70 / 76
第70話 青空の中へ
しおりを挟む
「待たせたな」
おれはゆっくりと振り返り、言った。
ゲーリィはあぐらをかいていた。
それが、静かに立ち上がり、剣を抜いた。
「なに、急ぐわけじゃない」
「どうして攻撃してこなかった」
そう、こいつは待っていた。
本来ならおれの勝機などぶち壊すべきなのに、このやろうはものひとつ言わず武器を納めていた。
「見たかった」
「なにを」
「人間がいのちを捨ててなにをするのか。そして、おまえが力を得る姿が」
「……勝ちたきゃ攻め一択だったぜ」
「勝つだけならな」
ゲーリィはふっと笑った。しかしそれは、おかしくて笑っている顔じゃなかった。
「素手のおまえを倒しても、それでは答えにならない」
「……そうだな」
ゲーリィは答えを求めていた。
おそらく勝つことより、自身の是非を知りたがっていた。
——自分は間違っていたのか、否か——
甘いか? 負ける可能性を上げてでも問うことか?
さあな。知ったこっちゃねえや。
けど、聞きてえんなら教えてやらねえとな。
おれのいのちを賭けて。
オーティの魂に誓って。
そして、世界の命運とともによ。
「ミギニオ、剣を投げてくれ」
「えっ? あ、ええ」
ミギニオは足元に落としていた双剣のかたわれをおれに放ろうとした。
しかし、
「いや、オーティのをくれ」
おれはオーティの剣がほしかった。
とくに鋼の質に変わりはねえ。持ち手や長さにも違いはねえ。
けど、おれはオーティのが使いてえんだ。
「……そうね」
多くを言わずとも理由は伝わった。
それは理由というほどのもんじゃねえが、きっとだれもが納得のいくことだろう。
ミギニオがオーティの背の鞘から剣を抜き、放った。
おれは軽々と、しかしたしかな強さでパシっと握った。
「……ありがとよ」
おれは薄汚れた刃をじっと見つめ、ぼそりと言った。
おそらくミギニオに言ったんじゃなかった。
「準備はいいか?」
おれはヤツに体を向け、ピシリと構えた。
すると、
「うっ……」
ゲーリィの肩がわずかに退いた。目に緊張の色が見えた。
「なんだ、この気配は……」
ヤツは気圧されていた。
巨大な山を見上げるように、体ぜんぶで息をのんでいた。
逆に、おれにはヤツが小さく見えた。
姿かたちはそのままに、膨れ上がっていた威圧感が消滅していた。
「わかるか。これが答えだよ」
おれは、どこまでも貫く刃のような視線を向けた。
一切風を起こすことのない、静寂の矢を放った。
それは、こころを射抜き、固く縫いとめる。
「……なぜだ……なにが違う! おまえはなにをした!」
「……熱っついクソを漏らしたのさ」
「う……う…………」
ゲーリィの息が乱れ、のどを塞がれたように顔をゆがめた。
このままでは地上で溺れてしまうだろう。
いまのヤツは胸の真ん中に杭を打ちつけられているのとおなじだ。
わずかも前に進めない。
だが、本気のこころは恐怖を超える。
「うおおおおおおおッ!」
ゲーリィの体が見えない杭にあらがった。
空気の壁を潜り抜けるように足を踏み出し、精神の束縛を逃れ、駆け出した。
「はあーーーーッ!」
渾身の一撃が舞い込んだ。
いままでのおれなら軽く吹っ飛ばされる、バケモノ級の斬撃だ。
しかし、
——ガキン! と受け止めたおれの体は微動だにしなかった。
「なに!?」
しかも、片手で剣を握っていた。
「な、なんだと!? おれの剣をそんなにも軽々と!」
「ああ、軽いなァ」
おれは目を細め、寝起きのように言った。
「おめえの剣は紙切れみてえに軽いや」
「な……っ!」
ゲーリィは目を丸くした。
現実を見る目じゃなかった。
そのまなざしが、ギリリッと吊り上がった。
「なんだとおおおおーーッ!」
猛烈な連撃がはじまった。
ヤツははじめて醜悪な顔を見せた。
怒り一色。
殺意もない。
恨みもない。
ただひたすら、衝動的な怒りを一心にぶちまけていた。
スピードだけなら過去最高だろう。
パワーも申し分ねえ。
だが、それ以上におれが強すぎた。
あらゆる刃がおれには軽く、遅く、貧弱に見えた。
………………いや、”おれ”じゃねえ。”おれたち”だったな。
「なぜだ! なぜおまえはこんなに強くなった! なぜこのおれが太刀打ちできない! おれは強いはずなのに! 強くなったはずなのに!」
ガキン! ガキン! と鋼が哭いた。
おれにはそれが、ヤツの涙に聞こえた。
ひどく哀れな泣き声だ……救ってやらねえと……
「いいや、おれも弱いさ」
「なに!?」
ゲーリィの苦痛にえぐれた表情がザッと退がった。
「ふざけるな! これのどこが弱いというんだ! 恐ろしく強いじゃないか!」
「ひとりじゃねえからさ」
「……!」
ヤツの息が一瞬止まった。
意味はわかってねえ——けど、なにかを感じている顔だった。
「教えてやるよ。人間ってのは、こころを重ねられるんだ」
「……」
「おれは弱え。けど、おれの背中にはいくつもの魂が重なっている」
「はっ……!」
ヤツの目が見開いた。
視線がおれの背後を漂っている。
「見えたか。おれたちの姿が」
そう、おれは知っていた。
見なくともわかっていた。
ヤツはいま見ている!
