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婚約破棄された私は第二王子に溺愛される~第一王子は姉の元王女にボコボコにされたが自業自得かと~

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「お前という男はどこまで大馬鹿者なのか!!」
「あ、姉上お許し……ごぶへ!!」
 婚約者が、既に嫁いだ自分の姉に心身ともにボコボコにされるのを、私は冷めた目で見つめていました。




「ドリス・オヒギンス!! お前のような女とは婚約破棄だ!!」
 物語で聞いたことのあるような台詞を、まさか実際に聞くとは思っていませんでした。
 婚約者のエイベル殿下の後ろでニヤニヤと笑っている女性、品がない。
 更に後ろでは、怒りの形相をいしているのに、品のある佇まいをそれでも壊していない女性に目が行きました。
「婚約破棄とか理由は聞きますが──」

「後ろでお怒りになっている貴方のお姉様にはどう言い分けなさるのですか?」

「へ?」
「エイベル~~??!!」
 つかつかとエイベル殿下に近づき、扇で女性はビンタをしました。
「ぶへ!!」
「お前という奴は何をしてくれたのだ?! ドリス嬢にそのようなものいい!! どうせその女にあることないこと吹き込まれたのを信じたのだろう!!」
 女性が睨み付けると女はヒッと悲鳴を上げて腰を抜かしました。
「そ、そんな事はない!! アニーはドリスに、自分はエイベル殿下の婚約者だから敬えとか、物を取り上げられたと言ったんだ!!」
「私、その人と初対面なのですが」
「だそうだぞ?」
「う、嘘だ!!」
「そういえばローラ様、聞いて下さい。エイベル殿下はしつこく婚前交渉を以前私に迫ってきたのに、最近は何もなくなったんですよ」
 周囲がざわめく。
 女性ローラ様は怒りの形相のまま今度は素手でエイベル殿下の顔をビンタします。
「お前と言う奴は!! お前という奴は!!」
「おそらくその女性と婚前交渉をしていたのでしょう。でさせてくれない私は邪魔だったと」
 憶測ですが、多分合っている内容を私は告げます。
「それは本当かねドリス嬢」
「アレクシス陛下……」
「お父様……」
「ち、父上……」
 会場は静まり返ります。
「それにエイベル様はここ最近女性をとっかえひっかえ侍らせています」
「何?」
「この馬鹿が馬鹿が!! お前の脳みそには何がつまっているのだ?!?!」
 ローラ様がエイベル殿下を激しくビンタしています。
「カボチャ頭の方がよほどマシではないか!!」
 ローラ様はそう言ってビンタを繰り返しておりました。
「ぶへ!! 姉上、ごぶへ!! おゆるし、ぶへ!!」
「お父様、こんな輩に国を任せたら国が潰れます。王位継承権を剥奪することをお勧めします」
 ローラ様はお父君である陛下にそう進言しました。
「そうだな、エイベル、お前の王位継承権を剥奪する。サミュエルに継がせる」
「ち、父上そんな?!」
 エイベル殿下はうなだれました。
「ローラ、その馬鹿の再教育、お前に任せてよいか?」
「はい、お父様」
 エイベル殿下をローラ様はずるずると引きずって立ち去りました。
 残された女性は近衛兵が連れて行きました、まぁ良いことはないでしょうね。

「ドリス」
「はい、アレクシス陛下」
「すまぬがサミュエルと婚約を頼む」
「良いのですか?」
「うむ、サミュエルが『兄上にはドリス嬢は勿体ない御方です』『私が婚約したい位です』と前々から言っておってな」
「まぁ」
 初耳でした。
「間もなく来るだろう」
「父上、どうなりました?」
 若い少年の声が聞こえます、変声期を終えたばかりの。
「エイベルは廃嫡だ。サミュエル、お前が国を継ぐのだ」
「婚約者は?」
「お前が望んだように」
 そう言うと少年サミュエル殿下は目を煌めかせて私に近寄り、手を取りました。
「ドリスさん、僕と婚約してくれて有り難うございます」
「こちらこそ、私のような女を指名してくれてありがとうございます」
「いえいえ、ドリスさんは素敵な女性です。僕は知っています」
 サミュエル殿下は目を煌めかせて私を見つめます。
 ちょっと目の輝きがまぶしいくらいです。
 なので、少し恥ずかしいです。
「少し、気恥ずかしいですね……」
「そんな事ありません、ドリスさんより素敵な女性はいないと思う程僕はドリスさんを愛しています」
 エイベル殿下にも言われたことの無い熱烈なアプローチに私はたじたじです。
「す、すみません、エイベル殿下にも言われたことの無いお言葉だったので……」
「兄上は愛も語らぬと?! つくづくおろかでしたね兄上!!」
 サミュエル殿下は兄であるエイベル殿下を馬鹿にし始めました。
「こんな素晴らしい女性が側にいながら、他の女の所に行っただけのことはある!! 性欲と色欲の権化ですね!!」
「サミュエル」
「父上」
 今まで空気状態になっていた陛下が咳をしてサミュエル殿下に言います。
「言い過ぎだ、彼奴は阿呆になってしまったが、お前まで頭が花畑と過激思想になってどうする」
「は、すみません父上。ドリスさんと婚約できたのが嬉しくてつい」
「ついで済むものか……ドリス嬢、すまぬな愚息が」
「い、いいえ、アレクシス陛下」


