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4巻
4-3
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昼食会がつつがなく終わり、招待客達が男爵邸を後にする中、良一は一人で指定された別室へと向かう。
扉の前には護衛の騎士が二人立っており、物々しい雰囲気だ。
室内にはまだ王女の姿はなかったものの、しばらく座って待っていると、数分もしないうちにノックの音が響いた。
気疲れでぼーっとしていた良一は、慌てて立ち上がってスマル王女を迎える。
数名のメイドを伴って現れた王女は、先ほどまでと変わらぬ凜とした立ち姿で、疲労の色は一切窺えない。
「お呼び立てしてすみません。こうしてお話しするのは、メラサル島に到着した時以来ですね」
「お声がけいただき光栄です。スマル王女様もお変わりなく」
「毎日会食ばかりで、少し太ってしまったかしら?」
「そんなことはありません。相変わらずお美しいと思います」
「あら、お上手ですね。でも私の歳なら、美しいよりも可愛いと言っていただいた方が嬉しいですわ」
「それは……その、失礼しました」
下手なごますりを簡単に見破られ、経験不足な良一はそれ以上言葉を続けられなかった。
「私がちょっと意地悪しただけです、どうか謝らないでください。石川士爵はスレた王都の貴族と違って純朴そうなので、つい」
小さく舌を出して笑う姿は可愛らしく、年相応の少女に見えた。
王女が腰を下ろしたので、良一もソファに座りなおす。
「石川士爵は、諸外国についてどのようにお考えかしら?」
「外国ですか? 不勉強で申し訳ないのですが、あまり……。北東のセントリアス樹国と北の大国であるマーランド帝国について少し知っているくらいです」
大陸の南端に位置するカレスライア王国が陸地で接しているのは、北東にあるセントリアス樹国と、北のマーランド帝国、北西のディッセルフ王国の三国だけだ。
「実は、近々私は兄の第三王子ケイレトロスとともにマーランド帝国に留学することになっております。今回のメラサル島への往訪は、この予行演習も兼ねているのです」
「なるほど」
彼女の話によると、この留学は両国の関係が緊張状態から脱したというアピールも兼ねているらしい。
「以前もお話ししましたが、私はこの国の女王を目指しています。そのためには国内のみならず隣国との関係も重視しなければなりません。帝国の有力者と親交を深め、パイプを築ければ、王位継承者の中でも存在感を示せます」
「話の流れからすると……その帝国行きに同行してほしいと仰りたいのでしょうか?」
「正解です」
王女はニコニコと可愛らしく微笑みながら、小さく拍手する。
「停戦から三十年あまり経っているとはいえ、当時戦争に参加した貴族や国民もまだ多くいます。その方々にとっては感情的に割り切れないことも多々あります」
「友好路線に反対していると?」
「表立って反対はしておりません。両国ともあの苛烈な戦争を繰り返したいとは思っていませんからね。でも、仲良く手を取り合って、というわけにも……」
民間レベルでの交流や交易は再開されているが、貴族が国境を越えるにはいまだに厳しい条件が課されるらしい。
「色々と複雑なのですね」
スマル王女は紅茶を一口飲んで、渇いた喉を潤す。
「留学に際し、私達兄妹は懇意にしている貴族を数人同行させることができます。石川士爵にはそのうちの一人になってほしいのです」
「しかし、私も領地を賜った身、同行するとしても帝国で長期間生活するのは難しいのですが……」
「私は三年ほど滞在する予定ですけど、石川士爵は二ヵ月ほど帝国に滞在していただくだけでかまいません」
「その二ヵ月で、自分は何をすれば?」
「実力を示していただきたいのです。ドラゴン討伐や亡者の丘の解放――王国にはこれほどの若き力があるのだと。石川士爵がご多忙なのは承知の上ですが、どうか一考ください」
良一としても主神の課題で各地の神殿に参拝しなければならないので、いずれマーランド帝国には行く必要がある。貴族が国境を越えるのは条件が厳しいというならば、この機会に便乗するのも手だという結論に至り、首を縦に振った。
どの道、下級貴族の彼が王女の頼みを無下にするわけにはいかないのだ。
「二ヵ月ですね。その条件でしたら、同行させていただきます」
「良い返事が聞けて嬉しいです。出発の日取りが決定したら、連絡いたしますね」
スマル王女の満面の笑みを背に、良一は男爵の館を後にした。
そのままキリカの滞在する別邸に向かい、モア達と合流した良一は、早速帝国行きについて切り出した。
「――というわけで、マーランド帝国への留学に同行することになりました。けど、この機会に帝都マーダリオン近隣にある主神の神殿に行きたいと思っています」
良一は皆の意見を聞かずに一人で決めてしまったので不満が出るか心配していたが、むしろメア達は乗り気らしい。
