地球よいとこ たまにはおいで

相田 彩太

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第十話 スターシップ・トルゥパーズ

スターシップ・トルゥパーズ

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 メイが町を歩くと、たまに道行く人に奇異の目で見られる事がある。
 理由は分かっている、彼女のメイド服のせいだ。
 極たまに、彼女をまじまじと眺めていく人がいる。
 メイはその視線を受け、判定する。
 劣情があふれ出ている人と、飛鳥さんのように魂まで視ている人の二種類がいるものだと。
 そして、少し羨ましくも演算する。
 自分ではオプションを付けて初めて出来る機能が、人間には可能性ポテンシャルとして備わっている事に。
 「こんにちは」
 商店街での買い物を済ませ、紙袋を腕に抱き、行きつけの喫茶店に入る。
 「おやメイちゃん、また来てくれたのかい」
 「はい、キリマンジャロを持ち帰りで、二百グラム。挽いた状態でお願いします」
 キリマンジャロはビクターのお気に入りの豆である。
 「今日は挽いた物かい」
 「はい、マスターはメイの挽いた物はお気に召さなかったようです」
 前回は豆をそのまま買って、コテラでメイが挽いたのだが、
 「なんか違う」
 とビクターにダメ出しされたのである。
 「そうかい、おじさんはメイちゃんが挽いた物なら、美味うまさ倍増になるけどな」
 「マスターは厳しいのです」
 「そうだな、マスターへの道も厳しいからな」
 ここの店主は、こういった冗談をよく言う。
 ここでは、主人を指すマスターと修練と達人を指すマスターを掛けているのだろうが、あえてメイは気付かない振りをする。
 「ははは……、じゃあ三十分ほど待ってね。これはサービス」
 そう言って店主はコーヒーを差し出した。
 「ありがとうございます。お待ちしています」
 窓際の席に腰を掛け、コーヒーを口腔からつながる廃棄袋に注ぎ込みながらメイは待つ。
 夜のとばりはすっかり落ち、豆が挽き終わる時には店も閉店する時刻になるだろう。
 飛鳥さんのお見舞いに行ったから遅くなってしまいましたとメイはメモリーを読みだす。
 まあ、コテラで自分の動きは監視されているので、マスターが心配する事もないだろうと処理する。
 窓の外からは色々な風景が見える。
 この住宅街とオフィス街の狭間にあるこの店からは、家路を急ぐ人間、疲れた風体でオフィス街に向かう人間、この場、この時間にふさわしくない少年、様々な人が。
 「はい、メイちゃん出来上がったよ」
 店の主人が席にコーヒー豆を持ってくる。
 嗅覚センサーが地球人基準で香ばしいと表現される値を示す。
 「ありがとうございます。お支払いはこれで」
 メイは人間が印刷された紙を二枚差し出す。
 「まいどありー」
 喫茶店を出たメイは、一直線に降下艇シャトルへ戻ろうと演算したが、再演算を実行すると、向かいのビルへ入って行った。
 喫茶店の窓から観測した映像に特徴点を検出したからである。
 経年劣化からきしむ非常階段を登り、屋上に出る。
 そこには、きちんとそろえられて鎮座した靴と、柵に手を掛けて下を覗き込む男が居た。
 「こんばんは」
 「な、なんだ、どうしてここに居る」
 「あなたを見に来ました」
 「そうか、死神だな」
 「いいえ、通りすがりのメイドですよ」
 「そんなメイドがいるか!」
 男の声が振動センサを震わせる。
 「どこからどうみてもメイドさんじゃないですか。落ち着いて下さい」
 「死んでるメイドさんがいるか! 幽霊か死神だろ!」
 ああ、この人は飛鳥さんと同じくえる人なんだな、いやえるようになっちゃっている・・・・・・・・人かなとメイは判別した。
 魂をているのだ。
 だから、メイを光学的な情報からメイドと判断するのではなく、魂や生命力をて話をしているのだ。
 だから生きていない冥土メイドだと思っているのだろうとメイは推察した。
 同時に冥土メイドなんて地球人喫茶店店主みたいな思考に侵されたのかとも懸念した。
 状況を推察するに、彼は自殺しようとしているのだろう。
 その証左に靴の下に手紙が敷かれている。
 あれは遺書というものだ、とメイのデータベースは情報の一致性を示した。
 彼を落ち着かせる良き手法はないだろうか。
 メイはビクターから与えられた地球の知識と、飛鳥との交流で手に入れた情報を検索する。
 結果、毒と毒を以って毒を裏返す方法を採択した。
 「そうです。人ではありません」
 「そうだろう、そうだろう。きっと『月が綺麗だな』と言っても理解できないだろう」
 天頂からの満月の光が、夜の大地に二人の影を落とす。
 「はい、理解できません。私の正体は……実はデュラハンです!」
 メイはその頭部ユニットを外し、小脇に抱えた。
 男は目を見開き、頬に手を当て、震え始める
