最後に望むのは君の心だけ

こみあ

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第二章 再出発 - Restart -

9 傷だらけの騎士

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「おい、そんな所で何をしてるんだ?」

 二人分の夕食を手にカラムの部屋を訪れてみると、カラムが床に転がってる。のかと思えば違う、どうやら腕立て伏せを試みてそのまま力尽きてるようだ。

「ああ、ラス。いいとこ来たな。ちょっと助けてくれるか?」
「お前は馬鹿か?」

 文句を言いつつも夕食の乗ったトレイをテーブルに置いて駆け寄ると、かなり苦労したらしく床に幾筋もの手を引きずった跡が見える。

「何でこんな……」
「あー、情けねえ。なんとかいつもの日課をこなそうとしたんだけどな。体力が全然追いつかねえみたいだわ」

 おどけた口調でそう言ってるが、身体を引き上げて起こしあげてみれば包帯も服も埃だらけなばかりじゃなく、よっぽど頑張ったのだろう、床にはカラムの身体の跡がくっきりと残るほど汗が滴っていた。しかも無理をしすぎて傷が開いたのだろう、包帯があちこち血をにじませて赤くなっている。

「なんでこんな無茶をする! 折角治るものも治らないじゃないか!」

 私が頭にきてそういうと、カラムは少しムッとしてそっぽを向く。

「仕方ねえだろ、体を鈍らせるわけに行くかよ、俺たち軍人だぞ?」
「たとえ軍人だっていったって限度がある。まだ療養中からこんな……」
「別に。いつものことだ」

 最後は面倒臭そうに首を振り、私の言葉にかぶせるようにボソリとそう吐き出したカラムを私は驚いて見つめてしまう。

「待て、いつものことって言うのはこんなケガのことか? それともこんな馬鹿な筋トレのことか?」
「どっちもだ」

 私に支え起こされたまま床から立ち上がることも儘ならないカラムは、それでも私に視線も合わせずにボソリと答える。

「なんでそんな怪我をするようなことがちょくちょく起こるんだ? なんでそんな無茶な筋トレを……」
「いいだろ、人の事情なんか。いいから手伝う気があるならベッドまで移動させてくれ」

 カラムにしては珍しく声を荒げて拒絶され、一瞬驚きに目を見開いた。すると私のほうをチラリと見たカラムが苦しそうにため息をつく。

「悪い、やっぱ痛みでイラついてるみたいだわ。ラスに当たってどうすんだよ俺……」
「いや、こっちこそ悪かった。個人的なことにまで口を挟んで」

 私はカラムの脇の下に手を差し込んで立ち上がるのを手伝ってやる。カラムは呻きながらも自分ですぐに体重を支え、私の肩を支えに足を動かし始める。
 カラムを手伝ってベッドに運びながら、胸の奥がズキズキと痛むのを隠しきれない。
 なんで私がこんな気持ちになるんだ?
 元々こいつはただの同期だ。仕事の関係で手伝うことはあっても、とりわけ仲が良かったわけでもない。……本当か? 本当にそうか?
 結局私がいくら文句をいっていても、カラムはいつも私の周りに絡んできていた。夕食時には何かといって一緒に食べていたし、休暇に出かけないのかと声をかけてくるのもカラムだけだった。
 処刑されると聞いて私は驚きだけではなく怒りと苦しさを覚えていたじゃないか。そして最後の望みに呼び出され、その身勝手な望みを叶えてやりながらも、それでもまだ処刑が近づくと胃がキリキリと痛み辛く感じてた。そしてカラムが救われたと聞いて思わず声が漏れる程度には心にかけていたのも認めたくないが事実だ。
 自分の中ではうるさいやつだと思っていた割に、今も実は当たり前のようにカラムだけは私が問えば答えてくれると思いこんでいた。
 カラムに返事を拒絶されたことは、思いの外私にとってショックだったらしい。
 ベッドの縁にカラムを腰掛けさせて、軽く服の埃をはたいてやってから考える。
 これは包帯も巻き直すしかないんじゃないのか?

「ごめんラス。お前に当たるつもりじゃなかったんだ」

 私が着替えと包帯の交換をするべきか考えてるところに、カラムが私の腕を掴んで静かな声で語りかけてきた。

「ただな、ちょっと自分が情けなさ過ぎて、ひでえとこ見られてイラッとしちまった」
「いや、私もカラムとそんなに近い関係でもないのに余計なことを詮索した。忘れてくれ」
「そう言わないでくれ。昼にも言ったろ、俺はお前に近くにいて欲しい。お前に許されることなら近づきたい」

 私の腕を掴むカラムの手に力がこもる。カラムの声はいつにも増して感情的で、視線を合わせるのがなぜか躊躇われた。

「包帯はどこだ? 替えたほうがいいだろ」

 私はカラムの手の中から自分の腕を引き抜いて逃げるように背を向けた。そんな私の背中に、カラムの失望を滲ませたため息がこぼれる。

「そこの棚の引き出しだ。その一番上、あ、下着が一緒に入ってるから気をつけろ」
「気をつけろって、そんなの気にするか。ああ、これだな」

 大きな引き出しが4つついたタンスはこの辺では珍しい造りだ。こういう私物が部屋にあるってところが、やはりこいつが良いとこの出の証拠だ。
 引き出しの中には確かに下着も入ってたが、思ったとおり几帳面に畳まれて収められてる。カラムはだらしない生活はしているが、身なりはいつもキチンとしている。根底では実は几帳面な性格なのだろう。
 その横に収められていた包帯の束を取り出して振り返ると、カラムは少し赤くなって俯いてる。