「モアも行く!」
「良一兄さん、私も帝国に行ってみたいです」
真っ先に手を挙げた姉妹に対抗して、マアロも立候補する。
「妻として、夫についていくのは当然」
「同行者は申請すれば大概大丈夫らしいから、一緒に行こうか。ココ達はどうする?」
「帝国にも有名な修練場がありますし、同行したいです」
「もちろん、私も同行させてもらうわ」
キャリーもそう言って厚い胸筋を叩く。
みっちゃんも従者として同行するので、結局いつものメンバーで帝国へ行くことになった。
しかし、面白くないのは一人蚊帳の外に置かれているキリカだ。
「良一、私も行くわ」
勢いで口走るキリカを、良一が窘める。
「さすがにキリカちゃんは連れて行けないよ」
「モアは良いのに、私はダメなの?」
「俺が許可しても、公爵様が認めないだろう」
キリカの後ろに立つ使用人達も〝わかっていますよね?〟と、無言のプレッシャーをかけてくる。しかし、それでもキリカは食い下がる。
「じゃあ、お父様が許可をくれたら良いのね?」
「うーん。もしそうなったら、一緒に帝国に行こうか」
「言質は取ったわ。許可がもらえたら良一が守ってくれるのよね?」
「そこまでは言って――」
「わーい、キリカちゃんも一緒に行こう!」
貴族の渡航に制限がかかっている以上、そうそう許可は下りないだろうと良一は思っていたが、楽しそうに帝国行きについて話すキリカ達を見て口をつぐんだ。
そうしてしばらく帝国の話で盛り上がってから、良一達は夕方前に宿へと戻ったのだった。
◆◆◆
翌朝、良一達はキリカのいる別邸の前に集合していた。
エラルを出るタイミングが同じだったので、公都まではキリカの護衛がてら馬車に便乗させてもらうのだ。
公都でキリカと別れた後は、貿易港ケルクに向かい、そこから船でココノツ諸島のゴグウ島を目指す。
みっちゃんの有するデータによると、そこに良一が求める上下水道設備の遺跡が眠っているらしい。
「おはよう、キリカちゃん。途中までだけどよろしくね」
「道中の話し相手ができて嬉しいわ」
メアとモアはキリカと同じ馬車に乗って、二台目には良一とみっちゃん、ココとマアロとキャリーが乗り込んだ。
道中は村のインフラ整備計画についての話し合いにあてて、時間を有効利用する。
良一の悲願である上下水道の整備が終われば、ドワーフの里までの道路整備や公共施設の拡充なども視野に入ってくる。
みっちゃんはインストールされている膨大な知識を元に様々なプランを提示するが、都市計画など門外漢の良一は、話を聞くだけで精一杯だった。
論議を進めているうちにあっという間に時間は過ぎ、公都グレヴァールが見えてきた。
別れを惜しむキリカの誘いで、良一達は公爵邸でお茶を飲みながら一息つくことになった。
屋敷に馬車が到着すると、娘の帰りを待ちわびていた公爵が早速顔を見せる。
「おかえり、キリカ。石川士爵もご苦労だったね。道中の護衛に駆り出すような真似をして、すまなかった。領地の運営は順調かね?」
「公爵様。こちらこそ、馬車を手配いただき、ありがとうございます。イーアス村は、村長の力を借りながらなんとかやっている次第です」
挨拶も早々に、キリカは待ちきれないとばかりに話を切り出す。
「お父様、少しいいですか?」
「なんだい、キリカ」
「小耳にはさんだのですが、スマル王女が帝国に留学する話があるそうですね」
その言葉を聞いてキリカが何を言いたいかピンと来たようで、公爵はチラリと良一の方を見る。
「ああ、私もその実現に協力しているよ」
「スマル王女から石川士爵がお誘いを受けたそうなのですけれど、私もそれに同行したいの」
「そうかい、行ってくるがいい」
二つ返事で了承した公爵に驚き、良一は思わず聞き返す。
「公爵様、本当に良いのですか? 僭越ながら申し上げますが、危険なのでは?」
「なに、二ヵ月の滞在だろう? それに帝国には石川士爵と優秀な方々が行くのだ、心配はない」
良一が何も言っていないのに二ヵ月の滞在だと知っているあたり、公爵はすでに詳細を把握しているらしい。そして、良一の対応やキリカの行動も予想の範囲内というわけだ。
おそらく、すでに根回しは済んでいるのだろう。
良一よりも長く貴族生活をしているキリカは、一瞬でそれを理解した。
彼女はしてやったりという笑顔を良一に向ける。
「良一、モア、帝国が楽しみね」
「楽しみだね~」
公爵は娘の笑顔を満足そうに眺めて頷く。
「石川士爵がいれば間違いなかろう。それに、キリカにも良い経験になる。よろしく頼むよ」
「……承知しました」
ここまで外堀を埋められると、良一も観念せざるを得ない。
「ところで、近日中に王都から亡者の丘解放の報賞金や見つかった財宝の分配金などが届く予定だ。また寄ってくれれば、その時に渡そう」
「わかりました。ココノツ諸島からの帰りにでも、寄らせていただきます」
「では、ゆっくりしていってくれたまえ」
その日出されたお茶は、良一にとっては少し苦いものになった。
◆◆◆
