永屋町怪道中

描き人 トッシュ

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真宵迷いて知らぬ町

混沌とした転機

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「さて、今日はこれくらいかな。
自力で家の中を少し歩く位なら出来る筈だ。」
紳士エトワールは微笑んでイタミをそっと庭に降ろした。
イタミが恐る恐る足を地面につけると、身体が痛む事は無かった。
「痛くないです…こんなにすぐ治るものなんですね……」
「私位の力が有れば、本当はあの場ですぐに治せなくも無かったのだが…
クオン君の容態が厄介な状態になっていたから、無闇に私の強力な魔法を当てる事が出来ないのだよ…
もう暫く、不便をかけると思う。」
「不便だなんてそんな…僕は、貴方と一緒居られる事が嬉しくて…寧ろ離れたくなくて……
あっ…えっと…その……
沢山良くしてもらっていますし……」
「私に気を遣わなくても良い…
クオン君に合うカメラが出来るまでの間、このカメラを使ってくれ。」
「有難うございます!!
(僕は別にエトワールさんのお古でも充分なのに…凄く嬉しい)」
イタミは紳士エトワールからお古のポラロイドカメラを受け取って、物凄く嬉しそうにしていた。
一方で紳士エトワールは、そんなイタミを見て堅い表情になった。
紳士エトワールは気持ちを切り替えるべく、ひとり風呂に入る事にした。

紳士エトワールは全身を丁寧に洗い、 湯船に張ったお湯に、乾燥ハーブを詰めた布袋を入れてゆっくりと回した。
するとお湯にハーブが溶け込んで、ジンジャーティーの様な香り漂う薬湯へと変わっていった。
紳士エトワールはその香り高いお湯にゆっくりと身を入れると、ふうっと息を吐きながら力を抜いていった。
「ふう…静かで落ち着く……」
すると、紳士エトワールの身体から溢れ出た魔力がお湯に溶け込み、お湯は柔らかで一層心地よいものに変わっていった。
そして、緑と塀が上手く溶け込んだ閉塞感の無い庭を眺めながら、紳士エトワールは癒しのひと時をかみしめていた。
しかし此処に、全く落ち着けない者がいた。
「はぁ…どうしてこんなに……」
イタミは浴室に居る紳士エトワールの事で頭がいっぱいだった。
今すぐにでも一緒に入ってしまいたかった…入れないなら、せめて姿を見ていたかったのだ。
イタミは息苦しさに堪えかね、紳士エトワールのお古のカメラを胸に抱いた。
すると、ポラロイドカメラは次々と写真を吐き出した。
最初は真っ黒な幾枚もの写真から、ゆっくりと現像が進んで浮かんでいく映像……
生まれて初めて見るポラロイドの現像の様子を、イタミはただ茫然と見ていた。
すると、音に驚いた紳士エトワールが浴室から出てきた。
「カメラが故障したのか!?
……!!?
…クオン君……これは………」
「エトワールさん…?
……え………えぇえええ!!?」
現像された写真はどれも、今までイタミが見てきた紳士エトワールの姿が写っていたのだ。
そしてその全ては、古いポラロイドカメラとは思えぬ程に余りにも鮮明で、ピントも全て紳士エトワールに合わせた様な仕上がりであった。
そしてカメラはまた数枚、写真を吐き出した。
「まさか…………………………
クオン君…これは処分してくれ…
流石に………」
そこには、浴室内での紳士エトワールの姿や、慌てて出てきた現在の姿がありありと写っていたのだ。
紳士エトワールにしてみれば盗撮も同然だった。
「そ…そんな……」
イタミは何故か、その念写真を手放したくなかった。
こんなに綺麗に撮れたのに…写る紳士エトワールはどれも輝いた思い出なのに…そこに写っているのは全て紳士エトワールなのに…イタミはそう思っていたのだ。
イタミは失恋でもしたかの様な悲しい気持ちで写真を拾い集めた。
それを見た紳士エトワールは、イタミが可哀想に思えてきたのか、咳払いをして、背を向けたまま話し始めた。
「仕方ない…
クオン君だけが開けるアルバムも用意しておくから…誰にも見せない様に……」
「本当ですか……?
良かった………」
「そんなに愛おしそうに……抱かないでくれ……」
「そう言えば…お風呂の途中では…ありませんでしたか?」
「そうだが……クオン君…??」
イタミは徐ろに上着を脱いで紳士エトワールに羽織らせると、そのまま紳士エトワールを抱きしめた。
戸惑う紳士エトワールをよそに、イタミは甘くなった声で「湯冷めしちゃいますよ」と囁いた。
背は紳士エトワールより少し低いものの、逞しさでは上回っているイタミの身体は、ゆっくりと確実に、紳士エトワールの身体を温めていた。
「このまま………」
「クオン君………?」
「……………………えっと…………
一緒に……入っても…良いですか?」
「ああ…風呂に入りたかったのか。
私は構わないが…」
「やった…………あ、有難うございます」
「……」
堅い表情のままの紳士エトワールをよそに、イタミは浮き足立った感情で服を脱いでいった…