 それから私とサミュエル殿下の交際がスタートしました。
 年の差もあるためどうしても、負い目を感じてしまう私に、サミュエル殿下は毎日のように愛の言葉を仰ってくださいます。
「愛してます、ドリスさん」
「私も愛していますわ、サミュエル殿下」
「殿下と呼ばずサミュエルと」
「それはできませんわ、まだ私は婚約者で、私は公爵家の娘なのですから」
「むぅ……父上にちょっと直談判してきます」
「サミュエル殿下、それはおやめになってくださいませ」
 愛が重すぎると、若干感じますが、サミュエル殿下は私を愛するが故にそう言う行動をなさるのは分かりますが、若さ故の行動力とは恐ろしいものだと私は内心ひやひやしております。


 夜会に行くと、ひそひそとした話し声が聞こえました。

『サミュエル殿下お若いのに、エイベル殿下の「お下がり」貰って可哀想に』
『もっと若い女性がふさわしいと思うわ』

 等など、私の事を遠回しに貶している声が聞こえてきました。
 すると、隣にいたサミュエル殿下がすっと私の前に出て声を発しました。

「誰だ今のような言葉を言ったのは!! 名を名乗れ!! ドリス嬢を非難する言葉を言った者は只で済むと思うな!!」

 シーンと静まり返ります。
 誰も出てきません。

「ドリスさん、今日の夜会は帰りましょう」
「はい、サミュエル殿下」

 サミュエル殿下は私の手を取り、夜会を後にしました。


 後に知らされましたが、あの夜会に出た貴族一人一人を審判にかけ、私を卑下非難した人達を罰したそうです。


 サミュエル殿下の愛の重さとやりすぎを感じました。


 ある日、サミュエル殿下は酷く機嫌を悪そうにして私の元にいらっしゃいました。
「サミュエル殿下?」
「ああ、聞いてくださいドリスさん」
 私の顔を見ると笑顔になりましたが、どこか不機嫌なのは纏っていました。
「どうしたんですか?」
「何も知らない令嬢達が、こぞって言うのです。サミュエル殿下に必要なのは私のような若い令嬢だと! ふざけてる!!」
「……」
「私に必要なのはドリスさん、貴方のように知的で美しい方です」
「知的で美しいだなんてそんな……」
「だから昔兄上が羨ましかった、でも兄上が馬鹿で本当に良かった!」
 サミュエル殿下は心の底からそう言って笑います。
 エイベル殿下は可哀想ですが、身から出た錆といいましょう。
 自業自得の結末だったのですあれは。