公都を出発し、メラサル島で一番の貿易港ケルクに着いた良一達は、港でココノツ諸島への直行便を探した。
民間の船舶は国営の定期連絡船と比べて設備が悪く、転覆や遭難の確率が高いため、安全に行くなら時間がかかっても大陸南端のクックレール港経由が良いとされている。しかし、精霊の力を鍛えた今の良一達ならば、たとえ嵐に遭っても魔法を駆使して生還できるだろう。
何社か声をかけて回ると、民間業者の中でも歴史のある会社がココノツ諸島のサングウ島行きの船を出しているのが見つかった。高級品の運搬を主目的とする船であるため客室は少ないが、旅客も乗せてくれるらしい。
公爵の紹介状を見た船長は、一行が海賊バルボロッサの討伐で活躍した良一達だと知り、快く乗船を受け入れてくれた。
「船長さん、よろしくお願いします」
「海賊を討伐してくれた士爵様のためなら、お安いご用ですぜ。何ぶん客船じゃないもので、狭いのは勘弁してください」
赤黒く陽に焼けた船長は厳つい顔を綻ばせ、良一達を船室に案内する。
「ココノツ諸島へは旅行で?」
「まあ、そんなところです。仲間のココの故郷でもあるので」
「そうですかい。今の時期は良い風が吹いているんで、順調に行くと思いますよ」
すでに荷物の積み込みは終わっているらしく、良一達が乗り込むと、船は早々に出港した。
王女のカレスライア号や国営の大型客船とは違い、小型快速船は波の影響を受けやすくて揺れが大きい。事前に酔い止めの薬を渡していたにもかかわらず、沖に出るとメアが船酔いでダウンしてしまった。
良一が甲板に上がると、船長が心配そうに声をかけてきた。
「士爵様、妹さんの具合はどうですかい?」
「今、仲間の回復魔法を受けて休んでいます」
「すみません、国営の船と違ってスピード重視なもんで。小さい子にはキツいかもしれませんね」
「いえ、かまいませんよ。ところで船長、精霊魔法で揺れを軽減させてもいいですか?」
「ええ、もちろんです。思う存分やってください」
船長の許可を得られたので、良一は早速自分の契約精霊を呼び出す。
「リリィ、プラム、力を貸してくれ」
良一の呼びかけで、二体の精霊が良一の胸元から飛び出してくる。緑の光の球体が風の精霊リリィ、青い光の球体が水の精霊プラムだ。
『任せなさい。私が風を吹かせればすぐ着いちゃうわよ』
『思う存分力を発揮して、波を静めますよ』
二体が良一の魔力を使って精霊魔法を行使すると、すぐさま船の周囲に変化が現れた。
次第に波が弱まり、海面は凪いで穏やかになるが、帆はリリィが起こした風で破れんばかりにパンパンに膨らんでいる。
そんな特殊な状態なので、船は全く揺れないのに信じられないほどのスピードで海面を走っていく。
「これは凄い。海軍がてこずった海賊を討伐しただけはありますな。お前ら、士爵様の助力を無駄にするなよ! 帆の向きの調整を急げ」
船長の号令で船員達が甲板上を慌ただしく動き回る。
「疲れたらすぐに休んでください」
「わかりました。無理しない範囲でやります」
そう返事をしながらも、良一は日が暮れるまでぶっ通しで魔法を行使し続け、船員達に驚愕の目で見られることになった。
とはいえ、さすがに暗くなると視界が悪くて危険なので、夜の間は自室で休む。
部屋に引き上げる前に、見るからに上機嫌な船長が声をかけてきた。
「いやあ、士爵様のおかげで大分日程が短縮できそうです。今日一日で二日分は進んだ計算です」
「元々は一週間の予定でしたよね」
「ええ、明日もご助力いただけたら、さらに早く到着します」
「もちろん、そのつもりですよ」
船長に別れを告げて客室に戻ると、マアロが人差し指を口に当てて静かにするようにジェスチャーで伝えてきた。
「マアロ、看病ありがとう。メアの体調はどうだ?」
どうやらメアはもう寝ているらしく、顔色も昼間より良くなっている。
「陸に上がれば治る」
マアロも少し気持ち悪いそうだが、我慢できる範囲のようだ。
「まあ、揺れを抑えたといっても、結構ふわふわするからな……」
一方、モアは隣の部屋でココに抱き着いたり、キャリーのたくましい腕にぶら下がったりして、元気に遊んでいる。彼女は平気らしく、むしろ狭い船内で体力を持て余し気味の様子だ。
「モアは元気だな。でも、もう寝る時間だぞ」
「えー、良一兄ちゃんも遊ぼうよ」
良一に一日構ってもらえなかったモアは、頬を膨らませて不満を露わにする。
「仕方ないな。あんまりうるさくするとメアが起きちゃうから、皆でトランプをしよう」
それからしばらくババ抜きをして遊び、床に就いた。
夜間は精霊魔法のアシストがなくて揺れが大きいので寝つきが悪かったが、疲労もあっていつの間にか眠っていた。
◆◆◆
翌日以降も良一が精霊魔法を使い続けたおかげで、船は予定よりも三日早くココノツ諸島に到着した。
本来船はサングウ行きだったが、船長の厚意で直接ゴグウ島まで送り届けてもらえたため、乗り継ぎの手間が省けた。
「わざわざゴグウ島まで送っていただき、ありがとうございます」
