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第一章 士官学校編
第一話 邂逅、夏
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その少年に出会ったのは、まだ日照りの続く、夏の終わりのことでした。
その日は、学校の野外訓練が行われていました。常日頃、校内で生活するわたしたちには、目に映るものがみな新鮮で、興味深く見えました。長距離の行軍もまるで遠足さながら。つまり、わたしたちは浮かれていたのです。
目的地に到着すると、引率の教官は野営の準備をするよう命じました。てきぱきと支度をこなした後、わたしたちは教官の目を盗んで、こっそりと近くの廃墟となった遺跡に忍びこんでしまったのです。
門らしきものを抜けた先には朽ち果てた建造物が横たわっており、湿った空気と遺跡をくまなく被うツタは、わたしたちの幼稚な冒険心を酔わせるのには十分でした。
「意外と広いもんだな」
「これは、祭壇ですかねえ」
あれこれ探索して奥に奥にと進んでしまううちに、どれぐらいの時間がたったかもわからなくなってしまったころ。
「何だお前ら、どこから入った?」
そこが野盗のねぐらであることに気づくのに、そう長くはかかりませんでした。
◇
「まずった、ギド。信号弾を」
「とっくに打ってます!」
「マリアンヌは逃げろ! とにかく外に出るんだ! 奴らは俺たちでなんとかする!」
散策気分の冒険が逃避行に変わってしまいました。たかが若者数人、と見逃してくれればよかったのですが、あいにくそこまでお人好しではなかったようです。
「娘だ、娘を捕まえろ! おそらく貴族のとこだ、身代金が取れる!」
「逃げるなよ、小娘! 大人しく捕まらないと痛い目を見ることになるぞ!」
無我夢中で遺跡の外を目指して駆けました。しかしここは野盗の勝手知ったるところ。いくつかの足音がどんどん近づき、息遣いまで聞こえるようになったとき。
見慣れない、奇抜な格好をした小柄な少年が暗がりの中、立っていたのでした。
「ツヤンレシントンナンソ、ツヨシンナ! ハトウソオバコメスム、カクゾラシンオ、カクゾ?」
突然、空気が震えるような大声がわたしの鼓膜を襲いました。そして、その殺気だった目線を後方の野盗に向けると、背丈ほどもあろうかという剣を高々と掲げます。
そして一瞬、その小さな身体が跳ねるように野盗の眼前に踊り出ました。
突然の乱入者に野盗たちが怯んだ瞬間、息を呑むよりも疾く、少年が構えた剣を雷のように振り下ろした、のだと思います。
一人、二人とその姿が血しぶきとともに倒れていくのが目に映りました。
「ドンラキバケヒ、ンラナバネラキラナルク」
残された野盗たちの目に恐怖の色が浮かぶのがはっきりわかりました。彼らは、自分たちが、狩るものから狩られるものになったという非情な現実に気づいてしまったのです。
夜盗らが蜘蛛の子を散らすように逃げていった後、ドサリ、と少年がうつ伏せに倒れていきました。そしてそのとき、わたしは初めて彼が傷だらけであることに気づいたのです。
◇
「マリアンヌ、無事か? すまん、数人とりこぼした」
「死体、ですかい? 誰がこんな--」
仲間たちが駆けつけてきました。どうやらお互い無事だったようです。夢中で走っていたため気がつきませんでしたが、わたしだけが集中して追われていたのかもしれません。
「この子が--。それよりも治癒を! ひどい重症なんです」
「こいつが? うわ、ひどい怪我じゃないか、何があったらこんなことになるんだ」
少年の体には無数の裂傷と、豆粒ほどのもので貫かれたような傷痕がありました。生きているのも不思議なくらいです。
治癒魔法はあまり得意ではありませんし、怪我人の身体に使うのも初めてでした。しかし、泣き言を言っていられません。わたしの危機を救ってくれたこの少年を、ここで見捨てるわけにはいきませんでした。
◇
それからまもなく、信号弾に気づいた教官たちがわたしたちのもとに駆けつけてきました。少年は治癒魔法の効果があったのか、何とか息をしてくれています。
慌てて事情を説明しましたが、あまりに突然の出来事に頭がついて行けず、支離滅裂な説明をしてしまったかもしれません。
そして、野営地に連れ帰られたわたしたちは、引率の教官にこってり絞られました。無断で宿舎を抜け出したこと、野盗に遭遇してしまったこと、そしてそれよりも一人の少年を拾ってきてしまったこと--。
「これだけの騒ぎとなっては、演習は中止とする。そして脱走を行ったものについては、覚悟しておくように。処分は学校に戻り次第検討する」
その晩は、教官の厳しい叱責よりも、夕飯抜きでの学校までの罰走よりも、遺跡でのあの鮮烈な光景が、脳裏に焼きついて離れませんでした。
◇ ◇ ◇
それから、士官学校へ戻ったわたしたちを待っていたのは長い事情聴取と山積みの反省文、そして懲罰としての肉体労働でした。わたしはこれまで目立った問題行動もなく、いわゆる良い子だったのですが、すっかり不良学生として見られているようです。
他の生徒から隔離された懲罰房での息苦しい生活にも慣れてきた矢先、例の少年が目を覚ました、との報告がありました。
