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最後の別れ

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 じいちゃんや直輝と会った時とは、違った現象が今目の前に起きている。

 懐中時計が光を解き放ちながら、宙へと浮かんでいく。僕はそれを目で追うように見つめ、突如僕の頭の上で砕け散った。砕け散ったキラキラとした黄色い光が僕の頭へと降り注がれる。

 数秒のうちに消えてしまう光に見惚れていると、不意に後ろに誰かの気配を感じる。それも一つではなく、二つ。

 ゆっくりと後ろを振り返る。僕が待ち望んでいた最後の瞬間が訪れようとしていた。

 僕の目に真っ先に飛び込んできたのは、あの日と変わらない姿をした両親がそこにいた。三年の月日が経ち、変わらないままの両親と、三年もの間に身長だけではなく外観、そして心までも成長した僕。

 互いに言葉はない。一定の距離を隔てて、見つめ合うだけの無言が続く。互いに言葉を発しなくても言いたいことが痛いように刺さってくる。

 先に沈黙を破ったのは、昔から寡黙だった父だった。

「大きくなったな、翔也」

「三年だもん・・・」

「父さんよりも大きくなったんじゃないか?」

「そうかもね。父さんが小さく見えるよ」

 あんなに昔は大きな背中をしていた父さんが、今の僕にはなぜだか小さく見えてしまう。

 声に出すことなく微笑む父と涙を堪えながら笑う僕。その様子を父の隣にいる母が、涙を流して見守っている。

 僕の元へ詰め寄ってくる母。次の瞬間、僕の体は懐かしい匂いを纏った母に抱き寄せられていた。

 ぎゅっときつく僕の体を抱きしめる母に応えるように、僕も母のことをそっと抱きしめる。僕の母はこんなにも小さかっただろうか。

 僕の記憶に残っている母は、いつも父よりも大きかった気がしたのだが、今僕の前にいる母はそれが全く感じられない。

 僕が大人になってしまったのだと、身をもって感じさせられた。

「翔、ごめんね。一人にさせてしまって・・・本当にごめんなさい」

 僕の胸元で涙を流し、顔を上げることができないままの母。

「母さん・・・父さん・・・どうして僕を置いて行ったんだよ・・・ずっと辛かった、一人ぼっちで。友達には家族がいるのに、僕だけは・・・」

 僕は、両親にこれを言いたかった。どうして僕を置いて行ったのだと...二人に言ったところで、仕方がないことなのに僕は八つ当たりでもするかのように問い詰めた。

 まるで、見た目は成長したが、心だけはあの頃のまま置き去りにしてきた子供のように。

「・・・・・」

 黙ってしまう両親。きっと、僕が最後まで話し終えるのを待ってくれているのが伝わってくる。

「どうして・・・どうして死んだんだよ!」

 誰にも向けることができなかった怒りや悲しみを全て両親へとぶつける。この三年間、胸の奥底にしまってきたこの想いを。

 母を抱きしめる力が自然と強くなってしまう。

「翔・・・」

「僕は・・・二人の、直輝の元に行きたくて自殺も考えた。でも、いざ死に直面すると怖くて体が全く動かなかった。情けないよな・・・でもさ、そんな僕にも家族ができたんだ。大切な大切なじいちゃんとばあちゃんが僕を救ってくれた。じいちゃんはもうこの世を去ってしまったけど、二人には感謝しかないよ」

 母が僕の体越しに小刻みに震えているのが伝わってくる。

「ごめんね翔。私たちが守っていかないといけないのに・・・本当に・・・」

「母さん、僕はね何も二人に謝ってほしいわけじゃないんだ。ただ、僕が溜めてきた誰にも話すことができなかった想いを聞いてほしいんだ。ぶつけるようで申し訳ないけれども、僕の親は世界中どこを探しても二人だけだからさ」

「強くなったんだな、翔也は。父さんたちはずっと心配していたんだが、どうやらその心配は要らなかったみたいだな」

 ずっと黙っていたはずの父が、僕と母さんの方へと歩み寄ってくる。

「父さん・・・」

 大きな数々の苦難を乗り越えてきたであろう、手が僕の頭へと伸びてくる。僕の頭に置かれる父の固いゴツゴツした手。

「成長したな」

 抱き合っている僕と母の上から、さらに抱きしめてくる父。誰か他人がこの光景を見たら、異様にも思えるが、両親の姿は僕にしか見えないので、そこは大丈夫だろう。

 ただ僕だけは他人からは空気を抱きしめているように見えてしまっているが...