「………」
イタミは紳士エトワールと居られる事が嬉しくて、終始笑顔でその身を洗っていた。
すると紳士エトワールは何を思ったのか、徐にすっと立ち上がった。
「え…エトワール…さん?」
「これより…お見せ致しますは……優美なる…癒しの楽園…これはうつつか夢まぼろしか…その身で確としかとお確かめあれ。」
紳士エトワールがばっと腕を左右に広げると、お湯が大量の泡に変わって湯船を包み込んだ。
「わぁ!?」
驚くイタミをよそに、紳士エトワールは両腕を眼前に回してから上へと上げ、泡をシャボン玉の様に持ち上げた。
マジックで小さなバスタブを広くて機能的な物に作り替えていたのだ。
「凄い…凄いです!!」
イタミが無邪気にはしゃぐのを見た紳士エトワールは、ふっと柔らかな表情を浮かべて湯船に浸かった。

全身を洗い終えたイタミも湯船に入り、浴室に穏やかな水音が休み休み響いた。
無防備に寛ぐ紳士エトワールをぼんやりと見つめていたイタミは、ある疑問を抱いた。
(エトワールさんは…一体何歳なんだろう?)
一見すると、シワやたるみ等も無く綺麗なのだが、よく見ると、若々しさ等も無いのだ。
何体もの御遺体を弔ってきたイタミにとって、年齢と言う概念さえ感じさせない紳士エトワールの身体は、美術品の様だった。
「く…クオン君……」
紳士エトワールの少し強張った声で我に帰って紳士エトワールを見ると、端正な顔は紅葉の様に赤くなっていた。

「その…そんなに…見られると……」
「ええっ…あっ…すみませんっ」
イタミは慌てて紳士エトワールに背を向けて視線を外した。
しかし、イタミの意識と視線は、引き寄せられる様に紳士エトワールの方へと向いて行くのであった。
すると耐えかねた紳士エトワールが、静かに口を開いた。
「クオン君…私の身体は…そんなに…変…なのか…?」
イタミは紳士エトワールを余りにも見つめていた事に気付き、顔を真っ赤にしながら、慌てて答えた。
「へ…変だなんてそんな!…む、寧ろ美し過ぎる位です!!こ…ここんな…美術品…みたいな……」
「び…美術品…!?」
「すす…すみませんっ!!」
「あ…いや…その……驚いただけで…その…なんだ…怒っては…」
余りにも変な空気に、2人は気まずくなってしまった。

