最後に望むのは君の心だけ

こみあ

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第二章 再出発 - Restart -

11 悶える騎士

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 そのあと「やっぱりこのまま一緒に寝るのは無理そうだわ」と苦笑いするカラムにベッドから追い出された私は、カラムの疲れた様子が心配になって痛み止めを手渡して部屋を出た。カラムと自分の夕食の乗っていたトレイを持って食堂に戻し、独り自分の部屋に戻った。
 部屋に帰るとなぜかいつもの自分の寝台が広く感じられ、寂しく思う。
 あんな窮屈な状態で同じベッドに入っていた影響だろうか?
 そんなことを考えながらじきに眠りについた。

 翌朝私は医療棟に向かい、カラムを診た医師を探し出した。カラムをあの状態で部屋に返した経緯に関してはノラリクラリと言い逃れされたが、聞きたかった療養方法に関しては詳しく教えてくれた。
 やはりまだ継続的な投薬と傷の手当、そして休眠と回復の段階ごとの緩やかな回復運動が必要らしい。事細かに聞き出して必要な薬や器具も借り受けた私は一旦それを持ち込もうとカラムの部屋を訪れた。
 部屋の前まで来て扉を叩こうとして、何か中から声がして扉を叩く手を止める。あんな事件の後だ。もしかするとまだ事情聴取のようなことが残っていたのかもしれない。まさかそれを邪魔するわけには行かないと、私は軽く耳をドアに押し付けて中の様子を伺った。

「……頼むからもうしばらくはこのままにしてくれ」
「……分かった。だが、約束は忘れるなよ」

 どうもこれは事情聴取とは違うようだ、そう思い私は荷物をドアの横に置いて先に朝食を取りに行こうとしたのだが、そこでドアが開いて長身の男性が部屋から姿を現した。

「あ、ああ済まない、ぶつかったか?」
「いえ。どなたかいるようだったので荷物を置いてまた戻ってこようと思っていたところです」

 話しかけてきた男性は非常に礼儀正しい。騎士団では見かけたことのない顔だが、気のせいかどこかで見た覚えがある。こざっぱりとした格好だが、よく見れば仕立ての良さそうなシャツとズボンは綺麗にアイロンが掛かってて、それなりの身分のある人らしいのが見て取れた。
 その割にはカラムは気さくに話しているようだったが……

「それなら僕の用事は済んだから中に入るといい。彼は待ちわびてたようだしね」

 そう言ってクっと片頬を上げて中を見る。私には見えない位置にいるカラムが「放っとけ」と悪態をつくのが聞こえた。それを苦笑いして聞き流したその人は「それじゃ」と私にともカラムにともつかない挨拶を残して去っていった。

「邪魔したんじゃないか?」

 私がもう一度荷物を拾い上げて部屋に入りながらそう言うと、カラムがこちらも見ずに「気にするな」と答える。

「それよりそれなんだ?」

 持ち込んだ器具を見ながらカラムが怪訝そうにこちらを見るので、私は今朝医師が説明してくれた事を繰り返した。

「カラム、やっぱりお前の治療は全然終わってなかったらしい。今朝療棟で医師に会ってきたよ。お前がなんで追い出されたのかは結局聞き出せなかったけど、本来の治療方針は教えてもらえた。これはそれに必要な器具だ」

 私の説明を聞いたカラムは、顔を歪めて「また余計なことを」と小さく呟く。

「おい、聞き捨てならないな。これでも私は君がちゃんと治療できるように……」
「あ、ごめんラスのことじゃないから。ありがとう。俺のために持ってきてくれたんだろう?」