 ゆっくりと二人の手から離れていく僕。それに続くように、二人も僕から離れ始める。流石に久しぶりの再会と言ってもずっと抱きついたままってのは、思春期の僕からしたら恥ずかしいことだし、何より話しにくい。

 立ったまま話すのも不自然な感じがしたので、たまたま海沿いに設置されているベンチに三人横に並んで腰掛ける。

 僕が真ん中、両脇に両親という形で。こうやって、三人で横に並んで座るのなんていつぶりだろうか。覚えていないだけであるのかもしれないが、僕の覚えている範囲では直輝の運動会を見に行った時以来な気がする。

「翔は今、幸せ?」

「うん。幸せだよ、僕にはばあちゃんがいるからね」

「そんなこと言われたら、きっとお母さんばあちゃんも喜ぶわね。親よりも先に死んでしまう娘は、本当に親不孝よ」

「ばあちゃんはそんなこと微塵も思っていないと思うよ」

「そうね。私もそう思うわ。厳しいけれど、優しい人だからね。お父さんじいちゃんの方が優しかったわ。私を甘やかす分、よくお母さんに怒られていたけれど・・・」

「それはわかる気がする。僕もじいちゃんに散々甘やかされてきたから。その分じいちゃんは、ばあちゃんに毎回『翔也のためにならないでしょ!』って怒られてたよ」

「相変わらず、あの二人は歳を取っても変わらなかったのね。懐かしいわ・・・お父さんも亡くなっていたなんて知らなかったわ。でも、お父さんならあっちでも楽しくしてそうね」

