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シーズン Ⅰ

ー第2話ー 天狗の覚悟 ~闇夜を舞う夜叉~

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自らの目前で自分の手を引く少女。
人の世は久しいものの、それでも覚えている事はある。
だからこそショウマは自分の手を引く少女、御坂愛輝に対して何とも強引な人と出会ったと思っていた。
しかし、この現状でなら本来なら思うべき事があった。
街中で少女に手を引かれる少年。当然周囲の目があり愛輝がそれなりに派手に立ち回っていた為、其れなりに目立っていた。
しかし当の愛輝は気にしてなく、ショウマに至っては現状に気付いてすらいなかった。
ショウマは自分が思っている程人の世の常識を知ってはいなかった。そして愛輝は無防備というか、無頓着だった。
そうしてどれだけ愛輝に手を引かれたのか一軒の家の前で愛輝は足を止める。
「ここだよ。」
そう言葉と目線で目的地に着いた事を教える愛輝。
建物の大きさ等、それほど取り立てるもののない極普通の一軒家、普通の人ならそう見える。
しかし、しばらく人の世から離れていたショウマには強い違和感を覚えるものだった。
そしてもう手を引かれるのは終わりかと思っていたが、家の中までそれは続いた。
ただ一つショウマが安心した事、玄関先で履き物を脱いで家の中に入る。
これはショウゴが知っている時から変わっていなかった事。
そして愛輝がバタバタと移動していたからだろう「何?、愛輝なの?。」と少し奥から声が聞こえる。
そしてすぐにその声の主と対面する。
「えっ?、愛輝?。って、誰その子?。」
聞こえて来る物音を不信に思ったのだろう、声の主の女性はショウマ達の前に出て来ていた。
どこか愛輝に似た雰囲気の女性。だが流石のショウマもこの女性が愛輝より年上なのは理解出来た。
「どうしたの姉さん。って、愛輝ちゃんと・・・誰?。」
その女性に気を取られてその後ろから出てきた男性の存在に気付けなかった。
女性とは違い、何故か不衛生に感じられる雰囲気の男性。一応髭はしっかり剃っているのでそこまででもないが、
髪は寝相をそのまま自由にさせた様な感じでしかも不揃い。
着ている服もよれよれで、近付けば嫌な匂いでもしそうな感じだった。
男性の前にいる女性がごく普通の服装とはいえしっかりと着整え、清潔感もあるので余計にそう思える。
「ただいまお母さん。と、叔父さんも来てたんだ久し振り。」
最早天然なのか、目前の大人達を無視して挨拶をする愛輝。
しかし大人達もそれに慣れているのか女性の方が「愛輝、その後ろの子は誰?。」と諦めずに質問していた。
「まあ、いつまでも立ってないで奥で話しを聞こうよ姉さん。」
一応愛輝は女性の質問に答えようとはしていた。しかしそれを男性が遮った。
でもその事に女性の方も納得していて。四人は男性の言葉通りに家の奥へと移動した。
そして移動先、キッチンに沿ってテーブルがあり、テーブルから横の壁沿いに食器棚という狭さを感じるシンプルな一室。
そこで四人が座ってとはすぐにはならなかった。
元々テーブルに添えていた椅子の数2つ、残り2つを持ってくるのに少々バタバタしたからだ。
そしてようやく全員が席に付いてそれぞれ自己紹介に入った。
まずは女性。愛輝が「お母さん。」と言っていたように愛輝の母親御坂洋子(みさかようこ)。
やはり母娘とあってか愛輝に似ているが、その雰囲気は全体的に落ち着いていると感じられる。
職業は最近までパートをしていたが、現在は正社員への昇進ありのアルバイトをに変えている。
そして男性の方は洋子を「姉さん。」と呼んでいた通り洋子の弟の御坂将人(みさかまさと)。
それほど珍しくないがこの二人姉弟とは思えない程似ていない。
おそらくだが、しっかり者の姉とずぼらな弟という違いのせいもあるかもしれないが。
