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第五章 後宮からの逃走
35.石榴の木の下には・・
しおりを挟む石榴の木。
春なので実は付いていないけれど、石榴の木は解る。山科にもあったのだ。たしか、うちの母が、どこかから貰ってきて植えたと言っていたけれど。たしか、うちの兄が、腹を壊しやすい人だったので、石榴湯を作っていたんだろう。
そういえば、しばらく逢ってないなあ、兄上。
兄は、八条の邸に住んでいて、多分、まだ、室も貰っていないはずだ。我が兄の事ながら、あまりにも知らなさすぎるわね。とりあえず、この件が片付いたら――――無事に呪いが解けて、鬼の君が、目的を果たせたら。
一回くらい実家に帰ろう。
八条の邸は、ホント、しもじもの家感丸出しで、隣の家のオバチャンたちが怒鳴り合う声は聞こえるし、魚売りの声も聞こえていたし。犬も入り込むし(野犬って、凶暴で怖いのよ!)、なんだか雑然としていたなあ。
そもそも、京は三条までが雲上人のお住まい、その下が五条まで、九条八条なんて、公家とは名ばかりの家だ。
そして、ここ、鷹峯は、もともと、御所様の鷹場だし、ここは、上皇の御所だし。まあ、どうしようもなく、高貴なのだ。
さて、月は、天頂に輝いている。
石榴の木の下に、鬼の君は来ているのかしらね。
鷹峯院たちは、なんだか、外野から恋愛展開を強くお望みのようで、はやし立てているので、小鬼に犠牲になって貰った。
『嬉し~っ! 凄く似合いそうな服があるのよっ! 山科も楽しみにしていなさい? 唐風の装束なのよ~?』
唐風の装束と言われても、あまりピンと来ない私だけど、どうやら、女房装束以前の私たちは、何でもかんでも唐の真似をしていた時代があるらしい。とはいえ、百年以上も昔のことらしいから、よく解らないけど、遣唐使も廃止されてるし、そもそも、唐という国自体が滅びているとも聞くし、よく解らない。
『かの楊貴妃のように美しい衣装なのよ~』
と、うすぎぬをひらひらさせていた鷹峯院だが、透けて見えるほどの羅なので、はっきり言って、アレを着るのは私にはムリ。
うん、多分、今頃、小鬼が犠牲になってるはずだから、鬼の君にも見て貰おうっと。
……そうか、鬼の君の父上って、鷹峯院だから……なんか、濃い……な。
そして、とりあえず私は一人で石榴の木へとたどり着く。月の光が、冴え冴えと……そしてやけに光と闇をくっきりと映し出している。
月の光は……、温度を伴わないせいか、酷く、強く感じる。光の色も、青白くて、照らされたところが発光しているように見える。
そして、石榴の木の下に、闇色の装束を纏った長身の男の人が居た。
顔は、扇で隠している。
「鬼の君なのね? ……いままで、どちらにおいでだったんですか? いきなり、こんなお文を頂いて、驚きましたけど……」
その人に近づきながら、私は声を掛けるけれど、一向にお返事はない。
一体何だろう……と思っていると、いきなり、もの凄い力で腕を取られて抱きしめられた。
「なっ……!」
いきなり、何も言わずに抱きしめるなんて、一体……と顔を上げて、私は、一瞬、息が出来なくなった。
闇の中で、悠然と薄く微笑する、冷たい美貌―――……。
それは、鬼の君の物ではなく……。
「主上………」
あろうことか、主上の、ものだった。
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