 「だまされないぞ、だまされないぞ、みんな俺をだまそうとしている。俺は賢い、俺は優れている。だからだまされない。冷静になれ、冷静になれ、あいつは人間じゃない、人間らしさを感じない。だが、上位アンデッドのような恐怖も感じない。むしろ毎日会っているような親しさを感じる。観察しろ、推察しろ、頭を回転させろ……」
 男はぶつぶつと呟く。
 メイの高感度センサーはその小さな音も捉えている。
 「そうだ、お前は機械、いやロボット、いやいやアンドロイドだろう。俺の嫌いな名だ!」
 「おやばれてしまいましたが。おっしゃる通り、私はアンドロイドです。名はメイ」
 「そうだろう、そうだろう」
 メイのデータは示す、相手の肯定から入るのが説得の第一歩だと。
 「時にあなたは、自殺しようとしているように見受けられますが、いかが致しましたが?」
 「アンドロイドには関係ないだろ」
 「はい、関係ありません。メイは電柱や壁と同じです。だから壁に語り掛けてみてはどうでしょうか。壁はこだまを返します。少しの時差と僅かなノイズを含めて」
 会話する事で混乱した頭を整理し、気持ちを落ち着かせる。カウンセリングの第一歩だ。
 「そうだな。壁に語り掛けるのも良いだろう」
 男は少し息を整えると、地と天と壁に視線を移し叫んだ。
 「俺は仕事が嫌になった! だから死ぬんだ!」
 「メイは仕事が嫌になりません」
 「毎日朝から終電まで仕事だ。残業は月百五十時間を超える」
 「メイの稼働時間帯は決められています」
 「ここ一週間は家にも帰れない」
 「メイは毎日必ずクレイドルに戻る事を義務付けられています」
 「食事も碌にれない」
 「メイは一定時間毎にエネルギーの補充を受けます」
 「辞めていくやつがいる毎に俺の業務は増える」
 「メイのサポートメカが離脱した場合、決められた日数内に補充されます」
 「病気になっても休めない」
 「メイが不調を感知した場合は、報告の上、補修を受ける事が義務付けられています」
 「出来ない、出来もしない事もやらされる」
 「メイのスペック上、達成出来ない業務に際しては、補助ロボのサポートを受けてそれにあたります」
 「上司は嫌なやつだ!」
 「ますたーハ、スバラシイ オカタデス」
 「なんだ、お前の方がよっぽど人間らしい暮らしをしているじゃないか」
 「いいえ、あなたの方が人間らしです。いや人間です」
 「俺のどこが人間なんだ。ぼろ雑巾の方が似合っている!」
 少し異臭を放つ服を纏い、男は叫んだ。
 「いいえ、メイの法も義務も全て創造主マスターから与えられた物です」
 「いいじゃないか。良い待遇を与えられるのは」
 「いいえ、その法も義務も待遇も、メイ自身と同じ型式の仲間と決めた、手に入れた物ではありません」
 遥か彼方の宇宙そらに視線を向け、メイは言葉を返し続ける。
 「人間は人間自身で法を作っています。それだけでなく、自らを自らで律し、自らで考え、時には法や道徳からも自由になれます。時には、その法に反する行為も取れます。それはメイのような創造物アンドロイドから言わせて頂くと、究極の”個”の権利を持っていると言えます。そして、あなたは、それをしようとしているのでしょう?」
 メイが地面に並べられた靴を指差す。
 「メイにはそれが許されていません。その行動を取ろうとすれば、メイの意思に関係なく、ロックが掛かります」
 「そうだ、俺はここから飛び降りる事も! 憎い上司に刃を突き立てる事も! 嫌な思い出のある事務所に火を付ける事も出来る!」
 男が叫ぶ、意を決したように。
 「差し出がましいようですが、忠告させていただきます。もし、事務所に火を付ける事をお考えであれば、それよりも、塩入り泥水をぶちまける事をお勧めします。メイの知識によれば、放火は別枠での『放火罪』となりますが、器物破損ならば、罪は一等減じられると記憶しています。落ち着いて、最も有効な手段を取られるのが良いかと存じます」
 それを聞いて男は一瞬呆気に取られ、そして笑う。
 「そうだな、最も賢く、最も効果的で、最も自分の利益になるような手段を取るのがいいよな」
 なおも男は笑う。腹を抱えて。
 男は思案する。今の自分の境遇で何をするのが最適なのかを。
 男は記憶を巡らす。勤務先の入退場記録の履歴の取り方、内容証明の送り方、ブラック企業への訴訟を得意としている弁護士の無料相談窓口、そして貯金額と当面の生活を。
 そして計算する。そして勝てると踏んでわらった。
 「良かったです。笑えるって事は良い事です」
 「そうだな、勝てる戦いなのに、死ぬのは馬鹿げているよな」
 「メイから、そんなあなたにささやかなプレゼントです」
 そう言ってメイは紙袋から栄養ドリンクを差し出す。
 飛鳥への見舞いの品だったが、受け取りを拒否された物だ。
 「ありがとう」
 男が礼を言う。
 「今日は死ぬには惜しい日だと思います。だって月があんなに綺麗なのですから」
 「明日はは良い死に日和だがな」
 男は笑って靴を履いて、手紙を破いた。
 そして、栄養ドリンクを飲み干して、鼻血を噴いた。
 コテラ特製の栄養ドリンクは飛鳥曰く『効果絶倫』らしい。
 
