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1章 思い出は幻の中に

14 アーロンのまたも孤独な戦い ― 2 ―

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 アエリアをキッチンに残して俺は執務室に向かった。

 アエリアの魔術に対する情熱と才能は俺の予想を上回っていた。
 教育次第では本当に一門の魔術師となるだろう。

 だが俺は自分自身が尋常ではない方法で魔術の鍛錬を行ったのでこのままだとアイツの才能を押し潰してしまうかも知れない予感がある。
 きちんと教育を施せる者を早めにつけた方がいいだろう。
 折角邪魔の入らない場所を確保したが、アエリアの今後の事も少しは考えてやるべきだ。

 ……いつまでも一緒に居てやれるわけでは無いしな。

 自分の考えにズキリと胸が痛む。これは最初から分かっていた事だ。
 だからこそ修道院に入れてからも情が移らない様に気をつけていたのだが。

 とにかくまずはアイツの教育からだ。
 大体アイツを小間使いの様に使い潰すつもりははなから無かったのだ。

 執務室の扉を閉めるとともに城のピピンの部屋に転移する。
 部屋に一歩踏み入れると同時に声をかけた。

「ピピン、スチュワードの件はどうなった?」
「ア、アーロン様、せめて部屋の外に転移して声をかけてから入ってきて頂けませんか?」

 机の向こうで飛び上がって文句を言ってくるピピンを横目で睨みつける。

「お前も俺が通路の真ん中に転移して誰かを次元の彼方にすっ飛ばすよりはいいだろう?」
「待って下さい、それ、私にも当てはまるのでは?」
「お前は何時だってそこに座って仕事してるだろ。まあ、この部屋は既に俺の執務室と仮設回廊で繋いであるから部屋の中は見えている」
「いつの間にそんな物を勝手に繋いでくれてるんですか!」
「気にするな」

 ピピンは頭痛を我慢するように額の両脇を指で揉みほぐしながらハァーっとため息をこぼす。

「スチュワード自身の仕事は実は先月中の訓練生の卒業の時点で一旦切りがついたようですが何せここ10年程、筆頭魔術教員として教鞭をとってきましたから引き継ぎにもう少し時間が欲しいとの事です」
「アエリアの魔術の才能が俺の予想をかなり上回っていた」
「なんと! アーロン様からそう言われるというのは稀に見る逸材という事ではないですか!」

 ピピンが珍しい俺の誉め言葉に目線は目の前の資料に落としたまま眉を上げて驚きを示した。
 秀でた魔術師はどこでも引く手あまたなのだ。
 きっと城内で欲しいとでも考えたのだろう。

「俺の古代魔法も今すぐに完成するというシロモノではない。アイツのコチラでの立場をある程度補強出来るのであればスチュワードを使ってキチンと教育を施して置くのも悪くない」

 スチュワードがこちらに来るのは都合がいい。
 あいつならば俺よりも建設的な訓練メニューを設計できるだろう。

「わかりました。そういう事でしたら数日中に一旦そちらに行かせます。行き帰りはアーロン様の転移でお願いしますよ」
「いいだろう」

 俺の返事を確かめるとピピンはやっと目の前の書類から目を上げて少し俺に向き直る。

「さて、アーロン様、合同訓練の方はいかがですか? そろそろ例の演習が始まる頃では?」
「アーノルドがうまくやってんじゃないか?」

 正直忘れていた。

「そんな無責任な! あの演習は色々と問題が起きる事が前提になっています。元はと言えばアーロン様の設計から出た問題ですよ。他の訓練とはワケが違います。とっとと戻って監視して下さい」
「まだアエリアに夕食を与えなければ……」
「コチラでアエリア様の分だけ用意してタイラーが既に応接室に転送致しました。お顔だけ見たら直ぐに直行して下さい」

 仕方がない。
 俺は不機嫌なまま屋敷に戻り、アエリアに夕食を与えて帰りが遅くなる事を伝えると心なしかアエリアの顔が嬉しそうに見える。

 ……全く、こっちの気も知らないで。

 取り敢えず屋敷から出ない様釘を刺し直して置いた。
 アエリア自身は間違っても俺の結界を出る事は無いだろうが、まだ森の魔物は全て俺の配下に入っていない。下手をすればアエリアが危険に晒される。