おれの肩にオーティが手を重ねている姿を!
ミギニオが背中を支える姿を!
キンギーの守ろうとする姿を!
タイの励ます姿を!
「見えるだろう! おれに重なるいくつもの想いが!」
「あああっ!」
「おれたちはひとりひとりじゃ弱え! けど、こころを重ね、ひとつになれば、どんな相手にだって勝てるんだ!」
「ああああっ!」
「だがおめえはどうだ!」
おれは思いっきり剣を振った。
ガードしたゲーリィの体が宙を舞い、土草の上を転がった。
「ぐあっ!」
おれは歩み寄りながら叫んだ。
「おめえのうしろにだれがいる! おめえはだれとこころを重ねている!」
「くっ……」
「だれもいねえじゃねえか! そうだろう! おめえが魔王か姉ちゃんかどっちつかずでフラフラして、本気のこころを持てなかったからだ! 本当は姉ちゃんを助けたかったのに、片方を選ぶことを恐れて逃げたからだ! てめえにゃ覚悟がねえんだよ!」
「う…………うあああああーーーーッ!」
ゲーリィは火柱のように立ち上がり、
「違う!」
火の玉みてえに突っ込んで、剣を振るった。
一切のわざを失った、感情任せの猛攻だ。
「おれは間違ってなんかいない! これがおれの使命なんだ! こうするしかなかったんだ!」
「逃げるなバカやろう!」
「魔族に生まれた以上、ほかに道はなかった!」
「そんなことねえっつってんだろ!」
「おまえになにがわかる! おれだって、おれだって…………はっ!」
ゲーリィの瞳がビクンと開いた。
「ね……姉さん!」
ヤツの動きが止まった。
両足がガクガク震え、じわりと涙を浮かべていた。
……そうか、おめえも背中を支えててくれたのか。
どうりで強くなれたはずだぜ。
「そ、そんな……どうして……」
ゲーリィは絶望に声を染め、ふらふらと後退った。
「どうしてそんな悲しい目をしているんだ……どうしておれをそんな目で見るんだ……! おれは……おれは……!」
ゲーリィは立ち尽くしたままうつむき、ボロボロと大粒の涙をこぼした。
そして、目を伏せ、
「姉さん……」
弱々しい嘆きの声を漏らした。
それは一切の戦意を失ったあかしだった。
……認めたな。てめえの弱さを……
「もうやめにしよう」
おれはおだやかに言った。
これ以上は無意味な戦いだった。
——だが、
「ああ、これで決着だ……」
ゲーリィは苦しげに剣を構えた。
勝つ気のない構えだった。
「おめえ……」
と、言いかけて、おれはぎゅっと口をつぐんだ。
………………けじめか。
「ああ、決着をつけよう」
おれは静かに右手を引き、剣を構えた。
空気がさあっと乾いた。
世界がふたりの向かい合う直線だけになった。
さわさわと、草がそよぐ。
周りすべてが白になる。
呼吸の音、心臓の鼓動がフェードアウトしていく。
そして……………………
………………
………!
