ボタニカルショップ ウィルオウィスプ

景崎 周

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29話:酒の肴

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 明日の予想天気は雪。
 ついに鬼住村に厳冬が襲来する。
 あれほど純さんに脅されたので、早めに雪用ブーツと防寒着は用意しておいた。
 積もれば通勤も徒歩になるし、朝は雪かきしないと家に閉じ込められたまま出られない。
 私自身、豪雪地帯に暮らした経験がなく、想像でしかその凄まじさがわからない。
 だから備えだけはしておいた。
 備えしかできることがない。
 経験値がない以上、最大限の備えのみが私の身を護ってくれるのだ。
 底冷えを感じながら、私は昼過ぎに仕事を終え、家に戻った。
 間もなくして、わんにゃんパトロールから帰ってきたおばあちゃんとお昼を食べて、今に至る。
 ちなみに、ヤナギさんは無事保護されて千秋さんのところに帰ったらしい。

「ねぇ、おばあちゃん。この鉢の子はどなた様?」
「ああ、それはベゴニアだで。園芸用の改良種だけん、大きなオレンジの花をつけるでなぁ」
「ベゴニアかぁ。たしかにガラスケースに入ってるベゴニアに似てる……」
「千秋ちゃんのお店にあるのは原種とレックスだけん、派手な花はつかんで。だけど葉っぱはそっくりだがぁ?」
「うん。ちょっと毒々しくて、きらきらで、大きくて、そっくり」

 なんて話しながら、私たちは外に置かれていた鉢植えを屋内へ避難させていた。
 おばあちゃんの管理する植物の中には雪にあたると死んでしまう子も多い。
 一度寒さに晒さないと花を咲かせないチューリップとは違い、大体の草花は繊細だ。
 蘭より耐寒性がある子たちも、鬼住の冬を屋外で乗り切るれる力はない。

「これはー?」

 今度の鉢は葉っぱのない枝だけの状態のもの。
 まるでもう枯れているみたいだ。

「それは牡丹。その子も玄関に入れてやってやぁ」
「はぁーい」

 こうして次々鉢を避難させていく。
 運んでいるのは、厳しい冬さえ無事に越せば翌年も美しく咲いてくれる子ばかり。
 鉢は玄関や縁側、仏間などに分散して置いていった。
 ちなみに私たちがせっせと働いている間、あけび様は石油ストーブの前で丸まっていらっしゃったのだった。

「おばあちゃん」

 粗方片付いたところで、私はおばあちゃんを呼んだ。

「どげした? もうあと少しで終わりだけんね」
「うん……。えええと、あのね。今朝、お母さんから電話があって」
「あらぁ。珍しいなあ」

 ずっと胸に引っ掛かって、もやもやしてたまらない。
 だから、ちょっとだけ吐き出させてもらおう。

「うん。それでお母さんにね、東京に戻りなさい、って怒られちゃった」

 おばあちゃんは「ふふふ」と優しく笑う。

「あの子らしいわぁ」
「うん。東京の会社に就職しなさいって。でもね、私ウィルオウィスプで働くの楽しいし、辞めたくないの。でも、お母さんの言っていることもわかる。……もう困っちゃうよ」
「辞めたくないなら続ければいいんよ。すみれちゃんはもう立派に大人だがぁ? お酒も飲めるし、煙草も吸えるし、お仕事も上手い具合にこなせる、立派な大人」
「そう、だね」
「いくらお母さんの言葉だけんって、従わなくてええんだで。すみれちゃんは、すみれちゃんの考えで動いて思いのままに生きんと」
「……私の考え、か」

 私は途方に暮れている。
 お母さんの言う道がどんなものかわかるから、尚更に。
 過去の私にはやりたいことがなかった。
 ずっと趣味とか好きなものとか呼ばれるものと、縁遠い人生を送ってきた。
 安定した未来を獲得するために勉強して、進学や就職に有利になるものを身につけて、それらを趣味だと偽っていた。
 笹森すみれはただ、道しるべを与えてもらいだけの赤ん坊だ。
 でもだからこそ、新たな道を諦めたくない。
 おばあちゃんのそばにも居たい。
 鬼住村を離れたくない。
 例え成功や富や名誉が得られなくとも、私は。

「辞めたくないんだがぁ? だったら辞めんでいいがん。すみれちゃんはまだ若いけん、これから選べる道はたくさんじゃんことあるだけんねぇ」
「……うん。もう少し親不孝してみる」

 余計なことを考えるなすみれ。
 自分の好きを信じるんだ。

「はい、最後の鉢。これは縁側ねぇ」

 最後の鉢植えを手渡された私は、頷いて縁側へと走った。


*****


 結論から述べると、ヘビは結構可愛い顔をしている。

「写真で見ると意外と可愛いですね。おめめはくりくりで、口も笑っているみたいで」
「だろー? こいつは特に笑顔度高い個体だからな! 飯食ってる動画も見る?」
「嫌な予感がするので、遠慮します」
「えー、丸のみめっちゃ可愛いんだぜー」
「絶対にイヤです!」

