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渡る世間に鬼はなし
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アマデウス家のタウンハウスだというところに連れて来られて数日。差し込んでくる穏やかな光で目を覚ます。ふかふかのベッドで目を覚ますのは何日ぶりだろう。起きて体が痛くないって素晴らしいな。
初日は指輪のことで取り乱してしまってエルヴィスに迷惑をかけた。多分魔力を使ったんだろうけど、我を失った俺を眠らせるためにどれ程労力を費やしたんだろう。さらにそこから数日は熱を出して寝込んでしまった。おぼろげながらエルヴィスが常に傍にいてくれたのを覚えている。
そもそも、俺に関わると酷い目に合うというのになぜ保護してしまったんだ…。あのおじいさんは安心しろと言っていたが、これまでに与えられた様々な悪意を思い返せば返すほど安心できる要素なんて見つからない。自分がここにいることでかなりの不利益を被るであろう彼らに、やはり出て行くと言いに行こうか。今からでもまだ間に合うだろうか。
独りベッドで悶々としていると、コンコンと扉がノックされ執事服を身にまとった老年の男性が入ってきた。
「おはようございます。お目覚めですか。」
誰だ、経験から涼貴は咄嗟に身構える。容易く気を許してはいけない、気を許せば堕ちた時に更に苦しくなってしまう。
ベッドからこちらを窺うように見るやつれた青年に微笑みかけながら執事は朝食の準備をする。そのピリピリした様子は手負いの獣のようだ。彼は自分の主人からこの青年の境遇を聞き、心を尽くして真摯に仕えようと決めていた。
「申し遅れました、私はアマデウス家エルヴィス様に仕えておりますポーターと申します。本日から涼貴様の身の回りのお世話をさせていただきます。」
そう言って深々とお辞儀をする男に涼貴は今度は焦った。自分よりかなり年上の人物にそんな丁寧に話しかけられるのは居心地が悪いのである。ほとんど反射でこちらも深く頭を下げる。
「あ、ポーターさん、よろしくお願いします。」
「ふふ、ありがとうございます。でも私には態度を崩していただいていいのですよ。さ、まずは朝食を召し上がって下さい。」
「い、いただきます。」
神殿に捕らわれている間もマシな食事はしていたが、後半は精神的苦痛でほとんど食べられなくなっていたことを考えると久ぶりの味わって食べる食事だ。涼貴がのんびりと食べ進めているとエルヴィスが入ってきた。
「おはよう涼貴。調子はどうだ?」
「おはようエルヴィス。もうすっかり元気だよ。ありがとう。ずっと看病してくれてたよね。迷惑かけてごめん。」
「君が謝ることなど何もない。」
「うん。ありがと。それでさ、俺やっぱ考えたんだけど…」
「涼貴、我々は既に君を保護することを決めた。これは君が何を言おうと変わらん。父上も言っていたが、今は心配をせず守られていなさい。」
何も言うことの出来ない涼貴をよそにエルヴィスは部屋に人を呼び入れる。
「彼らはこれから君の世話をする者たちだ。全てアマデウス家の人間で信用できる。私も父もずっとここにいられないからな。」
老若男女、人間もいれば獣人もいる。涼貴はとりあえず軽く会釈をしておいた。
「すぐに打ち解けろとは言えないが、ゆっくりでいい、信頼はしてやってほしい。」
「がんばる。」
「それから、色々と説明しておかないといけないこともある。今夜父ともう一度来るよ。それまでは体を休めていてくれ。」
「分かった。俺、この部屋から出てもいい?」
「もちろんだ。だが、必ず護衛と一緒にな。1人はダメだ。散歩をすれば気分転換になるかもな。」
エルヴィスは俺の肩を叩いて立ち上がり、帰っていった。仕事に向かったんだろうか。残った人たちに一応よろしくお願いします、と挨拶はしたがまだ歩み寄ろうと思う程に心が回復していない。態度が悪いと嫌がられるかもしれないが、そういえば俺はこれ以上ない程嫌われているんだった。この人たちも内心は嫌々だろう。めんどくさがられないように何もしない方がいいのかもしれない。
食事を終え、さて夜まで何をして過ごそうかと窓を眺めているとポーターさんが話しかけてきた。
「涼貴様、部屋の外へお出かけにならないのですか?」
「いいの?俺が動いたら迷惑じゃないですか?」
「迷惑だなんてとんでもない!ここでは涼貴様のお心のままにお過ごしください。それが我々にとっても一番嬉しいことです。」
「じゃあ、どこか自然を感じられるところに行きたいです。」
本当に?と言うのはやめた。
良く仕立てられた服に着替えたら、後ろにポーターさんと体格のいい獣人さん2人を護衛として連れて外に出た。出て、なぜエルヴィスが絶対に護衛をつけろと言ったのかよくわかった。俺の部屋の外で働いている使用人の人たちはみんなまるで俺が病原菌かのような目で見てくる。睨みつけたり顔をしかめるだけならまだましで、堂々と罵倒したりわざと怪我をさせようとする人までいた。これは1人で出歩いた途端にいい標的としてボコボコにされるだろう。なんとか中庭に辿り着いたけど、そこで首輪をつけて仕事をしている獣人を見てしまって俺はもう駄目だった。
「ごめんなさい、折角ついてきてもらったけど部屋に戻ります。」
「えぇ、そうしましょう。」
そうだった、俺の心が一度跡形もなく壊れたんだった。これくらいの刺激でも神殿で味わった苦痛がフラッシュバックして、すっかり弱った俺の体は床に崩れ落ちる。手は冷たいし息も苦しい。こんなに弱弱しい自分を認められなくて更に意識は遠のいていく。失礼します、と護衛の1人が俺をマントで包んで抱え上げるのを感じながら俺は意識を手放した。
