ!
 おめえの卵は五千万かもしれねえが、こっちはお金で買えないプライスレス!

 これで公平! 五分と五分だ!

「おほー! おセンシティブ! 幼女のおセンシティブーー!」

 ナトマキィはヨダレを垂らし、犬みてえに四つん這いになっていた。
 しかしドラゴンがスカートを下ろすと、

「……ハッ!」

 ふと我に返り、

「な、なんてすばらしいものを……じゃなくて、いかがわしいものをお見せくださいましたね! わたくしを動揺させ、ミスを誘ったのでしょう!?」

 いいや? おれは別に公平にしただけだぜ?
 なんか文句あっかよ。

「ジャッジ!」

 ナトマキィは手を上げジャッジを呼んだ。

「なんだ!」

「これは反則ではありませんか!?」

 なに!?

「この勝負は美しくなければいけません! 幼女が下半身をさらして産卵するなど下品ではございませんか!?」

 あ、そうか! 美しい卵焼き勝負ってことは、下品なことしたらアウトなのか!

 やべえ! まずったか!?

「問題ない!」

 おっ?

「なんですって!?」

「産卵は生命の神秘であり、美しきこと! そして幼女が下半身を晒したところで、たわいもないこと! それで興奮するのは変態ロリコンだけだ!」

「うぐっ!」

「クソやしょうべんを垂れたというのであればともかく、ルールに触れるようなことはしていない!」

「くううっ!」

 ふう、危なかったぜ……
 だがこれで勝ったな。あとは作戦通り作るだけだ。

 おれたちは自分のキッチンに戻り、すぐさま調理に取り掛かった。
 こうなるともはやなんのうれいもなかった。

「のうコトナリ。あやつの前で卵を産んだが、なんの意味があったんじゃ?」

「毒を撒いたのさ」

「毒?」

「ああ。誘惑という名の猛毒をな……」

 やがて調理は終了した。
 制限時間を半分残して、おれたちは卵焼きを完成させた。

「では実食に移る! まずはコトナリの実食!」

 ジャッジの声とともに、おれの前にナトマキィの卵焼きが運ばれた。

『ごらんください! なんと美しい卵焼きでしょう! あざやかな黄色いボディにサラサラとした粉砂糖がかかって、もはや芸術です!』

 ほう……なるほど美しいじゃねーか。早速いただくとしよう。

『ひとつ五千万のお味はーーッ!?』

「う、うめえ!」

 なんて味わい深さだ! 値段抜きにうめえ!
 口に入れた瞬間から濃厚な甘味がとめどなく流れ込んできやがる!
 それでいてしつこくない!
 うま味と甘味の大洪水だ!

「おう、ナトマキィ! うめえぜ!」

 おれは心から叫んだ。
 ドラゴンの卵もうめえが、こいつもかなりのもんだ。
 素直に賞賛しょうさんするぜ。

「フッ……余裕ですね」

 なに?

「料理勝負は相手の方が美味だと思った方の負けです。それなのにそんなことを言うなんて、よほど自信がおありなんですね」

 なんだよ。おれは思ったことを言っただけだぜ。

「ですが、あなたの負けです!」

 なに!?

「あなたの狙いはわかっています! 後光ごこう効果ですね!」

 後光効果!?

「人は情報によってものの感じ方が変わります! おなじ料理でも値段によって味が変わったり、付加価値でより美味に感じたりします! それを後光効果というのです!」

 へー、勉強になるぜ。

「ずばり、見抜いたのでしょう! わたくしがロリコンであることを!」

 ギクッ!

「ロリコンにとって、幼女のおセンシティブはプライスレス! そんなところから出てきた卵となれば、常識で考えて卒倒そっとう不可避! それを狙ったのでしょう!」

 ば、バレてやがる!

「ですが無駄です! なぜならおセンシティブに触れたのはカラの表面! つまり中身はただの卵! 幼女とはなんの関係もございません!」

 ……こいつ!