 後ろ髪を惹かれる思いでアエリアと準備された一人分の夕食を交互に見て、俺はため息混じりに合同訓練の本営に戻った。


    ▽▲▽▲▽▲▽


「アーロン総師団長! いい所に! 今ピピン様から呼び出しをお願いしようと思っていた所でした」
本営のテントの垂れ幕を上げて顔を突き入れた途端アーノルドが駆け寄ってきた。
アーノルドに言われるまでもなくいつにない緊張と周りの喧騒が何か緊急事態が起きた事を如実に語っていた。

「何が起きた? 簡潔に報告しろ」
「フレイバーンの海岸から逆流して来た大上げ潮に乗って仙魚が大量に流れ込んできた所までは例年通りでしたが、今年はたまたまフレイバーン近海を周泳している海竜の群れが仙魚を追って入り込んできています。フレイバーン側はこれも共同治水上の契約内としてこちらに流れ込むままにしている様ですがその警備と称して一隊を国境付近に展開している模様。偵察によれば騎兵と歩兵合わせて約500程の様です」
「様子見にしては多いな」

 俺のつぶやきは正にアーノルドの心中と一致していたのだろう、コクリと頷く。

「アーロン総師団長とは行き違いになった様ですが城にも伝令を飛ばし王都騎士団の加勢を要請いたしました」

 俺はアーノルドを後ろに本営を出て水門に向かって歩き出す。アーノルドは俺に付き従いながら報告を続ける。

「現在魔道騎士隊第二師団から300名程をカールスが引き連れて警戒にあたっています。100名程を後方支援に残し、残り400名程を水路の第一水門付近に展開させた所です。仙魚は例年通り水門前で目づまりを起こす毎に準備されている生簀に転移を繰り返す予定ですが海竜の数が予想できません。到着は約1時間後と予想されます」
「王都騎士団の到着予定は?」
「時間が時間ですので緊急招集をかけたとしましても騎兵歩兵両団の到着までには約5時間ほどはかかるのではないかと思われます」
「それでは遅すぎる。近衛騎士隊付属の騎兵隊を合流させて騎兵隊のみで送らせろ。いや時間がない、俺がピピンに伝達しよう」

 俺は陣営内の中心にたかれてい篝火に寄って今の言付を結晶石に封じて魔力を流して魔晶化する。それを篝火の火に乗せて火の精霊域を通してピピンの執務室の暖炉の火に送った。

「これで騎兵隊の到着を数時間は早められるだろう。騎兵は到着次第カールスの元に送れ。お前は第一水門側に回って指揮を取れ。水門一帯は一旦封鎖しとけ。仙魚は後から片付けてもいいから全兵に魔力の温存を徹底させろ。誰か一人カールスに送って俺の到着と騎兵隊の到着予定を通達、何があってもこちらから手を出さない様言っておけ。まああいつの事だ、分かってるだろうがな」
「アーロン総師団長はどうされますか?」
「後援から10名程度腕の立つものを転移円に待機させろ。俺は先に海竜を見に行く。発見次第適当な場所に転移円内の者を呼び出す。残りの後援は炊き出しの準備だ。長丁場になるぞ」

 俺の指示が終わると一斉に本営が忙しく動き出す。
 それを横目に俺は駆け出した。

 合同訓練の本営は毎年仙魚が到来するこの季節に行われ設営地も最初の到来を受ける第一水門から程近い平原に立ててある。
 ここからは水路の両脇に森が押し寄せ、狭い歩哨用の獣道以外国境まで道らしい道が開かれていない。
 本来のフレイバーンに続く街道はもっと西側なのだ。

