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14.わたくし、初仕事! ですわ
しおりを挟むわたくしは、初出仕ということで、相当、緊張していた。
偽東宮殿下のお世話なんて出来るかしら。
「大丈夫よ。……アンタにはいつもアタシが付いているんだからね」
そう仰有って下さるのは、本当に有り難いんですけれど、こっそり、脚とか腰とかを触っておいでなのは、何故なのでしょう。まったく、油断も隙もないわ! ……と思って、これ以上、この、女装の東宮殿下が調子に乗らないように、わたくしは、割と強めに、手の甲をつねって差し上げた。
「痛っ! ちょっと、痛いわよ、高紀子!」
「香散見さまこそ、わたくしの名前を呼ぶのは止めて下さいませ! ……そんなに親しい間柄でもありませんし、女房として出仕したのですから、出仕名で呼ばれなければ、女房らしくないと思いますけれど」
そういえば、この方は、香散見という出仕名だった。普通、出仕名は、身分に依って、いろいろ変わる。細かい決まり事については、私も詳しくないけれど……、わたくしだったら、二条とでも呼ばれるのが正しいのだけれど。
「わたくしは、関白の娘として振る舞っても宜しいのですか?」
「どういうこと?」
「……わたくしの身分を伏せて居た方が、香散見さまが、動きやすいというのでしたら、わたくしは、それにしたがいますわ」
香散見さまが、どういう設定なのか解らないけれど、関白の娘である私より身分が高い出仕の女房は、そうそう居ない。そうなると、私が、この方を、『香散見さま』などと言って、妹のように(恋人ではなく、妹よ!)付き従っているのを見たら、世の人は、不思議に思うこともあるでしょう。
「なーるほど、つまり、アタシにしたがう態にしておきたいということね?」
「はい。だって、わたくし、宮中のことなんて、何一つ知らないのですもの。何か仕度をするようにと言われても、何にも出来ないわ」
「たしかに、見るからに、お姫様だもんねぇ……アンタ」
「そうですわよ。わたくし、ずーっと、実敦親王と結ばれるべく、日々、修行に明け暮れておりましたもの」
わたくしは、憤慨した。もしかしたら、東宮殿下は、わたくしがお箸よりも重いものを持ったことがないなどと、お考えかも知れないけれど、わたくしは、本を読むのが大好きだから、沢山の本を積み重ねて持ち運んだり出来るのに。
「修行……修行ね……あー、ダメ、ちょっとおかしくて笑っちゃう」
東宮殿下は、身を屈め肩を震わせて笑っている。あら、なにがそんなにおかしかったのかしら。
「アンタねー高紀子。……そんなの修行に入んないわよ。ホント、先が思いやられる」
だって、仕方がないのです。普通、出仕をする娘だったら、相応の仕度をしてから来るはずです。母親から、話を聞いたり、宮中に仕えていたという方から、昔のことを聞いたりして……。
けれどもわたくしの場合は、そんなのは全く無視して、わたくしの都合も何もすべて無視して、急遽宮仕えになったのですもの。
「ごめんなさい。わたくし、世間知らずで」
わたくしは、少々、機嫌を損ねたような口調で申し上げると、東宮殿下は、急に真顔になった。
「いいのよ、アンタは、純粋なまんまで。だから、ヘンに変わらないで頂戴。アンタは、他の女みたいに小利口にならないで、いつまでも、そのままで居て頂戴」
かくて、わたくしは、出仕名、高陽、二条関白家の出身と言うことは伏せ、堀川通り近くの九条出身の世間知らずの小娘という態で、出仕することと相成ったのでした。
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