永屋町怪道中

描き人 トッシュ

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摩訶不思議な日常

心を織る力

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自転車等の、身体を動かして使う物を操る練習を繰り返し、ひと月が過ぎたある日だった。
女将ハルドナリが、庭だった場所の向こう側から声をかけてきた。
「あんさんらは…何をしてはるんどす?」
「能力を扱う特訓…ですけど…」
「それで、どうやって亡者達から身を守るんどす?
それで本当に御役目が果たせるのか、心配やわぁ…」
イタミは、胸の内で湧き上がっていた、鉛の様に重い気持ちの源泉を、抉り広げられた様な気持ちになった。
「ハルドナリ君、メーテ君の悪い所が似てしまったな…心底失望したよ。」
清らかな湧水の様に、何処までも澄みながらも冷え切ったその声に、イタミの沈み行く意識は、瞬く間に現実まで押し上げられた。
「君はクオン君の何を知っているんだい?
君は木の中の水や力の在り方も、その恩恵も見ぬままに『ただ立つだけの身で陽と水を授かり続けるのか』と責めるに等しいよ。
正に、鶏が飛んで行く様な話だ。」
「どう言う事どす?」
まるで冬に戻った様に冷え切った声で返す女将ハルドナリに、等身大化した紳士ミニエトはただ静かに目を閉じ、両腕を優美に広げた。
すると、それが此処の常である様に色味と明るさに欠けた空から、天使の梯子の様な光が差した。
すると、等身大化した紳士ミニエトが目を開いた時には、自らが源泉となったかの様に清らかな神々さを溢れさせた。
「君はクオン君に、自身が果たせなかった重い役割をさせたくない余り、彼だけが持つ可能性を潰しかけてしまったのだよ。」
「可能性を…潰す?」
「クオン君の力は、心で栽培した綿花を魂の糸車で紡ぎ、他の存在との共生・共栄を織り成す力だ。
つまり、クオン君が心を閉ざした時…その綿花は行き場の無いまま枯れ続ける。」
「それは、あん子がたまたまそん力を持っていたからどすよね?
主神様アポルローンに覚悟が認められれば、ウチにも授けられて扱えたんと違いますの?」
「まだ気付かないのか…些かメーテ君の悪い所が似過ぎた様だな。」
「えっと…」
「なんどす?」
女将ハルドナリの鋭い言葉と視線に怯みかけながらも、イタミは強張ったその口を必死に動かした。
「今話しているのは…エトワールさん…じゃ…無い…です。」
「…え?」
「この感じ…少し…懐かしくて…」
「数日振りにエトワールはんの気配に触れたからと違います?」
「いえ…エトワールさんとは…香りと力の質と言うか…流れ方と言うか…とにかく違うんです。」
「…え?」
すると、思い切りの良い笑い声が飛び、二人ハルドナリとイタミは声の主にばっと顔を向けた。
「香りの意味が解るなんて…予想外だったよ!」
「え…じゃあウチは誰と問答を!?」
「僕が覚えてる感覚が正しければ……アポル様アポルローンです。
堕天寸前の天使が来た時も、こんな風に力を溢れさせて、現れた事が有りました…
その時も…紅茶の香りが、別のお茶になったと思う位に変わったんです。」
すると、主神アポルローンは優しく微笑んでイタミの頭を撫でた。
「ご名答。
能力とは別のその力は…目を見張る物があるね。」
そして、女将ハルドナリの方に向き直り、明瞭な声を響かせた。
「此れが、能力の有無を分けた、決定的な違いだ。
君は独り善がりになってしまったが故に、力を十分に扱える可能性を自ら潰してしまったのだよ。」
女将ハルドナリは、言葉を失った声を零しながら、膝から崩れ落ちた。
主神アポルローンは静かに手を女将ハルドナリに向けて、切ない表情を浮かべながら口を開いた。
「私はただ…独りで背負って欲しくなかった…それだけなのだよ。」
主神様アポルローン…」
「太陽は、命と星々が無ければ、ただの焔でしかないからね。」
「命…」
「次は…我が世界の命となって、皆と輝いてくれるかい?」
「はい…」
女将ハルドナリ主神アポルローンの差し伸べた手を取ろうと伸ばすと、天使の梯子が広がり、女将ハルドナリは泡の様な儚い光の粒達となって昇って行った。
「今のは…」
「転生の準備段階に入ったのだよ。」
すると、昇った先の空から、小さな光達がイタミに舞い降りた。
「…これは?」
「ハルドナリ君の魂が君に遺した、想いだ。
君の心魂織りの力になる事だろう。」
「え…」
「クオン君が私に気付いた事で、ハルドナリ君も君の可能性を感じ、賭けようと思ったのだろう。」
「僕の…可能性……」
「フフ…彼女のお陰で、リハビリみたいな練習も卒業が早まって何よりだ。」
イタミは訳が分からなかったが、自身を認められた事が嬉しかった。
「そう言えばアポル様アポルローン…」
「ん?」
「僕の能力以外の力と、仰ってましたよね…僕には他にもまだ何か有るのですか?」
特殊能力がまだ有るのかと怖さ半分、嬉しさ半分で訊くイタミに主神アポルローンは思い切り笑ってから、彼の頭を優しく撫でた。
「それは心の在り方によって培われた、技能的なものだよ。
心がけ次第で、凡なる者でも身につける事が出来るだろう。」
「え?」
「クオン君が相手をよく観察し、記憶していたから、私が来た事に気付いて教える事が出来た。
それは相手を理解しようとしたからこそのものだ。
そして君は、始めこそ警戒していたものの、相手を君なりに理解し、素直に向き合おうとした…」
「え…それって……」
「相手を認め、共に在ろうとする心…此れこそが心魂織りシンコンオリに必要な綿花の畑なのだよ。」
「僕は……エトワールさんを支えるつもりが、支えられてばかりですね。」
「何故そう思うんだい?」
「もしエトワールさんが傍に居てくれなければ、僕は誰とも向き合えなかったと思います。
僕はこの畑を…きっと枯らしてしまったでしょう。」
イタミの言葉を聞いた主神アポルローンは俯く彼の眼前に静かに立ち、身を屈めて目線をそっと合わせた。
エトワールは…支えてばかりでは無い。
君に誰よりも希望を抱いていたから、君を此処に行かせたのだよ。」
「それって…」
「ああ、君を必要としている。」
主神アポルローンのその言葉にイタミは決意を固め、豊かな海を湛えた様な蒼い瞳を見つめ返した。
すると、主神アポルローンは安心したのか、凪の様に静かな微笑みを浮かべた。
その愛が溢れ返っている様な姿に、イタミは思わず頬に手を添えてしまった。
しかし主神アポルローンはイタミの不敬を咎めるでもなく、小さく笑みを零すと、目を閉じて甘える様に頬を寄せた。
重力も時の流れも其処だけ緩やかになった様に柔らかに揺れる朝陽の様な髪…
伏した瞼に伸びた、眼尻側だけ桃色に色付いた羽の様な睫毛…
朝露に濡れた、乙女色の花弁の様な唇…
すっと流れる様な線で形取られた鼻…
イタミは重なって見えた主神アポルローンの姿に、言い知れぬ懐かしさと愛おしさを感じて離れ難くなった。