「なんの。士爵様のおかげで日程が短縮できたんだから、このくらいは当然ですよ。是非帰りもウチの船に乗っていってください」
船長達に別れを告げ、一行は港にほど近い宿に向かった。
「地面がありがたいです」
久々に地面に足をつけたメアが、瞳を潤ませながら実感のこもった言葉を漏らした。船室で会話をできるほどには回復していたものの、やはり陸地は安心するらしい。
「さて、随分早く着いたけど、今日は休んで明日から目的地に行こうか」
メアはもちろん、マアロも少し我慢していたそうなので、無理は禁物だ。キャリーとみっちゃんが宿に残って二人の世話をし、良一とココはモアを連れて外に出ることにした。
「この三人の組み合わせは珍しいな」
「そういえばそうですね。いつもならここにメアちゃんかマアロがついてきますからね」
「最近だと秘書役でみっちゃんも高確率でいるな」
「良一兄ちゃん、ココ姉ちゃん、手を繋ごう!」
モアにせがまれ、良一とココは両側から手を繋いだ。
狭い船から解放されて存分にお散歩できるとあって、モアは上機嫌に鼻歌を口ずさむ。
しばらくぶらぶらと町を歩いていると、露店のおばちゃんに声をかけられた。
「そこの若いご夫婦、旬の柿はいらんかね? 娘さんも喜ぶよ」
しかし、良一はまさか自分のことだとは思わず、そのまま素通りしてしまう。
「おや、そこの黒髪の旦那さんに犬耳の奥さん。柿はお嫌いかい?」
そこまで言われてようやく自分達が声をかけられているのだと理解して、三人は足を止めた。
「お安くするから買っていかないかい」
「お……俺達、夫婦じゃないんですよ」
「あらそうなのかい。とてもお似合いだったから、つい間違えてしまったよ」
照れくささから言い訳する良一だったが、露店のおばちゃんが火に油を注いだせいで、ココとの間に変な空気が流れる。同じタイミングで視線を交わし、バッチリ目が合ってしまった。
「ほら、息がピッタリじゃないか。さあさあ、美味しい柿を娘さんに買ってあげておくれよ」
いつもならマアロが割り込んでこういう雰囲気はすぐに霧散するのだが、今日はいない。
早くこの場を離れたい一心で、良一はおばちゃんに言われるがまま、柿を買ってしまう。
「じゃあ、幸せそうなカップルにおまけをしておくよ」
結局最後までからかわれ、良一達はそそくさと露店を後にしたのだった。
モアは二人の気まずさなどどこ吹く風で、手に取った柿にかぶりつく。
「美味しい! 良一兄ちゃんとココ姉ちゃんも食べなよ」
「そ、そうだな、ほらココも」
「ありがとうございます」
無邪気なモアに促され、柿を差し出す良一。しかし、こういう時ほど上手くいかないもので、互いの手が触れ合ってしまう。それで照れるほど二人とも若くはないが、互いに意識して妙な汗が出てくる。
「さて、腹も膨れたし、少し早いけど宿に戻るか。皆にも柿を分けてあげよう」
しばらく黙って宿への道を歩いていると、ココがポツリと呟いた。
「私達は夫婦に見えるんですかね?」
「え?」
「いえ、先ほど露店で……」
「ああ、そう見えたみたいだね。モアが娘だって言うんだから驚いたよ。どっちにも似てないのに」
「……でも、良一さんとなら、悪い気はしませんね」
冗談めかした良一の言葉に対して、ココの返事は少し意外なものだった。
子供っぽいマアロやキリカと違って、同年代のココがこういうことを言うと、さすがの良一もドキリとする。
「えっと……ありがとうでいいのかな?」
「そうですね」
「良一兄ちゃんとココ姉ちゃん、なんか変」
甘酸っぱい空気を醸し出したまま宿に戻ると……
「変な雰囲気は禁止」
良一を見るなり、マアロが足音を響かせて飛びかかってきた。
「マアロ!?」
「妻の目を盗んで何をしている」
「誰が妻だよ」
マアロが突入するお決まりのやり取りにより、ようやくいつもの空気に戻った。
その瞬間、笑いが込み上げてくる。
「ははははは、悪い悪い、マアロ」
「ええ、ごめんなさい」
「わかればいい」
良い雰囲気になっても、結局最後はいつも通りに終わる、ココと良一だった。
◆◆◆
「さて、目的地に行こうか」
みっちゃんの案内に従い、一行はゴグウ島の遺跡を目指す。
「前にハチグウ島でみっちゃんの体を取りに行った時は、妙な忍者に襲われましたよね。一応、警戒しておきましょう」
良一は歩きながらキャリーとココに警戒を促した。
「大丈夫だとは思うけど、念には念をね」
「まあ行きましょうか」
そうして港を出て田舎道を歩き続ける。
海の近くは雑然とした木々が目立っていたが、少し離れると田んぼや畑が多くなってきた。
「立派な田んぼや畑が多いけど、モンスターに荒らされたりはしないのかな?」
「ゴグウ島を治めるタケダ家の侍衆が毎日巡回していますし、農家の方も自分でモンスターを倒して被害を防ぎますから」
「そうなんだ」
そんな話をしていると、前方から魔物の唸り声と戦闘の音が聞こえてきた。
「誰かが戦っているみたいですね」
「メアちゃんとモアちゃん、気を付けてね」
ココとキャリーが一気に緊張を高め、武器に手をかける。
