地球よいとこ たまにはおいで

相田 彩太

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第八話 グルメフィールド・アース

グルメフィールド・アース

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 開店から間もない中華街の一角、中華街の中でもサービスと値段に定評のある、とある店で異音が響いた。
 ギュオギュルルルゴ!
 仕切りで分かたれた個室からである。
 
 その音に真っ先に反応した男の名は山田。
 この店の給仕の一人である。
 山田は開店直後からキウキしていた。
 だが異音を聞いて顔を引き締めた。
 開店直後といえども、まばらであるが客はいる。
 そして彼らの視線も個室へ注がれる。
 ウキウキの原因も引き締まった原因も同じ個室の客である。
 そう、開店直後に予約客が来た、時間通りであった。
 来た客は外国の老人三名とツアーガイド一名であった。
 観光客だろう、珍しい事ではない。
 それに給仕した時のチップも上々であった。
 年に一度あるかないかの高額である。
 山田はそれを思い出し、にやけた。
 だが、騒音はいただけない。
 山田は個室の扉を開ける。
 「お客様、大きな音がありましたが、何かございましたでしょうか?」
 そして山田は見る。異音の原因を。
 テーブルの上にミキサーが鎮座していたのだ。
 そういえばコンセントを貸してくれと言っていたな。携帯でも充電するのかと思っていたが、ミキサー用だったとは。
 そのミキサーには、ちょうどガイドがスイッチを入れる所であった。
 ゴギュルゴギュルゴゴゴ!
 ミキサーの中で高級なフカヒレが形を失っていく。
 フカヒレは大きくて形を保っている物ほど高級だ。
 加工の過程で形が崩れたり、千切れた物は低級品として焼売やランチスープの中に使用される。
 だが、この一行に出したのは最高級のフカヒレ姿煮である。
 料理に対する冒涜とも言える行為だ。
 「ちょっとこま……」
 「ああ、ごめんなさい。お騒がせしてしまって」
 言葉を遮り、ミキサーの中身を取り分け老人達に配りながらガイドの女性が言った。
 「すみませんねぇ。儂ら歯ぁが悪いもんで」
 「でもおいしいですよ」
 「そうそう、さっきのエビチリとかも、このフカヒレも最高ですね」
 観光客も続けて言う。
 ミキサーの理由は分かった。
 彼らは高齢のため歯が弱っていて、料理を流動食に変えていたのだ。
 「でも、他のお客様に……」
 「すみません。これはお騒がせ賃です」
 ガイドが封筒を差し出して来た。
 受け取るとずっしりと重い。
 これは二桁はある。
 「そ、そうですね。まだ他のお客様の来店も少ないですし、いいでしょう」
 「ありがとうございます。あと数品ですので」
 「でも、最初におっしゃって頂ければ柔らかいお食事をお出ししますのに」
 「いやー店員さん。儂ら料理の写真も楽しみたいでな」
 彼らが見せたスマホにはフカヒレの姿煮がありありと映し出されている。
 「すみません。コースの内容はこのままでお願いします」
 ガイドさんも頭を下げているし、ここは、この山田が何とかしよう。
 山田は個室を後にする。
 厨房へ向かう途中で懐の封筒をまさぐる。
 指の触覚で数えると十五枚あった。
 山田の心は躍った。
 厨房に行くと、山田は説明する。
 さっきの異音の正体と、騒がせ賃として十万円を頂いた事、これをスタッフのみんなに配ってと言われた事。
 スタッフは山田を含めて十名。一人一万円の計算だが、山田は山田の分を他の客へのサービス点心に使ってくれと言う。
 「おいおい、どんな風の吹き回しだ」
 そう言う同僚もいたが、実はチップをはずんでくれた上客だと説明すると納得した。
 まあ、会計を誰が担当するかという争いは起きたが。
 騒音に驚いた他の客も点心をサービスすると顔をほころばせた。
 そして数回の騒音の後、一行は去って行った。
 会計時にもチップをはずんで。
 