職業は意外というと失礼というところだが。警察官。しかも刑事。
実は洋子は愛輝が幼い頃に夫を亡くしていて、それ以降シングルマザーとして愛輝を育ててた。
しかし経済的には苦しく、そこに助けの手を伸ばしたのが将人だった。
洋子とは違い、ずっと独り身だったため経済的に余裕があり、断る洋子を無視して援助をしていた。
その代わりという訳ではなかったが、将人は私生活面で洋子に助けてもらっていた。
実際将人の私生活は洋子が呆れるレベルでダメ人間だったのだ。
ところで四人の会話へと話しを戻す。
「で、ショウマ君だっけ?。愛輝ちゃんはどうして連れて来たの?。」
自己紹介からそう間を置かずに将人は愛輝に質問を始めていた。
「帰る家が無いんだって、だったらうちに住めば良いって思ったから。」
愛輝の言葉に将人も洋子も空いた口が塞がらないとなっていた。
当然だ、高校生とは思えないあまりにも稚拙な思い付きを愛輝が口にしたからだ。
「ちょっと待ってよ。見ず知らず子の”帰る家がない”を信じて、じゃあここで住めば良いって、
 流石に無茶苦茶だよ愛輝ちゃん。それに、ショウマ君、君名字はなんて言うの?。」
「???。名字って何?。」
唐突に振って来た将人の質問に難無く答えるショウマ。しかしそれで鳩が豆鉄砲喰らったになったのは将人の方だった。
「えぇっと・・・名字を・・・知らないの?。」
一時的に戸惑う反応を見せる将人。
しかしショウマにとっては当然の質問の回答をしただけだった。
実はショウマがかつて人の世に居た時代には一般的な階級の人間には名字なんてなかったのだ。
そしてショウマにとって馴染みのあった”環境”が一般階級であり、
当時の社会の常識のままという感覚と、そもそも名字を必要としない天狗の社会。
どちらにしてもショウマにとって名字というものは全く馴染みのないものだった。
しかし、質問をしている将人にそれが解るはずもなく。
「じゃあ何処から来たの?。」
「親は?。」
と、なんとか自分を落ち着かせながら質問を続ける。
だが当のショウマはどう答えて良いか解らないでいて「えつ・・・・と。」等言葉を濁すだけとなっていた。
それはまさしくショウマの”とりあえず人間のふりで全て誤魔化せば良い”という浅はかさが出た瞬間だった。
つまりこういう事態を全く想定していなっかったという訳だった。
そしてまとも質問が返ってこない事に困った将人は迂闊な事を口にする。
「もしかしてだけど君、記憶が無いとか・・・なのかな?。」
それは将人の仕事での経験から出た質問だった。自分の名前だけ覚えているタイプの記憶喪失。
希な事だが、将人も捜査した案件でそういうケースを経験していた。
しかし、この質問はショウマにとっては好機となった。
「多分・・・そうだと思う。」
もはや思い付きで出た言葉だった。将人の質問に乗って事態を躱すという強引な選択だった。
同時にこれによって将人の質問が迂闊な言葉となった瞬間となった。
「えっ!、ショウマって記憶無いの?、そうなの?。」
突然会話に入って来た愛輝に驚く将人達。静かにしてほしい場面だっただけに将人は迷惑そうにする。
「うん、名前だけは覚えているけど。」
「うわぁ、可哀想だね。ねえお母さん。やっぱりショウマをうちで住まわせない?。」
「何でそうなるんだよ。」
ショウマの答えに超展開な事を言いだす愛輝に呆れながら突っ込む将人。
「一応言うけど、こういうのは警察とかが対処する案件だからね。
 愛輝ちゃんが勝手に決めて良い事じゃないからね。」
将人の指摘に面白くないという顔をする愛輝。当然将人は呆れる。
「でも受け入れ先とか、ちゃんとあるの?。」
今度は洋子からの質問。ニュースで最近その手の施設が足りていないと聞いての事だった。
「無用な心配だよ姉さん。愛輝ちゃんの事だけでも大変なんだろ。」
「でもねぇ。」
「もっと自分や愛輝ちゃんの事を考えるべきだよ。ただでさえ余裕が無いんだからさ。」