 しばらくしてローラ様が私の元を訪れました。
「ドリス、サミュエルとは仲良くしていますか?」
「仲良くといいますか、サミュエル殿下の愛が重すぎるとちょっと感じています」
「あの子はあの馬鹿が貴方の婚約者になる以前から貴方を好いてましたから」
「え?」
「ええ、ですが貴方のような賢い方こそ、ダメな所があるあの馬鹿には必要だと父は考え、あの馬鹿と貴方を婚約させたと知ると、サミュエルは酷く癇癪を起こしました」
「……」
「『兄上には勿体ない!』とね。事実その通りになってしまいました」
「あの、エイベル殿下は……」
「今は絶賛貴方しかいないモードになってますよ、自分が馬鹿だった、ドリスには自分しかいない、自分にはドリスしかいないとね」
「はぁ……」
「そして、サミュエルと婚約してると伝えると嘘だ、そんなはずはないと暴れ回る始末。その度に『父上がお前が馬鹿だからドリス嬢をサミュエルと婚約させたのだ』と言って黙らせてますが」
「はぁ……」
「姉上、ドリスさん!」
「サミュエル」
「サミュエル殿下」
 サミュエル殿下がいらっしゃいました。
「何の話をしてたのですか?」
「あの馬鹿がどうしているかよ」
「ああ、兄上の事ですか、どうしようもない人でしょう?」
「ええ、どうしようもない愚か者だったわ」
 姉弟二人に愚か者呼ばわりされているエイベル殿下が少し哀れでした。
「姉上、兄上はどうなさるのです?」
「夫に無理矢理引きずられながら魔物の討伐に同伴させられているわ。いつも半泣きで帰ってくるの、笑えるでしょう?」
「笑えますね」
「笑えません……」
 笑えませんでした。
 自業自得とは言え、可哀想で。
「どうしてなのです?」
「自業自得とはいえ、少々哀れだったのです」
「なるほど……」
「ドリス、貴方は本当に優しいのね。でも、その優しさにも気づかないあの馬鹿が悪いのよ」
「そうですね、全面的に兄上が悪い」
「……あの、そういえばあの時一緒に居た女性は?」
「修道院につれていかれましたよ、戒律の厳しい所に」
「もう出られないでしょうね」
「何故、エイベル殿下はあの女性と」
「あー言いたくないけど、あの女肉体をだしにしてあの馬鹿を落としたのよ。そしてその女は無いこと無いこと吹き込んで──あれが起きたと」
「なるほど」
「ところで、サミュエル。ドリスの邪魔はしてないでしょうね?」
「してませんとも」

「だってドリスさんは、聖女でもあるのですから」

 そう私は公爵家の令嬢であると同時に聖女でもあるのだ。
 だから聖女として祈り、国を守っていた。
 だからこそ、あの婚約破棄でローラ様と陛下がエイベル殿下の王位継承権を剥奪することにしたのだ。
 聖女と婚約破棄とはなにを考えているか分からない。

「あの女自分こそ聖女だっていってたけど、そんな力ないって審判で見通しされたしね。聖女じゃなくて性女よ。娼婦の方々の方が遙かに立派だわ」
「ローラ様……」
「まぁ、今は修道院でビシバシされてそうだけどしったこっちゃないわ」
「はぁ……」
 私はローラ様の毒舌になんとも言えませんでした。
「その通りですね、姉上。ドリスさんを陥れるなんて……家も潰れればいい!」
「あ、家は自分達は関わっていない、娘が勝手にやったことだとか言ってたけど、家族全員知ってたから爵位没収領地没収になったみたいだからね」
「……恨まれてそうですね」
「悪いのは連中なんだから大丈夫──」

「サミュエル殿下!!」

「どうしたのです?」
 近衛兵が慌ててやってきました。
「ゲイソン伯爵家の者達が逃亡したと連絡が!!」
「ドリスさんの身辺の警護を父上に要請を!」
「は!」
「一波乱ありそうね……しばらく私もいるわ」
「ローラ様……」

 私は事態が早く収まる事を祈りました。
 また、国民の方々も心健やかでいれることを祈りました。

「ドリス」
「ドリスさん」
「サミュエル殿下? ローラ様?」
 朝目覚めると二人がいらっしゃいました。
「ちょっとだけここに隠れていてね」
 ベッドの下に隠れるように言われ、ベッドの下に隠れました。


「あの聖女は何処だぁ!!」
「ゲイソン伯爵、良くも脱出できたものです、脱出せずに居れば命があったものを」
「五月蠅い!! 王族の腰抜けの剣技など──」

「ぎゃあああ!!」

 ごとりと、床に剣をもった腕が転がりました。
 私は必死に悲鳴を殺します。

「だから言ったでしょう?」

「脱出せずにいれば命あったと、辺境伯に嫁いだ女を舐めないでちょうだい」

 ごとりと首が落ちました。

「サミュエルはここに居なさい」
「はい、姉上」
 ローラ様は首を持ってどこかへと行ってしまわれました。


「ドリスさん」
「はい……」
 漸くベッドの下からでるころ、全てが終わっていました。

 屋敷を襲ったゲイソン伯爵一族は全員処刑となりました。

「しばらくは城に居てちょうだい、屋敷を綺麗に清掃するから」
 とローラ様に言われて、私は城でサミュエル殿下と日々を過ごしました。
「ドリスさんが無事で良かった……」
「ありがとうございます」
「ドリス嬢、サミュエル」
「父上」
「アレクシス陛下……」
 アレクシス陛下が私の元を訪れ頭をお下げになられました。
「ど、どうかしましたか?」
「すまない、其方の住まいを汚し、其方を危険な目に遭わせ……」
「いいえ、サミュエル殿下とローラ様がいてくれましたから」
「ほとんど姉上の独壇場でしたけど……」
 サミュエル殿下は少ししょげたように言いました。
「サミュエル殿下、貴方が私を守ろうとしたのは変わりの無い事実なのですから」
「有り難う、ドリスさん。ああ、本当に貴方が婚約者で嬉しい」
「その事なんだがなサミュエル」
「はい?」
「これ以上危険な目に遭わせる前にもう結婚させてしまえとローラからせっつかれたので時期は早いが式を挙げてはどうだろうか」
「いいんですか?!」
「う、うむ。ローラが言うものだからな……」
 アレクシス陛下はお妃様が亡くなった後、しっかりもののローラ様には頭が上がらなくなったという噂は本当のようでした。