注意しながら音のする方へ進むと、一行が到着する前に戦闘にけりがついたらしく、騒ぎは収まっていた。
扉の前には護衛の騎士が二人立っており、物々しい雰囲気だ。
室内にはまだ王女の姿はなかったものの、しばらく座って待っていると、数分もしないうちにノックの音が響いた。
気疲れでぼーっとしていた良一は、慌てて立ち上がってスマル王女を迎える。
数名のメイドを伴って現れた王女は、先ほどまでと変わらぬ凜とした立ち姿で、疲労の色は一切窺えない。
「お呼び立てしてすみません。こうしてお話しするのは、メラサル島に到着した時以来ですね」
「お声がけいただき光栄です。スマル王女様もお変わりなく」
「毎日会食ばかりで、少し太ってしまったかしら?」
「そんなことはありません。相変わらずお美しいと思います」
「あら、お上手ですね。でも私の歳なら、美しいよりも可愛いと言っていただいた方が嬉しいですわ」
「それは……その、失礼しました」
下手なごますりを簡単に見破られ、経験不足な良一はそれ以上言葉を続けられなかった。
「私がちょっと意地悪しただけです、どうか謝らないでください。石川士爵はスレた王都の貴族と違って純朴そうなので、つい」
小さく舌を出して笑う姿は可愛らしく、年相応の少女に見えた。
王女が腰を下ろしたので、良一もソファに座りなおす。
「石川士爵は、諸外国についてどのようにお考えかしら?」
「外国ですか? 不勉強で申し訳ないのですが、あまり……。北東のセントリアス樹国と北の大国であるマーランド帝国について少し知っているくらいです」
大陸の南端に位置するカレスライア王国が陸地で接しているのは、北東にあるセントリアス樹国と、北のマーランド帝国、北西のディッセルフ王国の三国だけだ。
「実は、近々私は兄の第三王子ケイレトロスとともにマーランド帝国に留学することになっております。今回のメラサル島への往訪は、この予行演習も兼ねているのです」
「なるほど」
彼女の話によると、この留学は両国の関係が緊張状態から脱したというアピールも兼ねているらしい。
「以前もお話ししましたが、私はこの国の女王を目指しています。そのためには国内のみならず隣国との関係も重視しなければなりません。帝国の有力者と親交を深め、パイプを築ければ、王位継承者の中でも存在感を示せます」
「話の流れからすると……その帝国行きに同行してほしいと仰りたいのでしょうか?」
「正解です」
王女はニコニコと可愛らしく微笑みながら、小さく拍手する。
「停戦から三十年あまり経っているとはいえ、当時戦争に参加した貴族や国民もまだ多くいます。その方々にとっては感情的に割り切れないことも多々あります」
「友好路線に反対していると?」
「表立って反対はしておりません。両国ともあの苛烈な戦争を繰り返したいとは思っていませんからね。でも、仲良く手を取り合って、というわけにも……」
民間レベルでの交流や交易は再開されているが、貴族が国境を越えるにはいまだに厳しい条件が課されるらしい。
「色々と複雑なのですね」
スマル王女は紅茶を一口飲んで、渇いた喉を潤す。
「留学に際し、私達兄妹は懇意にしている貴族を数人同行させることができます。石川士爵にはそのうちの一人になってほしいのです」
「しかし、私も領地を賜った身、同行するとしても帝国で長期間生活するのは難しいのですが……」
「私は三年ほど滞在する予定ですけど、石川士爵は二ヵ月ほど帝国に滞在していただくだけでかまいません」
「その二ヵ月で、自分は何をすれば?」
「実力を示していただきたいのです。ドラゴン討伐や亡者の丘の解放――王国にはこれほどの若き力があるのだと。石川士爵がご多忙なのは承知の上ですが、どうか一考ください」
良一としても主神の課題で各地の神殿に参拝しなければならないので、いずれマーランド帝国には行く必要がある。貴族が国境を越えるのは条件が厳しいというならば、この機会に便乗するのも手だという結論に至り、首を縦に振った。
どの道、下級貴族の彼が王女の頼みを無下にするわけにはいかないのだ。
「二ヵ月ですね。その条件でしたら、同行させていただきます」
「良い返事が聞けて嬉しいです。出発の日取りが決定したら、連絡いたしますね」
スマル王女の満面の笑みを背に、良一は男爵の館を後にした。
そのままキリカの滞在する別邸に向かい、モア達と合流した良一は、早速帝国行きについて切り出した。
「――というわけで、マーランド帝国への留学に同行することになりました。けど、この機会に帝都マーダリオン近隣にある主神の神殿に行きたいと思っています」
良一は皆の意見を聞かずに一人で決めてしまったので不満が出るか心配していたが、むしろメア達は乗り気らしい。
「モアも行く!」
「良一兄さん、私も帝国に行ってみたいです」
真っ先に手を挙げた姉妹に対抗して、マアロも立候補する。
「妻として、夫についていくのは当然」
「同行者は申請すれば大概大丈夫らしいから、一緒に行こうか。ココ達はどうする?」
