水鏡~千年の時を越えて、今、再び動き出す悲恋~

古紫汐桜

文字の大きさ
32 / 119
第三章

赤いソメイヨシノ

しおりを挟む
 遥が目覚める前に、冬夜はあの湖へと足を進めた。
湖の畔にたたずむ、真っ赤なソメイヨシノ。
散る事無く、まるで今咲いたばかりのように美しく咲いている。
ただ……やはりソメイヨシノは、あの淡い桜色だからこそ美しいのだと思った。
なんとも毒々しい真っ赤なソメイヨシノが、冬夜には赤い血の涙を流しているように感じてならなかった。
『眠らせて……』
どこからか、かすかな声がした気がした。
ふと、冬夜がソメイヨシノを見上げた。
「俺に話しかけたのは、お前か?」
ポツリと呟いたその時、パキっと枝が折れる音が聞こえて振り向いた。
そこには、男なのか女なのか。
全く見分けの付かない美しい人の姿があった。
肌の色は真珠のように白く美しく、髪の毛は漆黒で長い髪。
小さな輪郭の中に、整った美しいパーツが並んでいる。
呼吸をするのを忘れるとは、こういう事を言うのだろうか?
冬夜は、目の前の美しくも妖しい人物に心を奪われる。
『冬夜……』
その人物が自分の名前を呼ぶ。
『おいで……私の冬夜……』
白くて細い手が、ゆっくりと自分へと差し出される。
冬夜は誘われるまま、ゆっくりとその人物へと歩き出そうとした時
「行ってはダメ!」
と、誰かが自分の腕を引いた。
驚いて視線を向けると、見知らぬ女性が必死に自分の腕に抱き着いて止めている。
「行けば……あなたは喰われてしまいます」
悲しそうに揺れる瞳が自分を見つめた。
「翡翠?」
その女性を見た瞬間、唇から勝手に名前が紡がれる。
すると女性はハッとした顔をして冬夜を見ると
「すみません」
と叫んで、逃げ出そうとする。
冬夜はさっきの美しい人物の事を忘れて、目の前の女性の腕を思わず掴んでいた。
怯えたように掴まれた腕を見つめる女性に、慌てて冬夜は手を離した。
「あの……さっきはありがとう……」
お礼を言っている冬夜の言葉も聞かず、女性は逃げるように走り出す。
「ちょっと、待って!」
彼女の前に先回りして、慌てて冬夜は彼女の肩を掴んだ。
驚く程に華奢な肩に慌てて力を緩めると
「どうして逃げるんですか?
俺はただ……お礼が言いたいだけなんです」
必死に言葉を掛けた。
すると女性は悲しそうに瞳を揺らして
「若様……」
と小さく呟くと、一粒の涙が頬を伝った。
(あぁ……、前世の俺と関係した人なんだ……)
ぼんやりとそう感じて、冬夜は掴んでいた肩からゆっくりと手を離した。
「ご無礼をお許し下さい。……でも、あなたと私は、もう関わってはいけないのです」
彼女はそう呟くと、小さく一礼して冬夜の前から足早に姿を消した。
その女性の姿を見た時、何故か懐かしさを感じたと同時に、胸に湧き上がる不思議な感情に冬夜は戸惑っていた。
 そしてふと思い出したのは、自分を誘い出そうとした人物と、助けようとした人物の面立ちが良く似ていた事だった。
ただ、誘い出そうとした人物には生気が無く、でも何故か吸い込まれそうな姿をしていた。
そして自分を助けようとした女性は、まさに生気が溢れた生きた人間の姿だった。
それはまるで、コインの表と裏のようだと思いながら、冬夜は自分が彼女を呼んだ名前を思い出してハッとする。
「翡翠」
確かに自分はそう彼女を呼んだ。
鬼とこの世界の秘密の鍵を握る人物。
そして冬夜のこの先の生死の鍵も握っているであろう、重要人物だった事に気付いた。
「しまった……。捕まえて、幸太に会わせなくちゃいけなかったんだ……」
冬夜は独り言のように呟きながら、彼女の手首を掴んだ手を見つめた。

 自分とは対照的な、細くて華奢な肩と腕をしていた。
そんな彼女が、自分達の人生の鍵を握っている人物だとは、とても思えなかった。
自分を見つめて
「若様……」
そう呟いて流した、綺麗な一粒の涙。
あれはどういう意味なんだろうか?
答えの出ない思いに、冬夜は大きな溜息をついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

有名俳優の妻

うちこ
恋愛
誰もが羨む結婚と遺伝子が欲しかった そこに愛はいらない

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【完結】曖昧な距離で愛している

山田森湖
恋愛
結婚4年目のアラサー夫婦、拓海と美咲。仲は悪くないが、ときめきは薄れ、日常は「作業」になっていた。夫には可愛い後輩が現れ、妻は昔の恋人と再会する。揺れる心、すれ違う想い。「恋人に戻りたい」――そう願った二人が辿り着いた答えは、意外なものだった。曖昧で、程よい距離。それが、私たちの愛の形。

処理中です...