 文句の途中で腰を折られ私は一瞬ムッとしたが、それでも私に向けられるカラムの嬉しそうな顔にそれ以上続けられない。

「ああ。じゃあこれのせいでまだ朝食持ってこれなかったから取りに行ってくる」
「待って、俺も行く」

 私が二人分取ってくるつもりで言ったのに、カラムがベッドから立ち上がろうとする。私は慌ててベッドに駆け寄り、カラムの身体を押し戻した。

「カラムお前は動くな。医師が言ってたぞ。本来あと5日はベッドから出られるはずないって」
「そんなの真に受けるな。あいつらはいつもそれだ、大袈裟なんだよ」
「医師の言葉だけじゃない。昨日あれから考えたが、どう考えてもその怪我で動き回るほうがおかしい」

 話してる間もベッドに起き上がろうとするカラムを力任せに押し戻すと、カラムの傷を掴んでしまったのかカラムが顔を歪ませて呻いた。

「あ、すまない、痛かったか?」

 慌てて手を放すと今度は素早くカラムの手が私のその腕を掴んで引き寄せた。

「痛くても構わない。ラスに押し倒されるなら本望だ」

 そう言って目の前でニヤッと笑うカラムを見てため息がこぼれた。

「お前のその言い分じゃ、そう遠くないうちに私がお前を殺すことになりそうだ」
「ああ、間違いなく殺されるな。いやもう何度も殺されてきたっていうべきか?」

 ニヤニヤしながら意味のわからないことを言い出したカラムの腕を振りほどいて私はベッドの横で仁王立ちした。

「とにかくだな、お前の体調が早く良くならないと私は警備の仕事に戻れないらしい。頑張って復調してもらう為にも今後無茶な行動はやめろ。私がちゃんと面倒見てやるから私の出すメニュー以外の無理な筋トレも禁止だ。それが出来ないなら私は手を引く」

 はっきりと私がそう宣言すると、カラムの顔が一瞬で嬉しそうにほころび、眩しそうに目を細めて私を見上げた。

「……分かった。約束する。でもラス、君をベッドに引きずり込むのだけは除外してくれ。それは我慢できないから」

 カラムのふしだらな物言いに一瞬で顔に血がのぼるが、昨日のような行為を繰り返すのがカラムの気持ちと向き合う上で必要ならばそれは仕方ないかと考え直した。

「いいだろう。私もカラムの気持ちに向き合うと言ったからにはそれは付き合ってもいい」

 そう言いつつも昨日の耳の感触が思い起こされて少し照れてしまう。

「……ラス、もしかして期待してる? 昨日の俺の愛撫、気に入った?」

 ニヤニヤしながらそう明け透けに言うカラムは、だけどまたその顔に男臭い色気を滲ませている。答えようもなく私が黙り込むと、スッとカラムの腕が私の腰を引き寄せた。

「ラス、ちょっと屈んで。俺の上に来て」

 ジッと見つめながらそう言ったカラムの表情はもうニヤニヤなんてしてなくて、でもやけに自信たっぷりな笑顔なのが少し悔しく感じる。なのに私は結局カラムにねだられるまま、ベッドに横たわるカラムの上半身に屈み込んだ。
 それでもなんかカラムの身体に手をつくのは色々と躊躇われて腹筋で耐えてたのに、カラムのもう一本の腕が力強く私の背中を抱き寄せてそんな私の努力を無に帰した。

「カラム、おい」
「動かないで。しばらくこのままにしてくれ」

 カラムの傷を押し開いてしまうんじゃないかと焦って身体を引こうとしたが、カラムの腕はそれを許さない。その上、耳元でカラムの甘いテノールが響けばもう私は起き上がる気力を完全に削がれてしまった。
 ちょっと無理な体勢なのにやけに落ち着いてしまう。カラムの首と肩の隙間にすっぽりと自分の頭がはまって、まるでそうなるようにお互いの身体が作られていたんじゃないかと思うほどしっくりとくる。

「今朝目が覚めて、昨日のことが夢だったんじゃないかって少し不安だったんだ。ラスが俺の腕に収まってくれるなんて嬉しすぎて。怪我と熱の見せた妄想だったんじゃないかって疑わずにはいられなかった」