2人がぎこちない様子のまま浴室を出て、イタミはある事に気付いた。
ここは逃げた先に行き着いた場所…自分の着替えなど、ある筈が無いのだ。
「先程のお返しだ…目を閉じていてくれ。」
不意に耳元で聞こえた優しい紳士エトワールの声に、イタミは抗えず目を閉じた。
すると、イタミは今まで感じた事が無い程、暖かく心地良い感覚に包まれ、ふわり…ふわり…と優しく纏われる感覚がゆったりとしたテンポで繰り返された。
紳士エトワールに「目を開けて…」と言われてそっと目を開けると、イタミの全身はすっかり乾かされ、ゆったりと着心地のよい部屋着を着ていたのであった。
「エトワールさん…これは……」
イタミが振り返ると、紳士エトワールはまだ濡れていて、今から拭き始める所だった。
「す…すみませんっ!!」
「っ…」
なんとも居づらくなったイタミは、独り先に脱衣室を出て、サンルームタイプのリビングにあるソファに腰をおろした。
「はぁ…嫌われちゃったかな…」
何とも悲しい思いになったイタミは、紳士エトワールのお古のカメラを抱きしめた。
ただただ紳士エトワールの傍に居たい…紳士エトワールの事が知りたい…そんなすがる様な想いだった。
すると、カメラはぼんやりと光って写真を吐き出した。
どうやら吐き出された紳士エトワール自体が光っている様だ。
イタミが不思議に思って写真を見ると、ぼやけてはいるが、自分と一緒に湯船に浸かる紳士エトワールが写っていた。
しかし、湯面にぼんやりと写る姿は、どこか紳士エトワールと違っている様な気がした。

紳士エトワールは脱衣室から出ると、早速イタミ専用のアルバムを作り始め、イタミは物陰から興味深々そうに覗いていた。
紳士エトワールは古びた羊皮紙を幾重にも貼り合せて厚く硬い板を作り、本革と合わせた。
「羊皮紙って…高いんじゃ……」
イタミの口から溢れた素朴な疑問に、紳士エトワールはふんわりと微笑んで答えた。
「フフ…ここ隔界かっかいには、君達が驚く様な突然変異を遂げた羊や牛が野生動物と一緒に数多く生息しているのだよ。」
イタミにとってそれは、正に御伽話おとぎばなしの様なものだった。
「さあ、アルバムの土台が落ち着くまで寝かせておく必要がある訳だし、私達も寝るとしようか。」
「はい…」
紳士エトワールとイタミは、ぎこちない空気のまま、紳士エトワールの寝室へと向かった。

紳士エトワールの寝室は遊び心でいっぱいの窓が特徴的な屋根裏部屋で、不思議な世界観を持ちながらも、秘密基地に居る様な高揚感と安心感を覚えた。
そしてその片隅には、イタミの部屋の土台付きのベッドとは打って変わり、シンプルでありながら、フカフカしたチョコスイーツの様なベッドがあった。
「不思議な形のベッドですね」
「フフ…こうすると色んな意味で眠り易くなるのだよ。」
よく分からないまま、ふと視線を動かすと、ベッドの周りには芝生の様なマットが敷かれていた。
「こんな所に…芝生……?」
「フフ…全ては朝になれば解るさ。」
何ひとつ腑に落ちないイタミを他所に、紳士エトワールは彼を優しくベッドへと誘った。


緊張と興奮のあまり寝付けず、イタミは夜明け前から朝は遅くまで眠る事となった。
そして朝分かる筈の事は全て、分からずじまいになったのであった。
目覚めたイタミが慌てて階段を降りていくと、シンプルでありながらも、健康的で美味しそうな食事が用意されていた。
「おはようクオン君。よく眠れたかい?」
「え…あっ……ハイ………」
イタミは、紳士エトワールの無防備さの中に色気のある寝姿に、魅入って寝付けなかったと言える筈もなかった。
「クオン君は、此処に…隔界かっかいに住みたいんだったね。」
「はい。」
「だから、メーテ君に会わせるのも兼ねて、移住いの儀いずまいのぎを行おうと思うのだけど…いつ位がいいかな?」
「それをすれば、僕はここにずっと居ても…良いんですよね?」
「ああ、勿論だよ。」
「すぐにでもしたいです!」
「おやおや…随分と気が早いのだね…連絡してみるとしよう。」