将人の心配を無視して食い下がる洋子。
しかし将人が心配するのも理由があった。御坂家の家計は実質洋子一人で支えていた。
だがアルバイトだけで足りるはずもなく、だから将人も援助しているという状態だった。
「兎に角、余計な心配は無しで、後は俺に任せてくれ。」
と、状況上で将人は息巻いていたが、事態は洋子の心配通りとなった。
「嘘・・・・だろ・・・。」
明らかになった事態に思わず項垂れる将人。急な事態であった事、飛び入りで動いた事もあったが、
それでも受け入れ先が一件も見付からないというのは息巻いた将人にとっては心折れる状況だった。
「ねっ、やっぱり決定だね。」
と、疲れ覚えているであろう将人の神経を逆撫でするような事を言いながら一人嬉々とする愛輝。
尤もそれには母の洋子も呆れれていた。
「御免なさいね将人。愛輝の要望通りにしてあげて。」
「うん、私もバイトとかで頑張るから。」
「ああ・・・・まぁ任せてくれ・・・・。」
どこか疲れた空気の大人二人と、それを全く気付こうともせず明るい反応を止めない愛輝。
因みにながら御坂愛輝にバイト等の経験は無い。
そして「んじゃ行ってくる。」と将人は役所へと行く事となった。
それから・・・・・。
「・・・・お待たせ。」
数時間後、関係書類を揃えて将人が戻って来ていた。
一応ショウゴを養子という形を作る。その中で決定した事。
記載名『御坂翔真』
ただショウマというのも当然まずいという事での決定だったのだが、意外にもこの名前を考えたのは愛輝だった。
そして関係書類を出す為にまた将人は役所へと行く事に。
「くれぐれも今回の事、口外はしないように。やってる事は違法行為だからな。」
一応という事で釘を刺す将人。洋子はともかく、愛輝は間違いなく不安だったからだ。
なにより公文書偽装等々というショウマの為にした事で将人自身も肝を冷やしたのも事実だったからだ。
そしてそれから将人は様々偽証をした。翔真を愛輝と同じ高校に行けるようにする等々・・・・。
当然ながら一通りの事を終えた将人の表情は死人の様だった。
そして相変わらずの支援の約束も加えて御坂家を去った。
それからの数日は翔真にとって驚きの連続だった。
当然だった。あくまでも人の外側の世界しか見ていなかったから。
そして約百年の間の変化を知る事はなかったから・・・・。
生活の様式。家電という翔真にとっては未知の存在。
そして愛輝が面白そうに見ているテレビという物。
「鞍馬天狗って何?。」
「格好良いヒーローだよ。」
テレビに写し出されるものの多くがカラー物の中で一つだけモノクロのものに気になっての翔真の質問。
愛輝が幼く見える原因の一つと思えるのが未だに子供向けのヒーローものにはまっている事。
尤も、翔真にはそれらもこうして知る事となったものの一つだった。
しかし、その平穏を壊す存在もまた翔真は知る事となる。
「御坂さんっ!お邪魔しますよっ!。」
それはある休みの日だった。その言葉使いには似合わない乱暴な声が家中に響く。
翔真は何事かも解らない状態だったが、愛輝と洋子は事態を理解しているようで、二人で体をくっつけていた。
その二人の表情が怯えているのは翔真にも分かったが、その理由を聞く前に乱暴な声の主が姿を現す。
翔真に知識があれば現れた男が何者かの推察は出来ただろう。
端から見れば趣味が悪い派手な服装の男。その服装の意味は翔真には理解出来なかったが、
翔真がかつて人の世にいた頃にも様相は違えど、同じ人種はいた為。
だんだんと甦ってくる記憶がその男の正体へと導いていた。
ヤクザ。その歴史は一般的に思われているより長く、故に厄介者という定義がはっきりとている存在。
だからこそ翔真は二人を守ろうとするも「邪魔だぁっ!。」と男に蹴り飛ばされる。
本来なら天狗である翔真が目の前の男に押し負ける事はありえない。
しかし下手に力の差を見せ付けるのは危険だというのはかつての経験で理解している。
