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ⅩⅤ 最期のその時まで
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「アリス……」
「どうしたの、黒猫」
夕暮れに染まる学祭を見下ろしながら、黒猫は悲しげな顔をしていた。教室にはもう、メイド服の黒猫と水色のドレスに白いフリフリのエプロンをしているアリスしかいない。
「また、泣いてるの?」
「ごめんね、黒猫」
アリスの少し垂れ目がちな黒い瞳からは、ポロポロと涙がこぼれていた。アリスの胸元にある青い星が、その雫を受け止めてキラキラと輝く。
「私はやっぱり化物なんだね」
「化物なんかじゃない、アリスはアリスだよ? 私の大切な」
「ううん、心はもう化物だよ。だって、私は人間であるために――人間でありたいから、人間を喰らう。こんなの嫌なのに【アイツ】が囁くの……私の中の化物の【ワタシ】が囁くの……」
アリスが胸元の星を血が出るほど強く握りしめた。キラキラと輝く赤い星は、まるでアリスの心のよう。
「人間を喰らって人間になればいいじゃないアリス。もう、私は化物。認めたら楽なのにね。人間アリス?」
アリスはニコニコと笑い、顔にかかった短い黒髪を手でパッと払う。
「苦労をかけてごめんね、黒猫。人間アリスの言うことは無視して良いわ。まあ、あなたには難しいことかもしれないけど……今回も私のお気に入りの人間を捕まえてくれてありがとう。これで私は醜い姿になんかならずに、あなたといつまでも一緒にいられるわ!」
アリスが上機嫌に教室から出て行く後ろ姿を見送った黒猫は、教室の片隅に用意された透明な袋の中にギュウギュウに詰められた壊れた人形達の上にちょこんと座っている人形を手に取った。
「やあ、やあ、黒猫さん、今回もご苦労様」
「ああ、チェシャ猫か……」
「ずいぶん、お疲れのご様子ですね」
声だけで姿を現さないチェシャ猫に苦笑しながらも、黒猫は頷いた。
「うん。疲れたかな」
「もう、やめちゃえば良いんじゃないですか?」
「やめないよ。アリスが笑ってくれるなら、やめたりなんかしない」
「でも、人間アリスは泣いてましたよ?」
「どちらのアリスの心も――守れたら良いのにね……」
黒猫は、持っていた人形の垂れ目がちな黒い瞳をジッと見つめる。
「それは、あの優秀な人間のお嬢さんの人形ですか? こうして見ると、本当にどこも壊れてないように見えますね。競売場に出されている人形――いえいえ、人間同様に、ですね」
「うん、外見はね。でも、もう壊れてるんだ」
「心が――ですか?」
「……それにしても、今回の迷子の人間さんはすごかったね」
「ああ、あの人間のお嬢さん、いいところまでいってましたよねぇ。流石に鍵には気付かなかったみたいですけど……」
黒猫が話を変えたことを気にも留めず、チェシャ猫はゆったりと話す。黒猫はそんなチェシャ猫の言葉に、寂しそうに笑った。
「【ロイノキテハキツソウ】に【ナスタワ二キテ】だっけ? ただ反対から読めばいいだけだったのにね」
「【ウソツキは敵の色】【敵に渡すな】……ウソツキゲームの中で、ウソツキだったスタッフの証の色は赤。つまり、敵は赤色の星を首から下げている輩――あぁ、インフォメーションセンターで唯一青い星だったジャックに金色の鍵を渡せば、アチラの世界じゃなく、あちらの――本当の世界に帰れましたからねぇ」
「だね……それじゃあ、私はそろそろ行くね」
「アリス嬢のところですか?」
「ううん。お金稼ぎが趣味の白ウサギくんが、他の人間を売りさばくのに人手が足りないって言ってたから、ちょっと白いホールに……。ちなみに、【今日は良い商品が多数入荷中】で【買い時を逃すべからず】って黒板に書いてたから、期待できるんじゃないかな?」
黒猫は少々投げやりに言いながら、人形を抱え、戸口の方へと向かう。
「そうそう、お守り――ああ、もう、今は商品タグでいいんだっけ? まあ、とりあえず、それもたくさん配れたからね。さすがにモンスター界きっての権力者である白ウサギくんの商品に手を出そうとする輩は少ないし、今回は例年よりも壊れた人形の数が少なかったし、かなりの人間が集まったんじゃないかな。興味があったらチェシャ猫も行ってみたら?」
「黒猫さん……前々から思ってたんですけど、本当はそういうの嫌なんじゃないですか? 実は人間大好きですよね?」
「そう……ね。でも、アリスの方が好きよ。白ウサギくんが私達の時のように裏切らないよう、できるだけ不満は与えたくないの」
教室の外に出た黒猫によってピシャリと閉められてしまった教室のドアを見て、チェシャ猫はため息をついた。その膝の上には、【化物になった少女】が置かれていた。開かれているのは最後のページ。真っ黒く塗りつぶされていないそのページをチェシャ猫は読み上げた。
「ただし、化物の世界では人間の体は一年で腐敗してしまいます。そのため、少女の体は化物になってしまいました。化物になった少女は、醜くなってしまった自分の体を鏡で見ることが嫌いになりました。笑わなくなってしまった少女の化物は、やがて、人間に戻りたいと思うようになりました。だから、化物になった少女は喰らうのです。人間であるために、人間である少女を――器になる人間の少女を……喰らい続けるのです。その心が壊れてしまっても……。そして、ダイナは少女の笑顔を守るため、少女の願いを叶えるため、ずっと少女の隣にいます。ずっとずっと、いつまでも傍に居続けるのです。最期のその時まで……」