「帝国にも有名な修練場がありますし、同行したいです」
「もちろん、私も同行させてもらうわ」
キャリーもそう言って厚い胸筋を叩く。
みっちゃんも従者として同行するので、結局いつものメンバーで帝国へ行くことになった。
しかし、面白くないのは一人蚊帳の外に置かれているキリカだ。
「良一、私も行くわ」
勢いで口走るキリカを、良一が窘める。
「さすがにキリカちゃんは連れて行けないよ」
「モアは良いのに、私はダメなの?」
「俺が許可しても、公爵様が認めないだろう」
キリカの後ろに立つ使用人達も〝わかっていますよね?〟と、無言のプレッシャーをかけてくる。しかし、それでもキリカは食い下がる。
「じゃあ、お父様が許可をくれたら良いのね?」
「うーん。もしそうなったら、一緒に帝国に行こうか」
「言質は取ったわ。許可がもらえたら良一が守ってくれるのよね?」
「そこまでは言って――」
「わーい、キリカちゃんも一緒に行こう!」
貴族の渡航に制限がかかっている以上、そうそう許可は下りないだろうと良一は思っていたが、楽しそうに帝国行きについて話すキリカ達を見て口をつぐんだ。
そうしてしばらく帝国の話で盛り上がってから、良一達は夕方前に宿へと戻ったのだった。
◆◆◆
翌朝、良一達はキリカのいる別邸の前に集合していた。
エラルを出るタイミングが同じだったので、公都まではキリカの護衛がてら馬車に便乗させてもらうのだ。
公都でキリカと別れた後は、貿易港ケルクに向かい、そこから船でココノツ諸島のゴグウ島を目指す。
みっちゃんの有するデータによると、そこに良一が求める上下水道設備の遺跡が眠っているらしい。
「おはよう、キリカちゃん。途中までだけどよろしくね」
「道中の話し相手ができて嬉しいわ」
メアとモアはキリカと同じ馬車に乗って、二台目には良一とみっちゃん、ココとマアロとキャリーが乗り込んだ。
道中は村のインフラ整備計画についての話し合いにあてて、時間を有効利用する。
良一の悲願である上下水道の整備が終われば、ドワーフの里までの道路整備や公共施設の拡充なども視野に入ってくる。
みっちゃんはインストールされている膨大な知識を元に様々なプランを提示するが、都市計画など門外漢の良一は、話を聞くだけで精一杯だった。
論議を進めているうちにあっという間に時間は過ぎ、公都グレヴァールが見えてきた。
別れを惜しむキリカの誘いで、良一達は公爵邸でお茶を飲みながら一息つくことになった。
屋敷に馬車が到着すると、娘の帰りを待ちわびていた公爵が早速顔を見せる。
「おかえり、キリカ。石川士爵もご苦労だったね。道中の護衛に駆り出すような真似をして、すまなかった。領地の運営は順調かね?」
「公爵様。こちらこそ、馬車を手配いただき、ありがとうございます。イーアス村は、村長の力を借りながらなんとかやっている次第です」
挨拶も早々に、キリカは待ちきれないとばかりに話を切り出す。
「お父様、少しいいですか?」
「なんだい、キリカ」
「小耳にはさんだのですが、スマル王女が帝国に留学する話があるそうですね」
その言葉を聞いてキリカが何を言いたいかピンと来たようで、公爵はチラリと良一の方を見る。
「ああ、私もその実現に協力しているよ」
「スマル王女から石川士爵がお誘いを受けたそうなのですけれど、私もそれに同行したいの」
「そうかい、行ってくるがいい」
二つ返事で了承した公爵に驚き、良一は思わず聞き返す。
「公爵様、本当に良いのですか? 僭越ながら申し上げますが、危険なのでは?」
「なに、二ヵ月の滞在だろう? それに帝国には石川士爵と優秀な方々が行くのだ、心配はない」
良一が何も言っていないのに二ヵ月の滞在だと知っているあたり、公爵はすでに詳細を把握しているらしい。そして、良一の対応やキリカの行動も予想の範囲内というわけだ。
おそらく、すでに根回しは済んでいるのだろう。
良一よりも長く貴族生活をしているキリカは、一瞬でそれを理解した。
彼女はしてやったりという笑顔を良一に向ける。
「良一、モア、帝国が楽しみね」
「楽しみだね~」
公爵は娘の笑顔を満足そうに眺めて頷く。
「石川士爵がいれば間違いなかろう。それに、キリカにも良い経験になる。よろしく頼むよ」
「……承知しました」
ここまで外堀を埋められると、良一も観念せざるを得ない。
「ところで、近日中に王都から亡者の丘解放の報賞金や見つかった財宝の分配金などが届く予定だ。また寄ってくれれば、その時に渡そう」
「わかりました。ココノツ諸島からの帰りにでも、寄らせていただきます」
「では、ゆっくりしていってくれたまえ」
その日出されたお茶は、良一にとっては少し苦いものになった。
◆◆◆
公都を出発し、メラサル島で一番の貿易港ケルクに着いた良一達は、港でココノツ諸島への直行便を探した。
民間の船舶は国営の定期連絡船と比べて設備が悪く、転覆や遭難の確率が高いため、安全に行くなら時間がかかっても大陸南端のクックレール港経由が良いとされている。しかし、精霊の力を鍛えた今の良一達ならば、たとえ嵐に遭っても魔法を駆使して生還できるだろう。
