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ー第1部ー 出会いと崩壊

-第3話ー 無自覚な変化

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ようやく梅雨も明け、僕の好きな時間が戻ってきた。
時期的に暑さという鬱陶しい存在が出てくるけど、放課後という時間ならまだ気にはならない。
そしてそれもいつもと同じとなっていた事。寝そべる僕の隣に静かに座る彼女。
もうすっかり慣れてしまった場景。て、それじゃだめだろ。そう何度も思っても事態は変わってくれない。
ただ一つ変わった事。
「一人になりたい。じゃなかったの?。」
「貴方となら、別に良い。」
淡々としているものの、彼女から反応が返って来るようになった。
正直、だから何?だったし、僕にとって事態が好転した訳でもない。
そもそもこの事態を僕は望んではいない、最初からその前提があった訳で、彼女の存在は鬱陶しいものでしかない。
本来なら彼女もそう思い、そう感じていたはず。それは彼女と初めて会った時の行動を思い出せばすぐに判る事。
けど何故か彼女は僕の隣に居る事を望み、今の状況を続けようとしていように思える。
そしてその疑問に対しての答えは未だに一度も返って来ていない。
どうしようかと考えていた。僕にとってそれが”当たり前”だったから。
けどそんな余裕はすぐになくなった。まさかより鬱陶しい状況になるだなんて思ってもみなかったから。
「嘘・・・・だろ?。」
期末試験の結果を見て僕の表情はそうそう無い程に苦々しくなっていたと思う。
全科目の半分以上が赤点。勿論初めての事だった。
元々テストの点数は赤点より少し余裕のある程度の点数。そんな低空飛行をずっと狙ってやっていた。
勿論、勉強をより真面目にやればもっと上を目指せる。その実感はあったけどあえてそうしなかった。
成績上位者になったところでただ目立つだけ。それは僕が最も避けたい事だったから。
しかし、試験を受けていた時から手応えがおかしいとは思っていたけど。まさかこうなるなんて。
僕が赤点を避けていたのは追試が面倒というわけではなく、もっと面倒な事になるから・・・・。
そして”それ”は当然のように現実になった。
学校に突然現れた僕の両親。
目的は教師と口論をする為ではない。それはは冷たく睥睨とした目線を僕に向けて来た事でも明らかだった。
最近は試験の結果もオンラインで親に通達するらしいと聞いた事がある。
となると家で待つより学校に行ってさっさと用事を済ませせてしまおうと考えたんだと思う。
家に殆ど帰らず、僕に金だけ渡して後は無関心。けど成績の事だけは口喧しく言いたい。
そんな両親らしい対応。行動だった。
そして予想どうり両親の僕への罵詈雑言が長く続いた。周りの迷惑など全く考えていない感じで。
どの位時間が経過したのか、好きなだけ罵声を浴びせるとさっさと去っていた。
そしていつの間にか僕の周りに居たはずの何人かの教師は誰一人として居なくなっていた。
僕が職員室に呼び出されたという痕跡だけを残して。
そして問題は何一つとして解決してはいない。
なんとしてでも追試を成功させないと、今起きている面倒事の繰り返しになる。そんなのはまっぴらだ。
幸い追試は範囲の内容が案内される為。下手に手を抜かなけばクリアはそう難しくない。そのはずだった。
「何だよ。これ・・・・・・。」
追試の内容。試験前に勉強していた範囲から明らかに外れている。
しかも記憶が確かなら試験自体の内容も同じだったと思う。
挙げ句の果てと言えたのは問題の難易度が一気にはね上がっているという事実をこうして知る事となった事だ。
そう言えば試験の内容を塾組に合わせるという事を聞いた事がある気がする。
しかし、ここまでするかと正直思う。塾に行っていない側にとってはあまりにも無茶苦茶な試験内容だ。
尤も、学校生徒の九割以上が塾に行っていると聞いた事がある。
少数派の事は無視されたとも見える。しかしだとしてもこんな魔女狩りみたいな事をするなんて・・・・。
そうして僕は途方に暮れていた。追試の内容、今から勉強してもまた赤点の可能性が高い。
それをどうにか出来る見通しはどうしても立たなかった。
それでも足掻くだけ足掻くとは決めていた。何度か追試に失敗し、その度に両親から罵声を浴びせられる。