イタミは朝食と身支度を終え、2人で紳士エトワールの営むカフェに入った。
そこは木の温もりに溢れ、植物がモチーフの椅子が遊び心を覗かせる空間だった。
イタミが商品の雑貨を眺めている間に、紳士エトワールは大きなステーキ肉の下処理を始めた。
「フフ…彼はこの花を使った料理が…特にこの肉料理が大好きなのだよ。」
「見た事ない花ですね…」
「フフ…この花は私が居ないと駄目だからね…」
「え……」
紳士エトワールの言葉の意味を、イタミには理解出来なかった。
そうこうしている内に、カフェの扉が開かれた。
「人の子よ…会いに来たぞ…」

紅く光る目とマグマの様な口内と言う、人とは明らかに異なる姿と、
静かで低くも何処か圧にも似た力強さを感じる声に、イタミは身震いした。
「よく来たねメーテ君。」
「は…初め…まして……」
「ふむ…彼奴あやつがガチガチの童貞と言っていたのは、この人見知り感の事であったか…」
声の主はそう言うと、身を低くしてイタミに話しかけた。
が名はMētheúsメーテウス永屋町ながやまちに棲む土地神代わりの邪神だ…宜しく頼むぞ…人の子よ。」
「は…はい……」
イタミは強張りながらも、ふとある疑問を抱いた。
邪神とは言え、土地神を務めている神に対する紳士エトワールの態度が、自分に対するそれと変わっていないのである。
そして邪神メーテウスも、紳士エトワールの事を怒る事も無く、友人の様に接しているのである。
「人の子よ…吾の事は、メー様でもメーテ神でも構わぬぞ…まあ、大抵の者は邪神様と呼んでいるがな。」
「め…メー…様……
あっ…えっと……僕は…イタミ クオンです。
宜しくお願いします…」
「ふむ…警戒や人見知り感はあるが、臆病者とも違う様だな。」
イタミが呆気にとられていると、紳士エトワールが口元に手を添えて笑い始めた。
「え…エトワールさんっ」
「すまない…余りにも…態度が違いすぎて……」
「何…エトにはもう懐いていると言うのか?」
「と言うよりも…唯一味方と判断出来たのかもね…」
「ああ…此れは人見知りではなく、人間不信であったか…」
自分も懐かれたそうに羨ましがる邪神メーテウスの姿に、イタミは少しだけ安心した。
「して…イタミは住民になるのだったな。
移住いの儀いずまいのぎについて話をしようぞ。」
「はい…」
移住いの儀いずまいのぎとは、人攫いひとさらいではなく、同意の下で「」異界に渡る事を冥府や神界に伝える。
言わば転居届けの提出なのである。
此れをしないと、冥府がイタミを強制葬還きょうせいそうかんする為に魔の使いを放ってしまう…つまり、いづれ命の危険が迫ってくる事になるのである。
「生きたまま元の世界に帰そうとはしないのですか?」
「戦うのが必至な状況なのと、再犯防止に最も効果的だからな。」
「幾ら此処が隔離された世界でも、行き交う術がある以上、冥府が君の魂の匂いを辿って見つけ出す可能性は残るのだよ。」
「まさか昨日の黒いのは…」
「あの程度の者なら…単に私達に付いて来て迷い込んだだけだろう。」
「冥府が放つのは、もっと強くて狡猾こうかつな連中だからな。
そしてこの事象は逆も然りなのだ。
此処の者になれば、元の世界に居る時に冥府の者に狙われる事になるのだ…それでも良いか?」
色々と疑問は残るが、この世界に住むには、元居た世界に別れを告げる必要が有るのは確かだった。
散々な思いをしたイタミにとって、そこには何の迷いも無かった。
「僕はエトワールさんの所へ…この世界へ移住します。」
「……確と受けたぞ、イタミよ。
では、参ろうか。」
一同は儀式を執り行うべく、カフェを出て行った。