「どうしたの、黒猫」
夕暮れに染まる学祭を見下ろしながら、黒猫は悲しげな顔をしていた。教室にはもう、メイド服の黒猫と水色のドレスに白いフリフリのエプロンをしているアリスしかいない。
「また、泣いてるの?」
「ごめんね、黒猫」
アリスの少し垂れ目がちな黒い瞳からは、ポロポロと涙がこぼれていた。アリスの胸元にある青い星が、その雫を受け止めてキラキラと輝く。
「私はやっぱり化物なんだね」
「化物なんかじゃない、アリスはアリスだよ? 私の大切な」
「ううん、心はもう化物だよ。だって、私は人間であるために――人間でありたいから、人間を喰らう。こんなの嫌なのに【アイツ】が囁くの……私の中の化物の【ワタシ】が囁くの……」
アリスが胸元の星を血が出るほど強く握りしめた。キラキラと輝く赤い星は、まるでアリスの心のよう。
「人間を喰らって人間になればいいじゃないアリス。もう、私は化物。認めたら楽なのにね。人間アリス?」
アリスはニコニコと笑い、顔にかかった短い黒髪を手でパッと払う。
「苦労をかけてごめんね、黒猫。人間アリスの言うことは無視して良いわ。まあ、あなたには難しいことかもしれないけど……今回も私のお気に入りの人間を捕まえてくれてありがとう。これで私は醜い姿になんかならずに、あなたといつまでも一緒にいられるわ!」
アリスが上機嫌に教室から出て行く後ろ姿を見送った黒猫は、教室の片隅に用意された透明な袋の中にギュウギュウに詰められた壊れた人形達の上にちょこんと座っている人形を手に取った。
「やあ、やあ、黒猫さん、今回もご苦労様」
「ああ、チェシャ猫か……」
「ずいぶん、お疲れのご様子ですね」
声だけで姿を現さないチェシャ猫に苦笑しながらも、黒猫は頷いた。
「うん。疲れたかな」
「もう、やめちゃえば良いんじゃないですか?」
「やめないよ。アリスが笑ってくれるなら、やめたりなんかしない」
「でも、人間アリスは泣いてましたよ?」
「どちらのアリスの心も――守れたら良いのにね……」
黒猫は、持っていた人形の垂れ目がちな黒い瞳をジッと見つめる。
「それは、あの優秀な人間のお嬢さんの人形ですか? こうして見ると、本当にどこも壊れてないように見えますね。競売場に出されている人形――いえいえ、人間同様に、ですね」
「うん、外見はね。でも、もう壊れてるんだ」
「心が――ですか?」
「……それにしても、今回の迷子の人間さんはすごかったね」
「ああ、あの人間のお嬢さん、いいところまでいってましたよねぇ。流石に鍵には気付かなかったみたいですけど……」
黒猫が話を変えたことを気にも留めず、チェシャ猫はゆったりと話す。黒猫はそんなチェシャ猫の言葉に、寂しそうに笑った。
「【ロイノキテハキツソウ】に【ナスタワ二キテ】だっけ? ただ反対から読めばいいだけだったのにね」
「【ウソツキは敵の色】【敵に渡すな】……ウソツキゲームの中で、ウソツキだったスタッフの証の色は赤。つまり、敵は赤色の星を首から下げている輩――あぁ、インフォメーションセンターで唯一青い星だったジャックに金色の鍵を渡せば、アチラの世界じゃなく、あちらの――本当の世界に帰れましたからねぇ」
「だね……それじゃあ、私はそろそろ行くね」
「アリス嬢のところですか?」
「ううん。お金稼ぎが趣味の白ウサギくんが、他の人間を売りさばくのに人手が足りないって言ってたから、ちょっと白いホールに……。ちなみに、【今日は良い商品が多数入荷中】で【買い時を逃すべからず】って黒板に書いてたから、期待できるんじゃないかな?」
黒猫は少々投げやりに言いながら、人形を抱え、戸口の方へと向かう。
「そうそう、お守り――ああ、もう、今は商品タグでいいんだっけ? まあ、とりあえず、それもたくさん配れたからね。さすがにモンスター界きっての権力者である白ウサギくんの商品に手を出そうとする輩は少ないし、今回は例年よりも壊れた人形の数が少なかったし、かなりの人間が集まったんじゃないかな。興味があったらチェシャ猫も行ってみたら?」
「黒猫さん……前々から思ってたんですけど、本当はそういうの嫌なんじゃないですか? 実は人間大好きですよね?」
「そう……ね。でも、アリスの方が好きよ。白ウサギくんが私達の時のように裏切らないよう、できるだけ不満は与えたくないの」
教室の外に出た黒猫によってピシャリと閉められてしまった教室のドアを見て、チェシャ猫はため息をついた。その膝の上には、【化物になった少女】が置かれていた。開かれているのは最後のページ。真っ黒く塗りつぶされていないそのページをチェシャ猫は読み上げた。
「ただし、化物の世界では人間の体は一年で腐敗してしまいます。そのため、少女の体は化物になってしまいました。化物になった少女は、醜くなってしまった自分の体を鏡で見ることが嫌いになりました。笑わなくなってしまった少女の化物は、やがて、人間に戻りたいと思うようになりました。だから、化物になった少女は喰らうのです。人間であるために、人間である少女を――器になる人間の少女を……喰らい続けるのです。その心が壊れてしまっても……。そして、ダイナは少女の笑顔を守るため、少女の願いを叶えるため、ずっと少女の隣にいます。ずっとずっと、いつまでも傍に居続けるのです。最期のその時まで……」
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