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第3章 夢よもういちど
3-38.絶望の希望 クリストファー・グッドマン
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彼は何も知らなかった。
どうしてかもわからなかった。
ただひとつ確かだったのは、その手に再び”祝福”が宿ったことだけ。
それが花畑蜜子の『奇跡を起こして』という願いが、湊藤堂の『最恵国待遇』でもう一度されたためだと知る由もなかった。
「ようこそ我の座へ。クリストファー・グッドマン、我は君を歓迎する」
「あの時は助かったぜグッドマンさん」
彼を出迎えるふたり、その中に凛悟の姿を見てグッドマンは喜びに震える。
「やったな! 凛悟君! よくやってくれた! 私の手に”祝福”が再び宿ったからもしかしてと思ったが、倒してくれたんだなエゴルトを!」
「そうだ。エゴルトは死んだよ。アイツが持っていたふたつの祝福は俺とグッドマンさんに移った」
グッドマンは凛悟が流暢な英語を話すものだと感心した。
凛悟はグッドマンが急に日本語が堪能になったように思えた。
だが、すぐに凛悟はこれはこの座ではそうなるものだと納得した。
「しかしひどい姿だな。血まみれじゃないか」
「胸を撃たれたからな。この座に居るから生きているようなもんだ。そういうグッドマンさんも似たようなもんだぜ」
凛悟がグッドマンの服を指差して言う。
赤黒く染まったシャツは彼もまた死に瀕していることを示していた。
「しかしまるで奇跡だな、こうして私たちふたりが再び”祝福”に選ばれるだなんて」
「蜜子から託された奇跡さ。そうでなければこんなに都合のいい展開にならなかったかもしれない」
凛悟の台詞と暗い表情にグッドマンの表情も曇る。
「託されたということは、蜜子さんは……」
「死んだよ」
「そうか……、だが安心してくれ!」
曇ったのは一瞬、晴ればれした表情でグッドマンは左手の聖痕を、1の文字を見せる。
「私は約束は守るし空気だって読める! 神様! 願いを叶えて下さい!」
「いいだろう。言ってみたまえ」
「この”祝福ゲーム”が始まってから死んだ人間を健康にして生き返らせて下さい! あ、ああそれだと私や凛悟君が死んじゃうか。ちょっと訂正です、死んだ人間を全員生き返らせた上で全人類を健康にして下さい! あ、これだとエゴルトが生き返ってしまうな、もうちょっとだけ付け足し、ただしエゴルトとレイニィは除外して!」
エゴルトとレイニィを除外したのが気が利いてるだろ。
そんなことを考えながらグッドマンは凛悟を見る。
だが、そんな彼にかけられたのは神からの冷たい言葉だった。
「願いなおしたまえ。その願いは叶えられない。制約に反する」
グッドマンの表情が曇る。
今度は本当に。
「どういうことです? 凛悟君が死んだ人間は生き返らないというルールを”祝福”で除いてくれたのではなかったのですか?」
「その問いに答えよう。その制約は残っている。付け加えると”祝福”の数は増えないという制約も健在だ」
グッドマンは頭をハンマーで殴られたような衝撃を覚えた。
「どういうことだ!? 君は何を願った!?」
「悪いがその質問には答えられない」
冷静に、切って捨てるように凛悟は言い放つ。
「どういうことだ!? クソッ! わからない、君は何をしたかったんだ!?」
「どうでもいいじゃないかそんなこと。それより喜べよ。グッドマンさんは勝ったんだぜ。最後の祝福はグッドマンさんのものだ。望めば死んだ奥さんや娘さん以上の家族だって手に入る」
「ふざけるな! 妻以上の素晴らしい女性も! キャロル以上の愛しい娘も! 世界中どこを探してもそんなものはいない!」
あくまでも冷静な凛悟とは対照的にグッドマンが怒りをあらわにする。
だが、数秒の間をおいて彼の脳裏にとある少年の姿が浮かんだ。
彼が救おうとして救えなかった少年、ケビンの姿が。
そして彼が最後に残した『パパとママにあいにいきたい』という叫びが。
「神様、ひとつお聞きしてもいいでしょうか?」
「よいぞ、なんでも聞きたまえ」
「死んだら、妻と娘の所へ行けるのでしょうか?」
怒りの後に彼の心に去来したのは絶望、そしてそれは希望でもあった。
「その問いに答えよう。行ける。死ねばみな死者の世界にいくことになる。そこには君の妻と娘もいる」
「……そうですか」
「さて、そろそろ願いは決まったかな。あまり悩むのは遅延行為とみなすぞ」
「わかりました。私の願いは……」
うつむきかげんに、かすれた声でグッドマンは願いの端を口にする。
「私に……、安らかな……」
