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第1章 夢のおわり
1-7.第4の願い アナ・ワン
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祝福者”アナ・ワン”の88年間の人生はどちらかと言えば平穏だった。
普通の家庭に生まれ、普通に結婚し、普通に子に恵まれ、そして普通に夫に先立たれた。
完全に平穏だったわけではない。
勤め先の業績不振から同僚が解雇されたり、友人が大病を患ったり、交通事故を目撃したり。
不幸に見舞われる人は何度も見てきた。
街に連続殺人事件が起きたこともあった。
幼い少年少女が犠牲になった事件は、たとえ直接彼女の周囲に被害が及ばなくとも、心に大きな悲しみをもたらした。
裁判所で狂ったように犯人に怒りをぶつける被害者両親のニュースを見た時は特に。
同時に自分の子供たちが犠牲にならなかったことに安堵したりもした。
後日、自分たちのだけはと考えてしまったことに、自己嫌悪に陥ることになったのだが。
周囲のごたつきはあったが、彼女は幸運にも平穏な人生を送り、今はのんびりと余生を過ごしている。
彼女は自分が幸運であったことを自覚しており、そしてそれを望んでも手に入らなかった幾人もの人々を知っていた。
だから、”祝福”が与えられた時、彼女は考えてしまった。
『わたしのような幸運な人間が、こんなものを手に入れていいものか』と。
明るい闇の中をアナは進み、神の前に到着する。
「こんばんは、星の綺麗な良い夜ですね」
「そうですね、素敵な夜のお散歩ですかマダム」
「あら、お上手だこと。そうね、ちょっと散歩をして考えてみたのよ、わたし」
彼女の声は年相応にしゃがれてはいたが、その意志と思考は衰えていなかった。
「考えてみたとは”祝福”のことであるかな?」
「ええ、そう。どんな願いがいいのかしらってね。でも、わたしは叶えて欲しい願いなんてないの。だからね、わたしは思ったの、この”祝福”は人を幸せにするものであるべきだわ、と」
「善き考えであるな。それで願いは決まったかね?」
「決まったわ。ちょっと迷ったけど」
彼女は少しはにかみながら、そう言って神を見つめる。
「この”祝福”でみんなを幸せにすることは出来ないわ。だって幸せの形ってみんな違うもの。どうしても譲れないものもあると思うわ。恋とか」
「そうだな、我も同意だ」
「でもね、誰だって嫌なことはあると思うの」
「それは何かね?」
「理不尽な死よ。特にこの”祝福”によって誰かが殺されるなんてことはあってはならないわ」
彼女がそう思ったのは、殺人鬼によって理不尽に殺された子供の事件を知っているから。
「Curses return upon the heads of those that curse」
彼女が口にした言葉は”呪いは呪う人の頭上に帰って来る”。
東洋の似たことわざで表現するなら”人を呪わば穴ふたつ”。
「だから、わたしはこう願うの『この”祝福”で誰かが誰かの死を願おうとしたなら、その願いを言い終わる前にその人が苦しんで死ぬようにして』ってね。祝福を呪いにしようなんて悪い人は”祝福者”の資格はないわ」
「その願い叶えよう。念のための確認だ。本当にそれで良いのか? 迷いはないかね?」
自分のために”祝福”を使わなくてよいのか?
