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第八章 延長戦

その5 たとえ過去が敵だとしても

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 「さて、先生への報酬は支払った事だし、そろそろ雌雄を決する時ね」
 「ああ、報酬は十二分に受け取った。拙者も寿司を振舞う事が出来るとは思わなかったぞ」

 俺たちは魚鱗鮨の太巻きを吟味する。
 魚鱗鮨の太巻きは二十四節気に合わせた、旬の魚を使った24種類の太巻き。
 弟子ひとりひとりが二十四節気のひとつを担当している。
 ただ、その形態が少し違う。
 太巻きは一本作って6つくらいにカットするのだが、横幅が短く、二等分にしかならないのだ。

 もちろん、残りの3人も独自の太巻きを作った。
 さらに、土御門の全ての具をドライソーセージなどの保存食で作った『1000年食物庫』、安寿さんの、全ての具をペーストにして、顎が弱ったお年寄り向け太巻き『老死がふたりをわかつまで』。
 そして、寿師翁の『勝利者たちの晩夏』……見た目は普通の太巻きだ。
 具は卵焼きと干瓢かんぴょう、椎茸、キュウリ、桜でんぷだ。

 「やはり、寿師翁からだよな」

 俺は寿師翁の皿に手を伸ばす。

 「ふん、雑煮には過ぎた寿司ではあるが、俺の太巻きを口にするのを許してやろう」

 なあ、太巻きを選んだのはミスジャッジじゃないのか!?
 俺の桃闇ピンクダークが脱兎で逃げたぞ。
 まあ、深読みはしないでおこう。
 そして、俺は『1000年食物庫』を口にする。

 パリッ、グッ

 海苔の香ばしさとドライソーセージが歯を押し返す。
 夏の暑さもあって、その中でも柔らかい脂肪の部分が旨みを口内に広がらせる。

 「これは、若者向きだな!」

 この味わいは、肉の旨さだ、魚とは違う。

 「そう! 俺の太巻きは、歯ごたえと肉の旨みを味わえる。若者や外国人にも食べやすい味よ! では、貴様の手毬寿司を頂こうか!」

 そう言って、土御門は俺の山椒味噌手毬寿司を口にする。

 「これは、ひなびた、田舎臭い味だな! もう一個くれ!」

 こいつ、おバカさんな上にツンデレかよ。

◇◇◇◇◇

 あれから一時間、俺は魚鱗鮨の太巻き27種を制覇……できなかった。
 土御門の次に食べた、寿師翁の太巻きは華やかさはなかったが、噛みしめたく、また味わいたくなる味だった。
 その後、二十四節気の寿司を3つほど食べると、また寿師翁の太巻きを食べたくなり……そして、食べた。

 俺だけではない、部長も蘭子も、師匠も、真紅さんも、うざ子も……みんな一度食べたら、別の寿司を食べに行って、戻ってくるのだ。
 リピーター率が異常に高い。
 原点にて基本という話だが、その秘密は内緒らしい。

 「さて……みなさん、いよいよ最後の投票です! 泣いても笑ってもこれが最後! みなさん! 投票アプリはインストールしましたよね! スマホを持たないお子様やご老人の方は、貸出スマホは受け取りましたか!?」
 
 会場から「はーい」という声が上がる。

 「では! 手元のボタンを押して下さい!」

 気がつくと、審査の時間が終わっていた。
 投票の仕方は今までと同じだ。
 どちらか一方の方が勝ちと思ったら、赤か青のボタンを、両方だめなら黒のボタンを、両方良いなら白を押す。
 それをスマホアプリで準備されていた。
 電光掲示板が次々と点滅し、そして、結果を表示した。

 「料理愛好倶楽部、10112点! 魚鱗鮨、10112点! またまた両者満点がでました!」

 審査員は1万人だが、112人はスタッフの分だ。

 審査中のインタビューからは、どちらも素晴らしいという賞賛の声が上がっていた。
 だが、不満として食べきれないという声も上がっていた。

 だから、俺たちは審査中に準備していた折り詰めを出した。
 そして……、魚鱗鮨も用意していた。

 これが決め手となるはずだった。
 美味しい寿司で審査員の腹を満たし、お土産で、大切な家族や恋人、友人へ体験の共有を図る。
 伝わっていく素晴らしい物。
 これが、俺たちの示す”愛情”であったが、同じ事を魚鱗鮨も考えていたのだ。
 あー、もう! 抜け目ないな! 寿師翁は!

