水鏡~千年の時を越えて、今、再び動き出す悲恋~

古紫汐桜

文字の大きさ
32 / 111
第三章

赤いソメイヨシノ

しおりを挟む
 遥が目覚める前に、冬夜はあの湖へと足を進めた。
湖の畔にたたずむ、真っ赤なソメイヨシノ。
散る事無く、まるで今咲いたばかりのように美しく咲いている。
ただ……やはりソメイヨシノは、あの淡い桜色だからこそ美しいのだと思った。
なんとも毒々しい真っ赤なソメイヨシノが、冬夜には赤い血の涙を流しているように感じてならなかった。
『眠らせて……』
どこからか、かすかな声がした気がした。
ふと、冬夜がソメイヨシノを見上げた。
「俺に話しかけたのは、お前か?」
ポツリと呟いたその時、パキっと枝が折れる音が聞こえて振り向いた。
そこには、男なのか女なのか。
全く見分けの付かない美しい人の姿があった。
肌の色は真珠のように白く美しく、髪の毛は漆黒で長い髪。
小さな輪郭の中に、整った美しいパーツが並んでいる。
呼吸をするのを忘れるとは、こういう事を言うのだろうか?
冬夜は、目の前の美しくも妖しい人物に心を奪われる。
『冬夜……』
その人物が自分の名前を呼ぶ。
『おいで……私の冬夜……』
白くて細い手が、ゆっくりと自分へと差し出される。
冬夜は誘われるまま、ゆっくりとその人物へと歩き出そうとした時
「行ってはダメ!」
と、誰かが自分の腕を引いた。
驚いて視線を向けると、見知らぬ女性が必死に自分の腕に抱き着いて止めている。
「行けば……あなたは喰われてしまいます」
悲しそうに揺れる瞳が自分を見つめた。
「翡翠?」
その女性を見た瞬間、唇から勝手に名前が紡がれる。
すると女性はハッとした顔をして冬夜を見ると
「すみません」
と叫んで、逃げ出そうとする。
冬夜はさっきの美しい人物の事を忘れて、目の前の女性の腕を思わず掴んでいた。
怯えたように掴まれた腕を見つめる女性に、慌てて冬夜は手を離した。
「あの……さっきはありがとう……」
お礼を言っている冬夜の言葉も聞かず、女性は逃げるように走り出す。
「ちょっと、待って!」
彼女の前に先回りして、慌てて冬夜は彼女の肩を掴んだ。
驚く程に華奢な肩に慌てて力を緩めると
「どうして逃げるんですか?
俺はただ……お礼が言いたいだけなんです」
必死に言葉を掛けた。
すると女性は悲しそうに瞳を揺らして
「若様……」
と小さく呟くと、一粒の涙が頬を伝った。
(あぁ……、前世の俺と関係した人なんだ……)
ぼんやりとそう感じて、冬夜は掴んでいた肩からゆっくりと手を離した。
「ご無礼をお許し下さい。……でも、あなたと私は、もう関わってはいけないのです」
彼女はそう呟くと、小さく一礼して冬夜の前から足早に姿を消した。
その女性の姿を見た時、何故か懐かしさを感じたと同時に、胸に湧き上がる不思議な感情に冬夜は戸惑っていた。
 そしてふと思い出したのは、自分を誘い出そうとした人物と、助けようとした人物の面立ちが良く似ていた事だった。
ただ、誘い出そうとした人物には生気が無く、でも何故か吸い込まれそうな姿をしていた。
そして自分を助けようとした女性は、まさに生気が溢れた生きた人間の姿だった。
それはまるで、コインの表と裏のようだと思いながら、冬夜は自分が彼女を呼んだ名前を思い出してハッとする。
「翡翠」
確かに自分はそう彼女を呼んだ。
鬼とこの世界の秘密の鍵を握る人物。
そして冬夜のこの先の生死の鍵も握っているであろう、重要人物だった事に気付いた。
「しまった……。捕まえて、幸太に会わせなくちゃいけなかったんだ……」
冬夜は独り言のように呟きながら、彼女の手首を掴んだ手を見つめた。

 自分とは対照的な、細くて華奢な肩と腕をしていた。
そんな彼女が、自分達の人生の鍵を握っている人物だとは、とても思えなかった。
自分を見つめて
「若様……」
そう呟いて流した、綺麗な一粒の涙。
あれはどういう意味なんだろうか?
答えの出ない思いに、冬夜は大きな溜息をついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

異能物怪録

佐倉みづき
キャラ文芸
時は大正。西洋化が著しく進んだ時代。夜の暗がりはなくなり、整備された道には人工の灯が灯り人々の営みを照らす。 明治以前の旧文化を疎ましく思う政府は軍による取り締まりを強化。それは闇に紛れてきた人ならざるモノ――物怪も対象であった。陰陽師からなる特殊部隊〈八咫烏〉を編成、物怪の討伐にあたり人々を恐怖に陥らせた。 そんな中、昼日中から惰眠を貪る稲生徹平の元を訪ねる者がいた。その名も山本五郎左衛門。かつて徹平の先祖である稲生平太郎の勇気に感銘を受け、小槌を授けた魔王である。 ある事情から徹平は山本に逆らえず従僕とされ、物怪に纏わる相談事を請け負うことになる。 表紙:かんたん表紙メーカー様にて作成

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

処理中です...