 
 中華街での昼食のあと、二時間の自由時間を挟んで、あたしはメイちゃんとの集合地点に向かう。
 「飛鳥さん、こっちこっち」
 高速道路の下でメイちゃんが手を振る。今日はバスガイドの衣装だ。
 「ガイドさん。お世話になりましたね」
 あたしが案内しているのは、ただの老人ではない。異星人だ。エルマニア星人と言うらしい。
 この姿も仮の姿で、足腰もしっかりしている。
 この人達は、銀河に名を馳せたグルメ評論家らしいが、歯が退化してしまっているらしく、液体か流動食しか食べられないそうだ。
 ビクターが言うには珍しい事ではないらしい。
 銀河連盟に加盟している宇宙人の三割はそうなっているそうだ。
 あたしも親知らずは生えてこなかったし、地球人もいずれそうなるのだろうか。
 「はい、これからは、このメイがご案内いたしますよ。次はこの星でいうヨーロッパツアー二週間の旅です」
 メイちゃんが案内する。
 「ああ、エルマニア星人さん。よかったらこれを」
 あたしは自由時間に買ったキャンディを差し出す。
 「これは?」
 「キャンディです。固形ですが、口の中で溶かして食べます。これならあなた方も食べれるのではないかと思って」
 「衛生的には問題ありません」
 メイちゃんがフォローしてくれた。
 「ほほう、それでは一つ頂きましょうか」
 包装を取り除き、口にほおり込む。
 「おおう、これは美味しい。なるほど、口の中で少しずつ溶かすのですね」
 一人目がオレンジ味の飴を転がしながら言う。
 「これは乳糖の味ですか、いいですね」
 二人目が口にしたのは、ミルキーはママの味です。
 「これはスゥスゥしますよ。いや絶品ですね。みんなも次はこれを食べてみなさいよ」
 三人目は手を叩いてよろこんだ。
 龍角散のど飴が一番受けたのは驚きだった。
 やはり、地球人とは味覚が少々違うのだろう。
 「ありがとう、道中の口のお伴にしますよ」
 そう言って一行は次の目的地に旅立って行った。
 
 
 学生の本分は勉強である。
 だが、あたしは学生である前に人間なのだ。
 だから腹が減る。
 弁当は早弁で平らげた。だから、昼食はパンだ。
 「しっかし、よぉ食べるわねー」
 クラスメイトの巴子ともこが声を掛ける。
 はぁ。
 あたしは一リットルの牛乳パックで喉をならす。
 「最近、お腹が減るのよね。バイトの影響かしら」
 「バイトって、旅行会社のお手伝いやったっけ?」
 「そうそう、この前は中華街に案内して、高級中華を見てるだけだったわ。生殺しよ生殺し」
 ふぅ。
 「なによ静子しずこ、さっきから溜息ばかり。幸せが逃げてまうで」
 同じテーブルで弁当を広げている静子が弁当に視線を落としている。
 「いや、中華の話に気が滅入ってね」
 静子の弁当にはエビチリと春雨……いやフカヒレの煮凝りが入っている。美味しそうだ。
 「えーでも静子の弁当、美味しそうだよ」
 「良かったら、食べて」
 あたしは、その言葉に甘えて一口頂く。美味しい。
 「うめぇ!」
 「おいしいじゃないの。何で気が滅入るの」
 「美味しくても、半月も続けられると参るわよ」
 「あー、静子のお父さん、大盛大和ホールディングスの商品開発部門に居るんだっけ」
 大盛大和ホールディングスは、食品・飲料の製造販売からレストランチェーンまで、食に関わる総合グループ会社である。
 「そうそう、パパってば、新製品の開発になると、うちでもその料理ばっかりになちゃって。今はエビチリとフカヒレにハマっているの」
 「へぇーじゃあ、このお弁当もお父さんが?」
 「うん。この前、中華街に行ったら、エビチリとフカヒレの良さを熱く語るおじいさんに逢って、インスピレーションが湧いたんだって」
 あれ? 何か心に引っかかる部分が。
 「でも、開発は終わって、今日から次の開発のネタを探しにヨーロッパ出張だから、この中華三昧とはおさらば。晩御飯はママと和食を食べに行くんだ」
 「あれ? でも、静子のおとんって飲料部門の開発責任者やなかったけ?」
 巴子が尋ねる。
 「そうだよ。だからきっと、もうすぐ、大和盛やまとのもりさんが来ると思うな」
 「げっ!」
 「げげっ!」
 あたしと巴子の声が微妙にハモる。
 大和盛さんは、大盛大和ホールディングスの経営者一族で、クラスは違うがあたしたちの友人だ。
 そして、勝負が好きで、あたし達は先日のクラスマッチで負けて、一年間、新製品のモニターをする約束をさせられている。
 特に問題はない。学生生活のささやかなスパイスだ。
 新製品が美味しければ。
 「お待たせ! 明日発売の新製品よ!」
 噂をすればなんとやら、大和盛さんが扉を開けて登場する。
 「今月は二つあるわ。ベブジ「エビチリ味」と「フカヒレ味」よ!」
 あたしと巴子は顔を見合わせる。
 「じゃーんけーん」
 二人の勝負が始まった。どっちがどっちを飲むかの勝負が。
 あたしは「エビチリ味」を飲んだ。
 甘酸っぱい中からエビの風味が漂い、炭酸に刺激され
 「ゲゲボッ!」
 あたしは噴いた。
 巴子は何か名状しがたいモノに逢ったような顔をした。
 静子は「ごめんなさい。ごめんさない」と口にし、大和盛さんは、真面目な顔をしてエビチリ味とフカヒレ味を飲み干していた。
 
