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第五章
翠の過去
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「長い村長の話が終わり、三人は黙り込んでいた。」
その沈黙を破るように、村長が口を開いた。
「──まだ、この話には続きがあります。」
そう言ってから、一拍置いて続ける。
「この話は、二人の息子……頼久が“同じ過ちを繰り返さぬように”と後世への戒めとして書き残したのです。頼久は両親の美貌を継ぎ、それはそれは見目麗しく育ったそうです。しかし、政略結婚の相手である明子姫を──生涯、ただ一人愛し抜いたと伝わっています。」
村長の目が静かに伏せられた。
「父・頼政の傍若無人な行い。母の悲しみ。その全てを見て育った頼久には、三郎太の教育が深く刻まれていたのでしょう。人格・知性・武芸すべてに秀で、まことに立派な人物であったと伝えられています。」
しばしの沈黙のあと、村長は続けた。
「……しかし、これは藤原家の恥として、何代か後の者が書き換えてしまった。真実は塗りつぶされ、今に伝わるのは形を変えた“物語”だけなのです。」
その言葉に、部屋の空気が重く沈んだ。
「酷い……それって、頼久の祈りを踏みにじる行為じゃないですか!」
幸太の声が震えた。
村長はわずかに目を細めて微笑んだ。
「あなたは本当に……三郎太に似ている。」
少し間を置いて、再び語り始める。
「翠は頼久が亡くなると、藤原家の守護を止めたそうです。それから長い間、翠は一人でこの世界が代わり行くのを見て来た。翠は転生した友頼の魂の傍に人間に化けて現れては、部下として仕え支え続けた──
しかし、友頼の生まれ変わりは皆、結婚もせずに若くして亡くなってしまうのだ。原因は様々で、病気だったり、戦に巻き込まれたりと、友頼と同じ歳になる前に不遇の死を迎えてしまう」
村長の言葉に呼応するように、冬夜の脳裏には、翠が転生を繰り返す友頼の傍に仕えてきた姿が浮かんでいた。
いつも、背中を見ていた。
声をかけたくても、呼べばその瞬間、また彼が遠ざかってしまう気がして。
胸を裂くような痛みを抱えながら、ただ祈るように見つめていた。
『友頼……今生こそ、幸せになれ……』
最初の転生は、武家の家に生まれた病弱な青年だった。
家族に疎まれ、離れで孤独に暮らす彼に、翠は仕えた。
「健康な身体が欲しい……」
切に願ったその声を、翠は救えなかった。
腕の中で息を引き取る間際、彼は涙を流して呟いた。
「翠……傍にいてくれて、ありがとう……」
その首筋には、前世で翠が友頼を喰らった位置に小さなほくろがあった。
翠は彼の血を喰らいながら、心の中で誓った。
──「次こそは、必ず幸せにする」と。
けれど、友頼の魂は何度生まれ変わっても、不遇の死を迎えた。
そのたびに翠は、その血を喰らい続けた。
「次こそは……次こそは……」
祈りと絶望を繰り返しながら。
⸻
そして幾度目かの転生で──
初めて、友頼の魂を宿す者が、翠の手を取った。
「翠……愛している」
その名は、直継(なおつぐ)。
争いを好まぬ武士で、美しいものをこよなく愛した男だった。
翠を仕えの者として迎えた彼は、やがて翠をモデルに絵を描くようになった。
「翠は……すべてが美しいな」
最初は純粋な芸術への探求だったのだろう。
だが、ある日──裸体のモデルを求めたとき、翠はその瞳に“情欲”の影を見た。
「直継様……なりません」
そう拒んだはずなのに、初めて“自分”を求められた翠の胸に、知らず喜びが走った。
縋るようなその瞳に、翠はもう──抗えなかった。
その沈黙を破るように、村長が口を開いた。
「──まだ、この話には続きがあります。」
そう言ってから、一拍置いて続ける。
「この話は、二人の息子……頼久が“同じ過ちを繰り返さぬように”と後世への戒めとして書き残したのです。頼久は両親の美貌を継ぎ、それはそれは見目麗しく育ったそうです。しかし、政略結婚の相手である明子姫を──生涯、ただ一人愛し抜いたと伝わっています。」
村長の目が静かに伏せられた。
「父・頼政の傍若無人な行い。母の悲しみ。その全てを見て育った頼久には、三郎太の教育が深く刻まれていたのでしょう。人格・知性・武芸すべてに秀で、まことに立派な人物であったと伝えられています。」
しばしの沈黙のあと、村長は続けた。
「……しかし、これは藤原家の恥として、何代か後の者が書き換えてしまった。真実は塗りつぶされ、今に伝わるのは形を変えた“物語”だけなのです。」
その言葉に、部屋の空気が重く沈んだ。
「酷い……それって、頼久の祈りを踏みにじる行為じゃないですか!」
幸太の声が震えた。
村長はわずかに目を細めて微笑んだ。
「あなたは本当に……三郎太に似ている。」
少し間を置いて、再び語り始める。
「翠は頼久が亡くなると、藤原家の守護を止めたそうです。それから長い間、翠は一人でこの世界が代わり行くのを見て来た。翠は転生した友頼の魂の傍に人間に化けて現れては、部下として仕え支え続けた──
しかし、友頼の生まれ変わりは皆、結婚もせずに若くして亡くなってしまうのだ。原因は様々で、病気だったり、戦に巻き込まれたりと、友頼と同じ歳になる前に不遇の死を迎えてしまう」
村長の言葉に呼応するように、冬夜の脳裏には、翠が転生を繰り返す友頼の傍に仕えてきた姿が浮かんでいた。
いつも、背中を見ていた。
声をかけたくても、呼べばその瞬間、また彼が遠ざかってしまう気がして。
胸を裂くような痛みを抱えながら、ただ祈るように見つめていた。
『友頼……今生こそ、幸せになれ……』
最初の転生は、武家の家に生まれた病弱な青年だった。
家族に疎まれ、離れで孤独に暮らす彼に、翠は仕えた。
「健康な身体が欲しい……」
切に願ったその声を、翠は救えなかった。
腕の中で息を引き取る間際、彼は涙を流して呟いた。
「翠……傍にいてくれて、ありがとう……」
その首筋には、前世で翠が友頼を喰らった位置に小さなほくろがあった。
翠は彼の血を喰らいながら、心の中で誓った。
──「次こそは、必ず幸せにする」と。
けれど、友頼の魂は何度生まれ変わっても、不遇の死を迎えた。
そのたびに翠は、その血を喰らい続けた。
「次こそは……次こそは……」
祈りと絶望を繰り返しながら。
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そして幾度目かの転生で──
初めて、友頼の魂を宿す者が、翠の手を取った。
「翠……愛している」
その名は、直継(なおつぐ)。
争いを好まぬ武士で、美しいものをこよなく愛した男だった。
翠を仕えの者として迎えた彼は、やがて翠をモデルに絵を描くようになった。
「翠は……すべてが美しいな」
最初は純粋な芸術への探求だったのだろう。
だが、ある日──裸体のモデルを求めたとき、翠はその瞳に“情欲”の影を見た。
「直継様……なりません」
そう拒んだはずなのに、初めて“自分”を求められた翠の胸に、知らず喜びが走った。
縋るようなその瞳に、翠はもう──抗えなかった。
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