「うおおおおおっ!」
「はあああああっ!」
瞬間、おれたちは光の筋を描いた。
ふたりは限りなく短い時を疾り、お互いのいた位置へと入れ替わった。
ガキン! と音がわずかに遅れて聞こえた。
小さく、風が吹いた。
どこからか鳥の鳴く声が聞こえた。
ピシリ、と音を立て、ゲーリィの刃が砕けた。
背後でヤツの体が灰色に染まり、ひざから崩れ落ちた。
そして、小さく言った。
「……おれは、間違っていたのか」
「……」
「おれは、言い訳をして、逃げていたのか」
「……」
「すまない、姉さん……」
ううう、と嗚咽が聞こえた。
自分への後悔の声だった。
「おれが、弱虫だから……おれのせいで、おれのせいで……」
おれは前を見ていた。
清々しいほどの空を見上げながら、どうにもできなかった自分を悔やんでいた。
……すまねえ、キレジィ。
弟を救えなかった。
苦痛から助けてやれなかった。
せめて、あの世で仲よく……
そう思ったとき——
「姉さん!?」
おれはヤツの声を聞き、振り返った。
そこに、あいつがいた。
ゲーリィの頭を、青く透明な手が撫でていた。
倒れそうな背中を、やわらかく抱きしめていた。
涙でぼろぼろになった灰色の顔を、白いドレスの胸元に引き寄せ、キレジィがやさしく微笑んでいた。
「そんな、姉さん! どうして!」
ゲーリィがキレジィの顔を見上げ、叫んだ。
「おれは……姉さんを……姉さんを……!」
そう、間違いとはいえゲーリィはキレジィを殺してしまった。
そこにいる亡霊は、その事故の結果だ。
だが——キレジィはにっこり笑った。
ゲーリィの頭をふわりと抱きかかえ、子守唄を奏でるように撫でた。
「姉さん………………!」
ゲーリィはぎゅっと目をつぶり、とめどない涙を流した。
遠くからでも熱い涙とわかった。
そして、赤子のようにしがみつき、
「ごめんよ、姉さん……おれが……間違っていた…………」
言いながら、さらさらと崩れた。
足元から灰になり、そしてキレジィとともに姿を消していった。
おれはふたりが最後のひと粒となって空気に溶けるまで、ずっと見ていた。
「最後に、救われたか……」
涙で濡れたおれのこころは、ささやかながら、青空に照らされていた。
どこまでも広がる、抜けるような青空だった。
おれはゆっくりと振り返り、言った。
ゲーリィはあぐらをかいていた。
それが、静かに立ち上がり、剣を抜いた。
「なに、急ぐわけじゃない」
「どうして攻撃してこなかった」
そう、こいつは待っていた。
本来ならおれの勝機などぶち壊すべきなのに、このやろうはものひとつ言わず武器を納めていた。
「見たかった」
「なにを」
「人間がいのちを捨ててなにをするのか。そして、おまえが力を得る姿が」
「……勝ちたきゃ攻め一択だったぜ」
「勝つだけならな」
ゲーリィはふっと笑った。しかしそれは、おかしくて笑っている顔じゃなかった。
「素手のおまえを倒しても、それでは答えにならない」
「……そうだな」
ゲーリィは答えを求めていた。
おそらく勝つことより、自身の是非を知りたがっていた。
——自分は間違っていたのか、否か——
甘いか? 負ける可能性を上げてでも問うことか?