 ボツボツとカラムが独り言のように話しだした。

「今こうして抱きしめられて、やっとあれが夢でも妄想でもないんだって思えてホッとする。ラス、お前の身体、すげえ暖かい」
「まあ今結構な荷物を持ってここまで来たからな」
「それに日向の匂いがする」
「ああ、今日はすごくいい天気だ」
「……お前は、本当にラスだな」

 最後はクスクスと笑いながら嬉しそうに呟いた。でもふっとその笑いが止んで、今度は静かな声で問いかけてくる。

「ラス、昨日のキス。気持ちよかったか?」

 そう問われただけで、昨日よりももっと身体が熱くなる。どうもこの現象は時間とともに加速するらしい。

「……ああ」
「どんなふうに?」
「どんなふうにって……なんかこう、濡れてて、くすぐったくて、甘くて、苦しくて」

 我ながら表現が下手だな。そう思って眉根が寄ったのだが、カラムはそれを聞きながら熱っぽいため息を漏らす。そしてカラムの片手が優しく私のうなじを撫で始めた。カラムの指先がうなじを這うたびに首筋から背中に何かゾクゾクとおりてくる。と同時にすごく安心する。

「そっか。俺も死ぬほど良かった。死ぬほど苦しかった」
「なんだそれ、苦しいのにしてたのか?」
「ああ、もっとしたくて苦しくてでも嬉しくて辛かった」

 カラムは私の感想に答えるように事細かに説明してくれるのだが、そのカラムの言葉を聞いているとなぜか私の心臓がキリキリと痛みだす。
 まただ。これもカラムの言っていたようにカラムへの気持が私の中にもあるからなのだろうか。

「カラム、カラムが私を好いてるその気持ちはどうしてそれが好いてる感情だって分かるんだ?」

 私は何か確固たる確証が欲しくてそう聞いてみる。だけどその私の問にカラムは苦笑いして私を見返した。

「それを言葉で説明するのはすごく難しいよ。それはラス、君が自分で見つけるしかない」

 カラムの答えは答えになっていない。だけど意味はわかる。

「そうか。そういうものなのか」
「ああ、そういうもんだ。まだ時間はあるんだし、ゆっくり自分で考えてくれ」

 そういうカラムの口調がやけに大人びて感じた私はちょっとムッとして答える。

「なんだ、私の気持ちを自分に向ける努力をするって言ったわりに、カラムは余裕だな」
「余裕に見えるか?」

 私の文句を聞いたカラムの口調がやけに艶っぽい。

「余裕なんて、あるはずないだろ。今だってこんな我慢してるのに」
「……我慢してるのか?」

 私が問い返すとカラムはふうっと息を吐いて自分の前髪を掻きあげて、私から視線を外して続けた。

「ラス、俺が一体どれくらいお前を見てきたと思うんだ? これだけ長くずっと想ってきた相手が自分の腕に抱かれて嫌がるどころかそんな甘えるように反応してくれてて、抱きたいって思うのは仕方ないだろ」

 そっぽを向きながら赤くなってそう告白するカラムを見ていると、胸の内側に炎のような揺れる熱が生まれた。惹かれる、そう感じた。

「お前は俺が思ってた以上に素直で、思っていた以上にヤバいやつだった。甘い考えでこんなこと始めた俺が馬鹿だった。正直かなり苦しい」

 そう言ってチロリと私を見る。

「お前が頑張って早く答えを見つけてくれねえと俺のほうが先に闇落ちしちまいそうだ」

 最後の部分はよく意味がわからなかったが、どれだけカラムが本気で私を好いてくれてるのかはよく伝わった。そして素直に嬉しいと思う。これは言ってもいいのだろうか?

「カラム。自分の気持はまだ良くわからないが、どうやら私はカラムにそう言ってもらえるのが嬉しいみたいだ」

 自分なりには自分の答えに満足したのだが、私の答えを聞いたカラムは心底苦しそうな顔で「その無意識の煽りが一番キツイぞ」と言って呻いた。
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