私の可愛い妖精

ゆか

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年に一度の春の宴。国中の貴族が集まり三日間に渡り開かれる夜会は、余程のことがない限りどの貴族も必ず一日は参加をする。

国一番の広さを誇る会場では、貴族が王族の挨拶の後にクルクルと回り始める。

ヘンリクも同様にサンドラとそのダンスの輪に入り、二度目のダンスを楽しんでいた。

その輪の中にチラリとアルレイシアとラットン侯爵の姿を認め、楽しい気持ちは一気に不快なものへと変わる。


アルレイシアは一人で夜会に参加する時は誰とも踊らない。ただでさえ夫がエスコートしない事は恥ずかし事で、夫以外の男と踊れば男漁りをしに来ている取られるからだ。

今アルレイシアと踊っているのは現ラットン侯爵であるゲルガー。

ゲルガーは貴族の催しがあまり好きではない為、滅多に顔を出すことが無い。だからこそ早い段階でヘンリクを養子に迎えたのだろう。

そのゲルガーが自由参加である春の宴に来たことは一度もない為、アルレイシアがゲルガーに無理を強請ったに違いないと思った。



「夫に相手にされないからと言って義理の父に粉を掛けるとはとんだ悪妻だ」


曲ももう終わるという頃、ヘンリクはサンドラに待つように言うとアルレイシアとゲルガーの元に向かった。



「ご無沙汰しております侯爵様」


「・・・ああ、君か」


曲が終わりすぐに声をかけて来たヘンリクを見て、ゲルガーは眉をしかめ、アルレイシアは困ったようにゲルガーを見上げた。




「侯爵様はこういった場があまりお好きでは無いのでしょう。申し訳ございません」


ヘンリクは自分が妻をエスコートしなかった為にゲルガーの手を煩わせた事に謝罪をした。

今日のところは連れ帰りサンドラには後で詫びの品を贈れば良いと、ついでに今夜アルレイシアを抱いてやれば好いた男のために多少は大人しくもなるとも考えた。


「君は何を言っている?何故君が謝る必要がある?義娘むすめのパートナーが席を外しているのだから義父である私が相手を務めてなにがおかしい」


飽きれた様なゲルガーの言葉にヘンリクは困惑した。

パートナーが席を外している?つまりはエスコートは侯爵では無い。

滅多に来ない侯爵がたまたま参加した場で、エスコート無しは恥ずかしかったのだろう。私が席を外していると伝えたに違いないと思いヘンリクはアルレイシアを見た。

何時も連れ歩く時とは違い今日はやけに豪華なドレスを身につけていた。

シンプルな白地のドレスは薄く繊細な金のレースを合わせた豪華なもの、浅く空いた胸元にも、白く薄いレースで覆われていた。身につけている装飾品は全て鮮やかなアクアマリン。

明らかにヘンリクが連れ歩く時と装いが違っていた。


「お手を煩わせ申し訳ございません。後は私が」


そう言ってアルレイシアの手を取ろうとするも、触れる直前にヘンリクの手はパンッと払われた。


「!!?、な、なんだ君は!」


手を叩かれ驚いたヘンリクはその元凶を睨み付けた。

男はヘンリクへ一瞥をくれてからアルレイシアの肩をそっと抱き寄せた。


「私の可愛いレディに触れないでくれるか」


「!!?・・・フランツ・エリストロ、殿?」


何故貴方が、そう口にしてこの場の異常に気がついた。

夫ではない男に肩を抱かれたアルレイシアは拒絶する所か恥ずかしそうに頬を染め、ゲルガーはその様子に何も言わない。

まさか侯爵公認の愛人なのか。そうだとしてもゲルガーが王族も参加する公やけの場で黙認するとは思えなかった。後継を産まない女が愛人を連れ歩くのは恥ずべきことだからだ。



