上 下
93 / 106

93.わたくし、なにをさせられますの・・?

しおりを挟む



 念を押されたのは良いけれど……。

 主上が、硬いお顔をなさっているのに気がついて、わたくしは緊張する。

「五の宮は……、私とは、異母兄弟はらちがいなのだ。高紀子、そなたも知っての通り、ここ最近、鴛鴦えんおう帝、白鳳はくほう帝、そして私……と三代、藤原の腹の帝なのだ。しかし、五の宮は違う。源氏の腹から産まれている」

 たしかに、主上の仰せの通りだった。

 ここしばらく、帝は、藤原氏の血筋だし、そうすると、皇后(中宮)も、当然、藤原氏。これでは、源氏が面白いはずがない。

「では、五の宮さまの後ろに……があると仰せですの?」

 花の鏡、で通じるだろうか。

 なんとなく、『源家』と露骨に口にするのが憚られたので、名を伏せてみたけれど。

 ちなみに、花の鏡は、



   年をへて花の鏡となる水は散りかかるをや曇るといふらむ 



 という和歌を下敷きにしている。

 これは、大昔の女官がうたったものらしいけれど、花の鏡とくれば大抵は、この和歌を思い浮かべる事でしょう。そして、ここで詠われる花の鏡が、水面であると気付くはず。『水面』から『源』を連想するのは少々きついかも知れないけれど。

 主上も、香散見さんも、すぐさま察して下さったようで、

「私は、五の宮にはが後ろに居ると思って居る」と仰せになった。

「けれど、あの時、お世話になったのは右大臣家ですわよ? 源家が、なにか関係ありまして?」

「あるでしょうね」

 主上が、ゆっくりと頷く。

 主上は、滅多な憶測などを口になさらない方だ。その方が、仰せになるのならば、きっと、何かある。

「おそれながら……主上は、なにか、ご存じのことがおありなのでは?」

 わたくしは、そんな気分になる。

「あなたは、存外、気がつくね……流石に、二条関白家の大姫だ」

 妙な褒められ方をしたけれど、「有り難う存じます」とだけ私は受けておいた。

「まだるっこしいわね……。何か知ってることがあって、アタシたちに何かさせたいことがあるなら、ハッキリ言えば良いじゃない!」

 香散見さんが、怒鳴る。

 ああ、主上のような高貴な方に怒鳴りつけるだなんて……。わたくしは信じられない思いになったけれど……。

 ハタ、と気がついた。

 主上は、、香散見さんの言葉を待っていたのだ。

 つまり、わたくしと、香散見さんに、

 思わず主上の竜顔を拝すると………、にやーっと、人の悪い笑みを浮かべておいでだった。

 わたくしはその時思いましたわ。

 こんな表情を、うちの父様が見たら、多分、卒倒する。



しおりを挟む

処理中です...