何社か声をかけて回ると、民間業者の中でも歴史のある会社がココノツ諸島のサングウ島行きの船を出しているのが見つかった。高級品の運搬を主目的とする船であるため客室は少ないが、旅客も乗せてくれるらしい。
公爵の紹介状を見た船長は、一行が海賊バルボロッサの討伐で活躍した良一達だと知り、快く乗船を受け入れてくれた。
「船長さん、よろしくお願いします」
「海賊を討伐してくれた士爵様のためなら、お安いご用ですぜ。何ぶん客船じゃないもので、狭いのは勘弁してください」
赤黒く陽に焼けた船長は厳つい顔を綻ばせ、良一達を船室に案内する。
「ココノツ諸島へは旅行で?」
「まあ、そんなところです。仲間のココの故郷でもあるので」
「そうですかい。今の時期は良い風が吹いているんで、順調に行くと思いますよ」
すでに荷物の積み込みは終わっているらしく、良一達が乗り込むと、船は早々に出港した。
王女のカレスライア号や国営の大型客船とは違い、小型快速船は波の影響を受けやすくて揺れが大きい。事前に酔い止めの薬を渡していたにもかかわらず、沖に出るとメアが船酔いでダウンしてしまった。
良一が甲板に上がると、船長が心配そうに声をかけてきた。
「士爵様、妹さんの具合はどうですかい?」
「今、仲間の回復魔法を受けて休んでいます」
「すみません、国営の船と違ってスピード重視なもんで。小さい子にはキツいかもしれませんね」
「いえ、かまいませんよ。ところで船長、精霊魔法で揺れを軽減させてもいいですか?」
「ええ、もちろんです。思う存分やってください」
船長の許可を得られたので、良一は早速自分の契約精霊を呼び出す。
「リリィ、プラム、力を貸してくれ」
良一の呼びかけで、二体の精霊が良一の胸元から飛び出してくる。緑の光の球体が風の精霊リリィ、青い光の球体が水の精霊プラムだ。
『任せなさい。私が風を吹かせればすぐ着いちゃうわよ』
『思う存分力を発揮して、波を静めますよ』
二体が良一の魔力を使って精霊魔法を行使すると、すぐさま船の周囲に変化が現れた。
次第に波が弱まり、海面は凪いで穏やかになるが、帆はリリィが起こした風で破れんばかりにパンパンに膨らんでいる。
そんな特殊な状態なので、船は全く揺れないのに信じられないほどのスピードで海面を走っていく。
「これは凄い。海軍がてこずった海賊を討伐しただけはありますな。お前ら、士爵様の助力を無駄にするなよ! 帆の向きの調整を急げ」
船長の号令で船員達が甲板上を慌ただしく動き回る。
「疲れたらすぐに休んでください」
「わかりました。無理しない範囲でやります」
そう返事をしながらも、良一は日が暮れるまでぶっ通しで魔法を行使し続け、船員達に驚愕の目で見られることになった。
とはいえ、さすがに暗くなると視界が悪くて危険なので、夜の間は自室で休む。
部屋に引き上げる前に、見るからに上機嫌な船長が声をかけてきた。
「いやあ、士爵様のおかげで大分日程が短縮できそうです。今日一日で二日分は進んだ計算です」
「元々は一週間の予定でしたよね」
「ええ、明日もご助力いただけたら、さらに早く到着します」
「もちろん、そのつもりですよ」
船長に別れを告げて客室に戻ると、マアロが人差し指を口に当てて静かにするようにジェスチャーで伝えてきた。
「マアロ、看病ありがとう。メアの体調はどうだ?」
どうやらメアはもう寝ているらしく、顔色も昼間より良くなっている。
「陸に上がれば治る」
マアロも少し気持ち悪いそうだが、我慢できる範囲のようだ。
「まあ、揺れを抑えたといっても、結構ふわふわするからな……」
一方、モアは隣の部屋でココに抱き着いたり、キャリーのたくましい腕にぶら下がったりして、元気に遊んでいる。彼女は平気らしく、むしろ狭い船内で体力を持て余し気味の様子だ。
「モアは元気だな。でも、もう寝る時間だぞ」
「えー、良一兄ちゃんも遊ぼうよ」
良一に一日構ってもらえなかったモアは、頬を膨らませて不満を露わにする。
「仕方ないな。あんまりうるさくするとメアが起きちゃうから、皆でトランプをしよう」
それからしばらくババ抜きをして遊び、床に就いた。
夜間は精霊魔法のアシストがなくて揺れが大きいので寝つきが悪かったが、疲労もあっていつの間にか眠っていた。
◆◆◆
翌日以降も良一が精霊魔法を使い続けたおかげで、船は予定よりも三日早くココノツ諸島に到着した。
本来船はサングウ行きだったが、船長の厚意で直接ゴグウ島まで送り届けてもらえたため、乗り継ぎの手間が省けた。
「わざわざゴグウ島まで送っていただき、ありがとうございます」
「なんの。士爵様のおかげで日程が短縮できたんだから、このくらいは当然ですよ。是非帰りもウチの船に乗っていってください」
船長達に別れを告げ、一行は港にほど近い宿に向かった。
「地面がありがたいです」