凛悟が心の中でガッツポーズを取る。
これが凛悟の狙い。
グッドマンを挑発して凛悟の死を願わせる。
もしくはグッドマンに己の死を願わせる。
そうすれば、その願いは叶うことなく第4の願いの禁忌に触れ、その願いは叶えられることなくグッドマンは死ぬ。
凛悟の賭けの対象は『今残っている最後の”祝福者”』。
グッドマンの死で移る先の人間が対象ではない。
そして凛悟の策には次がある。
今頃、藤堂はエゴルトが願った『願いが叶えられずに死亡した場合、”祝福”が僕に移る』をもう一度しているはずだ。
賭けに勝ち、最後の祝福は仲間のもの。
これで完全勝利だと凛悟は確信していた。
だが、彼は見誤っていた。
グッドマンという男を見誤っていた。
「いや、やっぱりやめよう。神様、願いを言い直してもよろしいでしょうか?」
「その問いに答えよう。我はまだ汝の願いを叶えていない。よいぞ。さあ、言い直すがいい」
神は鷹揚に手を広げ、チラリと凛悟を見る。
勝ち誇ったように。
凛悟は頭から血の気が引いていくのを感じていた。
「私はこのままでも死にます。なら、最後の祝福は誰かのために使うべきです。誰かの不幸や自分のためにそれを使ったとキャロルが知ったら、キャロルは悲しむでしょう。私はキャロルに胸を張れる父親でありたい。いや、私のことはどうでもいい、キャロルが喜ぶことを私はしたい」
苦しんで死のう。
それに意味はないのかもしれないが、あの少年を救えなかった自分の罪だ。
そう思いながらグッドマンは言葉を続ける。
「彼の、鈴成凛悟の傷を癒して下さい。そして彼が天寿を全うするようにして下さい」
…
……
神の座に沈黙が流れる。
そして、その沈黙は神の口によって破られた。
「その願いを叶えることはできない」
「どうしてですか?」
「その願いを叶えると我は彼の命を奪うことになるからだ」
凛悟が賭けたのは己の命。
賭けに負けたら彼は死ぬ。
天寿を全うせずに。
「……っはっ、はははっ、ははははっ! サイコーだぜグッドマンさん! さあ、神様! 願いを言ったのは俺の方が先だ! なら、その清算も先に行われるべきだろ!」
「君の言う通りだ。すまない最後の”祝福者”よ。しばし待たれよ」
「なにをおっしゃっているのですか?」
グッドマンがそう言った瞬間、彼の視界は明るくなりレセプションルームへの階段の下へと移る。
止まっていた痛みが再び彼を襲い、絨毯の赤い染みも再び広がり始める。
わけがわからない、いったいどうなっているんだ。
疑問を頭に浮かべたまた、グッドマンは意識を失った。
どうしてかもわからなかった。
ただひとつ確かだったのは、その手に再び”祝福”が宿ったことだけ。
それが花畑蜜子の『奇跡を起こして』という願いが、湊藤堂の『最恵国待遇』でもう一度されたためだと知る由もなかった。
「ようこそ我の座へ。クリストファー・グッドマン、我は君を歓迎する」
「あの時は助かったぜグッドマンさん」
彼を出迎えるふたり、その中に凛悟の姿を見てグッドマンは喜びに震える。
「やったな! 凛悟君! よくやってくれた! 私の手に”祝福”が再び宿ったからもしかしてと思ったが、倒してくれたんだなエゴルトを!」
「そうだ。エゴルトは死んだよ。アイツが持っていたふたつの祝福は俺とグッドマンさんに移った」
グッドマンは凛悟が流暢な英語を話すものだと感心した。
凛悟はグッドマンが急に日本語が堪能になったように思えた。
だが、すぐに凛悟はこれはこの座ではそうなるものだと納得した。
「しかしひどい姿だな。血まみれじゃないか」
「胸を撃たれたからな。この座に居るから生きているようなもんだ。そういうグッドマンさんも似たようなもんだぜ」
凛悟がグッドマンの服を指差して言う。
赤黒く染まったシャツは彼もまた死に瀕していることを示していた。
「しかしまるで奇跡だな、こうして私たちふたりが再び”祝福”に選ばれるだなんて」
「蜜子から託された奇跡さ。そうでなければこんなに都合のいい展開にならなかったかもしれない」
凛悟の台詞と暗い表情にグッドマンの表情も曇る。
「託されたということは、蜜子さんは……」
「死んだよ」
「そうか……、だが安心してくれ!」
曇ったのは一瞬、晴ればれした表情でグッドマンは左手の聖痕を、1の文字を見せる。
「私は約束は守るし空気だって読める! 神様! 願いを叶えて下さい!」
「いいだろう。言ってみたまえ」
「この”祝福ゲーム”が始まってから死んだ人間を健康にして生き返らせて下さい! あ、ああそれだと私や凛悟君が死んじゃうか。ちょっと訂正です、死んだ人間を全員生き返らせた上で全人類を健康にして下さい! あ、これだとエゴルトが生き返ってしまうな、もうちょっとだけ付け足し、ただしエゴルトとレイニィは除外して!」
