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潜入編
41.おとり捜査(四)
しおりを挟む馬車が止まり、鉄のように冷たい声が響く。
「降りろ」
扉が開かれ、ステラたちは一人ずつ馬車を降りた。
目の前に広がっていたのは深い森。その奥に、古びたが威圧感のある大きな屋敷が佇んでいた。空気は刺すように冷たく、皇都よりも北方にあることを肌で悟らされる。薄い布の服では身を守れず、女性たちの肩は小刻みに震えていた。
「早く中へ」
無骨な男の声に押されるようにして、列を成して屋敷の中へ足を踏み入れる。
内部は屋敷というより、収容施設のようだった。
広い部屋の中には、すでに数十人もの女性や子どもが閉じ込められていた。皆、美しい容姿を持つ者ばかり。だが、目の光は消え、諦めと恐怖に染められた顔ばかりが並んでいる。
さらに驚くのは、既にとらわれていた者たちの身なりだった。清楚なドレスや整えられた髪。まるで「商品」として並べるために飾られているようだった。
新たに連れてこられたステラたちにも、同じように命じられる。
「風呂に入れ。汚れを落とせ」
用意されたのは冷水に近い浴槽。冬の川に放り込まれたような冷たさに、息が止まりそうになる。だが背後から「風邪をひいて使い物にならなくなれば殺す」と無言の圧力をかけられ、抵抗は許されなかった。
与えられた服は白や淡い色合いの、清楚で華やかな衣装ばかり。体を冷やしたまま着替えさせられた女性たちは震えながら、何もない収容所のような部屋へと押し込められた。窓はなく、外の気配は完全に遮断されている。扉の外には屈強な兵士が並び、逃亡の可能性は微塵もなかった。
そんな中で、ステラは一人の少女に目をとめた。年の頃は十歳前後、栗色の髪と大きな瞳。怯えて縮こまる姿は――まるでカレンを小さくしたようだった。
「……まさか」
ステラの心臓が高鳴る。その少女が、カレンの妹であることを、ステラはほぼ確信した。
胸の奥から湧き上がるのは、怒りと、必ず守らねばという強い思い。ステラは少女から目を逸らさず、心の中で誓いを新たにした。
ステラはカレンに似た少女にそっと声をかけた。
「……もしかして、ミラちゃん?」
その名は以前読んだ報告書に記されていた、カレンの妹の名。少女は驚いたように目を見開き、震える声で答えた。
「そうです……どうして、わたしの名前を……?」
ステラは周囲の男たちに気づかれぬよう、口元を寄せ小声で告げる。
「わたしはカレンと同じ皇宮で、メイドをしています。カレンとは同室で……仲良くさせてもらっているんです。もうすぐ助けが来ます。だから……あと少しだけ耐えて」
ミラは一瞬、警戒するようにステラを見つめたが、やがて小さくうなずき、平然を装ってステラの隣に腰を下ろした。カレンと瓜二つの顔立ちなのに、その落ち着いた気質は姉とは正反対のようだった。
だが安堵は束の間だった。ひとりの男がずかずかと近づいてきて、ステラを睨みつける。
「おい……その指輪はなんだ?」
着替えさせられたとき、装飾品は外すように命じられていた。だがステラは、指輪だけは残していたのだ。手を隠し続けていたものの、ついに見咎められてしまった。
「外したいのですが……指が太くなってしまって、数年前から抜けないのです」
ステラは冷静を装い、そう答える。男が力任せに指輪を引っ張ってみるが、まったく抜けない。レオナルドがあらかじめ魔法で指輪のサイズをぴたりと縮めてくれていたおかげだった。
「……ふん、抜けぬか。だが先方が気に入らなければ……その指を切り落とすことになるぞ」
男は吐き捨てるように言い放ち、ようやく立ち去った。ステラは胸の奥で静かに安堵した。指輪は無事――合図を送る最後の切り札を守り抜いたのだ。
その夜。ステラは「お手洗いに行きたい」と申し出て、見張りを少しでも減らすことに成功する。足音を殺し、気配を抑え、屋敷の屋上へと忍び込んだ。
「……今しかない」
月明かりの下、ステラは指輪を掲げる。瞬間、指輪から眩い光が放たれ、夜空へと真っ直ぐに昇っていった。
――助けを呼ぶための合図。
だが、光はすぐに見張りの目にとまった。
「おい! 今の光はなんだ!」
怒号とともに兵士たちが駆け寄ってくる。剣を抜き、ステラに突き立てようとする気配。
(……ここまで、なの?)
冷たい刃先が迫る。だが、次の瞬間――鋭い音とともに、その剣は弾かれた。
ステラの目の前に立ちはだかったのは、闇を切り裂くように現れた何者かの背中だった。
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