さあな。知ったこっちゃねえや。
けど、聞きてえんなら教えてやらねえとな。
おれのいのちを賭けて。
オーティの魂に誓って。
そして、世界の命運とともによ。
「ミギニオ、剣を投げてくれ」
「えっ? あ、ええ」
ミギニオは足元に落としていた双剣のかたわれをおれに放ろうとした。
しかし、
「いや、オーティのをくれ」
おれはオーティの剣がほしかった。
とくに鋼の質に変わりはねえ。持ち手や長さにも違いはねえ。
けど、おれはオーティのが使いてえんだ。
「……そうね」
多くを言わずとも理由は伝わった。
それは理由というほどのもんじゃねえが、きっとだれもが納得のいくことだろう。
ミギニオがオーティの背の鞘から剣を抜き、放った。
おれは軽々と、しかしたしかな強さでパシっと握った。
「……ありがとよ」
おれは薄汚れた刃をじっと見つめ、ぼそりと言った。
おそらくミギニオに言ったんじゃなかった。
「準備はいいか?」
おれはヤツに体を向け、ピシリと構えた。
すると、
「うっ……」
ゲーリィの肩がわずかに退いた。目に緊張の色が見えた。
「なんだ、この気配は……」
ヤツは気圧されていた。
巨大な山を見上げるように、体ぜんぶで息をのんでいた。
逆に、おれにはヤツが小さく見えた。
姿かたちはそのままに、膨れ上がっていた威圧感が消滅していた。
「わかるか。これが答えだよ」
おれは、どこまでも貫く刃のような視線を向けた。
一切風を起こすことのない、静寂の矢を放った。
それは、こころを射抜き、固く縫いとめる。
「……なぜだ……なにが違う! おまえはなにをした!」
「……熱っついクソを漏らしたのさ」
「う……う…………」
ゲーリィの息が乱れ、のどを塞がれたように顔をゆがめた。
このままでは地上で溺れてしまうだろう。
いまのヤツは胸の真ん中に杭を打ちつけられているのとおなじだ。
わずかも前に進めない。
だが、本気のこころは恐怖を超える。
「うおおおおおおおッ!」
ゲーリィの体が見えない杭にあらがった。
空気の壁を潜り抜けるように足を踏み出し、精神の束縛を逃れ、駆け出した。
「はあーーーーッ!」
渾身の一撃が舞い込んだ。
いままでのおれなら軽く吹っ飛ばされる、バケモノ級の斬撃だ。
しかし、
——ガキン! と受け止めたおれの体は微動だにしなかった。
「なに!?」
しかも、片手で剣を握っていた。
「な、なんだと!? おれの剣をそんなにも軽々と!」
「ああ、軽いなァ」
おれは目を細め、寝起きのように言った。
「おめえの剣は紙切れみてえに軽いや」
「な……っ!」
ゲーリィは目を丸くした。
現実を見る目じゃなかった。
そのまなざしが、ギリリッと吊り上がった。
「なんだとおおおおーーッ!」
猛烈な連撃がはじまった。
ヤツははじめて醜悪な顔を見せた。
怒り一色。
殺意もない。
恨みもない。
ただひたすら、衝動的な怒りを一心にぶちまけていた。
スピードだけなら過去最高だろう。
パワーも申し分ねえ。
だが、それ以上におれが強すぎた。
あらゆる刃がおれには軽く、遅く、貧弱に見えた。
………………いや、”おれ”じゃねえ。”おれたち”だったな。
「なぜだ! なぜおまえはこんなに強くなった! なぜこのおれが太刀打ちできない! おれは強いはずなのに! 強くなったはずなのに!」
ガキン! ガキン! と鋼が哭いた。
おれにはそれが、ヤツの涙に聞こえた。
ひどく哀れな泣き声だ……救ってやらねえと……
「いいや、おれも弱いさ」
「なに!?」
ゲーリィの苦痛にえぐれた表情がザッと退がった。
「ふざけるな! これのどこが弱いというんだ! 恐ろしく強いじゃないか!」
「ひとりじゃねえからさ」
「……!」
ヤツの息が一瞬止まった。
意味はわかってねえ——けど、なにかを感じている顔だった。
「教えてやるよ。人間ってのは、こころを重ねられるんだ」
「……」
「おれは弱え。けど、おれの背中にはいくつもの魂が重なっている」
「はっ……!」
ヤツの目が見開いた。
視線がおれの背後を漂っている。
「見えたか。おれたちの姿が」
そう、おれは知っていた。
見なくともわかっていた。
ヤツはいま見ている!
おれの肩にオーティが手を重ねている姿を!
ミギニオが背中を支える姿を!
キンギーの守ろうとする姿を!
タイの励ます姿を!
