あざとさを捨てた令嬢は、若き公爵に溺愛される

古紫汐桜

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誘惑からの逃亡

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 目を覚ますと、そこは神殿らしき場所だった。

「ユリエル……」

 頬に触れるのは、覚えのある女神の顔。

「……女神、アマンダ」

 ぽつりと呟くと、彼女は悲しそうに瞳を揺らした。

「なぜ、そんなにも憎々しく私の名を呼ぶのだ?」

「ハッ。自分を襲おうとした相手に、優しく出来るほど人間が出来ていないのでね」

そう返すと、アマンダは俺の頬に触れ、

「呪いは解けたのだな? それなら、私とひとつになりなさい。そうすれば、お前はこの世界を手にするだけの力を得る」

唇が触れるか触れないかの距離で囁かれ、強烈な嫌悪感が身体を襲った。

「触るな!」

魔法でアマンダの手を弾く。

「ユリエル……どうして?
あんな女より、私の方がずっとお前を愛しているのに……」

そう言って、アマンダは俺の胸元に顔を埋めた。

 拘束された身体が動かないことを恨めしく思いながら、俺は睨み上げる。

「俺を……どうするつもりだ?」

「どうするって……分かっているでしょう?」

 胸元に手を這わせ、アマンダは妖艶に微笑んだ。

「こんな状態じゃ、襲われるのと同じだ。屈辱でしかない。
しかも……お前じゃ、俺は何の反応もしない」

冷めた声で言い放つと、

「あらあら……それはどうかしら?」

 耳元で、クスクスと不快な笑い声が響いた。

 アマンダが指を鳴らすと、俺たちの周囲に薄い膜が張られる。
 鼻腔をくすぐる甘い香り──。

 今から十年前、部屋に焚かれた媚薬の匂いだ。

「そんなもの、俺には効かない」

睨みつけると、

「あら……そうかしら?」

 次第に霞む視界の中で、アマンダの姿が揺らぎ──
 そこに立っていたのは、渡良瀬さんだった。

「……いいんだよ。好きにして」

甘い、吐息混じりの声。

「やめろ!」

「どうしたの? 私じゃ……嫌?」

 渡良瀬さんが、ゆっくりとブラウスのボタンを外していく。

「……違う」

「何が違うの? ねぇ……いいんだよ?」

その手が、俺の手を胸元へ導く。

「自由に動けないから……残念ですが……」

記憶が、混濁していく。

「大丈夫だよ、ほら……」

触れている部分だけが、自由に動く感覚に

「渡良瀬さん……俺は、きちんとあなたを抱きたい」

切実に訴えた瞬間──
足以外の感覚が、戻った。

(……逃げられないよう、足だけ鈍らせているのか)

そっと身体を引き寄せ、耳元に唇を寄せる。
渡良瀬さんの身体が、びくりと震えた。

「……それで、渡良瀬さんになったつもりか? どんなに姿を変えても、無駄だ」

甘く囁く。

 次の瞬間、自由になった手で、ボトムの後ろポケットに忍ばせていた黒い種を口に含み、噛み砕いた。

 ――バリバリバリッ。

 黒い茨の弦が音を立て、全身に巻き付く。

「ユリエル!」

アマンダの悲鳴が、遠ざかっていく。

この茨は、魔力を喰らい成長する。
俺の魔力なら……せいぜい一週間と少しか。

好きでもない女に抱かれるくらいなら、棘の痛みを全身に受ける方が、よほどマシだ。

『ユリエル様──!』

 攫われる直前に聞いた、ソフィアの悲鳴が脳裏をよぎる。

また……泣かせてしまうのだろうか。

ソフィア……
いや、渡良瀬さん。

 俺はずっと、あなただけを想っています。未来永劫。

この想いを穢されるくらいなら──
この命など、惜しくはない。

 遠のく意識とともに、視界はゆっくりと闇に沈んでいった。
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