水鏡~千年の時を越えて、今、再び動き出す悲恋~

古紫汐桜

文字の大きさ
48 / 111
第四章

ひとときの幸せ

しおりを挟む
 二人が友頼の生家で暮らし始め、一年の時が過ぎた。
近くの人里の村の田畑を手伝い、怪我や病人を翡翠と友頼の鬼ヶ村で学んだ薬草学で治療を施した。

 いつしかその村にも馴染み、二人は幸せな生活を送っていた。
その幸せは、永遠に続くものだと二人は信じて疑わなかった──

『ガシャーン!』
 自宅で近隣の村の子供達に勉強を教えていた翡翠の耳に、食器が割れる音が響いた。
慌てて音のした方へ行くと、民の五歳になる子供、三郎太が翡翠のごはん茶碗を割って泣いていた。
「まぁまぁ……、三郎太。怪我はない?」
慌てて駆け寄る翡翠に、民が土間に頭をつけて土下座している。
「申し訳御座いません! 若様の母君の形見の茶碗を……」
真っ青になる民に、翡翠は優しく微笑むと
「良いのです。形あるものは、いつか壊れるもの。それより、三郎太に怪我はない?」
翡翠は優しく三郎太の手や足に怪我がないかを確認した。
「奥様、ごめんなさい……」
「良いのですよ。お母様のお手伝いをしたかったのですよね」
泣いている三郎太を抱き締め、翡翠は優しく背中をあやすように撫でた。

 民の息子、三郎太は末っ子の甘えん坊だったが、その分、母親思いの優しい子だった。
外で遊び回る兄たちとは違い、母親のお手伝いを進んでしている子なのを友頼も翡翠も知っていた。
 だから翡翠も、三郎太には特別に読み書きをみんなとは違う時間帯に教えていた。
利発で優しい三郎太を、友頼も翡翠も子供のように思っていた。
 翡翠は土間で土下座をする民の両手を取り、そっと身体を起こすと
「民さんも、そんなことしないで。私たちは、あなたに本当に助けられているのだから……」
そう言って優しく微笑んだ。

 その日の夜
「翡翠、三郎太が茶碗を割ったそうだね」
畑仕事の手伝いから戻った友頼に、開口一番に言われた。
「若様、申し訳ございません。大切なお母様の形見を……」
三指をついて頭を下げる翡翠に
「翡翠、責めているんじゃないんだ。三郎太に怪我は?」
友頼は優しく訊いた。
「大丈夫でした」
「そうか……。形あるものは、いつか壊れるからな。三郎太に怪我がなかったのなら、良かった」
翡翠の言葉に頷く友頼に、翡翠は思わず小さく笑ってしまう。
「どうした?」
「いえ……、若様も私と同じことをおっしゃるので……」
「そうか……、翡翠も同じだっか……」
微笑み合い、穏やかな時間が流れる。

 翡翠は、友頼と暮らしていくにつれ、粗暴な行動や言動が減っていった。
今では、どこかの高貴な奥方かと思うほどに品の良い女性になっている。
ふと友頼は、あの日、父、豪鬼が自分だけに明かした鬼一族の秘密の一つを思い出していた。
「鬼一族の女は、男の運命を全て受け止める──」
今の翡翠は、自分を『友頼』と呼び、一緒に野原を駆け回った面影は微塵も残っていない。
自分の湯浴みの準備をしている翡翠に
「翡翠……後悔はしていないのか?」
ぽつりと訊ねると、翡翠は小さく微笑み、友頼に手ぬぐいと着替えを手渡しながら
「しておりませぬ。若様は、後悔しているのですか?」
と、不安そうに訊ねた。
友頼がそっと翡翠の身体を抱き締め
「もう、友頼とは呼んでくれぬのか?」
そう呟くと
「二人の時でしたら……」
と答えて、翡翠は、はにかむように微笑んだ。
翡翠は、村人が友頼を『若様』と呼んでいるので、いつしか自分を若様呼ぶようになっていたのを気にしていた。
夫婦なのだから、他に呼び方があるのではないだろうかと考えていたのだ。
ずっと未来の鬼神として、崇められていた翡翠が、決して裕福とはいえないこの生活で満足しているのだろうかと不安になるのだ。
「なぁ、翡翠……。私はお前がいてくれれば、何もいらない。でも、お前は本当にこれで良かったのか?」
翡翠は友頼の言葉に、そっと友頼の両頬を包むと、額を着けて
「私の方こそ、若様がいないと死んでしまうのです。だから……決して一人にしないで下さいね」
祈るような気持ちで呟いた。

泣きたくなるほど毎日が幸せ過ぎて、二人はその幸せがシャボン玉のように消えてしまわないように、お互いをそっと抱きしめ合っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

異能物怪録

佐倉みづき
キャラ文芸
時は大正。西洋化が著しく進んだ時代。夜の暗がりはなくなり、整備された道には人工の灯が灯り人々の営みを照らす。 明治以前の旧文化を疎ましく思う政府は軍による取り締まりを強化。それは闇に紛れてきた人ならざるモノ――物怪も対象であった。陰陽師からなる特殊部隊〈八咫烏〉を編成、物怪の討伐にあたり人々を恐怖に陥らせた。 そんな中、昼日中から惰眠を貪る稲生徹平の元を訪ねる者がいた。その名も山本五郎左衛門。かつて徹平の先祖である稲生平太郎の勇気に感銘を受け、小槌を授けた魔王である。 ある事情から徹平は山本に逆らえず従僕とされ、物怪に纏わる相談事を請け負うことになる。 表紙:かんたん表紙メーカー様にて作成

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

処理中です...