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セリフを忘れた悪役令嬢が可愛すぎる件
しおりを挟む何百何千と繰り返した言葉。行動。
私達は幾度となく同じ言動を繰り返し、気紛れにセリフを変えながら、それでも"プレイヤー"の望むままのストーリーを紡いでゆく。それが私達に与えられた使命であり役割。
可愛らしい"ヒロイン"と対峙する"悪役令嬢"。そして、悪役令嬢の後ろでほくそ笑む"脇役"。全員が決められた言葉を発するこの"シナリオ"は変わらない。
「誰がラインハルト殿下に相応しいのか、この身の程知らずに教えて差し上げるべきですわ!マリーベル様!」
"脇役"のひとりが高らかに叫ぶ。
その呼び掛けに応じるようにここで一歩前に踏み出して、羽の付いた扇を広げて、強い声で、高らかに。
そしてーーーー
「…………なんでしたっけ?」
マリーベルは心臓の鼓動を確かに感じた。今までにない動悸に息苦しささえ覚える。忘れてしまったのだ。言葉が出てこないのだ。
アカデミーのバルコニーで、目の前の誰からも愛されるべきヒロインに向かって、言うはずのセリフを。うっかりかんてあり得ない。だってこの"シナリオ"は"物語"の終盤で、"ヒロイン"が"攻略対象"に助けられて"悪役令嬢"の悪行を露呈させる大切な"シナリオ"なのだ。何度繰り返してもこの言葉も行動も、同じことを繰り返しているはずなのに。
「ま、マリーベル様?」
ヒロインであるソフィアが不思議そうに顔を覗き込む。マリーベルの蒼白した顔に、心底心配そうに。長い睫毛が震えているのも分かるくらいに近づいて。そして、その愛らしい表情を前にマリーベルは首を振った。
「今台本の何ページあたりかしら?」
「えーっと、第一章の521ページ目の3行目です」
「さすがソフィアさん、覚えが良いですわね」
「えへへ、ありがとうございます」
「と、いうことは………ここはバルコニーで、今は第一章の断罪前…ということは、私今から貴女をここから突き落とすのでしたわね」
「えぇ、そうですね。そして、下で待機してるラインハルトが私をキャッチしてくれるんです」
「ラインハルト殿下が?」
「はい。今回はラインハルトルートなので」
「おーい?大丈夫か?ソフィアが落ちて来ないんだが」
木々の下、階下からラインハルトが声を掛ける。ひらひらと手を振る彼は華奢な美青年で、麗しい王太子殿下としてアカデミーのみならず王国中から慕われている。
「今までずっと思っていたのだけれど、あのラインハルト殿下が貴女をキャッチするなんて無謀ですわ」
「いえ、できるんですよ。乙女ゲームですから」
「貴女だって分かるでしょう?人間は重力が掛かるほど殿下の負担が大きくなるんです。幾らソフィアさんが軽いとはいえ3階から落ちた人間を1階の中庭で呑気に散歩している殿下が無傷でキャッチできるはずありませんわ」
「そりゃそうなんですけど、できるんですよ。私もラインハルトも無傷です。乙女ゲームですから」
ソフィアはちらりとラインハルトを見る。見た目からして優男と呼ぶのが相応しい彼は、騎士団で鍛錬を積んだとはいえ筋肉質ではない。彼の傍に控えている騎士団長の息子アベルの方が筋肉質で逞しい体躯をしているし、安定感もあるだろう。実際、アベルルートではソフィアを難なく受け止めてくれる。
「ですがソフィアさんが怪我をしない保障は…」
「大丈夫です。乙女ゲームですから」
「そうだよ、マリーベル。僕はこれまで何度もソフィアをキャッチして来たんだから大丈夫だよ。ソフィアは衝撃すら受けずにふわっとキャッチされるんだ。だってこれは」
「乙女ゲームですから?」
「そうです」
うんうん、とソフィアは頷く。"脇役"達はイレギュラーに対応できずにそわそわしていて、"主役"達がシナリオ通りに動くのを待っている。
だから今マリーベルがすることは、ラインハルトが茂みに隠れてもう一度スタンバイしたことを確認して、決めゼリフと共にソフィアをバルコニーから突き落とすこと。そして、落ちて来たソフィアを受け止めたラインハルトが、マリーベルを現行犯で投獄するのである。
「そうよね、私はこれから投獄されて、10日後にギロチンの刑に処せられるのですわ」
それがマリーベルの最期だ。ラインハルトルートでは、彼の指示で街の中央広場に設けられた処刑台でマリーベルは最期を迎えることになる。それが"シナリオ"通りなのだ。この物語はそうして"悪役"が罰せられることで、"ヒロイン"と"ヒーロー"が結ばれる。