「うん、楽しんでるってじいちゃん言ってたよ」

「お父さんらしいわね」

 仲睦まじい親子水入らずの時間が流れる。

「あのね!僕ね・・・」

 両親に会えたことがついつい嬉しくて、小さい子のように自分のことばかり話してしまう僕。自覚はしているけれども、僕の口はどうやら言うことを聞いてはくれないらしい。

 自分のことばかり話す息子を嬉しそうに見つめる父と母。どんなに大人になったとしても、やはり親と子という関係性はいつまで経っても変わらないのかもしれない。

 子はいつだって、親に甘えて話を聞いてもらいたい。親だって、時々でいいから自分の元から巣立って行った子の顔は見たいものなのだ。

 いざって時に頼りになるのは、僕たち子供からすると親しかいないのだ。だからこそ、両親が当たり前にいる人は大切にしてほしいと僕は思う。

 喧嘩しても、時にうざく感じてしまっても親だって歴とした一人の人間なのだ。必ずしも、明日を確実に生きられる保証は、生きている限り誰にもないのだ。

 伝えたいことは僕みたいに手遅れになってしまう前に...後悔してからでは遅いのだから。

「ところでさ翔。なおには会ったの?」

 ずっと話していた僕の話に終わりが見えてきた頃に、母から尋ねられる。

「うん。直輝にもあったよ」

「あの子、元気にしてた?」

「元気だったよ。それになぜか、直輝には励まされてばかりだった。兄として情けないことに・・・」

「そうだったのね。でも、それは昔からでしょ?」

「え・・・そうなの」

「そうよ。いつも『兄ちゃん、忘れ物してるよ』って言ってたの覚えてない?」

 なんとなく記憶にはあるが、そんな毎日のことだっただろうか。

「覚えてるけど・・・僕って昔からそんなに頼りなかったっけ?」

「兄としての頼り甲斐はないね!」

「そ、そんなぁ~」

 なかなかショックなことを笑って話す母親。息子に頼り甲斐がないなんて言う母がこの世には存在するのか。いや、ここに存在していた。

「でもね、翔はいいお兄さんなのよ」

「どういうこと?頼り甲斐がないって・・・」

「頼り甲斐がなくとも、翔には人を思いやる優しさがあるのよ」

「思いやる優しさ?」

「そう。なんであなたたち兄弟が喧嘩しなかったかわかる?歳の差もあるかもしれないけれど、喧嘩する兄弟はいくつ離れていようが喧嘩する。それでも喧嘩しなかったのは、翔がいつも直のことを優先的に考えていたからなのよ。きっとこう言われても翔にはピンとこないかもしれないけれどね」

「僕が・・・?」

「えぇそうよ。何をするにしても、直に得する方を差し出す。自分はどんなものでもいいからと。小さい時からあなたは無意識のうちにしてきていたのよ。だから、直はそんなあなたの人柄にも憧れていたんじゃないかしら。自分にはないものだったから」

「母さんはどうして直輝が僕に憧れていたって知ってるの?」

「あなたね、何年私があなたたちの母親をしていたと思っているわけ?十年しか共に生きられなかったけれど、あなたたちのことを考えなかった日々は一日もないんだからね」

 やはりこの人は僕の親だった。しっかり僕と直輝のことを見てくれていたんだと、心の底から嬉しさが込み上げてくる。

「母さん・・・」

 そっと僕の手の上に優しく手を乗せる母。小さくて温かな僕たちを育ててくれた手。

「海っていいもんだな・・・」

 突然隣に座ってずっと言葉を発していなかった父が話し出した。あまりにも急すぎて、僕と母さんは言葉を出さぬまま、父の方に顔を向ける。

「どうしたの急に」

「あぁ、言葉に出ていたのか」

 あまりにもおかしなことを言う父に思わず、笑ってしまう僕と母。でも、その気持ちは僕にも十分理解できてしまう。僕も時々、心の内で思っていることを言葉に出す時があるから。

