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ー第2部ー 元には戻れない現実

ー第9話ー 行くも退くも地獄

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馬鹿な事をしている。自覚はしている。
忠告を無視して僕は今学校に来ている。それはまた酷い目に会う事になるという事。
だから休学しろ。それが教頭からの忠告だった。けど従えば今度は僕の両親が僕へと凶気を向けて来る。
それは過去に経験した事。僕の親は自分の意にそぐわない存在(もの)なら実の子供すらゴミの様に扱う。
ようするに誰にやられるか、僕にとってはその程度の違いでしかなかった。
ただ僕にとって怖いとはっきり認識しているのが親。
自分の周りの生徒に対してなら僕への暴力というものを我慢どうにかなる。
けど親は両親には僕を見捨てるという最悪の選択肢がある。
僕が学校を休めば、そのせいで試験の成績を大きく落としら。両親は躊躇いなく最悪の決断を下す。
それはどうやっても避けたい。だから僕は学校に行くと決めていた。
校門を抜け、昇降口が見えた時からその姿は見えていた。見覚えのある教頭の姿を。
「退院おめでとうございます。できればこのまま引き返して帰って頂けませんか?。
 せっかくの入院が無駄になってしまいます。」
「・・・・・・。」
僕は何も返す事が出来なかった。ただ静かに教頭の横を通り過ぎる。それだけだった。
「君を助けた事がバレ、更に圧力が掛かりました。もう私逹に君を直接助けることは出来ません。
 ですから大事になる前に、今すぐにでも帰って下さい、お願いです。」
教頭の言葉に、声に悲痛なものがあるとは感じ伝わって来ていた。
けど、それでも従う事は出来ない。
教頭の言葉を耳にしながら僕は教室へと向かう。退く事の出来ない現実を噛みしめながら。
僕が教室へ入ってすぐ、僕は転ぶ。転んだすぐ横に当事者。その本人と複数人のくすくすという笑い声。
もう始まったのかと思ったけど、その時はそれだけだった。
けど教頭の言っていた”圧力”の効果は僕の思っていた以上のものだった。
授業が終わってすぐ教科書を片付けようとしていた時だった。
「えっ?。」
それが声になっていたかも分からず、いきなり視界がぶれたと思えば机から転がっていた。
そこでようやく蹴り飛ばされたと理解した。
何を・・・・と思い、可能な限り周りを見渡す。
「なっ!、止めろっ・・・・ぐがはっ!。」
不意に目に入ったもの、何人かが僕の教科書を破こうとしている。
入院していたとはいえ、体のダメージが完全に消えた訳じゃない。
起き上がれないままにどうにか止めようと声を上げるけど、突然の背中の激痛に止められる。
それが踏みつけられたと理解した時には僕の思の教科書はビリビリと破かれていた。
「やぁ・・・めぇ・・・・がぁっ!。」
出そうもない声どうにか出して止めようとするけどまた踏みつけられる。
伝わって来る痛みよりは呼吸が出来ない事に恐怖を覚える。
さっきから僕を踏みつける生徒。彼の目には明確な敵意があるように思えた。
「良かったな。これで今度の試験も大丈夫だろ?。なぁ、成績優秀者さんよぅ。」
強い敵意の目で僕を睥睨として見ながら言う男子生徒。
この事態は彼女の父親が噂話しをどうやってか流して作り上げたと教頭は言っていた。
しかし、どうしてその噂話しだけでここまで出来るのか。
そこまで僕が憎まれる何かがその噂話しにあるのか?。
けど、今の僕にそれを考えている余裕はなかった。
「ぐぅっがっ!。」
そうして三度目の踏みつけ。焼け付く様な痛みが背中を走り、息をするのもつらい。
それに満足したのか、生徒逹は机や椅子を元に戻すと自分の所へと行く。そしてすぐにチャイムが鳴る。
でもそこからが驚く事だった。その後来た教師は何事も無いかの様に授業を始めた。僕が見えているはずなのに。
そしてそれはその後の授業でも続いた。授業ごとに教師が変わっても僕への反応、対応は変わらない。
正直信じられない出来事だった。けど同時に教頭の言葉が思い浮かぶ。もう僕を助ける事は出来ない。
どうやらそれは他の教師も同じのようだ。
考えてみればそう難しくもない答え、事態なのかもしれない。
学校という一つの組織。その全体に圧力が掛けられたのであれば今僕が目にしているのはそうおかしくもない光景。
そしてそんな中・・・・・・・。
「おいっ、もう今日はもう終わりかよ?。」
「ああ、やり過ぎると殺してしまうからな。それはまずい。」
「ちぇ、つまんねぇな。」
「まぁ、その気持ちは明日にとっておけよ。」
「ああ、そうする。」