 酔っ払いのヤナギさんはスマホを持ったまま、げらげらと腹を抱えて爆笑した。
 痺れる風の吹く、月のない夜。
 私とあけび様とヤナギさんは、二階の客間で酒盛りの真っ最中である。
 泥酔し、さっきからくつくつ一人で笑っているあけび様。
 顔を真っ赤にしてペット自慢に明け暮れるヤナギさん。と、二人の五分の一しか飲んでいないほろ酔いの私。
 事前情報でヤナギさんがヘビを飼っているのは知っていた。
 おどろおどろしい毒蛇でも手懐けているのかと考えていたが、私の想像は外れる。
 慧さんが飼っていたのは、真っ白くて細身のヘビだった。
 人の指ほどの太さをした、全長三十センチくらいの若いヘビだ。
 コーンスネークという名らしい。
 ブリザードと呼ばれる品種モルフで、瞳がルビーのように赤く輝いている。
 思っていたよりずっと愛らしかった。
 毒もなく、臆病で、驚かすとショックでごはんが食べられなくなってしまうのだそうだ。

「名前、つけてるんですか?」
「こいつは真っ白だからな、シロって呼んでる」
「オスなんですか」
「さあ?」
「さあって……」

 またヤナギさんは大爆笑だ。
 ちなみに彼は、村のはずれで迷子になっているところをわんにゃんパトロール隊に保護された。
 今ここで無事にお酒が飲めるのはおばあちゃんたちのお蔭だ。
 じゃなきゃ凍え死ぬか、野生動物と鬼ごっこの二択だったに違いない。
 夕食の支度をしていた辺りでヤナギさんは渡辺家に上がり込み、食卓を共にしたうえ酒盛りを始めた。
 その間、おばあちゃんとあけび様には敬語なのに、私には完全にため口である。
 解せない。
 年上なんだろうけど。

「あとな、これがこの前葉挿しで増やしたベゴニアな!」

 またヤナギさんがスマホを見せてくる。
 映っているのは五センチあるかないかの生まれたての若葉だった。

「これ、葉っぱを切って、ミズゴケに挿した、んですよね」
「そ。楔型にしてな。もう一回り大きくなったら千秋の手持ちと物々交換!」
「こぉーてぇーつぅー! どこへ行ったのじゃぁー!」

 笑い転げていたあけび様が突然叫ぶ。

「あけび様、虎鉄は最初からいませんでしたよ」
「うるしゃい、儂に指図す……もっとつまみをだせぇー!」
「煩くないですから、するめ食べててください」

 卓袱台の上の皿を移動させて、あけび様にするめを献上する。
 お酒はヤナギさんが持ってきた日本酒がまだあるが、おつまみは九割方食い尽くされていた。

「こぉーてぇーつぅー」
「あけび様うるさい。近所迷惑です」
「にゃっへへへ、あはっははは!」

 もうダメだ。
 べろんべろんに酔い潰れている。
 会話が成立しない。

「やーい、あけび様の酔っ払い!」
「あなたも相当酔ってますよね!?」
「えー、俺酔ってないよーん」

 顔が真っ赤ですよ、このうわばみめ。
 まともなのは私だけだ。

「あーもー」
「千秋も誘えたら楽しかったのになぁ。残念だー」
「ですね」
「あいつな、天涯孤独で俺んちで預かってたんだけどなー。めっちゃ寂しがり屋ですぐ泣きやがってなー。純がいなくなってから、何度俺に泣いて電話してきたか!」
「待って、それ私に話しちゃまずいんじゃないですか?」

 もっと知りたけど、知っちゃいけない気がする。
 酒の勢いで語っちゃダメな話ですよ、ヤナギさん。

「別に? 半分は嘘だし?」

 また大爆笑だ。
 もうやだ酔っ払い面倒臭い。

「つまみがにゃいぞおぉぉ! おい、ぬか漬け!」

 酔っ払い美少女が空の皿をぶんぶん振りまわす。
 ああ、収拾がつかなくなってきた。

「うわ、もうするめ食べきっちゃったんですか」

 これは前職の忘年会より厄介じゃなかなろうか。
 ものの数秒、或いは一口でするめが消滅してしまった。
 もっと味わっていただきたい。
 それは主食じゃなくて酒の肴ですよ。
 酒の肴ってちみちみ食べるためのものじゃないでしょうか猫又様。

「儂は塩辛とちーじゅが欲しいのじゃぁ」
「俺焼きおにぎり」
「遠回しに私に買ってこいって言ってますよね?」

 夜更けに私一人でコンビニまで行けと。

「にゅか漬け以外に誰が行くのじゃ? んにゃぁ?」
「俺も飲酒運転になるからムリ」
「私だって自転車乗ったらアウトですぅー」

 酒気帯びでは済まされないくらい呑んでいる。
 乗ってもお巡りさんには遭遇しないだろうが、罪を犯す気はない。

「塩辛ぁー!」

 あけび様は、吠えながら自分でおちょこに日本酒を注ぎ、くいっと呷る。

「はいはい、わかりました。買ってきます。買ってきますからちょっと静かにしててくださいよ。騒ぐとおばあちゃん起きちゃいますからね」
「よっろしくー」
「だからあなたもうるさいですって」

 まず、酔いに酔ったあけび様は外に出せない。
 ヤナギさんも途中、シダを求めて迷子にでもなられたら厄介だ。
 コンビニの場所は知っているし、この場で私が最も適任だろう。
 ちょっと遠いけれど、歩いていこう。
 私は入念にダウンコートを着込んで鞄を持ち、外へ出た。


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