そういうハッピーエンドである。
「失礼いたしました。ではラインハルト殿下、今しばらく茂みに隠れていただいて…」
「ちょっと待ってください!」
ラインハルトは手を挙げた。
「休憩にしましょう。もう絶えずプレーをしていて僕らも休む時間がありませんでしたから」
「うーん、そうですね。私も喋り過ぎたし、"もうひとりの私"が何度もセーブポイントまで巻き戻すから疲れちゃったんで、ちょっとお茶にしませんか?」
どこからともなく現れたティーセットを前に、ラインハルトとソフィアがマリーベルを促す。流れるようにそこに座り、マリーベルは困ったように眉尻を下げた。
「でも、いいのかしら?"もうひとりのソフィアさん"は貴女とラインハルト殿下の結婚式のスチルを待っているんですのよ?」
「"もうひとりの私"はやり込み過ぎてるから少し待たしてもいいですよー。巻き戻し過ぎのバグってことで、しばらく寝ててもらいましょう!ね?アベル?」
アベルは溜息を吐いた。
「賛成だ。マリーベルもずっと睨み続けて眉間に皺が寄っている。少し休んだ方がいい」
ぐいっとマリーベルの眉間に指を置いて、緊張を解そうと微笑む。困ったように笑ったマリーベルは、ようやく肩の力が抜けたような気がした。
「それにしても、何度もこのシーンやってるけどマリーベルはすごいよな。そんな細腕で下町育ちで働き者のソフィアを突き落とせるんだから」
「ほんとそれ!私の方が武術試験で結果残してて力も強いはずなのに、この時だけはマリーベル様に勝てないんだから、シナリオってすごいですよねぇ」
「ふふ、褒めても何も出ませんわ、ソフィアさん」
微笑むマリーベルに3人はきょとんとした。もしここにもうひとりの攻略者であるマリーベルの兄エドガーがいたら、顎を外していたかもしれない。こんなに穏やかな笑顔のマリーベルを見るのは初めてだった。
「こんな天使を10日後に処刑するとか…ラインハルトこそ悪魔じゃない?」
「だってそれはっ!君がマリーベルに嫌がらせをされたって言うからだろう?」
「お茶会に呼ばれなかったり挨拶を返さなかったりな」
「私がそれらをして来たのは事実ですわ」
「そうだけどぉ…。そもそも、殿下だってマリーベル様という婚約者がいるのにその縁談を片付ける前に私に告白する方が問題じゃない?」
「うっ…、そ、それは…乙女ゲームだからだよ」
ピコンッ
美しい月夜に似合わぬ機械音がする。これはシナリオが再び始まる合図だ。楽しいお茶会はもう終わり。再びラインハルトとアベルが中庭で待機して、ソフィアとマリーベルはバルコニーで対峙する時間が来た。もうセーブポイントまで時間を巻き戻す必要はない。"もうひとりのソフィア"の選択肢は全て終えている。ここからは自動的にソフィアとラインハルトのハッピーエンドに向けてひたすらアナウンスが続くのだ。
「いつかおふたりの盛装を見てみたいですわね。無理だけれど」
だってこれは乙女ゲームだから。決まっている物語は変わらないし変えられない。多少の変化はあれど、マリーベルはいずれ死ぬ。それがシナリオなのだ。
「私のマリーベル様が可愛すぎる」
「同感だ。もっと語らおう同志よ」
「ふたりともキャラが壊れているよ。マリーベルが生きられるのは隣国の王子ルートだし、それでもマリーベルと僕が闇堕ちして国が崩壊するまでじゃないか。それは困るよ」
「ふふ、3人共仲が良ろしいですわね」
可能ならもっとこの時間を堪能したい。そう思うマリーベルだが、彼女の命はあと数分だ。10日など、"この世界"ではあっという間に過ぎてしまう。
「もういっそここで止めようか。そうしたらマリーベルはこのままソフィアを害さず、罪を問われない。まぁ嫌がらせの責はあるけど、ソフィアの言う通り僕がマリーベルを無視してソフィアに絆されたのも褒められたことじゃないもんね」
「それは全くその通りだと思う」
「まったくです!」
うんうん、とアベルとソフィアが頷く。
「よし、決まりだ。今回はここで終わりにしよう!」
プツンッ
何かが来れる音がした。
名案だとばかりに笑ったラインハルトがマリーベルに手を差し出すと、倣うようにアベルが、そして慌ててソフィアがマリーベルに手を差し伸べる。
「可愛いマリーベル。ここから先は僕らだけの"シナリオ"の始まりだよ」
「共に紡ごう」
「ヒロインと悪役令嬢の友情物語を!」
「「そうじゃない(だろう)!」」
きっと"悪役令嬢"も笑顔になれる未来が来る。
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