「嬉しいなぁ! ドリスさん、結婚ですよ!」
「え、ええそうですねサミュエル殿下」
「どうしたんです?」
「その、いきなりな事なので頭がついていかないのです」
「そうですか、でも大丈夫です、僕がついていますから」

 まだ、若いサミュエル殿下がとても頼もしく見えました。

「式の日時を決めるから二人とも来なさい」
「はい、父上」
「はい、アレクシス陛下」
 私達は陛下の後ろをついていきました。


 ローラ様も参戦し、式は祈りがなければ、雨が降らない時期つまり半年後。
 それから慌ただしくなりました。
 ローラ様は城と辺境をいったり来たりしながら私の面倒を見てくださいます。
 サミュエル殿下は誓いの言葉を繰り返し練習しておりました。

 そして半年後──

「ドリス・オヒギンス 貴方は今サミュエル・ボイドを夫とし、神の導きによって夫婦になろうとしています。汝健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときもこれを愛し、敬い、慰め遣え、共に助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
「サミュエル・ボイド貴方は今ドリス・オヒギンスを妻とし 神の導きによって夫婦になろうとしています。汝健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときもこれを愛し、敬い、慰め遣え、共に助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
「誓いの鐘の音を鳴らし、指輪の交換を」
 指輪を交換し、互いの指にはめます。
「今、一つの夫婦が誕生した、再度祝福の鐘を鳴らせ!」

 ゴーン、ゴーンと鐘が鳴ります。

「サミュエル殿下……」
「嬉しいけど少し悔しいです」
「何がです?」
「もう少し時間があれば、僕はドリスさんよりも大きくなってたかもしれないのに……」
 その言葉に思わず笑ってしまいました。
「ドリスさん?」
「すみません、サミュエル殿下もやはり可愛らしいところがあるのですね」
「男としては割と死活問題ですよ……でも良かった」
「何がです?」
「貴方の花嫁姿を間近で見て、自分の花嫁にすることができて」
「サミュエル殿下……」
「サミュエル、ですよ。ドリス」
「──ええ、サミュエル」
 私がそう呼ぶと、サミュエルはにこりと笑いました。


 後日、私の式の件をエイベル殿下にローラ様が話したところ、翌日エイベル様の髪の毛は真っ白になり、散らばっていたそうです。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……」
 と、ブツブツ呟くエイベル殿下をローラ様は難度もビンタし、いつものように魔物退治に行かせたそうです。
 ですが、泣いてばかりで役立たずだったのですぐ返され、ローラ様のお説教が延々と続いたそうです。

「お父様、あの馬鹿もうどうにもなりませんわ」
「ううむ……」
「父上、幽閉してしまいましょう」
「そう、だな」

 かくしてエイベル殿下は幽閉されることになりました。
 その際、姿をちょっと見たのですが、若々しさはどこにもなく、みすぼらしい老人のように見えました。
 その姿に罪悪感が湧きました。


「ドリス?」
「……哀れですね」
「哀れむ必要が無いのに、ドリスは優しいですね」
「サミュエル……」
 サミュエルはにっこりと笑いました。
「これからは僕らの幸福の為にも祈りましょう」
「はい」
 私は祈りました、幸福を。
 民の幸せを、自分達の幸せを、祈りました。
























 知っていた。
 兄上が他の女にうつつをぬかしていることを、他の女の甘言でドリスさんを陥れようとしていることを。
 だからローラ姉様達を呼んでおいて全て聞かせて王位継承権を剥奪することができた。
 そしてドリスさんを僕の婚約者にできた。

 ドリスさんに知られたら幻滅されるから、これは一生の秘密。

 ああ、兄上本当に馬鹿で助かったよ!
 ありがとう兄上、貴方が馬鹿なおかげで僕はドリスさんと添い遂げることができるんだ!
 謝ったって許さないよ、一生償っていれば良い。

 僕は僕なりに、ドリスさんとこの国の幸せの為につくすからさ!


 あーあ、幸せだ!!



















 
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