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第五章 準決勝
その5 調理は数だよ! 兄貴!
しおりを挟む俺は知っている、『名状しがたいもの』とはクトゥルフ神話で使われるフレーズだ。
でも、それで部長がどんなカクテルを作るかはわからない。
「あら、撫子さん。そんな思い付きのお題でわたくしに挑もうだなんて、愚かですわね。あなたは灰かぶりでも飲んでお帰りになった方がいいですわよ。ほら、そろそろ12時ですし」
正午を告げる鐘が聞こえてくる。
うーん少しお腹が減ってきたぞ。
「おあいにくじゃ! わしは酸いも甘いも噛み分けておるのじゃ!」
「へぇ、お酒は飲んだことは無くてもカクテルが作れるとでも言いますの!? まあ、わたくしは世界の一流のBarでおしゃれなカクテルを楽しんでいますけど。もちろんアルコール入りですわ」
うーん、うざい。
「あ、あのー?」
「何ですの?」
「鶯宮選手のプロフィールには17歳とありますが……」
「ええ、その通りですわ」
あー、永遠の17歳とでもしているのか。
「17歳でアルコールを嗜むと公言するのは……、もしくは経歴を詐称するのは……」
「あら、わたくしは経歴を詐称なんてしていませんわ」
「で、でも17歳と……」
「ルールブックには、10進数で年齢を記載しなければいけないとはありませんでしたわよ」
げっ!
「わかったじゃろ、うざ子はこういうキャラなのじゃ」
部長が冷ややかな目で見る。
「そ、それで、何進数で記載したのでしょうか?」
うん、それが重要だ。
「時計と同じですわ」
時計と同じ……、12進数だと12+7=19歳だと未成年になってしまうから……えっ!?
「24進数じゃったよな、確か」
「ええ、そうですわ」
「三十路じゃねーか!!」
いかん、心が叫びたがってしまった!
いや叫んだ。
「あー、その実年齢は31歳という事ですね」
「実年齢を10進数で言わなくてはならない法はありませんわ」
「この女は来年には25進数で年齢を呼称をするはずじゃよ」
うざ子、部長以上に残念な子!
「あら、年齢で料理がの腕が決まるわけではありませんし、問題ありませんわ」
「わしが未成年である事を突いてきた女の言うセリフではないのう」
ふたりの間で見えない火花が散る。
そして調理が、いや、調合が始まった。
◇◇◇
「こんな所に居られるか! わしは部屋に帰るぞ!」
えっ!? 部長、何を言っているんですか!?
食材というか酒を台車に載せた部長は、そう言って部屋に駆け込んだ。
いや、冷凍室だ。
俺が昨日サクサクサラダアイスキャンディを作った所だ。
「茶華さん、あの材料で出来るカクテルはわかりますか? わたしにはわかりかねます」
「にゃは! あのペパーミントとホワイトカカオリキュールと生クリームからみると、グラスホッパーにゃね! 角度的に見えないお酒もあったから、正しいかはわからないけどにゃね」
グラスホッパー……名前だけは聞いた事はある、だが味はわからない。
「そうですが、この夏場にキンキンに冷えたグラスホッパーは良いですね。まあまあでしょう。わたしにはわかります」
「そうにゃね。あちし的にはアレンジしない方が良いとおもうけどにゃ。シンプルイズベストにゃよ!」
アレンジ……うーん、部長はどんなカクテルを作るのだろうか?
一方、うざ子は、どんなカクテルを作っているのかな?
