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家族を失う~それでも支えられて魔王の運命に抗う~

守護天使シルフィと母の遺言~困惑と混乱~

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「ふぅ……」
 夜風に当たり、体が冷えたので部屋に戻ると──

『わぁ、おにいちゃんのおへやきれー』

「⁈」
 白い翼の生えた少女──いや、姿は間違いなく幼い頃のシルフィ・コルフォートが半透明になって私の部屋に居た。
『おにいちゃんありがとう、おにいちゃんがわたしがおねえさまにころされたのをあかしてくれたのね』
「わ、私はきっかけを作っただけで……」
『だからね、かみさまからゆるしをもらっておれいをいいにきたのありがとうございます』
「い、いえいえ……」
 丁寧にお辞儀をする少女に私はお辞儀を仕返す。
『おにいちゃん、まおうにされそうなんだよね?』
「何でそれを……」
『かみさまはみんなおみとおし、でもなにかしたらいけないじだいになってるからてだしできないって』
「そう……」
『でもおにいちゃんのしゅごてんしになってまもってあげることができるの!』
「え」
『だいじょうぶ、おにいちゃんのぷらいべーどとかははいりょしてふだんはちがうばしょにいるから、で、まのもののけはいがしたらばーんってはじきとばしちゃうから!』
「あ、ありがとう?」
『うふふー、どういたしまして。じゃあまたね、おにいちゃん』
「まって、その前に一応君の名前を教えて」
『シルフィ、大天使シルフィ』
 シルフィ、いや大天使シルフィはそう言って姿を消した。
 天使の次に偉い天使だよな、見かけによらずすごいな。
 とか、感心してしまった。


 翌日から、また講義が始まる。
 私達が出かけている間、学園は休校になっていたので、遅れはない。
 安心して講義を受けられた。

 講義が終わると図書室に読書に向かう。
 知識を貯めるのは大事な事だからだ。

「アトリア」
「……? なんですかアルフォンス殿下?」
「この間の戦いを見てね、君と手合わせしたくなった」
「え⁈」
 ど、どうしよう、せ、接待しなきゃ駄目だよねこれ⁈
「ああ、接待使用なんて考えないで本気で私と手合わせしてほしい」
「え、ええ⁈」
「駄目かい⁈」
「だ、駄目です‼ 私なんかが……」
「うーむ、困った」
「アルフォンス殿下、その辺にしておけ」
 グレンが殿下に苦言を呈した。
「アトリアが誰かと手合わせする際は絶対手を抜く、他者を傷つけないようにとな」
「でも、先の魔王戦。いとも簡単に魔王シルフィーゼを倒していたじゃないですか」
「隠したい実力というものもあるんだろう」
「そういう訳じゃ……実際ヴァイエンと対峙すると体が動かなくなる事が多くて……」
「……やはり復讐心か」
「……」
  私は無言になる。
復讐するは我にありヴィンディクタメアエストは、復讐心がなければ強く発動しない魔法だ。今回の復讐心はおそらく、死んだシルフィの事を考えての復讐だったのだろうが、普段のお前の復讐心は……」
「彼にありますね」
「……消えないんです。消せないんです」
 私は静かに語る。
「母が死ぬ遠因は父が殺され、私を育てる為に働かなくてはいけなかった事。そしてそれで体を壊したこと。つまり父が殺されなければ母は体を壊すこと無く長生きできたかもしれない……父も母も両方を奪われたと思うようになったのです」
 思った事を述べた。
 身勝手な思い込みかもしれない。
 でもそう思ってしまうのだ。


 あの時父が殺されなければ、母は無理に働いて体を壊す事は無かったはずだ。
 その結果、早く亡くなってしまったのだ。
 母も、父も、奪われた。

 彼奴らさえいなければ。
 あの男さえ、こなければ、いなければ。


「アトリア」
 レオンに呼ばれて我に返る。
「お前の憎しみは、復讐心はもっともだ。だがそれだけに捕らわれて魔王になるのだけはやめてくれ」
「……分かってますよ、私も魔王なんかにはなりたくないですから」
 魔王になりたくない、これは事実だ。
 魔王になったら、世界の敵になるということだ。
 恋愛感情はないが、アルフォンス殿下、レオン、グレン、カーラ、ミスティ、フレア、全員が大切だ。
 だから魔王になどなりたくない。


