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潜入編
17.祝賀パーティー(二)
しおりを挟む祝賀パーティーの最中でも、メイドたちには交代で短い休憩が与えられた。
時間にして二十分ほど。立ちっぱなしで動き続けた身体には、わずかでもありがたい時間だった。
ステラとカレンは同じ休憩時間を与えられ、外の一角に設けられた仮設の食事スペースに並んで腰を下ろした。
食事は、パーティーで余った料理が運ばれてきたもの。と言っても、色とりどりの料理はどれも豪華で、普段の食堂とは比べ物にならない。
「わあ! ステラ見て、このお肉、絶対お高いやつだよ!」
嬉しそうに目を輝かせるカレンは、すぐに手を伸ばしてパンと肉料理を皿に取り分けた。
ステラもパンとスープを受け取りながら、少しだけ口を開いた。
「ねえ、カレン。……大公様が帝都に入れないって、本当の話だったの?」
「え?」
パンにかじりつこうとしていたカレンが、思わず手を止めた。
「わたし、知らなかった。どうして、そんなことに……?」
カレンはスープをかき混ぜながら、何かを言おうとしたとき――
「仲が悪いんだよ、あの二人は」
不意に背後から声が飛んできた。
「っ!」
驚いて振り向いたステラとカレンの視線の先にいたのは――レオナルド皇太子殿下だった。
「ご、ご、ご……ごはっ!? ごはん中に皇太子殿下!?!?」
動揺するカレンが、パンを落としそうになって慌てて掴み直す。
「食事中にすまない。あまりに気になる話題だったから、つい」
レオナルドは柔らかく微笑んだまま、ステラたちの前に立った。
「確かに、大公――グランベリオ大公は、父上……つまり陛下と、非常に仲が悪い。大公は子どもの頃からの師匠だったんだ。それとは関係なく政治の場では、父と正面から対立してる」
「……師匠?」
「ああ。私の剣術の師匠だ。数年、大公領に滞在して剣の稽古をつけてもらっていた。厳しかったけど、腕は本物だったよ」
(そんなこと、本には何も書いてなかった……)
ステラは、スープに目を落としたまま、小さく唇を引き結んだ。
「ちなみに、“なぜ仲が悪いのか”を知ってる人は、王宮の中でもほとんどいないよ。当事者しか知らない、極秘の話なんだ」
そう言いながら、レオナルドはじっとステラを見つめた。
その瞳に悪意や問い詰めるような色はなかった。ただ、静かに見透かすような視線。
ステラは、胸の奥がざわつくのを感じた。
「……後半も、お仕事がんばって、ステラ嬢」
そして、レオナルドは唐突に手を伸ばしてきて――ステラの頭を、そっと撫でた。
(……!)
やわらかな手つきだった。けれど、ステラの心臓は一気に跳ね上がる。
「っ……」
レオナルドは何も言わず、微笑を残してその場を去っていった。
彼の背中が遠ざかると同時に、ステラは撫でられた自分の頭をそっと触れた。
(……な、なんなの。あれ)
顔が、熱い。耳まで真っ赤になっているのが自分でもわかる。
「ステラ……」
カレンがじっと彼女の顔を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
「……ねえ。あの服をくれたのって、まさか……レオナルド皇太子殿下だったの……?」
ステラは、ぎょっとした。
(カレンにしては……察しが、良すぎる)
休憩を終え、再びクローク係として持ち場に戻ったステラは、すぐに違和感に気づいた。
(……おかしい。あの令嬢のケープ、たしか深紅だったはずなのに)
預かっていた貴族たちの荷物に、いくつか記憶と異なるものが混ざっていた。
(番号札と中身が……一致していない。誰かが入れ替えた?)
ステラは慌てて周囲のメイドに報告した。
「すみません、この番号札と荷物の内容が違っているように思います」
けれど、返ってきたのは冷ややかな視線と短い言葉だった。
「記憶違いじゃないの? 保管されてから誰も触っていないのよ」
別のメイドも同じように言った。
「そうそう、ちゃんと番号通りに管理されてるんだから、勝手に騒がないでよ」
だが、ステラには確信があった。すべての客の顔と名前、服装、預けた品の色と形状――彼女の記憶力に曖昧さはない。
(このままじゃ……)
もしも間違った荷物を返してしまえば、貴族間の誤解が生まれかねない。なにより、皇族の主催するパーティーへの信頼が損なわれることになる。
(やるしかない)
覚悟を決めたステラは、荷物棚に手を伸ばし、自分の記憶通りに荷物を入れ替えようとした。
その瞬間――
「ちょっと、何勝手なことしてるのよ!」
鋭い声が飛んできた。
ステラが振り返ると、そこには控えめながらもどこか陰のある瞳をした、例の無口なメイドが立っていた。
クローク係の中でも一度も話をしたことがない、ただひとりのメイド。
「あなたが移動なんてしたら、管理がめちゃくちゃになるでしょ!」
「でも――このままでは……」
「何様のつもり? 記憶が正しいとか、そんなの証明できないでしょ!」
声は次第に大きくなり、他のメイドたちもざわつき始めた。
(どうしよう……!)
ステラの手が止まる。その場の空気が一気に張り詰めたそのとき――
「――どうした、騒がしいな」
低く、落ち着いた男の声が場の空気を切り裂いた。
周囲がパッと道を開ける。そこに現れたのは、ロイクだった。
騎士服に身を包んだ姿のまま、鋭い視線で騒ぎの中心を見据える。
「ステラさん? 何かあったのか?」
彼女の隣に歩み寄るロイクの姿に、ステラは思わず安堵の息を漏らした。
「ロイク様……」
彼の登場に、騒ぎかけていた空気が一変する。
ステラは、自分の記憶と荷物の不一致、そしてそれを正そうとしたこと、他のメイドの妨害――そのすべてを、これから話そうとしていた。
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