「精神的勝利は不可能とお思いください!」

 ……そうか、バレてやがったか。

 その通り、おれの狙いは精神的勝利だ。
 ヤツが金額という付加価値で圧倒しようとしたのとおなじように、おれも心の隙間を狙った。
 ヤツの変態趣味を利用しようとした。

 なるほど、中身はただの卵か。
 触れたのはカラの表面か。
 つまり、中身だけじゃなんの意味もねえってことだな。

 ………………へっ。


 ——だれが中身だけって言ったよ。


「それでは次にナトマキィ実食!」

 ヤツのキッチンにおれの卵焼きが運ばれた。
 そしてヤツはナイフとフォークを握り、余裕の笑みでそれを迎えた。

 が——!

「こ、これは……!?」

『おおーっと! なんということでしょう! コトナリ選手の卵焼き、カラがほとんど丸ごと混ざっております! 卵焼きの表面に白いカラが飛び出しているーーッ!』

『これは失敗かァーーッ!?』

「いいや、これがおれの料理さ」

 おれはざくざくと音の鳴るような歩みで前へ進んだ。

「中身はたしかにただの卵焼きだ。だが、あえてカラを残した。よりこの料理の“本質”を味わってもらうためにな」

 ナトマキィは震えていた。
 だが、恐怖しているわけじゃなかった。

 息が荒い。
 おしろいを通してもわかるほどほほが赤い。
 キッチン台にしがみつき、目の玉を血走らせ、吸い寄せられるようにチロチロと舌先がカラに近づいていく。

「さあ、食ってくれ。最高の卵焼きだぜ」

 おれはヤツの台に手を置き、見下ろすように言った。
 ヤツは目だけでおれを見上げ、崖ぎわで踏みとどまる最後の理性で言った。

「こ……こんなの失格です! カラが混ざった卵焼きなんて……」

「じゃあ食うなよ?」

「はひっ!?」

「失格なんだろ? なら実食以前におれの負けだ。こいつはゴミ箱にぶち込む」

「そ、そんな! 幼女のおセンシティブが!」

「食ったら認めたってことだぜ?」

「はひ……!」

「どうなんだよ。失格なのか、美しい卵焼きとして認めるのか、どっちなんだよ」

「よ……幼女のおセンシティブ……」

「レロレロしてねえでハッキリしろよ」

「幼女のおセンシティブ………………」

「おう! どうなんだ! いらねえんだな!? 食いたくねえんだな!? じゃあゴミ箱行きだ!」

「幼女のおセンシティブーーーーッ!」ペロペロペロペローーーーッ!

 よし! やった!

「おほーーっ! おほーーーーッ!」じょばじょばじょばああああーーーーッ!

『た、大変です! ナトマキィ選手が仰向けにぶっ倒れてしょうべんを漏らしましたーーーーッ!』

『大洪水! 大洪水です!』

『ビクビク痙攣けいれんしながらまだ漏らしてます! おっと、ジャッジが近づいていくー!?』

「おほーっ! おほーっ!」

「なにをしておるのだナトマキィ!」

「おほっ!?」

「神聖な料理勝負で卑猥ひわいな言葉を叫び、しかもしょうべんを漏らすとは何事だ! われは先ほど言ったぞ! クソやしょうべんを垂れれば失格だと!」

「はっ……!」

「ズボンにシミができる程度ならともかく、なんという量だ! 池ができておるではないか! 汝は失格だ! よってこの勝負、コトナリ少年の勝ちとする!」

「あああーーーーッ!」

『失格です! ナトマキィ選手失格により、コトナリ選手、勝利です!』

 よっしゃああああああーーーーッ! 勝ったぞおおおおおおーーーーーーッ!

 大歓声が舞台を包んだ。
 おれは耳が割れんばかりの喝采かっさいを全身に浴び、両拳を上げて目いっぱいこたえた。

「やったじゃない! さすがコトナリね!」

 ありがとよ、アン!