 次の休日、家に戻ると、母が死んでからは、定期的に掃除してくださる方が来ていた。
「ああ、アトリア様。ちょうど良かった」
「?」
「お母様のお部屋から、これが」
 渡されたのは、父を殺すように嘘をついた連中が処刑される映像を記録している、記録水晶と──
 粉々に砕けた、赤い結晶──ブラッドストーンだった。
 父の遺品と、母の心の病みを解放せず、代わりに心を軽くした物だった。
 私はそれらを受け取り、マジックバックにしまう。
「いつも掃除有り難うございます」
「いえいえ、仕事ですので」
「では私は二階に……」
 二階に来たのは父と母、私の肖像画を取りに来たからだ。
 肖像画のある引き出しを開けると、肖像画の上に手紙が載せてあった。

 私は手紙を取り出し、肖像画を机の上に置く。

 手紙の中身を取り出すと、それは母の筆跡で書かれていた。




 愛しい我が子、アトリアへ

 貴方がこの手紙を読んでいるということは私は既にこの世に居ないでしょう。
 私は復讐に病んでいました、今も病んでいます。
 貴方の父を、私の夫ティーダを殺したあの男を許せずに居ます。
 ですが、貴方にはそうあって欲しくありません。
 憎しみは復讐心は私が持っていきます、だから貴方はどうか。
 幸せにおなりなさい。




「そんなの無理だよ、母さん……」
 私は手紙をしまった。
「憎しみは、復讐心は抑えられない、どうすればいい?」
 一人呟くが答える者はいない。

 学園に戻り、屋敷に戻るとみんながわっと押しかけてきた。
「アトリア大丈夫だったかい⁈」
「ヴァイエンの野郎とは合わなかっただろうな⁈」
「アトリア、無事でよかったぞ」
「そうよ、アトリア貴方の無事が私達の願い」
「一人で行くから来ないで欲しいと言われた時はびっくりしちゃったわ!」
「お願いだから今度からは一人でいかないでちょうだい」
「わかりました、わかりましたから離れてください」
 私がそう言うとみんな漸く離れてくれた。
「では、私は部屋に戻りますね」
 と荷物を抱えて自室へ戻る。
 肖像画をしまい、父の形見をしまい、母の手紙をしまう。
 ため息をつく。
「無理だよ母さん……復讐心を今更捨てるなんて……」
 私はそう息を吐き出し、髪をかき上げた。

『やはり貴方の復讐心は美しい!』
「‼」
 ヴァイエンの声がした、叫ぼうとしたが声が出なくなっていた。
「叫ばれてはバレてしまいますのでね」
 ポケットのブザーを鳴らす。
「んんん……耳が痛いですが、聖ディオン王国の連中の魂を喰らったおかげでこの程度なら我慢できますね」
 詰んだ、そう思った矢先──
『おにいちゃんになにするのー!』
「ごぶへぇ⁈」
 シルフィが現れ、ヴァイエンの腹に頭突きをした。
 ヴァイエンは倒れる。
『だいてんししるふぃ、ただいまさんじょうなの!』
「だ、大天使⁈ 大天使がこれほどの力を持っている訳がない‼」
『しるふぃはほんとうはしてんしのちからをもってるけどまだこどもだからだいてんしなの!』
 マジ⁈
「はぁ⁈ ふ、ふざけてる‼ そんな天使が何故──」
『おにいちゃんにいじわるするやつはめー!』
 ヴァイエンが燃える。
「ぎゃあああああ‼」
 叫び声に、みんながやってきた。
「あの魔の者か⁈ つかなんで燃えてるんだ⁇」
 グレンが首をかしげる、もしかしてみんなにはシルフィは見えていない。
「く、くそ、退散だ‼」
 捨て台詞を吐いていなくなるヴァイエン、シルフィも姿を消す。
 私はへなへなと座り込んだ。
「「「「「「アトリア!」」」」」」
 皆が私を抱きしめたり、撫でたりしてくれて、安堵の息を吐き出す。
「アトリア⁈」
 レイナさんも駆けつける。
「レイナさん……ヴァイエンの奴聖ディオン王国の連中の魂を喰らったといってこれも効かなくなりました」
「何だと⁈ すぐに対策を練る、その間お前達はアトリアをちゃんと見ていろ!」
 と言って居なくなってしまった。
 不安はまだまだ尽きず、私の心はぐらぐらとしている。

 復讐心を捨てるのが正しいのだけれども、私にはそれはできない。
 できるものか──




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