だから翔真は目の前の男に勝てないと演出していた。
その男は怯えている洋子に近寄り、その反応を楽しんでいるようだった。
「奥さん、支払い。滞ってるんですけど。」
「えっ・・・・そんな、ちゃんと支払ってますよ。」
怖さからだろう、震える声で言う洋子。
「あのね、今月から支払い額増えたの。ちゃんとメールで知らせたよね?。」
「いえ、何度も言いますがスマホでしか受け取れないメールを送られても困るんです。」
二人がテーブルの椅子に座っていた事もあったのだろう、洋子の言葉が終わると同時に男はテーブルを叩く。
「巫山戯ないで下さいよ。金を借りているのはあんたでしょ。そんな言い訳通じる訳ないよなぁっ!。」
ただでさえテーブルを叩かれて怯えていた二人にさらに迫る男。
狭いキッチンに不似合いな緊張感が空間を支配する。
そして男はその場を離れ、家の中を漁り回りだす。
「止めて下さいっ!。」
洋子もなんとか男を止めようと張り付こうとするが、力で敵うはずもなく振り払われてしまう。
そして男は家主に構わず家中を漁り始める・・・・・・。
「いいですか奥さん、借りたものはちゃんと返す、これ常識ですよ。
 こっちはあんたの娘を売り飛ばしたって良いんだからね。だから今後も真面目に返して下さいよ。」
「分かってますっ!、分かってますからっ!。娘には手を出さないで・・・・。」
そうして何処からか見つけてきた金を握りながら嫌らしい表情で言う男に泣きながらすがる洋子。
全てがわざとで、嫌がらせも同然と言える男の行動だった。
連絡の着かない手段と知りながら、その手段のみでの伝達に拘り、
そして情報を伝わっていない責任を彼女達に一方的に擦り付けて脅す。
相手が弱いと知っているから、持っている手段に不備があり、それを自力で解決する力も無いと知っている。
明らかに性根の腐った醜悪な男の本性を隠す事なく見せ付けられた。そんな場面だった。
「じゃあ、また来ますねぇ。後、弟さんにはないしょで。分かってますね。」
そして男は一人勝手に満足して去った。
残されたのは泣き崩れる母娘に全て静かに見ていただけの翔真。
翔真の本来の能力なら男を制圧する事は容易い。
しかし、男から感じられる感覚は”それをやってはまずい”と伝えて来るもので、
しかも御坂母娘に翔真の正体を知られるリスクがあった。だから事態を静観していたのだった。
そして翔真はまだ泣き続けている二人を余所に一人家の外へと出ていた。
男を追いかける為ではない。そもそもその必要すらない。
翔真はただ立っていても邪魔にならない所まで移動し、目を閉じる。
集中力を高め、人並み外れた第五感を尖らせる。
人間ならそれで誰かを追うなど不可能だが、天狗である翔真なら可能だった。
それから約十分程して男はある建物に入って行く。
翔真は更に集中力を高め男の追跡を続ける。
そこから聞こえて来る会話でそこが男の拠点である事を知る。
しかし、聞こえて来たのはそれだけではなかった。
そこに居る者共によって苦しめられているのが御坂母娘だけでは無い事。
そしてその為に悪質な金貸しをしているという事。
実は洋子は借金の事を将人に話せていなかった。
刑事である将人なら活路を見出だせた可能性が高かったが、
洋子の”これ以上迷惑は掛けられない”という思いが強く盲目になってしまっていた。
しかし今の翔真にはそれはどうでも良くなっていた。
人は好きだ。御坂母娘にも好感は持てる。しかし同時に許せない。そう思える人間もいる。
これまでにない怒りの感情を覚えたところで、冷静な自分が戻って来る。
人間に、安易に天狗だと、天狗が存在していると知られてわいけない。
それは多くの天狗達から言われ続けた事で、翔真も過去に教訓として経験している事。
だから男の事を知り、家に戻り、もう泣き止んでいた二人と共に家片付けをしながら翔真は悩んでいた。
この事態をどうにたしたい。けどどうすれぱ?。
そこで一つ翔真が忘れていた事があった。天狗の能力『様装』だ。これなら正体を知られるリスクを低く出来る。