「見事な作戦勝ちだ! 君ならやると思ってたよ!」

 おうよ、アカト!

「やったぞい! おぬしに任せたかいがあったぞい!」

 よかったな、ドラゴン!

「それじゃ改名じゃ!」

 ドラゴンはナトマキィを見下ろし、腰に手を当て言った。

「おぬし! 約束通りわしの名前を改名してもらうぞい!」

「えっ!? ドラゴンデビルの名前ではなく!?」

「わしがそのドラゴンじゃ! 魔法で人間の姿にへんげしておるのじゃ!」

「なっ……なんと! あのドラゴンがこんなにキュートでプリティーな少女でしたとは!」

 ナトマキィはしょうべんの池から起き上がり、そのまま地面に頭を擦りつけて、

「た、大変失礼いたしました! よろこんで改名させていただきます!」

「うむ!」

 おお、よかった。こいつもイヤイヤじゃなくよろこんでるみてえだ。
 その方がお互い気持ちいいだろう。

「わたくしの生涯しょうがいをかけてお直しします! して、なんと名乗りましょう!」

「ふふふ……その名も“泡姫アリエル”じゃ!」

 はあ!?

「わしはオチン・ポー界の日本という国が好きでのお! 漢字のかわいい名前にしたいんじゃ! 文字を教えるから“泡姫アリエル”に改名せよ!」

 ち、ちょっと待った! その名前はダメだ!

「なんでじゃコトナリ!」

 泡姫はソープ嬢って意味だ!

「なに!? それはいかん! ううむ……では“光宙ピカチ○ウ”というのはどうじゃ!?」

 それもいろいろとまずい!

「なんと……これもダメか。ならアニメから取ろう。“織田信長おだのぶなが”じゃ!」

 えっ!? それは男の名前だぜ!?
 しかもアニメじゃなくて歴史上の人物だぞ!

「むむむ……女キャラの名前かと思ったら違うのか……難しいのう……」

 ドラゴンはううむと考え込んでしまった。
 つーか別に漢字にしなくてもよくねえ?
 この世界に漢字はねえし、ドラゴンなんだからプリティードラゴンとか、ゴスロリドラゴンとか、その辺でいいじゃねえか。

「あっ、そうじゃ! “花林カリン”というのはどうじゃ!?」

 お、いいじゃん!

「わしは花林糖カリントウが好きでのお! そこからとってカリンじゃ! いい名前じゃろ!」

 うん、かわいいし漢字も女の子っぽくていいぜ!

「てなわけでカリンじゃ! 頼んだぞい!」

「ハハーッ!」

 こうしてドラゴンデビルは無事カリンという名に改名した。
 あーよかった。これでやっとすっきりしたぜ。

 それにしても大変だったなあ。
 たかが名前ひとつ直すのにすげえ苦労したぜ。
 ま、おかげで長旅スッ飛ばして王都まで来れたからいいけどよ。

「コトナリ! いろいろあったけど王都ね!」

 ああ、王都だな!

「用事も終わったし、おいしいものいっぱい食べましょ!」

 あ、そうだ! そうだった!
 おれたちは都会のうめえ店を巡るためにここまで来たんだった!
 おれとしたことがすっかり忘れてたぜ!

「おぬしら食事かの!? 人間の食事、わしも食ってみたいぞい!」

「いいわよ! このあいだ臨時収入もあったし、いっぱいごちそうしたげる!」

「お、おれもいいかな……?」

「アカトは少しね。下僕のくせに、あたしたちより高いもの食べたら許さないから」

「は、はい……」

「さ、コトナリ。行きましょ!」

「ああ!」

 こうしておれたちは王都のグルメを巡る日々に出かけた。
 食う前から胸がおどるぜ。なにせグルメ世界の王都だもんなあ。
 きっとすげえうめえんだろうなあ。

 ……まあ、ひとつだけ心配なのは“値段”だけどな。
 都会は物価が高いと相場が決まっているが、果たしてどれほどのもんだろうか……
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