その夜、イタミは上手く気持ちを切り替えられず、料理を受け取るのに苦戦した。
等身大化した紳士ミニエトが世話を焼いて何とか済ませた後、2人は微妙な面持ちで湯船に浸かった。
姿は寸分違わず紳士エトワールであるにも関わらず、イタミは魅入ってしまう事も無く、ただただ違和感を感じていた。
「ミニエトさん…」
「ん?」
「僕は…魅了状態だったのでしょうか?」
「どうしてそう思うんだい?」
「恋なら、ミニエトさんを見る時に、いつもエトワールさんを連想すると思ったのですが…ただ違和感を感じるだけなんです。」
「うん…」
「でも、アポル様アポルローンが中に居た時にだけ、エトワールさんに対するそれと同じ様な感情が湧き上がってきたんです。」
「それは…」
そう何か言いかけて沈黙した後、真剣な面持ちでイタミを見つめて口を開いた。
「クオン君が最初から主神アポルローンに反応していたからではないかな?」
「え…だとしたら……僕は………」
「まあ、まだ結論付けるには早いと思うけどね。」
イタミは、余りにも失礼な言動をずっとしていたと思い、意気消沈してしまった。
イタミが沈んだ気持ちのままベッドに入ると、小さき紳士ミニエトが珍しく実頭身化を解いて枕元で眠っていた。
ぐっすりと眠る小さき紳士ミニエトのその姿に、彼が自分を寂しがらせまいと頑張っていたのだと感じ、じんわりと胸が温まった。

朝、イタミが目を覚ますと、少し色の濃いブルートパーズの様な眼に変わった小さき紳士ミニエトがもそもそと手に這い寄ってきた。
掌に乗せると、かなりの熱を持っていた。
「凄く熱いです…風邪ですか?」
「器の私が…風邪などひく筈はないさ。
帽子を取ってくれないかい?」
イタミは言われるがままに帽子を渡すと、小さき紳士ミニエトは中身を全てティーポットに移してから被った。
すると、瞬く間にティーカップハットは新しいお茶で満たされた。
「この香り…アポル様アポルローンのが強いですね。」
「ああ…久し振りに器になったから、受け止めきれなかった様だ。」
器も大変なのだな…と紳士エトワールの事を案じながら階段を降りると、ミントガーネットの様な輝きが星の様に散りばめられた人影が其処にはあった。
「来客の様だね…クオン君は誰か分かるかい?」
宝石に見える輝きから、明るい人か、何かしら輝かしい力を持ってる人物だと読んだイタミは、その特徴に該当する人が居ないか思い返していた。
「ミントガーネットは知識や経験を与える石…レード先生?」
「ご名答♪もう彼に触れられる筈だよ。」
イタミが試しに肩であろう場所に触れると、漆黒の部分はひび割れていき、宝石とお揃いの光を溢しながら崩れ落ち…

変態医薬師レードがその姿を露わにした。
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