ただ天狗の里で殆ど様装をしていなかった翔真がその事を思い出すのにかなり時間が掛かっていた。
時刻はまだ深夜ではない夜。昼間の事もあって御坂母娘は早々と寝付き、翔真はそこから抜け出していた。
場所は建ち並ぶビルの屋上の一角。昼間ならそれなりに目立つ可能性もあるが、今は闇夜が全てを隠してくれる。
翔真は自分の中に眠らせていた力を呼び覚ます。
最初はどうしても違和感が来る。天狗の里でも殆ど力を使わず、この街に来るのに久しぶりに使ったという始末。
人間嫌いな周りの天狗達に反発してというのもあった。しかし当然そこに不便さというのもあった。
それでも天狗の力を使わない生き方を長く翔真は選択して来た。
でもそれを今、守りたいと思える人の為に破ると決意していた。
まだ出会って間もない一つの家族。それでも”かつて”を思い起こさせる暖かさがあった。
そんな家族を泣かせる輩を許せない。そんな思いが翔真の力を呼び起こす。
翔真がイメージした様装。その基礎としたのは人間が嫌う存在の一つ鴉。
翔真の人の姿が人の形をした鴉へと変貌を遂げる。
漆黒の体、全身を黒とするそれはまさに不気味の極み。
ただそこに翔真には馴染みの様装に合わせた着物を重ねる。
そして本来は天狗の象徴である翼も鴉の様装へ溶けていき、一体感を引き立てていく。
「名前、どうしようか?。」
その言葉と共に翔真の声質は低く、威圧感を持つようになる。
そんな中、一つ思い浮かぶものがあった。
「鞍馬天狗。」
愛輝が見ていたものの名。思い付きでもあったがそれがしっくりくるように思えた。
そしてもう一つ様装から繋げて形成する。翔真の右手の先に現れた一振りの刀。それを握る。
これも愛輝が見ていたものから繋げた物。
そして次に腰の辺りに鞘を形成し刀を納める。
そして翔真、いや・・鞍馬天狗は翼を羽ばたかせて夜の闇を舞う。
誰かの命を奪う。その意味を翔真は一応は知っている。しかし現代の法律を知ってはいない。
だが、今の翔真にはそれは重要ではない。ただ守りたいものの為に成すべき事がある、それだけの事。
なんとも危うい覚悟。それでも自分を止める気は無い。それが翔真の覚悟。
翔真はなるべく高く高度を取って飛んでいた。いくら漆黒の様装とはいえ、
街明かりがそれを目立つ存在(もの)にしてしまうからだ。
そして目的地に着いてからの翔真の動きは早かった。
着地をしてすぐに人の目で捉えられない速度で建物の中へと移動する。
しかし、この考え無しの行動が悲惨な結果となった。
録に確認しなかったからだが、翔真が移動した先に男がいたのだ。
当然翔真は男と正面衝突。その男を突飛ばしてしまう。
狭い建物、狭い間取り。細く続く廊下の壁に哀れにも打ち付けられる男。当然無事では済まない。
そして当然ながらその騒々しいイベントのせいで他の者達も何事かと姿を見せる。
「なんだテメェッ!。」
「コスプレ野郎が何の用だっ!。」
翔真の姿を見た男達の低くドスの効いた声が響く。
「鞍馬天狗。」
翔真はそう一言言い、静かに刀を抜く。姿を見せた男達の中に見覚えのある姿があったからだ。
「なっ!、こいつ鉄砲玉かよっ!。」
「巫山戯た格好でっ!、舐めてんじゃねぇぞこらぁっ!!。」
男達もそれなり場馴れしているのだろう、それぞれ武器を手にして翔真に向かって来ていた。
中には拳銃を持つ者もいて狭い中にも構わず発泡する。
拳銃の乾いた発泡音が男達の怒号と共に響く。
本来なら耳を押さえたくなるような轟音にも誰も気にしてもなく、翔真に向かって来る。
場所が狭かった事もあったが、翔真自信も避ける気も無く銃弾が命中する。
しかし”それ”は翔真の様装に弾かれ、軽度の痛みを伝える程度のものでしかなかった。
当然翔真にとっては自身の動きを止めるに足るものではない。
だからこそ翔真は静かに刀を抜き、横に一太刀に凪ぎ払う。
その一閃は凄まじく、恐ろしいまでに走る空圧がその全てを物語っていた。