 
 翌日、地球グルメツアーを終えたエルマニア星人さんがコテラから出発する事になった。
 あたしも、コテラでお手伝いだ。
 「いやぁ、地球は良い所ですね。美味しい物もいっぱいありましたし。是非、母星のみんなにも紹介したいですよ」
 「お楽しみ頂いてありがとうございます。ちょうど新製品も出来上がりましたので、お土産にどうぞ」
 ビクターに促され、あたしは倉庫から台車で段ボールを運び出す。
 やはりというか、あたしの懸念が当たったと言うか、段ボールにはベブシエビチリ味とフカヒレ味と書かれていた。
 「ああ、これは良い物ですね。母星のみんなは固形物はれませんから、液体の製品があるのはとてもありがたい」
 ちなみに、倉庫には同じ段ボールが山と積まれていた。
 「船に載りきらない分は、後日お送り致しますね」
 ビクターが言う。目が商人の物になっている。きっと良い値段で売れたのだろう。
 「はい、何から何までありがとうございます。特にそちらのガイドさんには、キャンディという物を紹介頂きまして、地球グルメのバリエーションも増えました。では私達はこれで」
 にっこり笑ってエルマニア星人さんは別れを告げた。
 
 
 「ちょっとビクター、あんた静子のお父さんに何かしなかったでしょうね!?」
 見送りの後、あたしはビクターに問い詰める。
 「が、害になるような事はしていないさ。ちょっと深層心理を刺激しただけさ」
 「やっぱり!」
 「おいおい、彼は新製品開発の悩みを解決でき、エルマニア星人さんはグルメ食材を手に入れ、商品製造会社は一定の売り上げを得て、僕はちょっと小遣いが稼げる。誰も損しない、傷つかない、良い事尽くめさ」
 ビクターは目を逸らしながら言った。
 
 
 「げー何これマズイ」
 「でも、企画の段階で誰か止めなかったのかね。売れないでしょエビチリ味とか」
 「あれよあれ、話題作りよ」
 「でも以外と売れているらしいよ」
 教室の片隅からベブジの新製品の感想が聞こえる。
 「ごめんなさい」
 あたし達のテーブルでは、静子が誰に聞かせるでもなく謝っていた。
 「気にすんなよ、うちは結構気に入ってるで、このフカヒレ味。常温にすると結構いけるで」
 ぐびぐびと音を立てて巴子は飲み干す。
 「ううん、あたしが謝っているのは、これから起きる事についてよ」
 「なんや、また新製品か? 最近の静子の弁当を見る限り平気そうやで」
 そう、巴子の言う通り、最近の静子の弁当は温野菜中心だ。これなら大丈夫だと思う、多分……。
 「お待たせ、お待ちかねの新製品よ!」
 「来たな! 大和盛やまとのもり! 受けて立つぜ!」
 この巴子、ノリノリである。
 そして三本の新製品が用意された。
 ラベルにはSALMIAKKI味と書かれている。
 あたしと、巴子、そして大和盛さんは一気にそれを飲む。
 「メゲロムチャニィ!」
 「アルファオエー!」
 「ゲゲボ!」
 そして三人は盛大に噴き出した。
 「ごめんね。パパったらヨーロッパ出張から帰ってきたらキャンディにはまって、サルミアッキっていう変な味のが最高だって言いだして……」
 静子、謝る必要はないよ。エルマニア星人にキャンディをプレゼントしたのはあたしなのだから。
 飛沫は虹を描き、日常のスパイスは目に染みた。 
 
 
 なお、その後、ベブジエビチリ味とサルミアッキ味は爆死したが、フカヒレ味は炭酸を抜いて温めると美味しいという話がSNSで拡がり、一定の成功を収めたらしい。
 後にホットドリンクとしてリニューアルされ、定番製品となった。
 ビクターは今日も小遣い稼ぎに精を出している。

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サルミアッキは北欧のリコリス味のマズイ事で有名な飴です。
サブタイトルの元ネタは「バトルフィールド・アース」からです。
この話の雛型はペプシ紫蘇味を飲んでいる時に思いつきました。
 最近は減っていますが、あのチャレンジャーな商品開発は好きでした。
 未来人は歯が退化してしまうという話は現実でも問題視されていますよね。
それが、宇宙人だったら!? というテーマを悪魔融合したお話です。
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