あざとさを捨てた令嬢は、若き公爵に溺愛される

古紫汐桜

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私、食べても美味しくないです!

逃げ出した私は、裏庭のベンチに腰を下ろし、乱れた呼吸を整えていた。

(あの女、どこまで男好きなのよ……!)

 クリフォード王子から逃げる途中でも、見知らぬ男子生徒に何人も声を掛けられ、危うく誰もいない教室へ連れ込まれそうになった。

(その間、何人に腰を抱かれ、情欲を孕んだ視線で全身を舐め回すように見られたことか……)

 ようやく辿り着いた、人の気配のないこの場所で、私は深く息を吐く。

 ──息が、落ち着いてきた。

 そう思った、その瞬間。

『パキッ』

 枝が折れる音がして、反射的に視線を向けた。

 そこに立っていたのは──
 胸元まで伸びる艶やかな黒髪を持つ、美しい男性だった。

 切れ長の奥二重。吸い込まれそうな漆黒の瞳。
 その瞳が、じっと私を射抜くように見つめながら、静かに近づいてくる。

(だ……誰?)

 怯えつつ睨み返す私に、彼は低く、それでいて甘さを含んだ声で言った。

「貴様、何を企んでいる?」

「な、何の話ですか?」

「貴様の話だが?」

 鋭い視線。
 でも、ここで逸らしたら負けだと、本能が告げていた。

 私は歯を食いしばり、彼を真正面から見返す。

 すると──

 彼はニヤリと笑い、「なるほど、そう来るか」と呟くと、ぐいっと顔を近づけてきた。

(ちょ、ちょっと待って!
 イケメンとの至近距離とか、無理だから!)

 思わず顔を逸らすと、彼はぽつりと呟いた。

「……まるで、別人だな」

「そうなんです!」

 気づけば私は、食いつくように彼の胸ぐらを掴み、叫んでいた。

 驚いたように目を見開いた彼は、すぐに意地悪そうな笑みを浮かべる。

「ほう……俺の胸ぐらを掴むとは、不埒な奴だな」

 そう言うなり、彼は私の顎を掴み、上を向かせた。

(こ、これが噂の顎クイ!?)

「……まあ、積極的な女も悪くない」

 そう言って浮かべる悪い笑みは、まるで黒い毛並みの狼のようだった。
 私は完全に、“食べられる前の赤ずきん”状態である。

「わ、私を食べても美味しくないですから!」



 叫んだ瞬間、彼は一瞬、ぽかんとした表情を浮かべた。
分かってる。
意味が違うことも、全部分かってる。

 でも、頭に浮かんだのは童話の──
 狼に頭からガブリと食べられる、赤ずきんちゃんだったのよ!!

 だから、つい……言っちゃったの!!

 私の必死の弁明に、彼は一瞬固まり──

「ぶっ……くっ……あははははは!」

 腹を抱えて、盛大に笑い出した。

 あまりの反応に、私は呆然と立ち尽くす。

「あの……?」

「お前、今“違う意味の食われる”こと、考えてただろう?」

「っ!?」

「俺は魔族か!」

 爆笑するイケメンを見上げながら、私は完全に思考停止していた。
……いや、笑顔の破壊力、強すぎない?

光属性の攻撃より、眩しいんだけど。

そんな彼に見惚れていると──

「お兄様! 何をなさっているのですか!」

ドレスをたくし上げて駆け寄ってきたのは、レミリア様だった。

「レミリアこそ、淑女らしくない行動だぞ」

笑いを収めた彼はそう言い、再び私の顔をじっと見つめる。

そして、一言。

「レミリア……こいつも、たぶん──
 お前と同じ転生者かもしれないぞ」

「え?」

「……やっぱり」

驚く私と、なぜか納得しているレミリア様。

「やはり、お前もそう感じたか」

「はい。彼女が放つオーラも、纏う空気も変わっておりましたから……」

え、何それ。オーラ? 空気?
私、いつの間にかアイドルみたいに何かを放つ人になったの?

 思わず自分の手や身体をキョロキョロと見回すけれど……違いは分からない。
 そんな私を置き去りに、二人は小声で会話を続けている。

そして、次の瞬間。

二人して同時に、私の顔を見る。

「とりあえず、何がどうなっているのか──本人から聞き出さないとな」

「ですわね」

……え、なに?
なんでそんな刑事ドラマみたいな流れになってるの?

 息ぴったりな兄妹は顔を見合わせて頷くと、私の両腕をがっちりホールドした。

「じゃあ、生徒会室で、じっくり聞かせてもらおうか?」

「まぁ、お兄様! 奇遇ですわ!
私も同じことを考えておりましたの!」

二人とも笑顔。
怖いほどの笑顔。

「ははははは」
「おほほほほ」

……笑顔が怖いんですけど!?

 こうして私は、兄妹コンビに両腕をがっちり掴まれたまま──
生徒会室へ連行されましたとさ。

(チーン……)
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