水鏡~千年の時を越えて、今、再び動き出す悲恋~

古紫汐桜

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第四章

ひとときの幸せ

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 二人が友頼の生家で暮らし始め、一年の時が過ぎた。
近くの人里の村の田畑を手伝い、怪我や病人を翡翠と友頼の鬼ヶ村で学んだ薬草学で治療を施した。

 いつしかその村にも馴染み、二人は幸せな生活を送っていた。
その幸せは、永遠に続くものだと二人は信じて疑わなかった──

『ガシャーン!』
 自宅で近隣の村の子供達に勉強を教えていた翡翠の耳に、食器が割れる音が響いた。
慌てて音のした方へ行くと、民の五歳になる子供、三郎太が翡翠のごはん茶碗を割って泣いていた。
「まぁまぁ……、三郎太。怪我はない?」
慌てて駆け寄る翡翠に、民が土間に頭をつけて土下座している。
「申し訳御座いません! 若様の母君の形見の茶碗を……」
真っ青になる民に、翡翠は優しく微笑むと
「良いのです。形あるものは、いつか壊れるもの。それより、三郎太に怪我はない?」
翡翠は優しく三郎太の手や足に怪我がないかを確認した。
「奥様、ごめんなさい……」
「良いのですよ。お母様のお手伝いをしたかったのですよね」
泣いている三郎太を抱き締め、翡翠は優しく背中をあやすように撫でた。

 民の息子、三郎太は末っ子の甘えん坊だったが、その分、母親思いの優しい子だった。
外で遊び回る兄たちとは違い、母親のお手伝いを進んでしている子なのを友頼も翡翠も知っていた。
 だから翡翠も、三郎太には特別に読み書きをみんなとは違う時間帯に教えていた。
利発で優しい三郎太を、友頼も翡翠も子供のように思っていた。
 翡翠は土間で土下座をする民の両手を取り、そっと身体を起こすと
「民さんも、そんなことしないで。私たちは、あなたに本当に助けられているのだから……」
そう言って優しく微笑んだ。

 その日の夜
「翡翠、三郎太が茶碗を割ったそうだね」
畑仕事の手伝いから戻った友頼に、開口一番に言われた。
「若様、申し訳ございません。大切なお母様の形見を……」
三指をついて頭を下げる翡翠に
「翡翠、責めているんじゃないんだ。三郎太に怪我は?」
友頼は優しく訊いた。
「大丈夫でした」
「そうか……。形あるものは、いつか壊れるからな。三郎太に怪我がなかったのなら、良かった」
翡翠の言葉に頷く友頼に、翡翠は思わず小さく笑ってしまう。
「どうした?」
「いえ……、若様も私と同じことをおっしゃるので……」
「そうか……、翡翠も同じだっか……」
微笑み合い、穏やかな時間が流れる。

 翡翠は、友頼と暮らしていくにつれ、粗暴な行動や言動が減っていった。
今では、どこかの高貴な奥方かと思うほどに品の良い女性になっている。
ふと友頼は、あの日、父、豪鬼が自分だけに明かした鬼一族の秘密の一つを思い出していた。
「鬼一族の女は、男の運命を全て受け止める──」
今の翡翠は、自分を『友頼』と呼び、一緒に野原を駆け回った面影は微塵も残っていない。
自分の湯浴みの準備をしている翡翠に
「翡翠……後悔はしていないのか?」
ぽつりと訊ねると、翡翠は小さく微笑み、友頼に手ぬぐいと着替えを手渡しながら
「しておりませぬ。若様は、後悔しているのですか?」
と、不安そうに訊ねた。
友頼がそっと翡翠の身体を抱き締め
「もう、友頼とは呼んでくれぬのか?」
そう呟くと
「二人の時でしたら……」
と答えて、翡翠は、はにかむように微笑んだ。
翡翠は、村人が友頼を『若様』と呼んでいるので、いつしか自分を若様呼ぶようになっていたのを気にしていた。
夫婦なのだから、他に呼び方があるのではないだろうかと考えていたのだ。
ずっと未来の鬼神として、崇められていた翡翠が、決して裕福とはいえないこの生活で満足しているのだろうかと不安になるのだ。
「なぁ、翡翠……。私はお前がいてくれれば、何もいらない。でも、お前は本当にこれで良かったのか?」
翡翠は友頼の言葉に、そっと友頼の両頬を包むと、額を着けて
「私の方こそ、若様がいないと死んでしまうのです。だから……決して一人にしないで下さいね」
祈るような気持ちで呟いた。

泣きたくなるほど毎日が幸せ過ぎて、二人はその幸せがシャボン玉のように消えてしまわないように、お互いをそっと抱きしめ合っていた。
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