エゴルトとレイニィを除外したのが気が利いてるだろ。
そんなことを考えながらグッドマンは凛悟を見る。
だが、そんな彼にかけられたのは神からの冷たい言葉だった。
「願いなおしたまえ。その願いは叶えられない。制約に反する」
グッドマンの表情が曇る。
今度は本当に。
「どういうことです? 凛悟君が死んだ人間は生き返らないというルールを”祝福”で除いてくれたのではなかったのですか?」
「その問いに答えよう。その制約は残っている。付け加えると”祝福”の数は増えないという制約も健在だ」
グッドマンは頭をハンマーで殴られたような衝撃を覚えた。
「どういうことだ!? 君は何を願った!?」
「悪いがその質問には答えられない」
冷静に、切って捨てるように凛悟は言い放つ。
「どういうことだ!? クソッ! わからない、君は何をしたかったんだ!?」
「どうでもいいじゃないかそんなこと。それより喜べよ。グッドマンさんは勝ったんだぜ。最後の祝福はグッドマンさんのものだ。望めば死んだ奥さんや娘さん以上の家族だって手に入る」
「ふざけるな! 妻以上の素晴らしい女性も! キャロル以上の愛しい娘も! 世界中どこを探してもそんなものはいない!」
あくまでも冷静な凛悟とは対照的にグッドマンが怒りをあらわにする。
だが、数秒の間をおいて彼の脳裏にとある少年の姿が浮かんだ。
彼が救おうとして救えなかった少年、ケビンの姿が。
そして彼が最後に残した『パパとママにあいにいきたい』という叫びが。
「神様、ひとつお聞きしてもいいでしょうか?」
「よいぞ、なんでも聞きたまえ」
「死んだら、妻と娘の所へ行けるのでしょうか?」
怒りの後に彼の心に去来したのは絶望、そしてそれは希望でもあった。
「その問いに答えよう。行ける。死ねばみな死者の世界にいくことになる。そこには君の妻と娘もいる」
「……そうですか」
「さて、そろそろ願いは決まったかな。あまり悩むのは遅延行為とみなすぞ」
「わかりました。私の願いは……」
うつむきかげんに、かすれた声でグッドマンは願いの端を口にする。
「私に……、安らかな……」
凛悟が心の中でガッツポーズを取る。
これが凛悟の狙い。
グッドマンを挑発して凛悟の死を願わせる。
もしくはグッドマンに己の死を願わせる。
そうすれば、その願いは叶うことなく第4の願いの禁忌に触れ、その願いは叶えられることなくグッドマンは死ぬ。
凛悟の賭けの対象は『今残っている最後の”祝福者”』。
グッドマンの死で移る先の人間が対象ではない。
そして凛悟の策には次がある。
今頃、藤堂はエゴルトが願った『願いが叶えられずに死亡した場合、”祝福”が僕に移る』をもう一度しているはずだ。
賭けに勝ち、最後の祝福は仲間のもの。
これで完全勝利だと凛悟は確信していた。
だが、彼は見誤っていた。
グッドマンという男を見誤っていた。
「いや、やっぱりやめよう。神様、願いを言い直してもよろしいでしょうか?」
「その問いに答えよう。我はまだ汝の願いを叶えていない。よいぞ。さあ、言い直すがいい」
神は鷹揚に手を広げ、チラリと凛悟を見る。
勝ち誇ったように。
凛悟は頭から血の気が引いていくのを感じていた。
「私はこのままでも死にます。なら、最後の祝福は誰かのために使うべきです。誰かの不幸や自分のためにそれを使ったとキャロルが知ったら、キャロルは悲しむでしょう。私はキャロルに胸を張れる父親でありたい。いや、私のことはどうでもいい、キャロルが喜ぶことを私はしたい」
苦しんで死のう。
それに意味はないのかもしれないが、あの少年を救えなかった自分の罪だ。
そう思いながらグッドマンは言葉を続ける。
「彼の、鈴成凛悟の傷を癒して下さい。そして彼が天寿を全うするようにして下さい」
…
……
神の座に沈黙が流れる。
そして、その沈黙は神の口によって破られた。
「その願いを叶えることはできない」
「どうしてですか?」
「その願いを叶えると我は彼の命を奪うことになるからだ」
凛悟が賭けたのは己の命。
賭けに負けたら彼は死ぬ。
天寿を全うせずに。
「……っはっ、はははっ、ははははっ! サイコーだぜグッドマンさん! さあ、神様! 願いを言ったのは俺の方が先だ! なら、その清算も先に行われるべきだろ!」
「君の言う通りだ。すまない最後の”祝福者”よ。しばし待たれよ」
「なにをおっしゃっているのですか?」
グッドマンがそう言った瞬間、彼の視界は明るくなりレセプションルームへの階段の下へと移る。
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