久々に地面に足をつけたメアが、瞳を潤ませながら実感のこもった言葉を漏らした。船室で会話をできるほどには回復していたものの、やはり陸地は安心するらしい。
「さて、随分早く着いたけど、今日は休んで明日から目的地に行こうか」
メアはもちろん、マアロも少し我慢していたそうなので、無理は禁物だ。キャリーとみっちゃんが宿に残って二人の世話をし、良一とココはモアを連れて外に出ることにした。
「この三人の組み合わせは珍しいな」
「そういえばそうですね。いつもならここにメアちゃんかマアロがついてきますからね」
「最近だと秘書役でみっちゃんも高確率でいるな」
「良一兄ちゃん、ココ姉ちゃん、手を繋ごう!」
モアにせがまれ、良一とココは両側から手を繋いだ。
狭い船から解放されて存分にお散歩できるとあって、モアは上機嫌に鼻歌を口ずさむ。
しばらくぶらぶらと町を歩いていると、露店のおばちゃんに声をかけられた。
「そこの若いご夫婦、旬の柿はいらんかね? 娘さんも喜ぶよ」
しかし、良一はまさか自分のことだとは思わず、そのまま素通りしてしまう。
「おや、そこの黒髪の旦那さんに犬耳の奥さん。柿はお嫌いかい?」
そこまで言われてようやく自分達が声をかけられているのだと理解して、三人は足を止めた。
「お安くするから買っていかないかい」
「お……俺達、夫婦じゃないんですよ」
「あらそうなのかい。とてもお似合いだったから、つい間違えてしまったよ」
照れくささから言い訳する良一だったが、露店のおばちゃんが火に油を注いだせいで、ココとの間に変な空気が流れる。同じタイミングで視線を交わし、バッチリ目が合ってしまった。
「ほら、息がピッタリじゃないか。さあさあ、美味しい柿を娘さんに買ってあげておくれよ」
いつもならマアロが割り込んでこういう雰囲気はすぐに霧散するのだが、今日はいない。
早くこの場を離れたい一心で、良一はおばちゃんに言われるがまま、柿を買ってしまう。
「じゃあ、幸せそうなカップルにおまけをしておくよ」
結局最後までからかわれ、良一達はそそくさと露店を後にしたのだった。
モアは二人の気まずさなどどこ吹く風で、手に取った柿にかぶりつく。
「美味しい! 良一兄ちゃんとココ姉ちゃんも食べなよ」
「そ、そうだな、ほらココも」
「ありがとうございます」
無邪気なモアに促され、柿を差し出す良一。しかし、こういう時ほど上手くいかないもので、互いの手が触れ合ってしまう。それで照れるほど二人とも若くはないが、互いに意識して妙な汗が出てくる。
「さて、腹も膨れたし、少し早いけど宿に戻るか。皆にも柿を分けてあげよう」
しばらく黙って宿への道を歩いていると、ココがポツリと呟いた。
「私達は夫婦に見えるんですかね?」
「え?」
「いえ、先ほど露店で……」
「ああ、そう見えたみたいだね。モアが娘だって言うんだから驚いたよ。どっちにも似てないのに」
「……でも、良一さんとなら、悪い気はしませんね」
冗談めかした良一の言葉に対して、ココの返事は少し意外なものだった。
子供っぽいマアロやキリカと違って、同年代のココがこういうことを言うと、さすがの良一もドキリとする。
「えっと……ありがとうでいいのかな?」
「そうですね」
「良一兄ちゃんとココ姉ちゃん、なんか変」
甘酸っぱい空気を醸し出したまま宿に戻ると……
「変な雰囲気は禁止」
良一を見るなり、マアロが足音を響かせて飛びかかってきた。
「マアロ!?」
「妻の目を盗んで何をしている」
「誰が妻だよ」
マアロが突入するお決まりのやり取りにより、ようやくいつもの空気に戻った。
その瞬間、笑いが込み上げてくる。
「ははははは、悪い悪い、マアロ」
「ええ、ごめんなさい」
「わかればいい」
良い雰囲気になっても、結局最後はいつも通りに終わる、ココと良一だった。
◆◆◆
「さて、目的地に行こうか」
みっちゃんの案内に従い、一行はゴグウ島の遺跡を目指す。
「前にハチグウ島でみっちゃんの体を取りに行った時は、妙な忍者に襲われましたよね。一応、警戒しておきましょう」
良一は歩きながらキャリーとココに警戒を促した。
「大丈夫だとは思うけど、念には念をね」
「まあ行きましょうか」
そうして港を出て田舎道を歩き続ける。
海の近くは雑然とした木々が目立っていたが、少し離れると田んぼや畑が多くなってきた。
「立派な田んぼや畑が多いけど、モンスターに荒らされたりはしないのかな?」
「ゴグウ島を治めるタケダ家の侍衆が毎日巡回していますし、農家の方も自分でモンスターを倒して被害を防ぎますから」
「そうなんだ」
そんな話をしていると、前方から魔物の唸り声と戦闘の音が聞こえてきた。
「誰かが戦っているみたいですね」
「メアちゃんとモアちゃん、気を付けてね」
ココとキャリーが一気に緊張を高め、武器に手をかける。
注意しながら音のする方へ進むと、一行が到着する前に戦闘にけりがついたらしく、騒ぎは収まっていた。
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