オネェな東宮に襲われるなんて聞いてないっ!

鳩子

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69.わたくし、生まれて初めて、衣冠姿ですわよ

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 そう。香散見かざみさんは、『やる』と言ったらやる御方。

 はい、わたくし、生まれて初めて、衣冠姿ですわよ! まあ、束帯でなかったのが救いです。だって、束帯って、とっても重たいんですもの。

 そして、わたくし、同じく衣冠姿の香散見さんの後ろについて、大急ぎで、『仮の御所』へと向かう。

『仮の御所』は、わたくしの実家、二条関白家の母屋と言うことになったらしい。もともと、母屋は、父様が住んでいたはずだけれど、大慌てで片付けたのでしょう。それにしても、何日間は、むさ苦しいところで、主上が起き伏しされることになってしまったのは、間違いなかった。

 そして、わたくし達は、『仮の御所』へ向かうべく、猛然と、廊下を歩いていた。

 香散見さんは、身分が高いから良いけど、わたくしは、本来だったら、御所の廊下にも上がれないはずなのだけれど。とりあえず、今は緊急事態と言うことで。

 それより、父様にバレませんように! とわたくしは、心からそう思いましたわよ。

 父様にバレたら、きっと、きつく、お小言を言われますとも。(勿論、五の宮さまも、火事を押して参内して居るはずですから、五の宮さまに見つかっても、ちょっとマズイ)

「……高紀子。早く来なさい」

 普通だったら『早くいらっしゃい!』という所、香散見さんは―――東宮殿下は、低い男口調で仰せになる。

 不覚にも、わたくし、ドキッとしてしまいましたわよ。

 こうしていると、東宮殿下は、二十八歳の男盛りというか、衣冠姿が艶めかしいほどに良くお似合いで、お側にいるだけで、私も、胸が高鳴ってしまう。

 東宮殿下、のお姿になった途端に、手の届かない方なのだと、私はまじまじと実感いたしました。

 わたくしとは、十以上、お年の離れた方だし。

 わたくしは、確かに、二条関白家の姫だけれど……東宮殿下には、既に、お子様も(姫君だけど)おいでになるのよね。わたくし、『香散見』さんがあまりにもセクハラしてくるモノだから、忘れていたけれど。

 香散見さんは、東宮殿下で。

 いまの、香散見さんの姿は、偽りの姿。いずれ、消えて無くなってしまう人だ。

 東宮殿下として、男装束をお召しになるこの方の、横顔はわたくしには触れることも出来ない位、冴え冴えとしていらして、冷たげな印象ばかりが、わたくしの胸に迫る。

 わたくし……、東宮殿下より、香散見さんの方が良い。

 いずれ、この世から消えてしまう人だけれど。

 わたくしは、東宮殿下よりも、『香散見さん』のほうが、良かった。



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