「事情聴取を兼ね、一時的に謹慎処置を解く。病棟へ移動するように」
自分の処罰にかかりっきりですっかり忘れてしまうところでしたが、彼について何らかの説明ができるのはわたししかいなかったのです。
その日は、学校の野外訓練が行われていました。常日頃、校内で生活するわたしたちには、目に映るものがみな新鮮で、興味深く見えました。長距離の行軍もまるで遠足さながら。つまり、わたしたちは浮かれていたのです。
目的地に到着すると、引率の教官は野営の準備をするよう命じました。てきぱきと支度をこなした後、わたしたちは教官の目を盗んで、こっそりと近くの廃墟となった遺跡に忍びこんでしまったのです。
門らしきものを抜けた先には朽ち果てた建造物が横たわっており、湿った空気と遺跡をくまなく被うツタは、わたしたちの幼稚な冒険心を酔わせるのには十分でした。
「意外と広いもんだな」
「これは、祭壇ですかねえ」
あれこれ探索して奥に奥にと進んでしまううちに、どれぐらいの時間がたったかもわからなくなってしまったころ。
「何だお前ら、どこから入った?」
そこが野盗のねぐらであることに気づくのに、そう長くはかかりませんでした。
◇
「まずった、ギド。信号弾を」
「とっくに打ってます!」
「マリアンヌは逃げろ! とにかく外に出るんだ! 奴らは俺たちでなんとかする!」
散策気分の冒険が逃避行に変わってしまいました。たかが若者数人、と見逃してくれればよかったのですが、あいにくそこまでお人好しではなかったようです。
「娘だ、娘を捕まえろ! おそらく貴族のとこだ、身代金が取れる!」
「逃げるなよ、小娘! 大人しく捕まらないと痛い目を見ることになるぞ!」
無我夢中で遺跡の外を目指して駆けました。しかしここは野盗の勝手知ったるところ。いくつかの足音がどんどん近づき、息遣いまで聞こえるようになったとき。
見慣れない、奇抜な格好をした小柄な少年が暗がりの中、立っていたのでした。
「ツヤンレシントンナンソ、ツヨシンナ! ハトウソオバコメスム、カクゾラシンオ、カクゾ?」
突然、空気が震えるような大声がわたしの鼓膜を襲いました。そして、その殺気だった目線を後方の野盗に向けると、背丈ほどもあろうかという剣を高々と掲げます。
そして一瞬、その小さな身体が跳ねるように野盗の眼前に踊り出ました。
突然の乱入者に野盗たちが怯んだ瞬間、息を呑むよりも疾く、少年が構えた剣を雷のように振り下ろした、のだと思います。
一人、二人とその姿が血しぶきとともに倒れていくのが目に映りました。
「ドンラキバケヒ、ンラナバネラキラナルク」
残された野盗たちの目に恐怖の色が浮かぶのがはっきりわかりました。彼らは、自分たちが、狩るものから狩られるものになったという非情な現実に気づいてしまったのです。
夜盗らが蜘蛛の子を散らすように逃げていった後、ドサリ、と少年がうつ伏せに倒れていきました。そしてそのとき、わたしは初めて彼が傷だらけであることに気づいたのです。
◇
「マリアンヌ、無事か? すまん、数人とりこぼした」
「死体、ですかい? 誰がこんな--」
仲間たちが駆けつけてきました。どうやらお互い無事だったようです。夢中で走っていたため気がつきませんでしたが、わたしだけが集中して追われていたのかもしれません。
「この子が--。それよりも治癒を! ひどい重症なんです」
「こいつが? うわ、ひどい怪我じゃないか、何があったらこんなことになるんだ」
少年の体には無数の裂傷と、豆粒ほどのもので貫かれたような傷痕がありました。生きているのも不思議なくらいです。
治癒魔法はあまり得意ではありませんし、怪我人の身体に使うのも初めてでした。しかし、泣き言を言っていられません。わたしの危機を救ってくれたこの少年を、ここで見捨てるわけにはいきませんでした。
◇
それからまもなく、信号弾に気づいた教官たちがわたしたちのもとに駆けつけてきました。少年は治癒魔法の効果があったのか、何とか息をしてくれています。
慌てて事情を説明しましたが、あまりに突然の出来事に頭がついて行けず、支離滅裂な説明をしてしまったかもしれません。
そして、野営地に連れ帰られたわたしたちは、引率の教官にこってり絞られました。無断で宿舎を抜け出したこと、野盗に遭遇してしまったこと、そしてそれよりも一人の少年を拾ってきてしまったこと--。
「これだけの騒ぎとなっては、演習は中止とする。そして脱走を行ったものについては、覚悟しておくように。処分は学校に戻り次第検討する」
その晩は、教官の厳しい叱責よりも、夕飯抜きでの学校までの罰走よりも、遺跡でのあの鮮烈な光景が、脳裏に焼きついて離れませんでした。
◇ ◇ ◇
それから、士官学校へ戻ったわたしたちを待っていたのは長い事情聴取と山積みの反省文、そして懲罰としての肉体労働でした。わたしはこれまで目立った問題行動もなく、いわゆる良い子だったのですが、すっかり不良学生として見られているようです。
他の生徒から隔離された懲罰房での息苦しい生活にも慣れてきた矢先、例の少年が目を覚ました、との報告がありました。
「事情聴取を兼ね、一時的に謹慎処置を解く。病棟へ移動するように」
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