けど何時かは終わらせる事が出来なる。いつまでも最悪な状況を繰り返すつもりは無い。
そうして放課後の屋上でも勉強をやりだしていた。そして当然の様に隣には彼女の姿。
「追試?、受けてるの?。」
いつも僕の隣にいるからこそ気付いたのだと思う。何より屋上で勉強だなんて初めてだったし。
「うん・・・・。」
正直答えるのも恥ずかしい。別に追試を恥ずかしいとは思っていないけど。
今だ彼女との距離感に慣れないものがあり、恥ずかしさを覚えてしまう。
「力、貸すよ。」
「えっ?」
「力になれると思う。」
唐突に思えた彼女の提案。僕もぽかんとなっていたと思う。なによりも彼女の顔が可愛く思える表情になっていた。
正直驚いた。彼女の女の子らしい表情なんて初めて見たんじゃないだろうか。
「どうして?。」
「ん、力になりたい。そう思っただけ。」
「じゃぁ、力になれるって証明して。」
正直言って意地の悪い事を言ったという自覚はあった。
けどこれまで意地の悪い事をしていたのは彼女の方で、その仕返しというか、
僕の中にあった不信感から意地の悪い言葉が出たのだと思う。
「判った。じゃあ明日の放課後、図書室で。」
「え、何で?。」
「屋上(ここ)は勉強に向かない。本気で戦うつもりなら”好き”を我慢するのも必要だよ。」
僕の意地の悪い言い様にもめげない。そんな強い意志が彼女の表情から見て取れた、そして。
正直ここまで彼女とまともに話したのは間違いなく初めてだと思う。そして真剣な表情というのも。
だからこそ気付く事が出来たのだと思った。
彼女の言葉の中に力強さを感じられた事。
そして信じてほしいと訴えて来ていると思えた事。
だから一旦は彼女の提案に応じた。けど、その後あっさりと彼女の実力を認める事になる。
「マジかよ・・・・・・。」
翌日の放課後、約束通り僕は図書室に来ていた。さすがに屋上と違い、何人か在るのは気になるけど。
そして今見ているのは彼女の期末試験の答案用紙。僕は一言口にした後は完全に絶句していた。
それもそのはずだった。目の前の用紙全てが90点強という恐るべき高成績。
確かに”力になれる”実力者だと認めるしかなかった。
それから約一週間。彼女の協力の下、勉強をした。
驚いたのは休日の日まで彼女が協力を申し出た事だった。場所は近くの図書館。
「どうしてそこまで?。」
「私がそうしたいから・・・・。」
やはりと言うべきか、彼女から明確な答えは返ってこない。
けれども本気で力を貸してくれている。それは確かに伝わっていた。そして・・・・・。
そして追試、一回目の結果発表。もう言葉なんて出なかった。
結果自体はいつもとそう変わらないけど。たった一回で追試を抜ける事か出来た。それには感無量でしかなかった。
そしてようやく僕にとってのいつもの日常が戻った。そう実感出来る事だった。
いつもの放課後。いつもの屋上。そして僕と隣に居る彼女。それもまた”いつもの”になってしまっている。
けど、どうしてか以前の様な嫌な感じが僕の中には無かった。
彼女が僕の隣に居る事に慣れた?。なんか違う気がする。
理由は解らないまま。けど僕にとっての当たり前が変わり始めているのかもしれない。
「貴方はどうして一人でいたいの?。」
不意に来た彼女からの質問。けれどその答えに迷う理由は無かった。
「一人が好きだし、落ち着くから。」
「私は誰にも傷付けられたくないから。」
僕の答えを言った後からすぐ彼女が自分の言葉を返していた。その答えを聞いたのは間違いなく初めてだ。
実に分かりやすく、ありきたりの答えが聞けたように思う。
「でも今は僕と一緒に居るよね?。」
「貴方は私を傷付けないと思った。だから一緒に居ても良いと思えたし、力を貸したいとも思った。」
それは買い被りが過ぎると思えた。そこまでお互いを信用出来る程一緒に居た時間は長くないはずだ。
「それに貴方なら何時か私を傷付けてくれると思う。だから一緒に居たいの。」
もう完全に訳が解らない。だった。辛うじて理解出来たのはとんだ自己矛盾をぶつけられたという事。
この時僕は気付いてなかった。僕と彼女の関係がすでに変わっている事に。
そしてこれからも変わり続けていくという事に・・・・・・・・。
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