あざとさを捨てた令嬢は、若き公爵に溺愛される

古紫汐桜

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忍び寄る黒い魔の手

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「パリーン」

 その瞬間、私の手にしていたカップが、破裂するように割れた。

「ソフィア、大丈夫か?」

 すぐにユリエル様が私の手を取る。割れた破片で切れていた指先は、治癒魔法によって瞬く間に塞がれた。

「後片付けを!」

 レミリア様の凛とした声が響き、少し離れた場所にいた侍女たちが慌ただしく動き出す。
私は胸の奥に、言いようのない不安が渦巻くのを感じていた。

「お嬢様、お着替えを……」

ロッテに耳打ちされ、ハッと我に返る。
するとユリエル様は、治癒を終えた後も私の手を離さず、

「どうした? 顔色が悪いぞ」

そう言って、私の顔を覗き込んだ。
反対の手で頬を優しく包まれ、その温もりに、不思議と心が落ち着いていく。

「大丈夫です。お茶を飲もうとしたら、カップが割れて……驚いただけです」

そう微笑んだ、その瞬間だった。

ふわりと視界が揺れ、私はユリエル様に抱き上げられていた。

「きゃっ!? な、何ですか!?」

驚いて思わずしがみつくと、彼はさらりと告げる。

「部屋まで送る」

「だ、だ、大丈夫です! 一人で行けます!」

 必死に訴える私をよそに、ユリエル様は歩き出す。
助けを求めてロッテを見ると──満面の笑みで親指を立てていた。

──ロッテ、違う! そうじゃないぃぃ~!

 心の叫びも虚しく、私はお姫様抱っこのまま部屋へと連行された。



 部屋に着くと、そっとベッドに下ろされる。

「ユリエル様、ありがとうござい──」

顔を上げてお礼を言いかけた、その瞬間。
彼の唇が、私の言葉を塞いだ。

──え……?

驚きで固まる私。
顎を軽く掴まれ、再び唇が重なる。

先ほどは触れるだけだったキス。
けれど今度は、深く、甘く、大人びたものだった。

 ユリエル様の舌が口腔内に入り込み、絡め取られるたび、頭がふわふわと痺れていく。

「んっ……」

 思わず漏れた吐息に、下唇を舐められた。
 ぼうっと彼の顔を見つめていると、耳元で低く囁かれる。

「何だ? ……もっとしてほしいのか?」

 甘い声と同時に、首筋へキスが落とされた。

 チリッとした甘い痺れが身体を駆け巡り、思わず震える。

「あっ……」

 小さく漏れた声に我に返り、見上げた先には――
ニヤリとした、黒い笑み。

──油断した!

 真っ赤になって睨みつけると、ユリエル様は口を尖らせ、

「え~? 不安そうだったから、保護魔法をかけてあげただけなのに~」

と、拗ねたように文句を言う。

「……キス、する必要ありました?」

「ん~、そこは役得ってことで?」

「…………」

 相変わらず飄々とした態度に、私はぐっと拳を握りしめた。

「次やったら、ぶん殴りますからね」

「え~!!」

「『え~』じゃないです!!」

 私の剣幕に、ユリエル様は悪びれもせず、くすっと笑った。

まったく……。
本当に、油断も隙もありゃしない。
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