 そう考えると、僕たちは似たもの同士で親子なんだなと思ってしまう。

「父さんも海好きなの?」

「あぁ、好きだな」

 自分の命を奪ったはずなのに、こうも簡単に好きと言える父はある意味すごいのかもしれない。

「あなた、私たちの命を奪った海が好きなの!?」

 僕と同じことを考えていた母さんが、我慢できなくつい言ってしまった。

「あぁ」

「どうしてよ。何がそんなにいいの?」

 純粋な疑問を父にぶつける母。正直、理由なしでは納得できないのは無理もない。自分たちの家族をバラバラに引き裂いた元凶なのだから。

「そうだなー。思い出があるから・・・」

「思い出?」

 海になんの思い出があるのか気になってしまい、父に尋ねてしまう僕と横で父のことをじっと見つめている母。

「家族四人で海で遊んだ思い出・・・海も綺麗だったけれど、父さんはあの時の家族の笑顔が忘れられない」

 いつの話をしているのか僕には見当もつかなかったが、父さんにとっては大切な思い出の一ページなのだろう。

「・・・・・」

「・・・・・」

 思わぬ父らしくない言動に黙ってしまう僕ら。

「海を見るたびにその光景を思い出してしまう・・・あ」

 偶然なのだろうか。僕たちが座っているベンチの目と鼻の先に、僕らと同じ四人家族が海に足を入れて水をかけ合いながら笑い合っている。

 宙に弧を描いて、飛んでいく海水が光の影響か煌びやかに、ここからだと輝いて見える。

 楽しそうに笑い合っている姿は、円満な家庭環境を垣間見ている気がした。きっと当時の僕たちも他人から見たら、今僕たちが見ているあの家族のように映っていたのだろう。

 ふと、父の方を見ると父の右目から一滴の涙が顔を伝っていた。十数年間ともに生きてきて、一度も見ることがなかった父の涙。

 多分この涙は、父ですら気づいていないであろう無意識に出た涙だと僕は思う。心の底から父は僕たち四人の思い出に思いを馳せているのだ。

 そんな父の涙は僕の記憶に鮮明に残り続けていくに違いない。

「なんだか、あなたがそんなこと言うから涙が出てきちゃったじゃない」

 隣の母を見ると、思ってた以上に号泣しているではないか。それがなぜだか無性に嬉しくて、僕も笑いながら少しだけ涙を流してしまった。

 この時間が永遠に続いてほしいとは思うが、時間は止まることなく流れていく。多分、二人一緒に出て来たからといって、一緒にいられる時間が二時間に伸びているわけではなさそう。

 でも、一緒に両親が出てきたことは、もしかしたら魔女から僕への最後のサプライズだったのかもしれない。

 三人で海を眺めているこの落ち着いた時間が僕は好きだ。互いに今考えていることはわからなくとも、共に落ち着いた時間だけは共有できているこの感じが。

 "ザザーッ"耳に響いてくる潮騒が僕らの心を落ち着かせ、三人の気持ちを繋いでいる気がした。

「ねぇ、翔」

「何、母さん?」

「翔はさ、高校を卒業したらどうするの?」

「僕は、今住んでいるところから通える大学に進学しようと思っているよ」

「それはどうして?」

「んー、もっと学びたいことがあ・・・」

「そういうことじゃなくてね、翔なら東京のいい大学にも行けるんじゃないの?」

「それは・・・」

 体が強張ってしまい、体から冷や汗らしきものが出てくる。

「責めている訳じゃないのよ。ただ、本当に後悔をしないか聞いているだけ。あなたは優しいからきっとお母さんを一人にしたくないと思っているだろうけれど、きっとお母さんもそんなことは望んでいないわよ」

「どうしてそれが母さんにわかるの」

「それは私があなたの親だからよ。お母さんも同じはずよ。我が子のしたいことを拒む親がどこにいるの。お母さんも翔がいなくなったら寂しいとは思うけれどね、我慢させるほうがもっと辛いはずよ」

「でも・・・」

「もうすぐあなたも大人になるんだから、自分の将来は自分の好きなことをしなさい。それに、東京なんてそこまで遠くはないんだから、いつでも帰ってこれるでしょ。それだけでお母さんは嬉しいはずだよ」