 「これは素晴らしいー! 審査に参加できなかったスタッフや私の評価も満点だぁー!」

 ラウンダが今までにない笑顔で叫ぶ。
 ずっと食べたかったんだね。

 「残念ながら再延長戦はありません! 同点の場合は、この大会の最高責任者の判断に委ねられます! 最高審査員に各々の最高の料理をお持ちください! その審査で決着となります!」

 「いくわよ、みんな!」

 部長が手毬寿司を片手に移動を開始する。

 「うんっ!」
 「ああ! 俺たちはチームだからな」

 「儂らも行くぞ! 儂の目的も、そこのお嬢ちゃん同じじゃろうからな」

 寿師翁も太巻きを手に立ち上がる。

 そして、俺たちは一段と高い最高審査員席に向かう。
 広いテーブルにたった一人で座っている老人、この大会の最高責任者であり、大盛大和ホールディングスの会長、大和盛やまとのもり 祭楼さいろう、部長の祖父だ。

 「久しぶりじゃな。寿師翁」
 「ああ、お前さんとの約束を果たしに来たぞ」

 ふたりが、気軽に挨拶を交わす。
 
 「約束って?」

 部長が問いかける。

 「ワシが『何を食っても美味いと感じなくなった時、美味いと言わせに来る』だ」
 
 祭楼さいろうさんが、寿師翁との約束を口にする。 
 ふたりは旧知の仲らしい。
 
 「さて、美食を極めた結果、何を食っても感動を無くした哀れな男よ。儂の寿司を食って原点を思い出すがいい」
 「いいえ! 愛をなくした悲しいおじい様に、ドキドキを取り戻すのは私の寿司よ!」
 「ええい! 人をジコチュー頑固ジジイのように言うな! 最近、年のせいか、ちょっと食欲が減っているだけじゃ!」

 うん、部長のおじいさんに間違いない。

 「よかろう! ならば! この勝負を『魚鱗鮨』と『料理愛好倶楽部』の最終決戦としようではないか!」
 「望む所よ!」
 「さあ! 最後の審判の時間です! 最高審査員の大和盛やまとのもり 祭楼さいろうさんの舌に両チームの勝敗が委ねられたぁ!」

 そして、祭楼さいろうさんは、まず、寿師翁の太巻きを手にした。

 「これは…!? 下に蓋があるのか!?」
 「そうじゃ、儂らの太巻きは底面を酢飯シャリと海苔で塞いでおる。子供の時、太巻きの具をボロボロこぼして悲しみを感じた事はなかったか? 食べやすく、そして滋味深いのが儂の寿司の持ち味よ!」

 祭楼さいろうさんが、太巻きを口に入れ、もぐもぐと咀嚼そしゃくした。

 「これは……懐かしくも優しい、母の味ともいえる。ワシらの子供時代には行楽弁当には太巻きは欠かせないものだった。ああ! 思い出がよみがえる!」

 を食べた瞬間、祭楼さいろうさんの目の輝きが増した。
 俺も寿師翁の太巻きを食った時の事を思い出す。
 これは普通の伝統的な太巻きだ。
 鮮烈な美味さではない、懐かしく、だが、それでも優しい滋味とでも言う味だ。
 明日も食べたいかと聞かれたら『うんっ!』って答えるだろう。
 
 「私の寿司は、大盛食堂裏メニュー『漬物の手毬稲荷寿司よ!』」

 部長の寿司は、刻んだ漬物と油揚げが入ったやっつけ手毬寿司だ。
 味の洗練さに欠け、バランスに欠け、そして何よりも貧乏くさい。
 俺の好みだ。

 「これは!? ワシがまだ、大盛食堂を切り盛りしていた時代、子供たちに作ってやった寿司! 稲荷寿司にするには油揚げが足りず、少ない油揚げを刻んで、たくあんの尻尾とか、かぶの漬物の葉元の部分を刻んでかさを増した物! ああ、浮かぶ、これでも『おいしい』『おいしい』って言ってくれた子供たちの顔が、笑顔に囲まれて食べた寿司の味が!」

 そうか、大盛大和ホールディングスは今は日本有数の大企業だけども、半世紀前は街角の大衆食堂でしかなかったと聞いた事がある。
 
 「これは! ふたりとも思い出を込めた料理! 寿司であり、家庭料理でもあり、空と海と大地恵みの食材と、愛情と友情と努力の結晶! さあ! 祭楼さいろう審査員は、勝利をどちらにもたらすのでしょうか!?」