朝とは打って変わって楽しそうな声が時折聞こえる通りを抜け、一同は広場へとたどり着いた。
そこは蝶々と戯れる子どもや、日向で気持ち良さそうに眠る猫が居る長閑な場所であった。
「では、始めるとしよう…」
紳士エトワール邪神メーテウスは、2人で踊る様に舞い、紳士エトワールの紅茶と邪神メーテウスの炎を織り交ぜていった…
邪神メーテウスの力強く大胆な動きと紳士エトワールの繊細で優美な動きのコントラストに、イタミは魅入ってしまった。
そうこうしている内に、火で縁取られた紅茶の水鏡が出来上がっていた。
「イタミよ…其方の元々の住処を思い出して触れるのだ。」
イタミは邪神メーテウスに促されるままに、水鏡にそっと触れた。
水鏡は波打ちながら、イタミの住んでいた部屋を映しだした。
すると先日の遺族達が、大家に扉を開けさせて部屋を荒らしていたのであった。
「随分不躾な人の子が居るのだな…」
「恐らく、僕が預かっている遺産か口座の暗証番号的な物を探して居るのかと…」
「更生する気が無いとは…やれやれ…少し懲らしめてやるとしよう。」
「そんな事…出来るんですか?」
「フフ…今のクオン君と私なら…ね。」
少し悪戯気のある紳士エトワールの笑顔と、紳士エトワールと2人で…と言ったニュアンスの言葉に、イタミの心臓は射抜かれてしまった。
「さて、先ずはクオン君の心魂織りしんこんおりで、彼等のお父様とリンクしよう。
クオン君、意識を其処で遺族達を見ている彼に向けてくれないか?」
「は、はい……」
訳も分からぬまま、イタミが意識を集中させ、紳士エトワールがそっと手を向けると、彼はその力を辿って鏡の所までやってきた。
「イタミ…イタミなのか?」
「はい、今は別の世界から繋がっています。」
「無事で良かった…巻き込んですまない…」
あの夜の一部始終を見ていたらしく、彼はイタミの事をずっと心配していたのであった。
すると、紳士エトワールがイタミの手にそっと触れて彼を此方側へと引き寄せた。
「ここは…?
おお、イタミ!怪我も無さそうで良かった…儂の子ども達が…すまない…」
「いえいえそんな…
僕の怪我は治して貰いましたし、もう新しい居場所が出来ましたので…」
「何と…君を受け入れる生者がいたのか!」
「まだ治療中なのだが……」
「え…?」
「この御仁は?」
「私はエトワール…マジシャンであり、マジシャンです。」
「吾はメーテウス…この地を護る者ぞ。」
「ああ…イタミが受け入れられた理由が分かった気がするよ。
儂は豪炎寺 富雄ゴウエンジ トミオと申します…」
ゴウエンジにとって紳士達の存在は、限りなく珍妙なものに見えた。
どうやら彼は、紳士達の前ではイタミは普通や真面に近いから受け入れられたのだと思った様だった。
「ゴウエンジよ…彼奴らを懲らしめる気はないか?」
「そうしたいのは山々ですが、生憎と存在さえ気付かれない亡霊なものでして…」
「フフ…私とクオン君なら、それを実現する事も可能なのですよ。」
「なんだって!?
儂は何をすれば良いのですか!?
是非ともやらせて頂きたい!」
「おい…」
「ひぃっ!!」
「…われも仲間に入れてはくれぬのか?」
「フフッ…随分と乗り気な様だね。
では、皆で最高のホラーショーにしましょうか。」
こうして一同は、遺族達を懲らしめる事にしたのであった。