初日は指輪のことで取り乱してしまってエルヴィスに迷惑をかけた。多分魔力を使ったんだろうけど、我を失った俺を眠らせるためにどれ程労力を費やしたんだろう。さらにそこから数日は熱を出して寝込んでしまった。おぼろげながらエルヴィスが常に傍にいてくれたのを覚えている。
そもそも、俺に関わると酷い目に合うというのになぜ保護してしまったんだ…。あのおじいさんは安心しろと言っていたが、これまでに与えられた様々な悪意を思い返せば返すほど安心できる要素なんて見つからない。自分がここにいることでかなりの不利益を被るであろう彼らに、やはり出て行くと言いに行こうか。今からでもまだ間に合うだろうか。
独りベッドで悶々としていると、コンコンと扉がノックされ執事服を身にまとった老年の男性が入ってきた。
「おはようございます。お目覚めですか。」
誰だ、経験から涼貴は咄嗟に身構える。容易く気を許してはいけない、気を許せば堕ちた時に更に苦しくなってしまう。
ベッドからこちらを窺うように見るやつれた青年に微笑みかけながら執事は朝食の準備をする。そのピリピリした様子は手負いの獣のようだ。彼は自分の主人からこの青年の境遇を聞き、心を尽くして真摯に仕えようと決めていた。
「申し遅れました、私はアマデウス家エルヴィス様に仕えておりますポーターと申します。本日から涼貴様の身の回りのお世話をさせていただきます。」
そう言って深々とお辞儀をする男に涼貴は今度は焦った。自分よりかなり年上の人物にそんな丁寧に話しかけられるのは居心地が悪いのである。ほとんど反射でこちらも深く頭を下げる。
「あ、ポーターさん、よろしくお願いします。」
「ふふ、ありがとうございます。でも私には態度を崩していただいていいのですよ。さ、まずは朝食を召し上がって下さい。」
「い、いただきます。」
神殿に捕らわれている間もマシな食事はしていたが、後半は精神的苦痛でほとんど食べられなくなっていたことを考えると久ぶりの味わって食べる食事だ。涼貴がのんびりと食べ進めているとエルヴィスが入ってきた。
「おはよう涼貴。調子はどうだ?」
「おはようエルヴィス。もうすっかり元気だよ。ありがとう。ずっと看病してくれてたよね。迷惑かけてごめん。」
「君が謝ることなど何もない。」
「うん。ありがと。それでさ、俺やっぱ考えたんだけど…」
「涼貴、我々は既に君を保護することを決めた。これは君が何を言おうと変わらん。父上も言っていたが、今は心配をせず守られていなさい。」
何も言うことの出来ない涼貴をよそにエルヴィスは部屋に人を呼び入れる。
「彼らはこれから君の世話をする者たちだ。全てアマデウス家の人間で信用できる。私も父もずっとここにいられないからな。」
老若男女、人間もいれば獣人もいる。涼貴はとりあえず軽く会釈をしておいた。
「すぐに打ち解けろとは言えないが、ゆっくりでいい、信頼はしてやってほしい。」
「がんばる。」
「それから、色々と説明しておかないといけないこともある。今夜父ともう一度来るよ。それまでは体を休めていてくれ。」
「分かった。俺、この部屋から出てもいい?」
「もちろんだ。だが、必ず護衛と一緒にな。1人はダメだ。散歩をすれば気分転換になるかもな。」
エルヴィスは俺の肩を叩いて立ち上がり、帰っていった。仕事に向かったんだろうか。残った人たちに一応よろしくお願いします、と挨拶はしたがまだ歩み寄ろうと思う程に心が回復していない。態度が悪いと嫌がられるかもしれないが、そういえば俺はこれ以上ない程嫌われているんだった。この人たちも内心は嫌々だろう。めんどくさがられないように何もしない方がいいのかもしれない。
食事を終え、さて夜まで何をして過ごそうかと窓を眺めているとポーターさんが話しかけてきた。
「涼貴様、部屋の外へお出かけにならないのですか?」
「いいの?俺が動いたら迷惑じゃないですか?」
「迷惑だなんてとんでもない!ここでは涼貴様のお心のままにお過ごしください。それが我々にとっても一番嬉しいことです。」
「じゃあ、どこか自然を感じられるところに行きたいです。」
本当に?と言うのはやめた。
良く仕立てられた服に着替えたら、後ろにポーターさんと体格のいい獣人さん2人を護衛として連れて外に出た。出て、なぜエルヴィスが絶対に護衛をつけろと言ったのかよくわかった。俺の部屋の外で働いている使用人の人たちはみんなまるで俺が病原菌かのような目で見てくる。睨みつけたり顔をしかめるだけならまだましで、堂々と罵倒したりわざと怪我をさせようとする人までいた。これは1人で出歩いた途端にいい標的としてボコボコにされるだろう。なんとか中庭に辿り着いたけど、そこで首輪をつけて仕事をしている獣人を見てしまって俺はもう駄目だった。
「ごめんなさい、折角ついてきてもらったけど部屋に戻ります。」
「えぇ、そうしましょう。」
そうだった、俺の心が一度跡形もなく壊れたんだった。これくらいの刺激でも神殿で味わった苦痛がフラッシュバックして、すっかり弱った俺の体は床に崩れ落ちる。手は冷たいし息も苦しい。こんなに弱弱しい自分を認められなくて更に意識は遠のいていく。失礼します、と護衛の1人が俺をマントで包んで抱え上げるのを感じながら俺は意識を手放した。
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