 マイクとカメラが祭楼さいろうさんに向けられる。
 そして……

 「第二回! ★超絶! 悶絶! 料理バトル!★ 優勝は……魚鱗鮨!」

 歓声が、大歓声が上がった。

 「おじい様、どうして!? 10年前にお母さんと一緒に作った『漬物の手毬稲荷寿司』を食べた時には『この寿司は三千世界の中で一番だ!』って言ってくれたじゃない!」
 「そうじゃ、その時ワシは、『撫子の愛情が詰まった寿司が世界一番うまい』とも言った」

 懐かしい思い出を思い浮かべるような表情で祭楼さいろうさんが言った。

 「だったらどうして!?」
 「まず、第一にワシは、お前の祖父としてではなく、最高審査員としてここに居る。だが理由はそれだけじゃない」
 「その理由は何!? 今回も、ちゃんと愛情を込めたわよ!」
 「そうだな、お前の愛情は確かに伝わった、じゃがな……今回の料理はワシだけじゃなく、別の男とか女とかへの愛情や感謝も含んでおろう! ワシだけじゃったら結果は変わったかもしれん!」

 部長の顔が紅潮する。
 この人も寿司や料理でわかりあえる人だった!

 「まったく、色気づきおってからに! 色気づくなら、もっと肉付きがよくなってから……」

 それ以上はいけない!

 「もっとタンパク質を取って、貧乳なら、それを自覚して大胸筋でカバーするといった工夫を……」

 ああっー! 部長の貫手が祭楼さいろうさんの体を!

 「お前だけ憎んだ! お前だけ愛せない!」
 「すまん! すまん! 撫子! 撫子ちゃん! ごめんなさい、ごめんなさい! ちょっと、この老体に黄金のクラッシュをするのは止めて!」

 事態の収拾に10分を要した。

◇◇◇◇◇

 「残念でしたわね」

 ステージでは今、魚鱗鮨が賞金のボードを受け取りながら、インタビューを受けている。
 
 「でも、約束は約束ですから。料理愛好倶楽部は廃部です」

 事務的に会長は言い放つ。
 だが、俺たちは顔を見合わせ、言い返す。 

 「まだだ! まだおわらんよ!」
 「おわるまでは、おわらないよ~」
 「最終回じゃないぞよ。もうちょっとだけ続くんじゃ」

 そうだ、おわりじゃない。
 最後に残された希望。
 最後は俺が、俺が決める! だって主人公だもん!

 「会長、あなたは言いました。廃部回避には『何らかの大型大会で優勝。もしくは美術部や書道部のように何らかの権威のあるコンクールで大賞に相当する賞を取ること』だと」
 「ええ、議事録に残っています」
 「これは、料理大会です。どちらかと言えば、文化系の大会ですね」
 「ええ、そうですね」
 
 会長が肯定の意を示す。

 「だったら! 大賞に相当する賞があると思いませんか!!」
 
 俺の叫びと同時にラウンダの声が聞こえてきた。

 「さて! 優勝は魚鱗鮨ですが、もうひとつ賞があります! そう! Most Victory Player! すなわちMVP賞です!」

 Valuableじゃないんだ……。

 「そう! MVP……それは改装された真のレディのたしなみ! それは、文化系であれば大賞や金賞に相当する賞!」

 部長がとぉぉーおう、とばかりに宣言する。

 「そしてMVP候補は2名います! 3戦の個人戦を全て勝利した選手がふたり!」

 そうだ、最強の寿師翁は引き分けが1回ある。

 「その名は魚鱗鮨の安寿選手! そして、料理愛好倶楽部のニンジャコック選手です! ですが、Mostはひとり! 最上級! ならばぁ! どちらがMVPに選ばれるかは、直接対決をもって決めるのが自然でしょう!」

 俺は一歩前に出て、そして振り返る。
 会長は軽く溜息をつき、そして顔を上げて、真っ直ぐに俺を見つめて言った。

 「いきなさい、花屋敷君、そして勝利の暁には、あなたたちの部の存続を認めましょう!」
 「がんばれ~、りっくん!」
 「勝って! 陸! そして、暁の地平線に勝利を刻むのよ!」

 「まかせな!」

 そう言って、俺はステージに躍り出る。

 「それでは! ★超絶! 悶絶! 料理バトル!★ 最終戦を開始いたします!!」

 さあ! これが、俺の最後の戦いだ!!
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