「ゲルガー様、私のレディを返して頂いても?」

「たった一曲で随分と嫉妬深いな」

「危うく虫がつくところでしたから」

「それについては謝罪しよう。まさか本当にこうだとは思わなかったのだ」

「・・・今回は仕方ありません。この様子では知らなかったようですし」


フランツはくすりと笑みを浮かべヘンリクを見、ゲルガーは小さく溜息をついた。


「ヘンリク、知っていると思うが紹介しよう。フランツ・エリストロ殿、アルレイシアの婚約者だ」

「これからはに顔を合わせるでしようからよろしくお願いしますよ」


アルレイシアを抱いたままそう告げるフランツに、ヘンリクの思考は混乱した。


「待ってください、アルレイシアの婚約者?何を言っている?私の妻が何故婚約?」

「お前とアルレイシアの婚姻は既にひと月半も前に無効となっている。だが、クラウム家との事もありアルレイシアを私の養女とした」

「待ってください、一体なぜ」

「・・・・クラウム領のサンカラサ川から引いた水は水源の乏しい我が領にとって金よりも価値がある。その水源を我が領の鉱石の斡旋ではクラウム家にとって利はさほどない。両家が揉めることになれば伯爵は迷わず水を止めるだろう。恒久的に水を使うためにお前を養子に迎えクラウム家の娘との婚姻させ、生まれた子にラットン家を継がせる筈だったが、どうも相性が悪すぎたようだ」


離縁の通知は既に受け取っている筈だと話すゲルガーの言葉に、足元がぐにゃりと歪んだ。

気がつけば侯爵邸へ急ぎ馬車を走らせ、何時だったかアルレイシアが置いていった封筒を執務室の引き出しをひっくり返して探していた。


あの日手にした封筒は書類達の中程にあり、ヘンリクはすっかりとその存在を忘れていた。よく見れば開封口には貴族院からである証明の割印がされていた。

中身を引き出せばそれは婚姻の無効を認めると言う正式な書類。夫側に不服があれば三日以内に申請をするようにとある。



この国では三年以上白い結婚を貫いている場合、離縁を女性側から申請することが出来るが、この場合は離縁ではなく婚姻無効。

申請は貴族院で受けており、受理されれば即認められるのだ。ただし、指定の医師の診断が必要となるため殆ど申請はないという。貴族院が指定する医師はみな男だからだ。



只只信じられなかった。アルレイシアが女にとって屈辱でしかない診察を受けたのだ。

それ程までに別れたかったのだ。


自分と婚姻を結ぶために家の力を使い妻に収まった。何だかんだと尋ねて来てはお茶だ食事だと擦り寄り、夫が伴わなくともパーティに参加し社交をこなしていたのは自分に気があるからのはず。



混乱する頭で必死に思い返した。

アルレイシアとの婚姻の話が出たのは5年ほど前、ヘンリクがラットン家に養子に入り一年程した頃だ。元々伯爵家の三男だったヘンリクは予備として教育を受けていたためその頃には侯爵領の一部の管理を受けられるようになっていた。

その一年後に婚約が決まり一年の婚約期間の後婚姻を結んだ。


婚約が決まった頃、サンドラに出会った。

美しく妖艶なサンドラに一目で恋に落ち逢瀬を重ねた。クラウム家との婚姻は政略、自分が愛人を持つことはおかしなことではなく咎められるような事でもない。そう、割り切っていた。


婚約者を最初から疎んでいた訳では無い。たとえ政略結婚でも上手くいくと思っていた。

だがあの日の出来事で全てひっくり返ったのだ。


ある日の紳士クラブでの事だった。カードやチェスに興じ、友人たちと楽しい時間をすごしていた時、どこからか自分の話が聞こえてきた。

噂話をしているのは部屋の橋にあるテーブルの数人の男だった。見覚えがないことから、恐らくは下級貴族であろうと思われた。

それは自分にサンドラという美しい愛人がいるという話だった。褒め称えられるサンドラに随分と気を良くしていたが、その後の婚約者の話にカッと血が昇った。

ラットン子息は年下の女に買われた哀れな男だと言うのだ。

その物言いはまるで婚約者が仕組んだかのようなもので、だからかと妙に納得してしまった。


新規での水路建設には莫大な金がかかる。ラットン領では質のいい鉱石が取れ、水と引き換えに融通する事になっていた。十分な取引き、なのに何故婚姻が必要なのか?

男たちの「女に買われた」と言う言葉に、彼女がそう仕向けたのではと思ってしまった。

友人達を見れば気まずそうに目を反らす。

ヘンリクの無駄に高いプライドが大きく傷ついたのだ。


ヘンリクがラットン家へ養子として迎えられたのはアカデミーでの成績が良かったからだ。いや、正確には高位貴族の子息の中で、だ。

高位貴族のスペアとして教育を受け、成績もそれなりに良い。そして政略相手の娘、アルレイシアと年回りが良かったのだ。



(あれが単なる噂で、アルレイシアが何もしていなかったとしたら?)

(この三年、互いの家のために関係を改善しようとしていただけだとしたら?)

(少しでも自分も歩み寄っていれば……違ったのか。)

(アルレイシアを養子に?ならば私はどうなる?)


全ては手遅れ。

ヘンリクを残し周りは新しく動き出していた。





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