「見えるだろう! おれに重なるいくつもの想いが!」
「あああっ!」
「おれたちはひとりひとりじゃ弱え! けど、こころを重ね、ひとつになれば、どんな相手にだって勝てるんだ!」
「ああああっ!」
「だがおめえはどうだ!」
おれは思いっきり剣を振った。
ガードしたゲーリィの体が宙を舞い、土草の上を転がった。
「ぐあっ!」
おれは歩み寄りながら叫んだ。
「おめえのうしろにだれがいる! おめえはだれとこころを重ねている!」
「くっ……」
「だれもいねえじゃねえか! そうだろう! おめえが魔王か姉ちゃんかどっちつかずでフラフラして、本気のこころを持てなかったからだ! 本当は姉ちゃんを助けたかったのに、片方を選ぶことを恐れて逃げたからだ! てめえにゃ覚悟がねえんだよ!」
「う…………うあああああーーーーッ!」
ゲーリィは火柱のように立ち上がり、
「違う!」
火の玉みてえに突っ込んで、剣を振るった。
一切のわざを失った、感情任せの猛攻だ。
「おれは間違ってなんかいない! これがおれの使命なんだ! こうするしかなかったんだ!」
「逃げるなバカやろう!」
「魔族に生まれた以上、ほかに道はなかった!」
「そんなことねえっつってんだろ!」
「おまえになにがわかる! おれだって、おれだって…………はっ!」
ゲーリィの瞳がビクンと開いた。
「ね……姉さん!」
ヤツの動きが止まった。
両足がガクガク震え、じわりと涙を浮かべていた。
……そうか、おめえも背中を支えててくれたのか。
どうりで強くなれたはずだぜ。
「そ、そんな……どうして……」
ゲーリィは絶望に声を染め、ふらふらと後退った。
「どうしてそんな悲しい目をしているんだ……どうしておれをそんな目で見るんだ……! おれは……おれは……!」
ゲーリィは立ち尽くしたままうつむき、ボロボロと大粒の涙をこぼした。
そして、目を伏せ、
「姉さん……」
弱々しい嘆きの声を漏らした。
それは一切の戦意を失ったあかしだった。
……認めたな。てめえの弱さを……
「もうやめにしよう」
おれはおだやかに言った。
これ以上は無意味な戦いだった。
——だが、
「ああ、これで決着だ……」
ゲーリィは苦しげに剣を構えた。
勝つ気のない構えだった。
「おめえ……」
と、言いかけて、おれはぎゅっと口をつぐんだ。
………………けじめか。
「ああ、決着をつけよう」
おれは静かに右手を引き、剣を構えた。
空気がさあっと乾いた。
世界がふたりの向かい合う直線だけになった。
さわさわと、草がそよぐ。
周りすべてが白になる。
呼吸の音、心臓の鼓動がフェードアウトしていく。
そして……………………
………………
………!
「うおおおおおっ!」
「はあああああっ!」
瞬間、おれたちは光の筋を描いた。
ふたりは限りなく短い時を疾り、お互いのいた位置へと入れ替わった。
ガキン! と音がわずかに遅れて聞こえた。
小さく、風が吹いた。
どこからか鳥の鳴く声が聞こえた。
ピシリ、と音を立て、ゲーリィの刃が砕けた。
背後でヤツの体が灰色に染まり、ひざから崩れ落ちた。
そして、小さく言った。
「……おれは、間違っていたのか」
「……」
「おれは、言い訳をして、逃げていたのか」
「……」
「すまない、姉さん……」
ううう、と嗚咽が聞こえた。
自分への後悔の声だった。
「おれが、弱虫だから……おれのせいで、おれのせいで……」
おれは前を見ていた。
清々しいほどの空を見上げながら、どうにもできなかった自分を悔やんでいた。
……すまねえ、キレジィ。
弟を救えなかった。
苦痛から助けてやれなかった。
せめて、あの世で仲よく……
そう思ったとき——
「姉さん!?」
おれはヤツの声を聞き、振り返った。
そこに、あいつがいた。
ゲーリィの頭を、青く透明な手が撫でていた。
倒れそうな背中を、やわらかく抱きしめていた。
涙でぼろぼろになった灰色の顔を、白いドレスの胸元に引き寄せ、キレジィがやさしく微笑んでいた。
「そんな、姉さん! どうして!」
ゲーリィがキレジィの顔を見上げ、叫んだ。
「おれは……姉さんを……姉さんを……!」
そう、間違いとはいえゲーリィはキレジィを殺してしまった。
そこにいる亡霊は、その事故の結果だ。
だが——キレジィはにっこり笑った。
ゲーリィの頭をふわりと抱きかかえ、子守唄を奏でるように撫でた。
「姉さん………………!」
ゲーリィはぎゅっと目をつぶり、とめどない涙を流した。
遠くからでも熱い涙とわかった。
そして、赤子のようにしがみつき、
「ごめんよ、姉さん……おれが……間違っていた…………」
言いながら、さらさらと崩れた。
足元から灰になり、そしてキレジィとともに姿を消していった。
おれはふたりが最後のひと粒となって空気に溶けるまで、ずっと見ていた。
「最後に、救われたか……」
涙で濡れたおれのこころは、ささやかながら、青空に照らされていた。
どこまでも広がる、抜けるような青空だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~
華音 楓
ファンタジー
『ハロ~~~~~~~~!!地球の諸君!!僕は~~~~~~~~~~!!神…………デス!!』
たったこの一言から、すべてが始まった。
ある日突然、自称神の手によって世界に配られたスキルという名の才能。
そして自称神は、さらにダンジョンという名の迷宮を世界各地に出現させた。
それを期に、世界各国で作物は不作が発生し、地下資源などが枯渇。
ついにはダンジョンから齎される資源に依存せざるを得ない状況となってしまったのだった。
スキルとは祝福か、呪いか……
ダンジョン探索に命を懸ける人々の物語が今始まる!!