狭い一文字の廊下が故に”それ”を避けられるはずもなく巻き込まれる男達。
それは並みの人間には不可能な光景だった。凪ぎ払いに巻き込まれ、真っ二つになる男達。
しかし廊下奥までは届かず、二三人の男がその惨劇を目撃する羽目になる。
「うぅ・・嘘だろ・・・なんだよこれ。」
その言葉に明らかな怯えと恐怖が混じっていた。そして生き残った男達は近くのドアを開けてその奥へと逃げて行く。
翔真も無闇にその男達を追わず、自身の感覚を研ぎ澄ます。
恐怖にパニックになった者の行動は思ったより正直なようだ。男達の逃げた先に残りの面々がいるようだ。
しかも逃げた男達によってその面々も集まり始めているようだ。
だとしたら慌てる必要は無い。向こうも集まる事で攻勢に出られると考えているようだが、それは翔真も同じ。
力の差は歴然としているが、それでもこの数の差は其れなりに面倒だ。集まってくれるのは寧ろ好都合だ。
そして状況は翔真の想定通りになる。壁やドアは男達にとっては有益だったが、
天狗の五感でそれを透かして感じられる翔真には意味は無い。
だからこそ翔真は壁ごと切り裂くという荒業に出る。
しかしそこで誤算が生じる。いくら人間離れした力でもコンクリートの壁越しとなれば其れなりに威力を持っていかれる。
案の定、翔真の想定を上回る生き残りを出していた。
尤も、壁を破壊して見せるというインパクトは相手を動揺させるのには十分だった。
「なっ!・・・なんだよこれ・・・。」
「っ・・・だから言ったでしょっ!。化け物が来てるって!。」
パニックからだろう。下らない言い争いをする男達。しかし翔真は構わず近付いて行く。
それはまさに混乱の坩堝という状況だろう。パニックで考え無しに翔真に攻撃する者。逃げ出す者。もう滅茶苦茶だった。
翔真も考え無しに突入した事もあって、逃げ出した者までは構わなかった。
しかし狭い中での一対多数。力の差だけでは有利とはいかない。
実際に翔真は何度か攻撃を許してしまう。尤もそれも様装によってたいしたダメージにはならない。
しかしそれが焦りになり、使おうとは思ってなかった力へと繋げてしまう。
”仙呪”天狗だけが使えると言われる魔法的なもの。但し、非常に癖が強く、闇雲に使いこなすのは難しい。
何故なら”場の力”によって効力が変わるからだ。その為、”今の場”を理解して術を行使する必要がある。
しかし翔真はそれらに慣れは無く、ただ本能的に術を展開していた。
だからその結果には驚く事となる。術の展開と同時に目の前の男は粒子状になり崩れさる。
流石の翔真も何が起こったのか解らず、感覚で探るが、それが更に翔真を驚かせる。
結論。男は”砂”と化した。でも何故?。翔真にはこの場に”砂”の要素など一部とも無いと思えたからだ。
しかし、男達の攻勢が翔真に考える余裕を与えてくれない。
だがいい加減人数の減った状況は翔真には楽な状況だった。実際呆気なく勝負は付く。
切り裂かれた者、砂と化された者、狭い部屋にその痕跡を痛々しく残し刻むものだった。
そして気が付けば残るのは更に奥にいた一人。佇まいから頭とも思える男が一人。
「たった一人に・・・しかもこんな巫山戯た奴にとはな・・・。」
苦々しい表情のままに語ったと思えば何処からか出した拳銃で翔真を射つ。
「なっ・・・!ぐうぅっ・・・!。」
が、しかし有効性が無い事をみせられ、男は更に発泡し、気が付けば弾切れとなっていた。
翔真も態々それを待っていた訳ではなかったが、男の拳銃の弾切れと同時に斬撃を繰り出し男を絶命させる。
伝わって来る感覚でもうここに生存者がいない事は分かっている。
翔真は未だ知らない事が多い。だからこそこの先すべき事が解らず、ただ静かにこの場を去っていた。
翔真がここを訪れた時とは打って変わってあまりにも静かな終演だった・・・・。
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