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誓約
8 乱入者
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竜に変身してヒースをさらって逃げよう。遠くに飛んでいって二人で暮らせばいい。そうしたらずっとヒースと一緒にいられる。
息を吐き強い魔力を込めた。ヒースが魔道士から巻物を受け取ろうとするのが視界に映った。頭の中に炎の呪文が浮かぶ。
「ダリ!」
ケネスが叫んで後ずさった。宮廷魔道士の身体が炎に包まれる。火柱は天井近くまで燃え上がり、魔道士は炎に包まれながらよろけて巻物を取り落とした。ジェイソンや兵士たちがヒースとケネスを守るように取り囲んで距離をとる。
「この魔法……誰が」
拘束されていた腕を一振りすると、鎖は砕け散った。だけど鎖の砕ける音は別の衝撃音にかき消されて誰にも認識されなかった。全員が燃え上がる魔道士と、兵士たちをなぎ倒して部屋に入ってきた別の人間に気を取られていたから。
「俺だけ除け者にして、楽しそうなお話をしていますね、兄上」
護衛の一人もつけずにやって来たのはヒースのもう一人の兄だ。エリオットの登場で少しだけ冷静になれた。俺はもう少しで竜に変身するところだった。
「エリオット! 貴様か」
エリオットは兄の問いに答えず、代わりに呪文を唱える。ためらいのない所はさすがだ。ヒースとケネスが防御魔法を使うと同時に、狭い室内を鋭い風の刃が襲った。
炎に包まれていた宮廷魔道士が今度は風の魔法を受けて壁に激突した。炎はかなり小さくなって魔道士のマントを焦がすだけになった。その代わりに風の刃を受けて服や肌に裂け目が入る。
「エリオット、ダリは私の重臣でこの国一番の魔道士だ。それをむやみに攻撃するとは」
「この程度の魔法で死ぬ男ではないでしょう」
エリオットがせせら笑った通り、宮廷魔道士はむくりと身体を起こした。焼け焦げ、切り裂かれていた皮膚がみるみるうちに元に戻る。あの程度の魔法じゃ無理だったか。
「ケネス様、私なら大丈夫です。エリオット様のご挨拶程度の魔法ですから」
もとの姿に戻った宮廷魔道士は落とした巻物を拾い上げ、不気味な微笑みを浮かべた。エリオットが露骨に不快な表情をする。
「魔法使い、お前の手口は分かっている。ヒースを使って俺を消すつもりだな。昔から兄上は、自分の手を汚すことはしなかった。汚い仕事は全て他の者にやらせて自分は安全な位置にいる。それともこの魔法使いが勝手にやったことで、兄上は何も知らないとでも言うつもりですか?」
「エリオットには何か誤解があるようだ」
二人が話す会話が頭にあまり入ってこない。身体が痺れてきた。そういえば毒の剣が身体にささったままだった。あれをどうにかしないと。
剣を抜こうして手が震えていることに気づく。毒による痺れもあるけど、それが原因じゃない。
俺は怒りに任せてこの場にいる兵士たちやケネスを殺してしまう所だった。今まで誰も殺したことないのに。それが簡単にできてしまうことに気づいて怖くなった。誰も殺さなくて本当によかった。
ふいに身体が回復魔法に包まれた。はっとして顔を上げると、泣きそうな顔のヒースがすぐそばにいた。そっと抱きしめられて涙が出る。
「……カル、痛かったな。あと少しだけ我慢しろ。すぐに治してやるから」
「ヒース、まだそいつの尋問は終わっていないぞ」
「兄上、もう充分でしょう。カルは部屋に連れて帰ります」
お腹のあたりがひんやりとした氷の魔法に包まれて痛みが消える。子守唄のようなヒースの呪文が聞こえてきて瞼が重くなる。俺はそのまますぐに眠りに落ちてしまった。
息を吐き強い魔力を込めた。ヒースが魔道士から巻物を受け取ろうとするのが視界に映った。頭の中に炎の呪文が浮かぶ。
「ダリ!」
ケネスが叫んで後ずさった。宮廷魔道士の身体が炎に包まれる。火柱は天井近くまで燃え上がり、魔道士は炎に包まれながらよろけて巻物を取り落とした。ジェイソンや兵士たちがヒースとケネスを守るように取り囲んで距離をとる。
「この魔法……誰が」
拘束されていた腕を一振りすると、鎖は砕け散った。だけど鎖の砕ける音は別の衝撃音にかき消されて誰にも認識されなかった。全員が燃え上がる魔道士と、兵士たちをなぎ倒して部屋に入ってきた別の人間に気を取られていたから。
「俺だけ除け者にして、楽しそうなお話をしていますね、兄上」
護衛の一人もつけずにやって来たのはヒースのもう一人の兄だ。エリオットの登場で少しだけ冷静になれた。俺はもう少しで竜に変身するところだった。
「エリオット! 貴様か」
エリオットは兄の問いに答えず、代わりに呪文を唱える。ためらいのない所はさすがだ。ヒースとケネスが防御魔法を使うと同時に、狭い室内を鋭い風の刃が襲った。
炎に包まれていた宮廷魔道士が今度は風の魔法を受けて壁に激突した。炎はかなり小さくなって魔道士のマントを焦がすだけになった。その代わりに風の刃を受けて服や肌に裂け目が入る。
「エリオット、ダリは私の重臣でこの国一番の魔道士だ。それをむやみに攻撃するとは」
「この程度の魔法で死ぬ男ではないでしょう」
エリオットがせせら笑った通り、宮廷魔道士はむくりと身体を起こした。焼け焦げ、切り裂かれていた皮膚がみるみるうちに元に戻る。あの程度の魔法じゃ無理だったか。
「ケネス様、私なら大丈夫です。エリオット様のご挨拶程度の魔法ですから」
もとの姿に戻った宮廷魔道士は落とした巻物を拾い上げ、不気味な微笑みを浮かべた。エリオットが露骨に不快な表情をする。
「魔法使い、お前の手口は分かっている。ヒースを使って俺を消すつもりだな。昔から兄上は、自分の手を汚すことはしなかった。汚い仕事は全て他の者にやらせて自分は安全な位置にいる。それともこの魔法使いが勝手にやったことで、兄上は何も知らないとでも言うつもりですか?」
「エリオットには何か誤解があるようだ」
二人が話す会話が頭にあまり入ってこない。身体が痺れてきた。そういえば毒の剣が身体にささったままだった。あれをどうにかしないと。
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俺は怒りに任せてこの場にいる兵士たちやケネスを殺してしまう所だった。今まで誰も殺したことないのに。それが簡単にできてしまうことに気づいて怖くなった。誰も殺さなくて本当によかった。
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「……カル、痛かったな。あと少しだけ我慢しろ。すぐに治してやるから」
「ヒース、まだそいつの尋問は終わっていないぞ」
「兄上、もう充分でしょう。カルは部屋に連れて帰ります」
お腹のあたりがひんやりとした氷の魔法に包まれて痛みが消える。子守唄のようなヒースの呪文が聞こえてきて瞼が重くなる。俺はそのまますぐに眠りに落ちてしまった。
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