祝福ゲーム ──最初で最後のただひとつの願い──

相田 彩太

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第2章 夢からさめても

2-11.対話の道 ダイダロス・タイター

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 フィレンツェの裏通り、そこにダイダロスのなじみの店はある。
 表向きは日本のHENATI漫画やアニメ(海賊版)などの販売店。
 裏向きはネット情報屋だ。
 キャッシングのカモ情報、クレジットカードの違法使用コード、スマホやPCから抜いたアカウント情報などが主な商材。
 もちろん違法だが、店長のスキルは確かだ。

「邪魔するぜ」
けえりな貧乏神」

 店に入ってきたダイダロスを見るなり、店長が手を振って帰れのジェスチャーを示す。
 
「金ならある」
「なんだよ、今日はやけに羽振りがいいじゃねぇか。金持ちの観光客からくすねたか」
「そんなとこだ」

 クリックひとつで違法な大金を動かせる情報化社会になっても足のつきにくい現金には一定の需要がある。
 そういう意味でダイダロスはこの店の重要な取引相手だった。

「このメールの出処でどころと、同じメールが他のやつに行ってないか調べられるか?」
「こんなスパムを?」
「ああ、俺の予想が当たっていればアメリカのサーバーに侵入ハックして履歴を追う必要があるはずだ」
「そんな大層なもんかね。そこらへんの華僑かきょうのサーバーが出処だと思うがね」
「出来ないのか?」
「出来るに決まってるだろ。前金5000ユーロだ」
「高いな」
「アメリカのサーバーって言ったのはお前だろ。払えないなら話は無しだ」

 値踏みするような店長の視線を鼻であしらい、ダイダロスは札束を台に置く。

「気前がいいじゃねぇか。こりゃ本当に1000万ユーロのネタか? 俺のトコにも来てほしいねぇ」
「来てないのか?」
「こんなん全ブロックに決まってるだろ。そこでビデオでも観ながら待ってな」
「そうさせてもらうぜ」

 ダイダロスはそう言って海賊版のビデオの棚を物色する。
 探しているのは前にちらっと観た日本のアニメ。
 死ぬたびに時間を逆戻り、何度もやり直すことで危機を乗り越えていく話だ。
 最初に観た時は、やり直せたら苦労しねーよと思ったが、今はその話が気になる。
 
「お前、こないだはそれをちょっとしか観てなかったよな。どういう心境の変化だ」
「ああ、神様に会ってから心変わりしたんだ」
「寝言が言いたいなら奥にボロマットがあるぜ」
「遠慮しとく」

 そんな会話を続けながらダイダロスは作品について調べる。
 どうやらこれは”ループもの”というらしい。
 そういえば、ティアもそんなSF映画を観てたな。
 バタフライなんとかとか、ハッピーですなんちゃらとか。
 人死にが出るのは現実だけで十分だと思っていたが、現実でそんなのを見ていないティアにとっては娯楽なのだろう。
 いや、それよりも今はこれだ。

 左手の13の聖痕スティグマを眺め、ダイダロスは考える。
 あのキングの願いは見事だった。
 おそらく、全ての人々の心を操る願いだったのだろう。
 自分もティアの存在がなければキングのために”祝福”を使ってしまいそうなほど。
 同じようなことは回避しなくてはならない。
 これから11の願いで同じようなことが起きる可能性は十分にある。
 キングの願いが夢となって無効化されたように、何度もやり直せる手段を得る必要がある。
 だとすると、俺が願うべきものは……。

「ヒュー、こいつはとんだ掘り出し物だな」

 店長がそう声を上げたのは、ダイダロスがその願いが頭でおぼろげな形になってきた時だった。

「わかったのか?」
「ああ、お前の言う通りこのメールの発信元はアメリカのサーバーからだ。しかもエボルトテック社の子会社経由で来ている。聞いて驚くなよ、発信者はエボルトテック社のCEOだ」
「そうか」

 予想通りの答えにダイダロスは素気ない返事をする。
 
「そうか、ってこりゃお宝だぜ。発信メッセージをちょいとあさっただけで、やっこさんの女性関係メールがわんさか出てくるときたもんだ」
「それより、このメッセージと同じ内容の送信先だ」

 札束を追加でテーブルに置き、ダイダロスは店長を頭をグイッとモニターに向ける。

「そうせかすなよ。ほらよ、これが大金あげますメールとその受け取り者リストだ。全部で16通」
「アジアが多いな」

 最近はこのフィレンツェにも華僑が進出して来ている。
 ダイダロスは外国語に堪能というわけではなかったが、文字が漢字であることくらいは理解できた。

「ああ、日本が特に多いな。この近くにはいるか?」
「基地局の情報からすればローマにひとりいるな。こいつだ」

 画面の中にはひとりの女性の名前が映し出される。

「よくやった。宛先リストをくれ」
「ほらよ。お前さんのスマホに入れといたぜ。他の情報は好きにしていいよな。エボルトテックCEOの女性関係なんて高く売れそうだからよ」
「ああ、そんなのは俺にとってはどうでもいい」

 お前にとっても意味がなくなるのだから。
 ダイダロスは心の中でそう言って、頭の中であの時の神の座を思い浮かべる。
 周囲がくすんだ石壁から明るい闇へと変化した。

「ようこそ、我の座へ。願いは決まったかな?」
「ああ、だいたいは決まった。決まりきっていない。だから俺はあんたにいくつか確認したい。まさか、その会話も願いのうちに入るなんて言わないよな」

 少し挑発気味にダイダロスは神に向かって言い放つ。

「その問いに答えよう。我はそんな真似はしない。君の願いが固まって納得がゆくまで確認するといい」

 神の答えにダイダロスは不敵な笑みを浮かべた。

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