UNWANTED

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闇の力

不安

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 僕は、ハッピーエンドが嫌いだ。いいや、訂正する――大嫌いだ。なぜなら、幸せは、そう長くは続かない。ハッピーエンドで終わる物語も、その後の物語を描かれたりでもしたら、悲惨な運命を辿ることになっているかもしれない。そうして、その悲惨な運命を辿った後に、またハッピーエンドが訪れる――その繰り返しだ。生きることは山あり谷あり、登りがあれば下りも必ず存在する。上昇すれば下降する。
 明日になれば、あの祢子の無邪気であどけない笑顔、そんな笑顔も失われているのではないか? これで、僕が見ることのできる彼女の笑顔は見納めになっているのではないか? まるで今日のことがなかったかのように、祢子は僕と関わることを避けているかもしれない。不幸にも、今日の、この後、僕か祢子、どちらかが不慮の事故にでもあってしまうのではないか、とか――そんな考えにばかり至ってしまうのだ。僕は、そのような険しい運命に遭遇したりでもしたら耐えられない、それだから、ならば、このままずっと下り坂でいいとさえ思いながらも、今までの人生を歩んできた。そうしていれば、実際、それが奈落の底へ向かう落とし穴だったとしても、自分の人生が転落したことにすら気が付かない。そんな、自暴自棄な生き方でいいとさえ、僕は思っていた。
 ――だけど、なぜだろう、今は、ハッピーエンドだけで終わらせない、終わらせたくないという気持ちが次第に強くなっていく。大嫌いなハッピーエンドの先を望んでしまう。それはまるで、下りに差し掛かったらそこに橋をかけてでも谷間になど降りるものかという、そんな気概のようなものが僕に芽生えかけていた。
 僕が『闇の力ザ・ダークネス』を扱えたのはたった二日間だけ、しかも、その力は自分を前向きにさせただけだったという。その力を行使して、他者をひれ伏そうなどと考えていた自分がなんだか恥ずかしいとさえ思えてしまう。
 そう考えると、『闇の力』は、いや、雲永 餡子くもなが あんこは、僕のことをずっと気遣ってくれていたのだろうと――いや、まて、そんな楽観的な考えはバッドエンドに向かう落とし穴。実は、もう、僕は奈落の底に落ち始めていることに気が付いていないだけ、なのではないだろうか!? そんな一陣の不安が僕の頭をよぎる。そう、この世界は常に不条理で無常。こんな僕に、こんなハッピーエンドすら訪れていいはずがない。そうだ、間違いない。これは、バッドエンドを迎えるための、嵐の前の静けさ、ジェットコースターでいえば、レールの頂上まで登って、そこから一気に落ちる手前だ。

 ああ、この展開――僕は理解していた。僕は、今、とても嫌な、『何か』からの視線を感じている。

 ふと、気配を感じて、僕が後ろを振り向いた瞬間、僕の目に飛び込んできた、それ――そう、これが当然の結果。僕の背後にいたのは、まぎれもなく『闇の力』だったのだ。まるで、それがトリガーにでもなったかのように、各ホームから這いずり上がってくる『闇の力』たち。磁石のように僕にまとわりつく。結局、何も変わらない。こうなる運命なのだ。
 そうだ、そうだ、もっと、もっとだ。これでいい、もう、どうにでもなれ、好きにすればいい。僕には、闇の住人でいるのがお似合いなのさ。
 思えば、御堂 祢子みどう ねこと連絡先の交換もしていない。つまり、それが答えだったのだ。人間なんて、信じるに値しない、そういうことなんだろ? 『闇の力』たち。

 僕は『闇の力』をその身に纏い、重い体を引きずりながら家路についた。結局、僕は何も変わらない。周りの環境だって、変りはしない。変わる兆しが一瞬見え隠れするだけ。だから僕は――いつだってバッドエンドを望んでいる――
 もう何も考えたくない。消えて、しまいたい。僕は、僕自身の感情の渦に耐え切れず、『闇の力』にその感情事飲み込まれ、僕の感情もろとも、僕自身が消失するのだろう。そうして――堕ちてゆく――生への渇望――生きたい、生きていたい――死にたくない――死を受け入れたくない――ちょっと、待て、待て! 何かがおかしいぞ。正気を保て、僕。疑心暗鬼になるな、僕。

 僕の感情は、この『闇の力』とシンクロする。そして、『闇の力』も僕の感情とシンクロする。僕の情緒は、『闇の力』から放出されている負の感情の影響を強く受けたのだろう。さっきまでの前向きな僕が嘘のようだ。僕が少しでもネガティブな思考を持てば、『闇の力』は僕を取り込もうとする。そういうことなのだろう。
 だとすれば、僕が前向きに行動し、『闇の力』の持つ負の感情を反転させることができたなら、ポジティブな僕とシンクロした『闇の力』は光の粒子となって昇華アセンションする――のではないだろうか? 確証はないが……。
 つまり、僕は無意識に救いを求め、それに応えるように彼らも僕に救いを求める。つまり、これこそまさに、僕と『闇の力』、究極の共依存なのだろう。だったら、僕にできることは一つ。彼らを集め、負の感情を取り除く、そうすることで、彼らを安らかなる眠りにいざなうことができるはずだ。『闇の力』が単なる思念体であったとしても、安息を望んでいることだろう。今日のように――『闇の力』は供に同調し、『光の力ザ・シャイニング』となって昇華するのだ。それをすることが今の僕にはできるはずだ。
 『光の力』と化した雲永 餡子。この数日の間、彼女が僕に勇気を与えてくれていたのかもしれない。きっと、僕の行動力は、僕だけのものではなかったのだろう。そして、雲永 餡子は、僕が闇の力によって浸食されるのを防いでくれていた気もする。だから、今の僕は、とても不安定な状態なのだろう。雲永 餡子が僕から離れてしまった今、僕は、僕だけの力で『闇の力』を抑制しなければいけないんだ。
 僕のことだから、負の感情に取り込まれてしまいそうなときもあるかもしれない、それでも、今の僕には仲間がいる。きっと、この先、仲間も増えて、僕の居場所ができて、『闇の力』だって僕のことをきちんと認めてくれるに違いない。『闇の力』は僕を救い、僕は『闇の力』を救う。だから僕は、『闇の力』をきちんと制御してみせる。
 少しだけ、卑屈になるのをやめてみようと思う――全部じゃなくてもいい、まずは、ほんの少しだけ。

 僕は、『闇の力』に『求められている』のだ。死を理解できぬままの、生への渇望。それならば、その渇望を満たし、本来在るべき場所へと道を示す、その導き手となるしかないではないか。
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