短編集

カム

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柏餅とおじさんの話

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慶一郎は電車の窓から流れる景色を見ていた。
ふと、風になびく鯉のぼりの黒い尾ひれが視界に入った。

もうそんな季節か、と思う。

電車の向かいの席では小学校低学年くらいの男の子が母親と話している会話が聞こえる。
明るい笑い声を聞いて、妙に懐かしい気分になった。

慶一郎が妻と別れたのは、息子がまだ小学校に入学する前のことだった。
突然別れて欲しいと言われて、何の冗談かと思ったものだ。
仕事は軌道に乗り、給料も悪くない。妻と息子に金で苦労をかけたことはなかった。浮気をしたわけでもない。
休みの日には子供と遊び、出来る範囲の家事は手伝った。
すべてはうまくいっていると思っていた。

「何故だ」という彼の疑問に
「あなたは何も分かっていない」と言われた。
いまだに彼には元妻の考えていた事は何も分かっていない。

息子は元妻が連れて行った。
それからしばらくは、定期的に息子と会った。
「パパいつ帰ってくるの?」
「また一緒にくらしたいよ」
「ママは怒ってばっかり」
会えば甘えてくる息子に、慶一郎も笑みがこぼれた。
「また一緒に暮らせるように、ママを説得してみるよ」
と言ってはみたが、説得はうまくいかなかった。
息子は母親の愚痴を言っていたが、それは自分に気を遣っているだけで、元妻と息子はとても仲がいい親子だった。一人親になったから元妻も気をはっているのだろう。

慶一郎は養育費を払いながら、時々息子に会って成長を見守った。
そのうちに息子はゲーム機やスマホばかりを見ているようになり、口数が少なくなっていった。慶一郎と会う回数もしだいに減っていった。

もう十年以上前の話だ。

息子はもう妻の家を出て、地方の大学に進学している。
失った時は戻らない。

慶一郎が駅に降り立つと、男の子と母親も一緒に降りた。
手を繋いで歩く二人を見送りながら、駅の構内にあるコンビニに立ち寄る。
そのまま帰宅しても誰かに迎えてもらう訳でもない。
ビールとつまみを買おうと考えて、ふと目についた柏餅もかごに入れた。


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