俺がうざ子の方を見ると、彼女はライムやレモンといった柑橘系のジュース、いやエードか? それと白い粉とビーカーが用意されていた。
「おおーと! 鶯宮選手! カクテルを作るはずだが、用意したのはビーカーとスポイトだ! これでどんなカクテルを作ろうと言うのかー!?」
司会者の人も驚いている。
「ニンジャコックさん、あれで、うちのチーフの作ろうとしている物はわかりますか? わたしにはわかります」
隣の真紅さんが俺に問いかけてきた。
まあ、愚問だな。
「このニンジャコックを見くびるな。あの白い粉はアルギン酸ナトリウムと乳酸カルシウムであろう。そこから導かれる答えはひとつ。人工イクラだ」
「ふむ、この程度の知識はあるようですね。わたしにはわかってましたが」
「にゃは! かしこいにゃね! 正解にゃよ!」
「すごーい! かしこーい!」
蘭子……もうちょっと知性のある会話をしてくれ。
小学校の楽しい理科実験教室で一緒にやっただろ。
「うふふ、これでわたくしはジュースのカプセルを作るのですわ。人工イクラのような物ですわ」
「ああ、あの口の中でプチっとはじけるやつですね!」
「そうですわ。そしてこのカプセルを敷き詰めたカクテルグラスにテキーラを注げば……完成ですわ!」
うざ子は次々と人数分のカクテルを完成させていく。
「うふふ、ごらんなさい」
そのうちの一つをテーブルに載せ、うざ子が言う。
天中からの日光を浴びて、テーブルに色彩模様を浮かび上がる。
光がジュースのカプセルを通して、カラフルになっているのだ。
「これはおしゃれだー! カクテルは夜というイメージが強いのですが、この日光から浮かび上がる文様は素晴らしい!」
審査員席からも「きれーい」という賞賛の声が聞こえる。
「ジュースはレモン、ピンクグレープフルーツ、オレンジ、パイナップル、キウイ、ブルーハワイとザクロですわ。わたくしの名前が入っているのがおしゃれポイントが高いですわね」
そう言って、うざ子はカクテルを頭上に掲げ、優雅に口に含む。
「うふふ、いい味ですわ。さて、撫子さんはどうでしょうか」
うざ子はカクテルを持つ腕をまっすぐに伸ばし、部長が入っている冷凍室に向ける。
「それでは、冷凍室内の調理姿を映して頂きましょう」
中央のビジョンに部長の姿が映し出される。
俺はその室内の様子を知っている。
その中には小さめではあるがテーブルが用意されている。
簡単な作業であれば、そこで調理できるのだ。
「はい、こちら第二カメラです。ご覧ください! この大量のメジャーカップを! 200までは数えたのですが、それを遥かに上回る数の小容器に各種のお酒が注がれています!」
カメラマンの言う通り、テーブルの上には大量のメジャーカップが並べられていた。
料理には小さじ1とか大さじ2とか計るカップがある。
家にも百均で買った物がある。
だが、あの数は異常だ。
500? いや、もっとか!?
「茶華さん、あれはグラスホッパーですか? わたしには、それだけではないように思えます。わたしにはわかります」
「にゃは! そうにゃね! グラスが3種類あるにゃ! きっと3つのカクテルを出すつもりにゃよ! ひとつはグラスホッパーで間違いないにゃね。もうひとつはトマトジュースとウォッカでのブラッディ・マリーにゃね。最後はプースカフェかにゃ?」
「「プースカフェ!?」」
蘭子も俺もお酒は飲んだ事はないが、簡単な知識はある。
蘭子は小料理屋の仕入れやメニューで、俺は母さんからだ。
でも、プースカフェは聞き覚えがない。
「そうにゃ! コーヒーのリキュールをベースにしたカクテルにゃ!」
そうか、母さんは週に1回だけ晩酌をする。
その時にカルーアというコーヒーのリキュールを飲んでいたのを憶えている。
そのカクテルなのだろうか。
「嘘はいけません、茶華さん、わたしは正しい意味を知っています。わたしにはわかります」
「にゃは! カフェはフランス語で、意味はコーヒーだ! そこになんの違いもありゃしねぇだろうにゃ!」
「違うのだ!!」
最後のは師匠のセリフだ。
「食影せんせ~、教えて~」
「プースカフェとは『プース』が押しやるもの、フランス語でのプッシュだな。『カフェ』がコーヒーだ。つまり、食後のコーヒーを押しやるという意味で、食後酒の意味だな。各色のお酒を比重で層に分けて、カラフルにする。その色合いをじっくり鑑賞した上で、時間を掛けて飲むので、食後の会話を広げる為のお酒だ」
「はえ~、せんせ~、ものしり~」
そういう意味だったのか。
しかし、じっくり鑑賞する!?
それって……まずくないか!?
「でも、彼女の動きは見事ですね。あれは、並大抵の修練ではありません。わたしにはわかります」
真紅さんの言う通り、部長の動きは迅かった。
見た所、10~20mlずつメジャーカップに注いでいるのだろうが、その動きに迷いや澱みが無い。
私はマシーン! 調理マシーン! そんな感じだ。
「でも、あれじゃダメダメにゃね」
「そうですね。あれなら普通のグラスホッパーだけの方が良いですね」
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