「大丈夫か? 熱が出てきてるんじゃないのか?」

 包帯を手にベッドに戻ってカラムの肩に手を置くと、カラムの背中がビクンと跳ねた。

「大したことねえって。それよりお前本当に包帯替える気か? 出来るのか?」
「ああ、村にいた頃は道場がたった一つの医療機関だったから全部やってたぞ。塗り薬は?」
「そっちのテーブルに乗ってる、いやそれより……」

 カラムの言葉を遮って包帯を外し始める。肩や胸、背中を覆う大量の切り傷は拷問時に刻まれたのだろう。救出されて3日は経ってるから傷も徐々に塞がり始めてはいるが、ここまで傷ついてるのになぜこいつは病棟に残ってないんだ?

「カラム、お前まだ病棟にいたほうがいいんじゃないのか?」

 包帯を外しながら私がそう言うと、カラムが剥がされる包帯に顔を歪ませて答える。

「あそこは追い出された。最低限自分で動ける奴は出てけってな。まあ看護師のかわい子ちゃんたちが俺から離れなくて仕事にならなかったってのも追い出される時期に関係してたかもな」
「全く。いくら奇跡的に救われたからってそうそうどこにでも愛想振りまいてると今度は女に刺されるぞ」
「ラスになら刺されてもいい」
「…………」
「あ、冗談だ、剣に手をかけるな!」

 どうにも。こんなやりとりは以前もあったが、それは全部本当に冗談らしい冗談で、まさかそこに一欠片でもカラムの気持ちが混じってるなどとは思いもしなかった。なのに今、冗談を言ったカラムの私を見る目に、ほんの一滴の真意が隠れている気がして剣を抜き損なった。

「本気だよ。ラス。一度だけちゃんと言わせてくれ」

 私が戸惑ったことに気づいてしまったカラムが、やけに甘い顔で私に囁くように告げる。

「君が好きだ。ずっと好きだった。ずっと見てきた。この気持ちを偽るつもりはもうない」

 真っ直ぐ私を見て紡がれるカラムの真摯な言葉が胸に突き刺さる。途端、思いがけず胸が高鳴り、顔に血が集まるのを感じた。私はどうやら赤面してるらしい。
 それを見たカラムが、パッと明るい顔をして顔を綻ばす。

「ああ、少なくとも今度は通じたみたいだな。良かった」
「良かったって……私は別にカラムが好きとは言ってないぞ。というかそんな感情はよく分からん」

 私の返事を苦笑いしながら聞き流してカラムが先を続ける。

「ああ、ラスはそのままでいい。いつか俺に心を貰えるよう俺が努力する。でもまずは俺の気持ちを受け取ってくれ。この気持ちを否定しないでくれればそれでいい」

 言われたことを考えてみる。カラムが言っている言葉に嘘がないのは聞いていて充分わかる。本気で私をただ好きでいたいと言ってくれているその気持ちを、私には否定する理由はない。それどころか自分の気持ちはよく分からないが、カラムがここまで真摯に申し出る以上、私もできる限り自分の気持を確かめる努力をすべきだと思う。

「分かった。私も自分がカラムの気持に答えられるのかこれから真剣に向き合ってみるよ」

 私がそう答えると、カラムが目を見開いてジッと私を見つめてくる。あまりジッと見つめられて居心地が悪くなった私はテーブルから塗り薬をとって包帯を外したカラムの傷口に擦り込み始めた。

「つっっ!」
「痛いか?」

 今の話で気がそれて手当が少しばかり乱暴すぎたようだ、傷口の一つから血が滲み出した。

「ちょっと待て。今」
「いいから続けろ、すぐ乾く」
「大丈夫なのか?」
「ラスになら目ん玉潰されても快感に感じる自信ある」
「ば、な、何を」
「ホントだぜ?」

 そう言ってカラムは今開いてしまった肩口の傷から染み出した血液を指で掬って、舌を伸して私に見せつけるように舐めてみせる。自分の指からペロリと血液を舐めとるカラムの仕草がやけに淫靡に感じられてしまい、私は呆気にとられて声が出せなかった。

「ラスは純情だな。そんな赤くなって。俺のことそんな見つめてると手が出ちまう。ほら、早く包帯替えるのを終わらせてくれ」

 ニヤニヤしながらそう指摘されて、私は慌てて包帯を巻き始める。だが一旦意識してしまうと、余計なことが頭を過る。今まで見慣れたカラムの軍人らしい引き締まった肉体が、カラムの今見せた表情と相まってやけに意識されてしまう。その筋肉の上に指を走らせながらピッタリと包帯を巻いていくと、その指先の感触だけで胸が痛くなり始めた。
 おかしい。これは何か変だ。たかだか包帯を変えるだけでなぜ私の胸が痛くなるんだ?

「出来たぞ、夕飯にしよう」

 包帯を替え終えた私は自分の身体のおかしな反応を無理やり無視して、トレイを二つ持ってベッドに戻る。自分も椅子を引き寄せてカラムの横に座り、冷めきった夕食を無言で口に運んだ。
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