彼女は神がそう問いかけたように思えた。
だが、彼女はそれを微笑みながら一蹴した。
「いいの。わたしはもう十分幸せだから。ちょっと迷ったのは、『この”祝福”で誰かの死を願ったなら、その願いを叶えると同時に願った人も苦しんで死ぬようしてちょうだい』にするべきかよ。でもね、”祝福”がふたつの”呪い”に変わっちゃうなんて悲しいじゃない。だから、これでいいの」
彼女は知っている。
命に代えても誰かを殺したいと願ってしまう悲しみがあることを。
それは彼女には想像しかできない悲しみだったけれど、そういう事情があることは十分に知っていた。
だけど、そのために”祝福”が使われるとしたら、あまりに哀しい。
「よろしい! その願い確かに聞き届けた! その願いを叶えよう!」
光が広がり、彼女は明るい闇ではなく星々が輝く明るい夜の散歩道に戻る。
彼女の願いは叶えられた。
彼女が願ったのは、とどのつまり、”穴はひとつでいい”。
そういうことだった。
普通の家庭に生まれ、普通に結婚し、普通に子に恵まれ、そして普通に夫に先立たれた。
完全に平穏だったわけではない。
勤め先の業績不振から同僚が解雇されたり、友人が大病を患ったり、交通事故を目撃したり。
不幸に見舞われる人は何度も見てきた。
街に連続殺人事件が起きたこともあった。
幼い少年少女が犠牲になった事件は、たとえ直接彼女の周囲に被害が及ばなくとも、心に大きな悲しみをもたらした。
裁判所で狂ったように犯人に怒りをぶつける被害者両親のニュースを見た時は特に。
同時に自分の子供たちが犠牲にならなかったことに安堵したりもした。
後日、自分たちのだけはと考えてしまったことに、自己嫌悪に陥ることになったのだが。
周囲のごたつきはあったが、彼女は幸運にも平穏な人生を送り、今はのんびりと余生を過ごしている。
彼女は自分が幸運であったことを自覚しており、そしてそれを望んでも手に入らなかった幾人もの人々を知っていた。
だから、”祝福”が与えられた時、彼女は考えてしまった。
『わたしのような幸運な人間が、こんなものを手に入れていいものか』と。
明るい闇の中をアナは進み、神の前に到着する。
「こんばんは、星の綺麗な良い夜ですね」
「そうですね、素敵な夜のお散歩ですかマダム」
「あら、お上手だこと。そうね、ちょっと散歩をして考えてみたのよ、わたし」
彼女の声は年相応にしゃがれてはいたが、その意志と思考は衰えていなかった。
「考えてみたとは”祝福”のことであるかな?」
「ええ、そう。どんな願いがいいのかしらってね。でも、わたしは叶えて欲しい願いなんてないの。だからね、わたしは思ったの、この”祝福”は人を幸せにするものであるべきだわ、と」
「善き考えであるな。それで願いは決まったかね?」
「決まったわ。ちょっと迷ったけど」
彼女は少しはにかみながら、そう言って神を見つめる。
「この”祝福”でみんなを幸せにすることは出来ないわ。だって幸せの形ってみんな違うもの。どうしても譲れないものもあると思うわ。恋とか」
「そうだな、我も同意だ」
「でもね、誰だって嫌なことはあると思うの」
「それは何かね?」
「理不尽な死よ。特にこの”祝福”によって誰かが殺されるなんてことはあってはならないわ」
彼女がそう思ったのは、殺人鬼によって理不尽に殺された子供の事件を知っているから。
「Curses return upon the heads of those that curse」
彼女が口にした言葉は”呪いは呪う人の頭上に帰って来る”。
東洋の似たことわざで表現するなら”人を呪わば穴ふたつ”。
「だから、わたしはこう願うの『この”祝福”で誰かが誰かの死を願おうとしたなら、その願いを言い終わる前にその人が苦しんで死ぬようにして』ってね。祝福を呪いにしようなんて悪い人は”祝福者”の資格はないわ」
「その願い叶えよう。念のための確認だ。本当にそれで良いのか? 迷いはないかね?」
自分のために”祝福”を使わなくてよいのか?
彼女は神がそう問いかけたように思えた。
だが、彼女はそれを微笑みながら一蹴した。
「いいの。わたしはもう十分幸せだから。ちょっと迷ったのは、『この”祝福”で誰かの死を願ったなら、その願いを叶えると同時に願った人も苦しんで死ぬようしてちょうだい』にするべきかよ。でもね、”祝福”がふたつの”呪い”に変わっちゃうなんて悲しいじゃない。だから、これでいいの」
彼女は知っている。
命に代えても誰かを殺したいと願ってしまう悲しみがあることを。
それは彼女には想像しかできない悲しみだったけれど、そういう事情があることは十分に知っていた。
だけど、そのために”祝福”が使われるとしたら、あまりに哀しい。
「よろしい! その願い確かに聞き届けた! その願いを叶えよう!」
光が広がり、彼女は明るい闇ではなく星々が輝く明るい夜の散歩道に戻る。
彼女の願いは叶えられた。
彼女が願ったのは、とどのつまり、”穴はひとつでいい”。
そういうことだった。
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