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潜入編
19.専属護衛(一)
しおりを挟む鍵の設置が決まり、メイドたちの部屋に防犯対策が施されることになった。レオナルド皇太子の命によるものだと聞いたとき、ステラは少しだけ胸が痛んだ。
あの夜、破かれた服を前に感じた無力さと、自分の存在が周囲に波紋を生んでいる現実。それが、こうした形で「対策」として現れることに、複雑な思いを抱かずにはいられなかった。
工事は今日。偶然にも、今日はステラとカレンの休日だった。
「たまにはさ、出かけよ?祝賀パーティーも終わったしさ。息抜きもかねて!」
カレンは明るく笑いながら、ステラの腕を引く。
「でも……」
「外出届け、もう出したから!」
「はやっ……!」
呆れる暇もなく、街へ行くことが決まった。
そこへ、ふいに現れたのがロイクだった。ラフな装いにいつもの軽い笑みを浮かべて。
「おっ、ステラ、カレン。どこ行くの?」
「えっ……って、ロイク様?」
「ロイク、でいいよ」
不意に呼び捨てで名を呼ばれ、ステラは一瞬言葉を失った。
「君たちのことは、ステラとカレンって呼んでもいいだろ? 最近よく会ってるし、もう他人って感じじゃないし」
その言い分に、カレンはくすりと笑い、ステラは「……勝手にどうぞ」と目をそらした。
「というか、偶然なんだけど、僕、今日、非番でさ。用事ついでにちょっと街まで行こうかなって」
「まさか、ついてくるつもり……ですか?」
「まさか~。ただ、同じ方向歩いてるだけだって。それにしても、ステラは口調が硬いなあ」
あまりに分かりやすい“偶然”に、ステラもさすがに呆れながらも、なぜか心は重くなかった。
ツンとした言動をしながらも、どこか憎めない。そんなロイクの性格が、少しずつステラの中で居場所を得ていた。
「それにしても、ステラが街に出るなんて珍しいよな。なんか用事でも?」
「……少し気分転換をと思って。カレンが誘ってくれたんです」
本当の理由――手紙のやり取り――は伏せたまま、ステラはそう答えた。
「へえ、なるほどね。また本屋にでも行くのかと思った。本を読み漁りにさ」
「……なぜロイクが知ってるんです……あ、もしかしてお聞きになったのですね」
「ご名答」
カレンが「なにが?どういうこと?」と不思議そうな顔をする横で、ステラはため息をついた。
こうして、不思議な三人での街歩きが始まった。
城下の石畳を踏みしめながら、三人はゆるやかな坂を下っていく。週末ということもあり、通りには多くの屋台が並び、賑やかな声と香ばしい匂いが漂っていた。
「わあっ、見て見て! 串焼きの屋台がある! 絶対おいしいやつだよ、ステラ!」
「ほんとだ。いい匂い……」
「よし、決まりだな」
カレンの勢いに引きずられ、ステラとロイクも自然と列に並ぶ。焼き立ての肉がじゅうじゅうと音を立て、香辛料が食欲を刺激する。
「3本ください」
そう言ってロイクが財布を取り出す。
「待って、わたしの分は自分で払いますので」
ステラが慌てて止めようとする。
「こういうときは素直に奢られとくもんだよ」
「でも……」
「じゃあ、これは僕の“気まぐれな兄心”ってことで。ステラ、俺より年下でしょ? 」
ロイクの言葉に、ステラの眉が動く。
(どう見ても、ロイクの方が年下っぽいけど……)
「ロイク……何歳なんですか?」
「20歳だけど」
「え!?……本当にわたしより年上だったんだ」
「やっぱり年下だと思ってたんだ、ステラ。年上のお兄さんに大人しく奢られておきなさい」
そう笑うロイクに、ステラは観念したようにため息をついた。
「……ありがとう、ロイク」
「よし、いただきまーす!」
3人で串焼きを手に取り、屋台の端に腰をかけてかじる。じゅわっと肉汁が口の中に広がり、カレンが大げさに「おいしーっ!」と声をあげた。
食べ終わったあとも、3人は通りを歩きながらさまざまな屋台を見て回った。焼き菓子や香水、布地、陶器……色とりどりの商品が並ぶ中、カレンがふと立ち止まる。
「わあ、かわいい……」
アクセサリー屋台だった。木製の棚に並ぶのは、花や星のモチーフがついた手作りのブレスレットやネックレス。
高価なものではないが、素朴で愛らしいものばかりだった。
カレンは一つのブレスレットを手に取り、そっと値札を見てから、名残惜しそうに棚に戻した。
「どうして買わなかったの?」
「えへへ、今月ちょっと使いすぎちゃって。目の保養ってことで!」
そんなカレンの横で、ステラも自然とネックレスのひとつに手を伸ばす。花の細工がついた、小さく可憐なペンダントだった。
「そういうの、好きなんだ?」
ロイクが不意に聞いた。
「……いいえ。わたしはこういうの、似合わないから」
そう答えながら、ステラは少し微笑んでネックレスを戻した。
「姉が……よく、こういうネックレスをしていました。花のついた、可愛いのばかり。似合ってたから、余計に――わたしには無理だなって」
ロイクはすぐに言葉を返さなかった。少し視線を逸らし、どこか遠くを見つめるように黙っていた。
「そっか」
その一言が妙に優しくて、ステラは何も言えなくなった。しばらくの沈黙のあと、カレンが「次はあっち行ってみようよ!」と明るく声をかけた。
三人の休日は、まだ続く。
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