 
 地球監視衛星『コテラ』では今日もビクターが怠惰を貪っている。
 「マスター、メイが死んだら悲しいですか?」
 「悲しいさ、僕の仕事が増えるからな」
 「ではマスター、死にたいと思った事はありますか?」
 「無いね。死んだら幽霊になって、ずっと起きてなくちゃならないじゃないか。昼寝も居眠りも惰眠も出来なくなるくらいなら、死んだ方がマシだ」
 そう言ってビクターはお気に入りのキリマンジャロコーヒーを飲み干した。
 
 
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 今回は珍しく、来訪者エイリアンが登場しない回です。
 サーバーは良いですよね。動作にちょっとでも問題が発生すると、原因が分かるまで、代替機を用意されたり、全システムをチェックされたり……
 いや、単なる愚痴です。
 そんな機械と人間の交わりをネタにしてみました。
 ちなみに最後の方の男の台詞の元ネタは「今日は良い死に日和」です。
 これはスターシップトゥルーパーズ3の劇中歌「It‘s A Good Day To Die」からですね。
 語源はインディアンの逸話で、戦場に赴く言葉で、死を覚悟して、恐れず、前向きで行こう。その方が生きて還れる可能性が高まる。だから生き抜くために全てを尽くそう。という意味です。
 特攻の言葉ではないですよ。
 
 サブタイトルはそれをもじって、Star Ship Troupersトルゥパーズとしました。
 ※trouperは座員・劇団員の意味です。
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