「ねえ、本当にあの葬儀屋イタミが遺産に関わる物持ってるの!?」
「何処にもなくて、あの野郎が言ったんだぞ!つーか他に探すアテあんのかよ!?」
目当ての物を見つけられず苛立ち始めた遺族達の元に、身の内も凍りつく程不気味な風が、低い唸り声の様な音を立てて駆け抜けた。
「うわあぁ寒っ…どんだけボロいんだよこの部屋!?」
「ちょっと…あ…あれ!!」
目の前には、透き通った身体の豪炎寺ゴウエンジが、炎に包まれたまま、鬼の形相で立っていた。
遺族達は慌てて弁明しようと騒ぎ始めたが、物凄い剣幕と共に冷たい風が吹き荒れ、場は恐怖の悲鳴一色になった。
「うわぁああ!!!」
「その位にしておきましょう…豪炎寺ゴウエンジさん。」
この場にそぐわぬ程に落ち着きを払った声に、一同は静まり返った。
「お…お前……」
「これで分かったでしょう?
これに懲りて、これからは更生して下さい。」
「わわわ分かった!分かったから助けてくれい!!」
すると、今度は荒々しい勢いで、柄の悪い男達が部屋へと押し寄せてきた。
「おうおう…こんなボロ部屋で何を情けない声をあげてやがる!ああ!?
今日こそは利息だけでも払って貰うぞ!!」
「お前もそろそろ、紹介先で働いたらどうだ?あん?」
どうやら闇金融の取り立ての様だ。
「ヒィ!!」
「仕方ありませんね…
今は私が、この方々が相続する予定の遺産を預かっています。
相続の手続きが済むまで待って頂けませんか?」
「あ?葬儀屋イタミじゃねぇか…まあ良い…それは確実に手に入るんだな?」
「勿論、僕は御本人様から仕事として承っていた事ですから…」

相続の手続きを終え、イタミは頑丈で美しい装飾の施されたケースをそっと開けた。
びっしりと詰められた札束に、遺族達は安堵の表情を浮かべて眺めていた。
「かなり返済が進んだじゃねぇか。毎度あり。」
「残り500万、精々頑張れよ。」
完済出来ていない事に文句が出たが、其処は闇金融…高い利息で借金が大きく膨れていたのだ。

借金取りや遺族達が去り、漸くイタミの移住いの儀いずまいのぎが執り行なわれた。
紳士エトワール邪神メーテウスがイタミを光の輪で囲い、光の柱を上へ上へと伸ばした。
すると、自発光してるかと思う程に真っ白な翼を持つ凛々しい天使がふわりと降り立った。
「私を呼んだのは其方らか。」
「ええ、俗界ぞっかいの者が1人、別界への移住を望んでおります。」
「…メーテウス、また其方か?
信者集めにでも精を出し始めたか。」
「いえ、今回は僕が…自分からお願いしました!」
「ほう…珍しい事も有るのだな。
其方は不運・不遇なばかりで、行い自体は良好だ。認めた者達も居たであろう?
今後ゼウス様の誉れが享受される可能性もあるのだが、それを棄てて別の神から御加護を享受し直す理由を聞こう。」
「僕は死期が近づいた人にしか、信じて貰えませんでした。
化け物の様にさえ見られていました。
しかし、エトワールさんは違います。
誰よりも僕を見て、信じてくれます。
…メー様も、僕を受け入れてくれるみたいです。
僕は…エトワールさんと居たいんです。」
「ふふ…これは面白い理由の様だ。
確と承ったよ。
其方が言うべき言葉は直接意識に送る。
さあ、その決意を天界に届けよ。」
悼 久遠イタミ クオン…父なるゼウス神と別ち、別界へ移住い行くと此処に誓い、その御加護と誉れを返さん。」
すると、イタミの身体から光の粒がふわふわと舞い上がっていった。
「美しいだろう?あれがゼウス様の御加護と誉れだ。
皮肉な物だ…人間がこれを見られるのが、手放す時だけだなんて…」
この天使は、本当にゼウス神を敬愛している様で、何処か寂し気な微笑みを浮かべていた。
イタミはじわじわと仄暗く、内側から冷えていく感じがした。
「さあ、早く別界へ行くが良い。
そこで御加護を享受しなければ、其方は何処の者でもない扱いを受け、全ての世界で追われる身となるぞ。」
「いつも悪いな…」
「フン…其方等が連れ出した者達の分も、ゼウス様から誉れを享受してみせるさ。」
イタミと邪神メーテウスが隔界に戻る中、天使は紳士エトワールを呼び止めた。
「時に写真屋エトワール…」
「貴方までそう呼ぶのですか。」
「其方が撮った写真はまだあるか?」
「有りますよ…どうぞ…」
「はあ…相変わらず御加護や誉れが溢れ返った様な写真だ…
本当に其方は一介の写真屋なのか?」
「何度も言ってるでしょう?
私は、マジシャンであり、マジシャンですと…」
やれやれと言った顔で帰る紳士エトワールの背を、天使は友を見送る様な顔で見つめていた。
「ふふ…どうだか?
個人的にも会いに来て欲しいのですけどね。」