主人公【中村 剣斗】はそんな大災害に巻き込まれた一人であった。
ダンジョンはケントが勤めていた会社を飲み込み、その日のうちに無職となってしまう。
ケントは就職を諦め、【探索者】と呼ばれるダンジョンの資源回収を生業とする職業に就くことを決心する。
しかしケントに授けられたスキルは、【スキルクリエイター】という謎のスキル。
一応戦えはするものの、戦闘では役に立たづ、ついには訓練の際に組んだパーティーからも追い出されてしまう。
途方に暮れるケントは一人でも【探索者】としてやっていくことにした。
その後明かされる【スキルクリエイター】の秘密。
そして、世界存亡の危機。
全てがケントへと帰結するとき、物語が動き出した……
※登場する人物・団体・名称はすべて現実世界とは全く関係がありません。この物語はフィクションでありファンタジーです。
帰還勇者の盲愛生活〜異世界で失った仲間たちが現代で蘇り、俺を甘やかしてくる~
キョウキョウ
ファンタジー
普通の会社員だった佐藤隼人(さとうはやと)は、ある日突然異世界に招かれる。
異世界で勇者として10年間を旅して過ごしながら魔王との戦いに決着をつけた隼人。
役目を終えて、彼は異世界に旅立った直後の現代に戻ってきた。
隼人の意識では10年間という月日が流れていたが、こちらでは一瞬の出来事だった。
戻ってきたと実感した直後、彼の体に激痛が走る。
異世界での経験と成長が現代の体に統合される過程で、隼人は1ヶ月間寝込むことに。
まるで生まれ変わるかのような激しい体の変化が続き、思うように動けなくなった。
ようやく落ち着いた頃には無断欠勤により会社をクビになり、それを知った恋人から別れを告げられる。
それでも隼人は現代に戻ってきて、生きられることに感謝する。
次の仕事を見つけて、新しい生活を始めようと前向きになった矢先、とある人物が部屋を訪ねてくる。
その人物とは、異世界で戦友だった者の名を口にする女子高生だった。
「ハヤト様。私たちの世界を救ってくれて、本当にありがとう。今度は、私たちがあなたのことを幸せにします!」
※カクヨムにも掲載中です。
荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました
夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。
スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。
ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。
驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。
※カクヨムで先行配信をしています。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…
美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。
※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。
※イラストはAI生成です
転生者は冒険者となって教会と国に復讐する!
克全
ファンタジー
東洋医学従事者でアマチュア作家でもあった男が異世界に転生した。リアムと名付けられた赤子は、生まれて直ぐに極貧の両親に捨てられてしまう。捨てられたのはメタトロン教の孤児院だったが、この世界の教会孤児院は神官達が劣情のはけ口にしていた。神官達に襲われるのを嫌ったリアムは、3歳にして孤児院を脱走して大魔境に逃げ込んだ。前世の知識と創造力を駆使したリアムは、スライムを従魔とした。スライムを知識と創造力、魔力を総動員して最強魔獣に育てたリアムは、前世での唯一の後悔、子供を作ろうと10歳にして魔境を出て冒険者ギルドを訪ねた。
アルファポリスオンリー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる