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ー第1部ー 出会いと崩壊

-第1話- 二つ目の影

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視界には一面の赤身掛かった空模様。少し邪魔な存在(もの)が目に入って来るけど、気にはならない。
何故なら僕はこの風景、この時間が、何よりも好きだったから。
僕は一人が好きだ。けど学校という空間の中でその時間はあまりにも少ない。
一人になれる時間。その事で最初に考え付くのは休み時間。けど、大半の時間、それは叶わない。
出来ると考えるものとして思い付く時間に昼休みがあるけど。
意外と一人になれる場所が無い時間で、僕にとっては憂鬱な時間の一つでしかない。
だから僕にとって好きな時間。それは休み時間ではなく、放課後という時間になる。
そしてその放課後。僕は一人屋上で寝そべって空を見上げている。
ただそれだけ。その時間が何よりも好きだった。僕が高校生だというのも関係無い、そう思っている。
「うぅ・・・・・。」
けどその時間に不快な邪魔が入って来る。
季節はまだ春の真っ只中、放課後になれば空色は夕焼け掛かってくるし、容赦のない肌寒さが突き刺さってくる。
「出来れば加減をしてほしいな。」
意味がないと分かっていてもつい言葉にしてしまう愚痴。
好きと感じられる時間を邪魔される感覚よりも肌を刺す寒さへの感覚が優先される。その不快感への抗議だった。
もう少し長くここに居たい。そう思っても寒さは柔らぐ事はなく、そして早くも日は沈みつつある。
「はぁ・・・・・・。」
不本意ながらも、今日は帰る事とした。寒さに対しての恨めしさを残しながら・・・・・・・・。
帰ったところでやっぱり僕は一人だ。一応親は居るけど、顔も録に覚えていない。
殆ど家に帰っては来ない。物心付いた頃からそんな記憶しかない。今では慣れたものだ。
そして友達もいない。元々他人と関わるのは苦手だったし。やっぱり一人が好きだし。だから現状に不満は無い。
そうして過ごす日々。勉強も程々に。真面目でもないけど。不真面目でもない。そんな感じ。
5月になると放課後になっても少し暖かさが残るようになり、僅かながらに過ごし易すさが出てくる。
だから好きな時間をより楽しめる。そのはずだった。
「??!!!」
一瞬何が起きたのか理解出来なかった。"ばっ"という物音が耳を刺し、次の瞬間突然視界が黒く染まる。
「えっ!。」
僕は驚きのあまりにそう声を出していた。けど人の思考というのは意外なまでに簡単に冷静になるもの。
だけども僕の目の前にあるものが女子生徒のスカートの中で、
そして中央に見えているのが下着と理解すると僕は軽いパニックになっていた。
なんでこんな事を?と思っている内にそれは僕の横へと動き、少し距離を取る様に動く。
そうやってようやく相手の顔が見えた。
美人とまではいかないけど、人形の様な細く整った顔立ち。
首下まで伸びた黒のストレートロングヘアがより人形感を強めている。
なにより僕が彼女を人形と感じさせるのがその無表情さにあった。
本当に感情を感じさせない。そんな冷たい表情と目線が僕に向けられている。
「どうしてこんな事を?。」
恐る恐る、恐々と僕は彼女に聞いていた。
「こうすれば、居なくなると、逃げると思ったから。」
表情同様に声にも感情が感じられない。それを怖いと思いながらも僕は沸き上がった疑問を彼女にぶつけた。
「その為に男子にパンツを見せたりするの?。」
僕の質問にこれまで無表情だった彼女の顔は一気に赤くなり、恥ずかしいという感情が露になる。
そして慌てて両手でスカートを押さえる様にする。どうやら下着を見せるつもりはなかったようだ。
「お願い、今見た事はすぐに忘れれて。」
さっきまでの威勢はどこえやらだった。
顔を赤くしながら必死な感じで頼み込んで来る彼女。
僕も彼女のその変わり様に驚き、言葉を失い、ただぼぅと見ていた。
正直、彼女頼み事は思春期真っ只中の男子には受け入れ難いものだった。
実際スカートの影のに入って色合いは分かりにくかったが、
無地の。高校生にしては子供っぽい下着の記憶は僕の脳裏からそう簡単に離れようとはしない。
だから一応応じたふりはしておき、それを彼女に伝える。
そして聞きたい事がある。だからこそ一旦彼女自身に目をやる。
黒髪にちゃんと着込まれている制服。
そして僕が知る限りではあるけど珍しいと言える膝下丈の長めのスカート。
そこから来る彼女のイメージは安直ながらも“真面目”だった。
だからだったかもしれない。頭の中の疑問がすんなりと口に出ていたのは。
「どうして、あんな事をしたの?。」
緊張をしていたのか、質問が少し片言になっていた。
けど彼女には伝わったようだ。
「一人に、なりたかったから・・・・。」
「えっ?。」
けれども彼女の声はさっきとは異なり、か細くあまり聞き取れないものだった。
聞き直してみようと思い、もう一度質問をと考えていたけど、そのチャンスは訪れなかった。
考えていて、視線をずらしていた内に屋上の出入り口のドアの音が聞こえていた。
そしてその事に気付いた時には彼女の姿はもうなかった。
状況が判らず、僕は呆然としてしまっていた。
でも、すぐに感情が切り替わるのを感じる。
彼女が勝手に自爆をして、そして勝手に逃げて行った。そうだと思った。
だからもう屋上(ここ)へはもう来ないだろうという勝手な勝利感を感じながら・・・・・・。
でもその読みは当たらなかった。翌日、放課後の屋上でいつもの様にしていると静かながに足音が聞こえて来る。
少し首を動かしただけで”それ”は確認出来た。来ない、そう思っていた彼女だった。
彼女も僕の視線に気付いたのか少し距離を置いて立ち止まる。
今度はスカートの中を見られないように、というつもりだと思えた。
「どうして?。」
「ここしか一人になれないから・・・・。」
僕の質問に昨日と同じ答えを返してくる彼女。
けど、だとしらここはもう”一人になれる”場所じゃなくなる。僕のせいで、そして彼女のせいで。
そんな事を考えている内に彼女は寝そべっている僕の隣に座っていた。
「えっ!なんで?。」
彼女の行動に気付けなかったのもあったけど、
一人が良いと言った人間が何故か隣に座っているという事実に驚き、考えも無く僕は質問していた。
そもそもこの屋上はそれなりに広い。気分的にだけどお互い距離を置けば一人になれたはず。
でも彼女は何故か僕の隣に居る。そして僕の質問に彼女は何も答えてくれなかった。
そうしてその後、明らかな矛盾という時間が流れる。
一人になりたい者同士がどうしてか一つに固まって一人の時間を過ごしている。
そしてそれは今日一日だけに終わる事じゃなかった。翌日もその先の日もそれは続いた。
その状況にうんざりしながら僕は思っていた。人の影が一つしかなかった屋上に二つ目の影が現れた。
不本意的で、鬱陶しい存在のそれは今日も放課後の屋上に、僕の隣に居る・・・・。
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