イタミ達と合流した紳士エトワールは、移住いの儀の最終段階に取り掛かった。
「イタミよ…隔界での神の加護は吾ともう一人の神とで与える。」
「え?」
「吾は邪神…加護の質が違う…故に別の神からも加護を受けるのだ。」
「さて、始めようか。」
邪神メーテウスが炎の輪で一同を囲み、紳士エトワールが紅茶を思い切り空に撒いた。
降り注ぐ紅茶の粒は、炎の明かりを受けて光り輝き、やがて光の霧となった。
イタミが、真っ白になった視界の中で目を凝らしていると、一人の男性が目の前に現れた。
彼は朝日の様に美しい金髪と、海を閉じ込めた宝玉の様に美しい輝きを放つ目をしていた。
全てが美しく、至高の美術品かと思う程の美青年は、優しく微笑んで口を開いた。
「私はΑΠΟΛΛΩΝアポルローン隔界かっかいの主神と再創造神を兼任している。
さあ、君の此処での名を定めよう。」
「え…定める??」
「フフ…此処では自身の名にさえ苦痛を覚える者達が来る事もある…
だから、望む者には改名の儀も共に執り行っているのだよ。」
「僕は…最初はこの名前も…嫌でした…」
悼と言う如何にも葬儀屋にお誂えな苗字を当てられ、その事で孤児の頃からからかわれ、嫌な思いをしてきたのである。
「でも…今は悪くないとも…思えるんです。」
「どうしてかな?」
「エトワールさんが…僕を…救ってくれたんです。
そして、初めて…下の名前で呼んで貰えたんです。
だから…」
イタミはその時、主神アポルローンがフフっと見覚えのある笑いを零した様な気がした。
「此処が君の救いの地になる事を…此処の者達が君の希望の友になる事を願って…祝福しよう。」
主神アポルローンがそう言って微笑むと、邪神メーテウスが静かに隣に現れた。
2人が並ぶ様は光と闇を思わせ、イタミは不思議な安心感と神々しさに魅入っていた。
移住いの儀いずまいのぎにおいて、汝に我が祝福を与えん。」
主神アポルローン邪神メーテウスが声を揃えてそう唱えると、光の霧は晴れて辺りは夜空と蒼穹の狭間の様な場所となり、沢山の光の粒がイタミの体の中へと吸い込まれていった…
イタミがその一粒を掌に浮かせて見ると、虹を含んだ明瞭で美しい姿をしていた。
主神アポルローンがイタミに与えたその加護の一粒を、彼は愛しんで胸の中に入れたのであった…
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