「そうだね・・・」

 どうしたらいいのか、いまだに迷っている自分がいる。自分のしたいことを優先してもいいのか、それともばあちゃんのそばに居続けることがいいのか。

「迷ってんでしょ」

「うん・・・」

「それが、翔の優しいところなのよ。あとは、生きているもの同士話し合うといいわ。私たちが口を出せるのはここまで。でも、これだけは最後に言わせて」

「うん」

「後悔のない選択をするのよ。そして、その道を選んだらずっと前を向いて進みなさい。そうすれば、いい未来が待っているから」

「じいちゃんと似たようなことを言ってるよ」

「そりゃそうよ。私もお父さんから聞き飽きるぐらい聞かされてきたからね」

「親子なんだね、やっぱり。母さん、ありがとう。うちに帰ったら、ばあちゃんとちゃんと話してみるよ」

「そうしなさい」

 母さんは僕の将来を見ることができない不安で、こんなことを聞いてきたのだろう。僕が後悔しないようにあと押しするのが、自分の最後の役目だと言わんばかりに。

 僕らはこれまでの思い出話を懐かしむように、口の中から水分が枯れてしまうほど話し尽くした。時折、父さんも会話に混ざりながら、幸せな一時を過ごした。

 でも、楽しい時間も次第に終わりが近づき始め、寂しい気持ちで溢れかえっていく。

 あと数分したら、二人ともあっちの世界に戻っていってしまうと考えただけで、もう僕の涙腺は限界を迎えていた。

「そろそろ時間が来るわね。意識が朦朧としてきたわ」

「そうだな。僕もなんだか眠くなってきたよ。翔也、泣くな。しばしの別れだ。またいつか必ず会えるさ」

 父さんの言葉が、今の僕には悲しく聞こえてしまう。最後にこれだけ聞きたい。

「二人は幸せだった?」

「もっちろん!」

「当たり前だろ!」

 屈託のない笑顔で、僕の頭を両脇から撫でてくる両親。照れ臭いが、これが最後だと思うと、ずっとこうしてほしいと思ってしまうのだけはどうか、今だけは許してほしい。

「私たちの間に生まれてきてくれてありがとう二人とも・・・」

 僕と空にいるであろう直輝を見つめる母。

「何もかもが私たちにとってかけがえのない思い出よ。毎日賑やかな笑顔の絶えない家族でいられたことを嬉しく思うわ。あなたたちは私の大切な、世界中で一番の息子たちよ!」

「母さん・・・」

「そうだな。翔也も直輝も僕たちを親にさせてくれてありがとうな。人生で一度しかない親という貴重な時間を過ごせたことを心より嬉しく思う」

「父さん・・・僕は、僕は二人の息子で本当に幸せだった。毎日が、毎日が・・・」

 泣いているせいかうまく言葉を紡ぐことができない僕の頭を大事そうに撫で続ける両親。

 "頑張れ僕!伝えたいことは最後まで伝えろ"家を出るときにばあちゃんから言われた言葉を思い出す。

「楽しかった。直輝もいて、ほんとに、幸せだったよ。直輝も言ってたけど、僕たちを産んでくれて、育ててくれて、愛してくれてありがとう。どうか、空から僕の生き様を見守っててほしい。そして、僕がそっちにいく時はまた家族四人で過ごそう」

 全部言い切った。これで僕はもう後悔することはないだろう。言いたいことは全て吐き出したのだから。

「わかったわ、私たちもあっちで直を探して、翔のことを気長に待っていることにするわ。それまで少しの間だけ、お別れね・・・元気でね翔也」

「母さんも元気で、また会えることを楽しみにこれから生きていくよ」

「いい?体に気をつけること、無茶はしないこと、ご飯はしっかり食べること、そして信頼できるパートナーを見つけること。まぁ、母さんみたいな女の子だったら大歓迎よ!」

「わかったよ。最後の以外は全部守るつもりで頑張るからさ」

「ちょっと最後のはって何よ。全く失礼ね」

 泣いていたはずが、気付けば涙は収まり僕の顔には笑顔が貼り付けられている。最後くらいは湿っぽい別れではなく、明るくいきたい。その方がきっと二人も安心して戻れるはずだから。

「翔也、父さんからは一つだけ。苦しい時は周りの人を頼りなさい。人は一人では生きてはいけない。必ず誰かに支えられて生きている。そのことを忘れないようにな」

「うん。ありがとう、頑張ってみるよ」

 最後の最後で大事なことを言う父親。そういうところが父らしい感じもする。普段は話さない分、父の話す言葉には毎回重みがある。

「それじゃあな」

「父さんも元気でね。お母さんと仲良くね」

 片手を上げてうっすらと消えていく父と最後まで笑顔で消えていく母。もう姿も気配も感じられないが、二人は確かに僕の隣に座っていた。

 その証拠に僕の頭には微かな二人の手の温もりが感じられた。

「またね、二人とも。直輝のこと、よろしくね」

 二人が空へと戻って行ったあとのベンチに一人残される僕。感傷に浸っていたかったが、僕にはまだやるべきことがある。

 ベンチから立ち上がり、この場所に別れを告げる前に、一度空を見上げる。僕の大好きな四人がこの空から見ているんだと考えるだけで、僕はこの先も頑張っていける気がしたんだ。

「ありがとう、みんな。そして、さようなら」

 みんなに届いているかはわからないが、しっかりと別れを告げることができた僕は、未来へ進むため明日へと繋がる希望と夢に満ちた一歩を踏み出した。

 その一歩を踏み出した瞬間、僕の中からある思い出が消え去ってしまっていたことにこの時の僕は、まだ気付きもしなかった...



























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