 フレイバーン側の兵士も多分この先の水道橋が渡されている国境の渓谷の向こう側で陣営を展開し海竜の通過を確認するつもりなのだろう。

 水道橋自体は船が3隻は並んで通れる水路を増水時にも支え切れる様設計したが、海竜の数によっては魔力による補強が必要になる恐れもある。

「チッ! 何で今年に限って!」

 俺は舌打ちしながら木の枝を伝って森を駆け抜ける。朝練のメニューに加わった館周りの森の見廻りのお陰で森の木を渡り歩くカンも元に戻っている。森の中をクネクネと回るの歩哨道を行くよりよっぽど速い。

 暫く水路を右に見ながら森を走ると遠くから絨毯のように広がる真っ黒な波がこちらに向かって押し寄せるのが見えて来た。例年通り大量の仙魚が水路を覆い隠す様に泳いできているのだ。
 ただその後ろの小山の様な影は今までに無かった代物だが。

 俺の目は常人の数十倍は見通せるので今見えている影がこちらに到着するのにもまだしばらく掛かるだろうが、それにしても予想よりもかなり早い。
 しかも後ろに見えている海竜の群れは群れと呼ぶにふさわしく、俺の目で見渡せる限り続いている。
 水道橋は既に渡り終えてしまった様だ。こちらにまだ流れが来るということは崩れずに持ったのだろう。

 俺は一旦木から降りて少し森の中に入り、自分が立っている場所から半径5メートル程を空間魔法で隔離して焼き尽くした。
 後には真っ黒に焦げた円形の平地が出現する。
 直ぐにその円から離れて本営の転移円内の者を全て転移させた。
 すると甲冑を付けて臨戦態勢になった兵士10名とそれを率いる様にアーノルドが一緒に立っていた。

「水門はどうした?」
「水門は副団長に委ねてきました。どの道こちらで抑えられなければ一緒に転移で送ってくださるのでしょう?」
「まあそうだな、丁度いい。お前ならば俺の拘束魔法を支えられるだろう」
「よく意味が分かりませんが?」

 怪訝そうに俺を見やるアーノルドと数人を有無を言わせず空間魔法で水路の向こう側に飛ばす。

「うわっ!」

 大の男共が口々に驚きの声を上げて飛ばされていった。

「総師団長! せめて警告してから飛ばしてください!」

 アーノルドが水路越しに何か喚いているがそれを無視して次に拘束魔法の詠唱に入る。

 今回初めての試みだが、拘束魔法を投げ輪のように紐付きにして一端を俺の手の魔力にのこし、輪の方をアーノルドの胴体に括り付ける。

「ア、アーロン団長! 何考えてらっしゃるんですか! 説明してください!」

 アーノルドが拘束魔法に繋がれて少し焦った様な声を上げる。

「ちょっと待て。まだ終わっていない」

 そう言って今アーノルドの胴体と俺の手の間に渡された綱のような拘束魔法の金の紐を一片が薄い刃になる様に変形していく。アーノルドに繋がっている部分は無論紐のままだ。でなければあいつが真っ二つにキレイに切断されるだろう。

「準備は整った。アーノルド、そのままそこで空間魔法を使って自分の身体を地面に固定して耐えろ!」
「耐えろって一体何をですか?」
「残りの者は各自自由に攻撃。対象は海竜のみ!」
「耐えろってまさか!」

 アーノルドの顔色がドス黒く変色した。慌てて空間魔法の詠唱に入っている。

 アーノルドの詠唱が終わってすぐ、最初の一頭が渡された拘束魔法の刃に到着した。

「ギュオオオオオン!」

 雄叫びを上げて少し暴れたがその長い首が切断されて息絶える。
 だが同時に俺とアーノルドで支えている拘束魔法の綱にも大きな重量が掛かり始める。
 次から次へと流されて来る海竜を押し留めるには俺とアーノルドの空間魔法でも体が軋み始め、アーノルドの額に脂汗が浮かんだ。

 俺は倒した海竜の内、拘束魔法の縄に絡んで目づまりを起こす死体をさっき焼き払った空き地に空間魔法でどんどん投げ飛ばす。
 それを見ていた残りの攻撃を担っている兵も自分達の倒した死体を自分で取り除き始める。お陰で拘束魔法の縄に掛かる重量が少し軽減された。

 しかし、結局俺達12人の攻防はそのまま夜を徹しって続いたのだった。
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