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31.わたくし、唐菓子を頂きますわ
しおりを挟むとりあえず、いまの女房さんには、お引き取り頂いて。
なんだか、意外なことになったけれど、わたくしたちの時代って、ようは、そういう方向には、おおらかなのよ。
「なんだか、良くわからなかったわねえ」
香散見さんは、ため息をつく。
「おじさまから思いを寄せられて、良かったじゃないですか。なにかあったら頼りになるかもしれませんよ?」
「なにかあったら、助けて貰う代わりに、カラダ差し出すようじゃない。冗談じゃないわよ。……アタシは、清いカラダでいたいの!」
わたくし、ちっとも、清いカラダじゃないと思いますわ。
だって、東宮殿下ったら、妻にあたる、女御さまは何人かおいでだし、御子様だっていらっしゃいますもの。
わたくしをおめしになったのだって、女装の趣味……もとい、女装の理由を知られる訳にはいかないというだけで。
わたくし、まったく、とばっちり。
婚約破棄までとっとと決められたんだから、涙もでないわよ!
「そうなると、今日は、東宮殿下を害する方なんて、来ないんじゃないですか?」
わたくしの言葉をきいて、香散見さんも、「そおねえ」と言いながら、唐菓子に手を伸ばした。
小麦粉などを練り上げて油であげた上に蜜をかけた、貴重な菓子だ。
「あら。唐菓子なんて、どちらからの贈り物かしら」
今日の宴の為に用意した品ではない。月見の宴には、やはり円いものが好まれるので、丸くつくった餅を出していた。
白餅で、甘葛の汁を絡めて食べる趣向だ。
「えっ? これ、アンタが用意したんじゃないの?」
「ええ。わたくし、それを食べると体がおもくなったような気がするのですもの。だから、美味しいのですけれど、控えておりますのよ」
「アラ、じゃあ、これ、たんまり食べなさいよ。アンタは、どう考えたって、いたっぱちみたいな貧相な体つきなんだから、少しくらい肥えたほうが、アタシ好みなのよ?」
別に、香散見さんの好みじゃなくても……とは思ったけど、良く考えたら、わたくしは、このかたのものになるのだから、このかたの好みに合わせた方がいいということよね。
わたくしも、豊かな胸には、憧れがあるし。
「そおよお? いまのまんまじゃ、アタシの方が乳、あるからね?」
カチンと来ましたわよ。どういうことよ。さすがに、わたくしだって、香散見さんに負けるとは、思わなかった! そんなはずはないわ、絶対!
引くわけにはいかない。
わたくしの方が、女性らしい体つきだと言うことを、証明するためにも、食べなくてはならないわ!
「頂きますわ、遠慮なく!」
巾着形に作られた唐菓子に手を伸ばしたわたくしの手を、香散見さんが物凄いいきおいで叩き落とした。
「なにをなさいますの?」
床に転がった唐菓子が、残念だった。折角の、御菓子なのに。
手で拾おうとしたら、それも制される。
「どうなさったんですか?」
香散見さんは、顔色が悪かった。なんだか、様子もおかしい。
「毒を盛られたわ……しくじった……」
なんですって!
わたくしの目の前で、香散見さんは、ばったりと床に倒れたのだった。
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