なんとも自分勝手で恐怖を覚える会話が聞こえて来る。と、思っていると。
「ぐっ・・・・・。」
僕が起き上がれないのをいい事につまんねぇとか言っていた生徒に一発蹴り込まれる。
何で僕が・・・・・。もう何度も思った事を頭に浮かべながら体を蝕むような痛みと戦っていた。
そしてこの日、あまりの痛みから僕は自分の席に戻る事はなかった。
そこで知った現実。誰も僕を助けてはくれない。
元々味方というものを作ってこなかった。けどここまで見捨てられるなんて・・・・・・。
初めて孤独が怖いと思った。けどあまりにも後の祭りでしかない。もう後戻りは出来ないのだから。
翌日。
気休めとは分かっているけど、対策はしておく。
まずは教科書を持ってこない。中間試験が近いものの、然程問題にはならない。
けどその後は?。まだ同学期には期末試験がある。そしてその後も・・・。
こればかりは事が早めに終息する事を願うしかない。
教科書の買い直しは出来ないからこそだ。
そしてお金、これも学校では持たないようにする。
昨日は盗られはしなかったけど、今後ないとは思えない、その対策として。
元々親から貰っている金額自体が少ない。盗られると致命的だ。
ただ一つ問題がある、空腹。正直きつい問題だった。
そして教師逹が止めないと分かっていると僕への攻撃は容赦なかった。
この日は二人の生徒に抑えつけられてのひたすらのサンドバッグ。
それが午前中の短い間続き、後は昨日同様その場に放置。痛みと戦う時間。
相手も加減を考えているのか、暴力を振るってくる時間は短い。
けど痛みは次々と重なり、心は確実に折れていく。
この状況を我慢していけばいい。その考えが甘かった事を思い知る。
痛い・・・・。痛いよぉ・・・・・。
微かに声になっている僕の悲鳴。教室の床に放置されているのが当たり前になり。
床に顔を付けている時間が確かに長くなっていく・・・・。
痛い・・・・。何で?・・・・・。
「前に聞かなかったかよ。お前みたいな陰キャが女と好きなだけヤリまくって問題にして。
 挙げ句今年の試験で優秀点を取ったかと思えば、次は低い点数。
 テメェごときになんでこうもバカにされなきゃならないのか。
 だからこうして制裁してやってんだろ。テメェごときが俺達をバカにしてんじゃねぇてな!。」
もう立てもしない僕の胸ぐらを掴み、無理矢理立たせて言う男子生徒。
そう言えば前にも同じ事を聞いている。そして返ってきた答えもそう変わらない。
ただ試験に関してはそういう事か、だった。
あれは目立ちたくないと思っての行動だったけど。結果的に逆効果になったみたいだ。
そしてその日は意識を失うまで暴力は続いた。けど痛みはしっかりと伝わって来る。
痛い、痛い。もう良いだろ?。もう止めてよ・・・・・・・。
心の中でならいくらでも言葉になる。けど意味はない、伝わらないから・・・・。
どの位の時間意識を失っていたのか。目を覚まして最初に解ったのは自分が教室にはいないという事。
「ここは?・・・・。」
「判らない?、ここは保健室よ。」
不意に聞こえた女性の声に驚くけど、声の主はすぐ目の前に居た。
咄嗟の事。体を起こそうとして未だ残る痛みを思い出す。仕方なく顔だけを声の主に向ける。
「あまり無理しないで。」
少しばかり怒った表情を見せながら言う白衣の女性。確か養護教諭だったっけ?。もしくは保健室の先生。
少し年齢を感じさせる雰囲気はあるけど、十分若いと言って良い感じの女性(ひと)。
「なんで?・・・・。」
「助けたか?。教頭逹には関わるなって言われているけど。
 流石に私にも良心ってのがある。だから助けた・・・よ。」
そう言った女性の顔には少し悲しみが浮かんでいるのが分かる。もしかして心配してくれてる?。
「ねぇ、なんとか学校を休めない?。このままじゃ何時か死ぬよ。」
その言葉にはっきりとした恐怖を覚えた。実感があるからだ。
実際体の痛み、ダメージは決して軽いものじゃないと理解している。
「お願い、こんなつまらない事で死ぬなんて結末を迎えないで。ちゃんと逃げて。」
その言葉に思わず心に痛みを感じる。他人の言葉で心が動いたなんて、多分初めてだ。
けど、その思いには応えられない。今から休めば日数が足りなくなる。それは両親が許さない。
そして今逃げたとしても今度はその両親に殺される事になる。その時にはもう逃げる事は出来ない。
そう思いながら実感する死という絶望、現実。悲しいと思えてもどうする事も出来ない。
そしてその日僕は日が暮れるまで、体がある程度動くまで保健室のベッドの中にいた・・・・。
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